こちらIS学園“きらら”行き 作:きらきら星協奏曲
すっかり陽も登り切って、後はゆっくり時間を掛けて沈んでいく最中であった今日という日。
誰にとってもその日の夕焼けは、まるで疲れを癒してくれる象徴足りうるのかもしれない。
新しい環境で自分は一体どうなるのか──その模様は折々の思いで染め上げるも、異口同音にもうよく似ている状況。
きっと北の大地でまだ春が芽吹かない中でも、とっくのとうに芽吹いている南の島でもそうなのだろう。
「……」
つまり今、織斑夏海が窓の向こうの茜色に染まる雲を見つめて、死んだ目をしながらうなだれているのは当然だろうという事だ。
◆
「ええと、これから寮生活をする方々へのカギを、個人でお渡しいたしますので。 学生証の提示を忘れずに、1階の事務職員室まで忘れずに来てくださいね!」
4時間授業──つまり“半ドン”で終わった初日の彼女らは、起立、気を付けそして礼。
こういうものは流石に制限するのかというのは、流石に失礼な話だろうとはわかる。
いやむしろこの空間の特殊性ゆえに、下手すれば学生から飛んでくる文句もありかねないので、古くから続く終業の挨拶は最先端の設備が揃う、このIS学園にもしっかりと受け継がれていた。
だが各々のするべきことはあるから、その時ばかりの人だかりは少なく、ただいくらかの視線を送るだけであったが──それで彼女らは十分だった。
(…………)
過去に例がないくらいの波乱万丈なその今日をしのいで、天井を見上げる時間が出来た彼女は、ただぼーっとしているだけでも謎の愛嬌が生まれてくる。
「べへー……」
べへーってなんだよ!
さておき、色々あったから暫くそっとしておこうと、彼女らは優しさを──本当はもっと前にあって然るべきもの──見せていた。
何か関わってきた彼女然り、そして多分これから相当に関わってくる箒の姿も、頭の中に過ぎってはすぐに消えて。
うなだれるままじっと時は過ぎる────。
「全く、かわいいからとて、ぼーっとしている暇は無いぞ、夏海!」
ぬっと現れた篠ノ之箒が夏海を見下ろすように覗き見る。
勿論“気づけ”の意味もあったのだろうが、それがきちんと思う様に働くと、それはそれで彼女は残念そうな顔を一瞬見せる。
「あ……箒ちゃん」
すぐに声を掛けて、正気に戻ると、寄りかかっていた背もたれから、何とも気だるげに彼女は上体を起こす。
「ぬーん……なんか未だに、実感わかないから……」
「ぬっ、ぬーん……か。 うへへ……。 ──んんっ、まあ言いたいことはわからんでもない。 というか正直なところ、私も驚いたぞ! まさかあんな風に勇気があったとは……」
そういって偉いなぁと言わんばかりに、また彼女を撫でまわし始めた篠ノ之箒。
視線を気にすることもなく、それもねっとりとしたようなやり方で頭だけを撫でる。
実はその所だけは──正直まだセシリアが清く正しい怒りをぶつけてくる分、とてもいい人なのではと思ってしまう部分もあって。
閑話休題、彼女の言った通りである。
ああして真っすぐな嫉妬と怒りに、感情のままに彼女も怒って返したような言葉を投げたのは、夏海としてもとても珍しい事だった。
「何か、カッとなっちゃったら……無我夢中だったから……」
「それでもだ! あんなことと言えども、結局あの言葉を受け入れる程の事は出来なかっただろう!」
箒は中々ひどいことを言っているように見えるが、残念ながら彼女の言う事は事実である。
彼女が知る6年前の夏海の姿は──弱弱しいとか、そんな言葉が生ぬるいくらい、その体の芯は入っていない、ただあまりにも背丈が小さいかわいらしさだけの少女だった。
だから彼女は、小学校時代では常に男子にからかわれて、箒が常にそれを止めに入っていったのは、特に彼女の印象に良く残っている。
それこそ朝久しぶりに出会ったときと──或いはそれ以下の、心の弱さを隠しきれていなかったと言える。
それがいつの間にか──こうまで大きく育っていたとは。
「……うう」
「箒ちゃん?」
「変わってしまったなぁ……」
それが彼女にとっては、嬉しくもあり悲しくもあり。
────まあ彼女の頭を、まるでチョコラータと同じ撫でまわすポーズじゃなかったら、本当に何も言わなかったけども。
涙目の夏海を余所に、ずっとかわいがっている。
「よしよし……」
「ね、ねえ。 み……みんな、見てる……!」
「見せつけてやるくらいの気概でなくては! それに、これから忙しくなるはずだ」
ようやく彼女から離れると咳ばらいを一つして、自分がだらけさせた空気をもう一度切り替えると、これからの事をどうするべきかというのを提案する。
こういう真面目な気概を保っておいてほしいものだ。
「なぜそうなったのかはわからんが、少なくともセシリアとかいう奴が、良く言えば義理堅く、悪く言えば頑固なのは、少しでもアイツを見て分かる通りだ」
確かに過程はさておき、夏海はセシリアに挑むことになってしまった。
さてそこで一番問題となるのが、当然“練度”の差になっていくだろう。
相手はイギリス出身の代表候補生、多分並の人間では太刀打ち不可能、姑息な手を用いたところで、逆鱗に触れて消し炭にさせられるだろう。
ぶっちゃけやられてあらぬ所の素肌を曝すのならともかく、どうあがいても『R18“G”』では誰も得しないし箒もさせるわけにはいかない、というかそんなの自分は書きたくもない。
ついでに言うと、彼女の性格について言及したのは、彼女の戦いにおいても顕著にみられるだろうと思ったからだ。
剣道をやっているうえで、相手がどういう性格なのかというのを測るシーンは、事実よく見られることが多かった。
その経験則で行くとすれば、彼女は間違いなく正々堂々と
篠ノ之箒は、やや熱気の籠った声を張り上げるのだった。
「奴がどんな行動を取ろうと、まずするべきことは立ち向かう事だ」
「それって……」
グッと拳を握ってみせると、ハキハキとよく通った声を出す。
「決まっている、修行だ!」
お決まりのような台詞を吐いたものの、彼女の姿を眺めれば、結局僅かな妥協も生まれてしまう。
尤もおおよそ妥当な判断であるが。
「──とは言ったものの、あまり無理は出来ないからな」
自身の二回りよりもさらに小さい、それこそ小学生に間違われる可能性すらある、その右に髪を纏めた少女の出で立ちでは、無理は早々出来ないだろうというのが箒の見たところで。
それはおおよそ間違っていなかった。
「体を作ろうにも、一朝一夕で作れるわけでは無いからな」
「あの、ご飯、食べてもいいかな……!」
「お、おお! そうだな、せっかくだから自分の物も開くか」
そう言って二人は鞄の中からそれぞれのお昼に持ってきたものを出す。
箒のはしっかりと包まれたところに、大きなおにぎりが四つにいくつかの総菜がタッパーに入っていた。
そして夏海の弁当はというと──。
「……む!?」
「あ、あんまり、見ないで、欲しいなっ。 恥ずかしいから……」
「い、いやぁ……こんなに炊事が出来た記憶が確かに全然ないのだが……。 それは、千冬姉さんが?」
「いや、自慢でもないんだけど……というか自慢に出来るわけないんだけど、その、私が……」
それは彩豊かにして色合いも非常に似合っている、それは素敵な中身が飛び出した。
お米の上には肉そぼろ、錦糸卵に桜でんぶと、三つに分けられて乗せられている。
おかずはかまぼこに小松菜の御浸し、ウィンナー、煮物はニンジン大根が斬られているが、確かにその中に入っている。
野菜もしっかり取ろうという考えらえた中身、眠っていた才能でもあったのだろうかと思う。
ただ一つ言えること、それは箒の頭の中でもしっかりと浮かんでいた。
(…………食に関しては、戦う前から勝利しているとか、言っては駄目だろうが……!)
「どうしたの、やっぱり……」
「ああいや、普通にそんなふうに作れるとはなと思っただけでな」
何か重い背景などでもあるのか、ただ何となく始めたら出来たぜ、みたいなノリと勢いで済ますにはおかしい話だったが。
「お姉ちゃん、結構ズボラだったから。 それに何でもかんでも任せきりは……嫌だったから」
結局ただただ彼女が、とても微笑ましく健気だという結論に至るわけだ。
今手に持っているおにぎりを投げ捨てて、全力で撫でまわして可愛がりたいという思いを、唇を全力で噛みしめてどうにかこうにか抑えることに成功。
「そうか、そうか……」
絶対にいつか一家言含んだものを言ってやろうと心に秘めつつ、優しい微笑みを浮かべた箒。
気配を隠せていないぞ、目の前にいる夏海は能面みたいな作った笑顔にビビっているが。
「と、とにかく腹ごしらえは大事だ。 食べてしばらくしたら、どのくらい動けるのかも見ておきたい。 まだ時間はある、確か18時までだったか」
「じゃあ、とっとと食べちゃおっ。 いただきまーす」
箸を突っつきご飯を頬張り、じっと夏海の様子を横眼で見ながら、同じくおにぎりを頬張る篠ノ之箒。
そう言えば彼女はしっかりと食べ物を噛む方だったな、そんな些細な6年前の思い出が逡巡していった。
◆
「ふう!」
ゆっくりと足を緩めて立ち止まると、箒は大きく背伸びをする。
胸元をジッパーで降ろして汗疹にならないように晒すと、モワっと出てくる湯気が、まだ寒さを残しつつある東京の春空に昇る。
絶対良い匂いがするが、残念ながらあれに入り込める余地はない。
そしてその後ろで、少し遅れて彼女と同じくらい汗に濡れて、肌が濡れる彼女が追いついてきた。
「はあ、はぁ、はあ……! は、早いよ。 箒……ちゃん!」
ぐったりと隣の草むらに体を任せると、そこにぐったりと腰かけて、箒と同じようにジャージを脱ぐ。
中は身軽な軽装、体操着みたいなものでそこから良い匂いと一緒に湯気も出てくる。
肩で息をしながら倒れ込む姿は情けないと思うか、まさかこんな体格で、そもそも体力もない方なのに頑張って追いついてきたというのには、流石の箒も驚かされる。
「いや、よく頑張ったな。 夏海、ポカリスエット置いておくぞ」
「ありがと……」
隣にペットボトルを置いておき、惚けたように見える、真っ赤な頬をつついてにやける箒。
多分かわいかったからなで済まそうとしている魂胆が丸見えだ、心を透かさずともすぐに分かる。
「何してるのぉ!?」
「そんな顔も良い物だから……」
「ぴいぃ……!」
しかし、その行動力はどこから来るものかというと、結局それは彼女が心配だから──信じられないかもしれないが、実際そんな心持ちでいっぱいだったのは確かだ。
だから突っついて彼女を弄りながらも、可愛さに当てられた微笑みが、段々と寂しさを見せていき。
徐々に侘しい目を浮かばせるようになった彼女に、その突っつく指先の力も無くなっていく。
「……箒ちゃん」
「強く、なってしまったな」
「……そんな、私は」
「いや、そう思っているのは、多分私だ。 少しでもお前を見ていると、何故だか、私が遠くに置いて行かれてしまいそうな気がするよ」
傍にしゃがむ箒も、その傍に腰かけてはるか遠くを眺める。
頬に風受け、鼻に香る潮の風。
まだ陽は落ち切っていないが、徐々に空は赤くなり、そして紫雲は浮かびあがる。
黄昏時だ。
「もう二度と会えないと、思っていたものだからな、正直な告白として……」
その頬に伸びた手を降ろして、少し冷たい手が、日差しのように温かい手の甲に触れる。
「私は心のどこかで──例えば、私よりずっと素晴らしい人になるのではないのかと。 でももうそれは関係ないと、だがそうなったらどうなるのかと、恐怖と羨望と──その果てに、無関心ささえ覚えていたんだ」
「箒ちゃん……」
「私は、酷い女だよな……きっとこういうのは、殴られでもすればいいと、思ってしまっていた……だがそれは」
「しないもん」
顔を上げた箒が夏海を見ると、その箒の顔をじっと見つめ続けている黒い爛々とした瞳。
それに射抜かれて、彼女は何も言い返せなくなってしまった。
ただ唖然とした表情を浮かべて、疑問の声も上げられない。
「だって私も箒ちゃんも、頑張ってきたことがあるのに、まるで自分が……その、駄目だみたいだなんて、とんでもないよっ」
「……」
彼女は信じていた、好きだから。
あの真っすぐ見つめる横顔も、困った顔をしているときも、何故か泣きついた時も、いつものように弄ってくるあの顔も。
だから好きな顔、好きな人に、彼女は泣いてほしくない。
最悪だなんて自虐して欲しくない。
そう言う思いが、彼女の中にあった。
「そんなの、私嫌だ。 そんなこと言う箒ちゃん私────」
だから夏海も、つい熱が入って、うっかり言ってしまうのだった。
「────嫌いになっちゃうもん」
多分ガーンという音が聞こえた気がした。
勿論それは箒の頭に何かが当たったような、そんな音。
「…………」
「ね、だから。 私に色々、教えて……箒ちゃん?」
「……う」
「う?」
「うう、ううううううぅぅ~~~~っ!!」
突如箒は髪を振り乱して、彼女の小さな体に頭を収めると、あっという間になりふり構わず泣きだした。
当然夏海は驚いてしまう。
「え、ええーっ? ちょ、ちょっと、みんな見て……」
「だって、だってえ! 夏海が嫌いになるって、そんなの……うぇぇぇ……」
すっかり困ってしまった彼女は、暫くお腹の中でよしよしと頭を撫でて、彼女をなだめてやるまで、しばらく動けないでいたのだった。
◆
今はおやすみ、織斑夏海ちゃん。
それとなんだかだんだんと、本性が暴かれて行っているような親友に、絶対に負けてはいけないぞ。
幼児退行しかけている、やばいって!
ママとか言い出さないよな……。
さておき明けましておめでとうございます、本年もよろしくお願いいたします。
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