コガネシティ港はずれの倉庫群
「ヒビキ・・・・君。」
「ごめんね。でも、こうするしかなかったんだ。そうしないと・・・コトネは。」
ジョウト一の大都会コガネの中心地からは外れた倉庫群にヒビキはいた。そしてヒビキは産まれて初めて人を殺めた。その相手はロケット団? だとしても許される行為じゃない。それでも彼は他者を殺めなくてはならなかった。そしてその眼には
「・・・・・ヒビキ・・・君。泣いてるの・・・ね。」
ヒビキに胸を刺された女性は死の間際にありながら自身のハンカチで彼の頬を伝う涙を拭った。
「・・・・クリス。俺は君を愛していたのかもしれない。でも、今の僕は違うんだ。」
「・・・・うん。分かってたよ。何となくね。」
今から一か月前に遡る。何時ものようにヒビキとコトネはジョウト地方を二人で旅をしていた。ヒワダジムを攻略した二人はウバメの森に入るわけだが、
「あれ? ヒビキ君!! あれ!!」
「どうしたんだいコトネちゃん? あ!!」
二人は祠の前で倒れている同年代の少女を見つける。
「だ、大丈夫かい?!」
二人は速やかに救護措置を行い、速やかにコガネに向かい、適切な治療を受けさせた。そして程なくして彼女は息を吹き返し、受け答え出来るだけに回復した。
「見ず知らずの私を助けてくれてありがとう! 私はクリス! ポケモンのことならなんでもしってるよ!!」
「へえ~、君はクリスって言うのか~。」
この時、何気なく会話を交わしたヒビキとクリスだったが、
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「申し訳ないんだけどクリス、君どこかで僕と会った?」
「もしかしてだけど貴方・・・ゴールド?」
「いや、僕の名前はヒビキで・・・・」
その時、ヒビキの脳内にあるものが過った。
「・・・・・あれ?」
一瞬彼の脳裏にどこかは分からないが、クリスと対戦し、勝負の後の握手を交わす自分とよく似た人物が過った。何故こんなものが? と思った次の瞬間だった。
バタン!
「こ、コトネ?!」
突然ヒビキの隣に立っていたコトネが気を失い倒れてしまった。すぐさま看護師を呼んだヒビキであったが、コトネの意識は一向に戻らず、日に日に体が弱っているのは誰の目から見ても明らかだった。
「コトネ!! 僕だよ!! ヒビキだよ!! お願いだから目を開けてよ!!」
泣きながら訴えるもコトネは一向に目を覚まさない。それどころか悪化する一方だった。それに引き換えクリスは日に日に体調が戻っていた。
「まるで・・・二人の体調はシンクロしているみたいじゃないか。片方が良くなれば片方は悪くなる。・・・・ということは・・・・。」
ヒビキの脳裏には最悪のシナリオが浮かぶ。
「クリスが快癒したら・・・・コトネは・・・・死んじゃう!?」
「それで良いじゃねえか。」
「誰だ!!」
彼の前には彼とよく似た。それも彼の脳裏に浮かんでいたあの少年が半透明な姿で立っていた。
「これは俺が・・・正確にはお前が望んだことなんだよ。」
「僕が望んだ?! ふざけたことを!!」
ヒビキはバクフーンの炎技で攻撃するも、実体がないのか全く攻撃が効かない。
「良いかヒビキ。俺はゴールドで、俺はお前の前世だ。そして俺はあることを望んだ。」
「・・・・・お前の望みとやらは何だ。」
「それは簡単な話さ。お前がウバメの森で出会った少女、クリスとずっと一緒に居られるようにってな。」
「なら、お前が一緒に居てやればいいじゃないか!! 僕はコトネと!!」
「・・・・出来ないんだ。」
ゴールドは悲しげな表情を浮かべながら俯いた。
「俺の世界の時の歯車が死んだ。もう、俺の世界は滅ぶしかないんだ。でも、それは耐えられない。だから俺は記憶をお前の体に刻み込んだ。生まれ変わったクリスと共に旅を出来るようにな。でも・・・。」
「コトネはクリスの記憶を継いでいない・・・ということか。」
「ご名答。コトネはクリスの記憶は継がず、独立した存在として生まれてしまった。これではクリスは浮かばれない。」
ゴールドはヒビキを睨む。
「ヒビキ、コトネを見殺しにしろ。それがお前に課せられた使命だ。お前が本来隣に置くべきヒロインはクリスだ。コトネでは決してない。」
そう言うとゴールドは風に吹かれた塵のように姿を消した。
「・・・・・・コトネを見殺しにしろ?」
ヒビキはポケギアを開き、クリスを呼び出した。
「クリス・・・ちょっと話があるんだけど、倉庫群に来てくれるかな? 重要な話があるんだ。」
倉庫群
「どうしたのヒビキ君。重要な話って。それもこんな人気のない場所で。」
クリスは察しがついたようで真剣な表情でヒビキを見つめる。
「私を討つと言うのね。」
「ああ。そうしないとコトネはもうすぐ君に存在を乗っ取られて死んでしまうからね。」
「・・・・・・そう。結局ゴールドは負けたのね。でも、それで良かった。」
クリスは笑顔でヒビキにこっちに来るように促す。そして優しく彼を抱いた。
「むしろ、そうであって欲しかったの。確かに貴方の前世はゴールド。そしてゴールドのヒロインは私。前世の貴方は私を生かすように言ってきたのでしょうね。」
「・・・・・・・・。」
「でも、今の貴方はヒビキ。そして今の貴方に一番ふさわしいヒロインがいる。なら、私は素直に退くべきだと思うの。」
「・・・・ああ。ヒロインは二人も・・・・いらないからね。」
ヒビキは意を決し、クリスに最期の言葉を促す。
「最期に、言い残しておくことはあるかい?」
「辞世の句を残しておくわ。私が確かにここにいたことだけは忘れて欲しくないから。」
クリスは手帳に一句を読み、それをヒビキに手渡した。
「・・・・・・確かに受け取った。では・・・・ごめん!!」
ヒビキはクリスの胸をエアームドの羽を研いだ即席の刃物で強く突き刺した。即席ということもあり、中々死に至らしめることは出来なかった。そしてその場には血痕・・・ではなく砕け散った水晶が残った。それをヒビキは拾い集め、海に葬った。後は海流に呑まれ、それぞれ別々の場所へ流れていくだろう。そう、その結晶が再び一つとなることはないのだ。
翌日、コトネは意識を取り戻した。そしてヒビキの顔を見るなり、笑顔で見つめ、彼の手を強く握った。そこから超スピードで回復し、元より元気になった。
「ヒロインは二人もいらない・・・か。」
「? ヒビキ君、どうしたの? それとクリスちゃんは?」
「クリスなら旅に行っちゃったよ。海を越えてどこかにね。」
「そっか。でも、私はこうしてヒビキ君とまた出会えて幸せよ。」
「ああ。僕もだよコトネ!!」
互いに抱き合うヒビキとコトネ。そこには過去の呪縛から解き放たれ、自分たちだけの道を切り開いていこうとする少年少女の姿があった。これからもヒビキとコトネは進み続ける。古都にその音を響かせるまで。
(完)