現実世界とは異なる、不思議な空間「ワンダーワールド」。そこは普段とは異なり、どこか恐ろしい空気が渦巻いていた。
その一角にあるファンシーな家。その家の主は現在、とある人物に会うべく留守にしており、人の気配は一切感じられない。
そんな中、机に乱雑に置かれた幾つかのワンダーライドブックの内、一冊がどこか怪しい光を灯す。桃色のその本の表紙には、一人の剣士と人魚の姿が描かれていたのだった。
【SIDE:エドナ】
「……随分と様変わりしたね」
変身を解いた私はサウザンベースへと潜り込むことに成功したものの、内装はやはり600年前と大きく変わっている。しかし構造自体は大きく変わっていないようで安心した。これなら禁書庫に辿り着けるだろう。
記憶を辿りながら、廊下を進んでいく。勿論、誰にも見られないようにだ。ここでもし見つかれば、戦闘になるのは必須。そこは別に良い。しかしその相手が問題なのだ。
「賢神を相手にはしたくないね……」
ソードオブロゴスには賢神と呼ばれる者たちが居る。マスターロゴスに並ぶソードオブロゴスの最高位であり、組織の方針を決める存在だ。その賢神たちの厄介な点、それはあらゆる剣士達の技術を会得しているということ。純粋な剣の腕前は文字通り最強と言って良いだろう。
そんな賢神を相手にしては、さすがの私でも分が悪い。何せ、彼らは聖剣もワンダーライドブックも持たず、純粋な剣技だけでメギドを相手取れる存在。私の欲望剣餓欲とは相性が最悪だ。
だから私は、賢神達が来るまでに破滅の書を見つけ出さなくてはならない。
息を潜め、静かに、しかし足早に進む。気配を感じれば物陰に隠れ、それが過ぎ去ったのを見計らって先へ歩く。少しずつ、しかし着実に私は目的の場所へと向かった。
そして辿り着いた禁書庫への入り口。特殊な偽装によって、何の変哲もない壁にしか見えないように細工されている。サウザンベースでも重要な場所であるが故に、そこには結界によって厳重な封がされていて、開くことが出来るのは鍵となる特別なブックゲートを持つ者のみ。勿論、私はそんなものを持っていないし、あの剣士から拾ったブックゲートも普通のもので、禁書庫を開くことは出来なさそうだ。
だけど、それは最初から分かり切っていたこと。600年前と同じようにすれば問題ない。私は欲望剣餓欲を振りかぶると、勢いよく壁に向かって突きだす。
―バリィッ!!―
まるで雷が落ちたかのような音が響き渡る。勿論、この音はきっとマスターロゴスや賢神達にも聞こえているだろう。だからこそ私はより一層力を込めて、切っ先を壁に押し込む。すると徐々に壁に刀身が食い込んでいく。
「ふっ!」
一呼吸をしてさらに力を込めた。その瞬間、それまで感じていた抵抗が消え、私の体は壁の中へと吸い込まれていく。
「っとと……」
そして私が次に見たのは、視界一杯に広がる膨大な本が収められた空間。一冊一冊が特殊な力を秘めているのが分かる。しかしこれらはただの本でしかない。私が求めるのは、世界を無に帰す破滅の書。それが収められているのは、きっとこの書庫の奥だ。
さっき、強引に結界を破ったことで、私の存在はサウザンベース全体に気付かれていることだろう。追手が来る前に見つけて、撤退しないと……。
そして私は書庫を掻き分けながら奥へ奥へと進む。この書庫は特殊な空間で、方向感覚が狂いそうになる。その上、やはりかつて私が侵入したことが原因か、もしくは新たに多くの書を封印したのか、内部の様相は600年前と大きく変わっていた。そのせいで中々目的の場所に辿り着けない。
それがかれこれ数分。次第に焦れ始めたその時だった。
「ハアッ!!」
「っ!!」
不意に気配を感じ取り、私はその場から飛びずさる。すると先程まで私が居たその場所に、剣の一撃が振り下ろされた。
切っ先と床がぶつかり、火花と衝突音が書庫に響く。
「……ふん、まさか気付くとはな」
その一撃を放ったのは、真紅の衣装を纏った男。鋭い視線を向けるその男の手にある剣に、私は見覚えがあった。
「時の聖剣……ってことは神代家のか」
「時国剣界時」。代々、マスターロゴスに使える神代家の人間が所持してきたという歴史を持つ聖剣。その力は名の通り時間にまつわるものであり、私でも完全には理解しきれていない厄介なものだ。
「よく知っているな、強欲の剣士」
その男は感情を押し殺した表情でこちらを見つめてくる。
……600年前から思っていたことだけれども、この神代家の連中はやはり気に食わない。それはかつての私を思い起こさせるからだろうか。
「この神聖なる書庫に踏み入り、世界を滅ぼそうとする害悪。貴様はここで消えて貰う!」
男はそう言って碧い表紙のワンダーライドブックを取り出す。私もそれに応じるようにワンダーライドブックを開いた。
『オーシャンヒストリー』
『この群青に沈んだ命が、今をも紡ぐ刻まれた歴史……』
『ムゲンウロボロス』
『かつて全てを貪り喰らった蛇の王が今、蘇る!』
そしてライドブックを男は手にした聖剣に、私は腰に巻かれたドライバーにそれぞれ装填する。男はそのままゆっくりと刀身と柄を分離させ、私は静かに聖剣の柄を握る。
『界時逆回!』
『抜刀!』
「「変身!!」」
発生はほぼ同時だった。
男は上下逆転させた刀身を再び柄と接合して三叉槍に変化させ、私は聖剣をドライバーから抜き放つ。
その勢いのまま、互いの刃から放たれた斬撃がぶつかり合い、周囲の本が木の葉のように散っていく。
『時は……時は……時は時は時は時は! 我なり! オーシャンヒストリー!』
『ムゲンウロボロス! 餓欲! 飢え渇く剣が喰らい尽くす!』
ワンダーライドブックから放たれた力と聖剣のエネルギーにより、私の姿が変わる。それと同じように男も、青いラインが特徴的な鎧を身に纏った。
そして私と男―時の剣士「デュランダル」は互いの獲物を構え、鋭く振るった。
【SIDE:凌牙】
サウザンベースの神聖なる禁書庫。そこに侵入した強欲の剣士を俺は相手をしていた。
かつて世界を滅ぼそうとした、忌まわしき剣士。何故、奴がここに居るのかは分からないが、恐らくタルス達はしくじったのだろう。マスターから与えられた使命に失敗するとは……そのことに怒りを覚えるが、今は目の前の相手に集中するべきだ。
俺は手にした時国剣界時を操り、奴の斬撃を往なしつつ、僅かに出来た隙に鋭く突きを繰り出す。だが奴もその攻撃を最低限の動きで躱し、距離を詰めてくる。
やはり伝承に残るだけの力はあるようだ。その上、奴の聖剣の能力も厄介だ。聖剣とワンダーライドブックの力を吸収し、己の力に変える能力。下手に本の力を用いれば、逆にこちらが追いつめられることになりかねない。
だが俺が持つ聖剣もまた、奴の聖剣に決して劣っては居ない。俺は聖剣の刀身を分離し、トリガーを引いた。
『界時抹消!』
その瞬間、俺の意識はその空間から消え去る。
深海に沈むかのように、全身に圧力を感じながら沈んでいく。それは光も音も遅れて聞こえる空間。そこには奴と剣を交えるもう一人の……いや本来の俺の姿がある。
周囲の空間の時間を削り取ることで、この特殊な空間を発生させる、それこそがこの時国剣界時の能力。そして本来の時間の光景を視認しながら、俺はゆっくりと奴の背後に回ると、聖剣を連結させて再びトリガーを引いた。
『再界時!』
それと同時に俺は抹消された時間から、変化した時間へと浮上する。そしてそのまま勢いよく聖剣を振り下ろした。
―ザシュッ!!―
「うぐっ!?」
奴の装甲を容易く切り裂き、その身にまで到達させた一撃を受け、奴は体勢を崩す。
抹消された時間を知覚できない奴からは、瞬間移動したようにしか見えないだろう。そして奴が俺の方向に振り向こうとした瞬間に、再び俺は界時の能力を発動させる。
『界時抹消!』
『再界時!』
奴の死角に周り、攻撃を行っては、時間を抹消して移動する。言葉にすれば簡単だが、抹消された時間の移動には多大な負担が掛かる。しかし、俺はそれを修練によって完全に使いこなすことに成功した。どんな相手であろうと、この攻撃から逃れることは出来ない。
奴の攻撃は俺には決して当たることは無く、逆に奴の体には少しずつ傷が付いて行く。その傷は徐々に回復していくが、関係無い。奴がダメージと疲労で動けなくなるまで攻撃を続け、動きが止まった後に確保するだけだ。
『再界時!』
そして再び、奴の背後へと回ると、聖剣の鋭い切っ先を奴の心臓目掛けて放った。
「……もう慣れた」
―ギィンッ!!―
だが手に伝わったのは、奴の体を突き刺す感覚ではなく、金属同士がぶつかり合う硬い感触。
俺は確かに奴の死角から攻撃を放った。回避することは出来ない絶対の一撃。しかし、俺が放った渾身の一撃を、奴はまるで後ろに目があるかのように、一切顔を動かすことも無く、ただ腕の動きだけで聖剣を巧みに操り防いだのだ。
「何!?」
予想外のことに愕然とする。マスターに仕える剣士として、今もなお鍛錬を続けてきた自分が放った必殺の一撃。それをまさか防がれるとは……。
いや、これはただの偶然だ。そう考え、再び聖剣を分割してトリガーを引く。
『界時抹消!』
抹消された時間の中をゆっくりと動く。
次は無い。回避不能の一撃を放つべく、今度こそ奴の真後ろ……完全な死角へと回る。
『再界時!』
そして浮上した時間の中で、俺は先程以上の力とスピードを込めた一撃を放った。
「……だから言ったよ」
―ガギッ!―
だがその一撃もまた、奴に命中することは無く、代わりに背中へと回した聖剣によって防がれた。
一回のみならず二回も連続で防がれたという事実が信じられず、僅かに動きが鈍った。それが決定的な隙を作った。
「もう慣れたってね……」
ポツリと呟いた奴は振り向く勢いで聖剣を振るい、時国剣界時を払いのけると、そのまま流れるように二度の斬撃を放った。すぐに気付いて後退して回避しようとしたが、奴の攻撃の方が速く、刃とぶつかった俺の装甲が火花を散らした。
「ぐっ!!」
咄嗟に背後へと跳躍したためダメージは抑えられたが、それでも急な事だったため、近くにあった本棚へと体をぶつけてしまう。その間にも奴は距離を詰めてくる。
「っ!!」
『界時抹消!』
『再界時!』
だが寸前のところで何とか界時の能力を発動させることに成功し、距離を離してその攻撃を躱すことに成功した。だが急激な抹消された時間への潜行は、予想以上に身体の負担が大きく、息が乱れ始める。
そんな俺に対し、奴は嘲るかのように口を開いた。
「その聖剣の戦い方、600年前からあまり変わって無いね。少し慣れてしまえば、簡単に対処できる。思った以上に、
その言葉は、俺を怒らせるのに十分だった。組織を裏切り、世界を滅ぼそうとした害悪如きが、代々世界を守って来た我らを愚弄するなど、絶対に許せん。
「……あまり俺を怒らせるなよ」
最早、自分の体などどうでも良い。奴はここで必ず処分する。
俺は再び聖剣を奴へ向けて振り上げた。
【SIDE:エドナ】
さて、どうしたものだろうか。あまり良くない現状に歯噛みする。
時の剣士は怒りを露にしながら攻撃してくるため、その剣の軌道は読みやすい。しかし、こちらが攻撃に移ろうとすると、すぐに回避してくるあたり、思った以上に頭は冷静なようだ。
ここで問題なのは時間。既にこの戦闘が開始してから、数十分は流れているだろうか。未だに他の剣士や賢神が現れないのは謎だが、それを確かめる時間が有るわけでも無い。
可能な限り早く破滅の書を見つけて脱出しなければならないが、その破滅の書がどこにあるのかも分かっていない。それを戦いながら見つけなくてはならないのだ。
こうなったら一度諦めて撤退するべきだろうか。しかしここで退いたら、より防衛は厳重となるはず。そうなったら、さらに目的から遠ざかることになる。
せめて何か成果を手に入れなくては見合わない。しかしどうしたものか……。
「はあっ!!」
「っ!」
そんなことを考えていた時だった。男が放った斬撃を跳躍で躱したその瞬間、私の視界にあるものが映った。それは戦闘の影響で崩れ落ちた本棚から落下したであろう一冊の本。それを見た瞬間、私の勘が語り掛ける。
それに気付いた瞬間、私はすぐさま腰に吊り下げたワンダーライドブックを取り出す。
『夜桜奇譚』
『強欲な夜桜!』
『欲求一突!』
本の力を宿した聖剣から、幾重もの花びらが舞い、時の剣士の視界を妨げる。その間に出来た隙を突いて、私はすぐさまその本を拾いに駆けだす。
「な、くっ!!」
時の剣士も私の狙いに気付いたようだけど、奴が聖剣の能力を起動させるよりも早く、私はその本の回収に成功する。
『界時抹消!』
『再界時!』
そんな私の背後から迫る槍の一撃。しかしそれは予測していた。私は床を転がって回避する。その勢いのまま私はブックゲートを開いた。本来なら結界によってこの禁書庫内と外を繋げることは出来ない。しかし、その結界は既に私が壊してる。
「待て!!」
そんな私に追いすがろうとする時の剣士。だけどここで追われるのは面倒だ。
『餓欲居合……』
『黙読一閃!』
僅かな動きで放った斬撃。それは容易く剣士の聖剣によって防がれる。だけどこれはあくまで足止め。別に倒す必要は無い。
「じゃあね……」
最後に嫌がらせ交じりの台詞を呟き、私はサウザンベースからの脱出に成功したのだった。
【SIDE:凌牙】
「くっ!!」
まさか強欲の剣士をみすみす逃すとは……自らの不甲斐なさに怒りを覚える。
苛立ち交じりに聖剣の刃を地面に叩きつけると、甲高い音が辺りに響いた。
「残念でしたね」
そんな俺の背後から声を掛けてくる人物が一人。聞きなれたその声が耳に入った瞬間、俺は振り向きながら膝を付く。
「申し訳ございません、マスター」
そこに居たのは、一人の青年。真紅のローブを纏ったこの方こそが、このソードオブロゴスの頂点に立つ存在、「マスターロゴス」だ。
この方の刃となり、仇為す者を打ち倒す。それこそが己の使命だった。しかし、それを達成できなかったという事実に思わず顔を伏せる。
そんな俺に対し、マスターは笑みを深めながら言葉を紡ぐ。
「いえ、あなたは十分な仕事をしました。あの本を奪われたのは予想外でしたが、大した問題では無いでしょう。既に状況は整いつつあります」
そう話すマスター。彼の心中にある計画。それは全知全能の書を復活させるというもの。何故、今まで封じてきたそれを目覚めさせるのかまでは知らない。だがマスターであるのなら、必ずそれを正しい形で用いるはずだ……。
「さて、ノーザンベースの方ももうそろそろ終わるでしょう。ここから忙しくなりますよ」
そう言って踵を返すマスターに付き添うように、俺もその後を歩くのだった。
【SIDE:エドナ】
霧深い山の中。人の気配どころか獣すら見当たらない、不気味な雰囲気の場所。そこに私は居た。
ここなら邪魔は入らない。私はサウザンベースから奪取した本に視線を向ける。本当ならバハトが封じられた破滅の書を手に入れたかったけれども、仕方ない。これが手に入れられただけマシだろう。
この本には破滅の書のような世界を滅ぼすような力は無い。ただ対象を封じるだけの代物。だけどそこに封じられている人物こそが重要だった。
「さて、そろそろ起こそうか」
私は静かにその本を開くと、中から桃色の嵐が吹き荒れる。しかしそれはまるで鎖に縛られているかのように苦し気にのたうち回る。
その嵐から感じられる覇剣の気配。それを狙って私は欲望剣餓欲を勢いよく振るう。
―リイィィン―
まるで鈴がなったかのような澄み渡った音が山中に響き渡る。それと同時に嵐の中から一つの人影が地面に転がり落ちた。
その人影は苦し気に何度か咳をすると、きょろきょろと辺りを見回す。
「ここは……一体?」
木々の枝の間から零れ落ちる太陽の光。それが彼女の姿を照らし出す。
腰まで届きそうな長い黒髪が風に揺れ、すらりとした肢体を包み込むのは修道服と呼ばれるもの。しかしその手に握られているのは、灰色の刃を持つ桃色の長剣。
「久しぶりだね」
私がそう言うと、彼女はハッとしたような表情を浮かべ、私を見つめた。
「……エドナ?」
「そうだよ、この醜い世界にお帰りなさい『ロレラ』」
その言葉に、かつて慈悲の剣士と呼ばれた彼女は、悲し気な表情を浮かべたのだった。
【キャラ設定】
ロレラ
●かつてバハトとエドナと共に世界を滅ぼそうとした剣士。長い黒髪と修道服が特徴。
●他の二人と同様に今の世界に絶望している。
●名前の由来はドイツの水の精霊「ローレライ」から。
●「Åkir∀/裏想郷を掲げる者」様から頂いたアイデアを参考にしました。ありがとうございます。