チキチキ!しあわせ家族計画   作:支部にいた鯨

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とある子どもがうまれた日

 

 (めぐる)は幸せな子であった。

 

 あったかくてお日様の香りがして、青空の下が似合う大好きなかあさんと。

 強くて大きくて、いつだってかあさんと俺を守ってくれる、カッコよくて大好きな■■■■。

 

 ■■■■とお揃いの色は好きだったけれど、他の子たちが変な色だと言われるのが少し嫌だった。

 だけどかあさんが好きだと撫でてくれて、■■■■がお揃いだと言ってくれるから、俺はやっぱりこの色が好きだった。

 

 そんな幸せな日々が壊れた瞬間を、俺は今でも覚えている。

 

 最初は■■■■の仕事が忙しくなって、あまり家に帰って来れなくなった。

 優しい大きな手に頭を撫でられる事も減った。

 

 お揃いの色だよと嬉しそうに笑った■■■■のいないご飯をかあさんと食べて、いつも俺を挟んでかあさんごと抱きしめてくれた腕の無いベットでかあさんと寝る。

 

 そんな毎日を繰り返していたら、いつの間にか■■■■の温もりを忘れた。

 ぱったりと。帰ってこなくなったのだ。

 

 悲しそうな顔のかあさんがイヤで、俺は■■■■の言葉をマネるようになった。

 まだまだ拙くて声変わりもしていなかったけれど、■■■■と同じ色の俺がやれば、そっくりねと笑ってくれた。

 

 まだかな。まだかな、と指折りに■■■■の帰ってくる日を数えながら、子どもの頭でかあさんを喜ばせられる事を考えた。

 

 かあさんは■■■■が大好きだった。■■■■もかあさんが大好きだった。俺もそんな二人が、大好きで仕方なかった。

 

 その日は雨も風もなく、ただ空はとても曇っていた気がする。

 

 ピンポンと。玄関の呼び出し鈴が鳴った。

 

 ■■■■はカッコよかったけど変な人だったから、時々ピンポンを押してかあさんに出迎えて貰うのが好きだった。

 

 かあさんがかあさんになる前を、■■■■は思い出すらしかった。

 

 あの日もそうだと思った。俺の家の呼び鈴なんて■■■■以外鳴らす人なんていなかったから、やっとまた三人でご飯を食べて寝て、おはようを言えるのだと思ったのだ。

 

 少しそわそわとしたかあさんが玄関に向かったけれど、俺は行かなかった。

 

 ■■■■は寂しがり屋さんだから、俺がかあさんと一緒に出迎えてくれないと、(めぐる)ー! と叫んで抱き着いて来てくれた。

 

 ずっと帰って来なかった■■■■。かあさんは寂しそうにしてたし、俺も少し、寂しかった。

 

 だから意地悪をしてやろうと思って、こっそりと玄関の見える廊下から覗いていた。

 

 やってきたのは背の高い、黒くツンツンとした髪の男の人だった。

 ひどく悔しそうな顔で、黒色のツンツンが何事か呟き、大きく頭を下げた。

 

 ポタポタといつもかあさんが綺麗に掃除していた床に水を落としながら、黒色のツンツンは頭を上げなかった。

 

 数秒もしない内に、今度はかあさんが崩れ落ちた。へなへなと、そんな……うそよ……と繰り返しながら顔を手で覆ったかあさんの姿を、俺は忘れたことはない。

 

 幼心になんとなく、大好きだった■■■■の手が、俺の頭を撫でてくれてることは無いのだろうと思った。

 

 それが俺の、■■(めぐる)の地獄の始まりだった。

 

 黒色のツンツンが帰ってすぐ、また黒色の人が来た。

 

 そいつ等は無遠慮に泣き叫ぶかあさんを掴み、動けないでいた俺を見て驚いた顔をした後、口が裂けるほどにわらった。

 

 気持ちが悪かった。おぞましかった。恐ろしかった。

 

 抵抗するかあさんと一緒に連れていかれたのは大きくて立派な、日本屋敷だった。

 

 屋敷にいた人達はみんな俺を見て驚いた顔をした後、口が三日月に裂けるのだ。

 そして暴れるかあさんを見て、使えるぞと。【りくがん】と【むかげん】の抱き合わせを孕んだ女だ、と。男たちはかあさんを舐め回すように見た。

 

【りくがん】も【むかげん】も何一つ分からなかったけれど、かあさんが酷い目にあってしまうのではないかと。

 怖くなった俺は、どこの誰とも知らない人達に必死で懇願した。

 

 かあさんを虐めないで。かあさんに酷いことをしないで。俺に出来る事はなんでもするから、かあさんと一緒にいさせてくれ、と。

 

 ならば約束をしましょうと。あなたのお母様を虐めない。酷いことをしない。一緒にいさせてあげる代わりに、あなたは私たちの言うことを良く聞き、一生懸命頑張るのですよ。と。

 

 俺はそれに飛びついた。指切りをして、約束した。約束してしまった。

 

 

 

 かあさんと一緒に押し込められたのは、組子と呼ばれる綺麗な模様の嵌められた障子部屋だった。

 

 その一角には布団が敷かれ、かあさんはそこへ転がされた。

 疲れたからもう寝るのだと思い、俺も一緒に布団へ潜り込もうとした。

 

 だけれど、かあさんの置かれた布団へ入ったのは知らない男だった。

 

 俺は俺を連れてきた男に引っ張られ、かあさんの見える離れた所へ連れて行かれた。

 

 それからの日々を、俺は良く覚えていない。

 

 甲高い悲鳴と喘ぎ声。啜り泣くかあさんと、耳に濡れたぐちゅぐちゅとした汚い音。

 

 孕め。りくがん。むかげん。そうでんじゅつしき。神の子を。抱き合わせの子を。お前の息子のような、

 

 最強(五条悟)の子を。

 

 一日のほとんど。朝と夜の睡眠時間を除いた全ての時間を、俺はかあさんの悲鳴と下卑た大人の声を聞きながら、あの組子部屋で過ごした。

 

 お勉強・お稽古と称される拷問みたいな訓練。終わった後に駆け込んだかあさんはいつも、変な臭いと、気持ちの悪い液体に塗れていた。

 日に日に痩せ細っていき、あれだけ暖かった手もすっかりなりを潜めて。

 

 だけれど俺を抱きしめる優しい腕と、■■■■そっくりね、と微笑んでくれる心は変わらなかった。

 

 俺は知っている。かあさんは毎日、俺が眠った後ふわふわとした俺の髪を撫でながら、さとるさん……と呟いて泣くのだ。

 

 俺は少しだけ、自分の色が嫌いになった。かあさんが微笑んでくれる色だけれど、かあさんを泣かせる色だからだ。

 

 かあかんが泣いている、約束が違うと。俺と指切りをした人に詰め寄った事もある。

 

 そいつはこう言った。アレは虐めているのでは無いのです、愛を育んでいるのですよ、と。

 

 日に日に衰えていくかあさんの体。俺の前から消え入りそうなかあさんの存在。

 

 俺がかあさんを逃がそうと考えるのは、時間の問題であった。

 

 俺の身に備わっている■■■■譲りの【りくがん】と【むかげん】。その訓練中に、部屋を全壊させた。

 

 俺は良い子にすると約束してしまったから、この部屋からは出られない。

 だからかあさんだけでも、この部屋から外へ出すのだ。

 

 かあさん。行って。俺はここで頑張るから、かあさんは逃げて、と。

 

 かあさんは驚いた顔をした後、俺を抱きしめて逃げた。

 

 いや、逃げてくれれば良かった。

 

 あなたを置いて、かあさんだけ逃げられないわ。あなたは私と■■■■の、大切な大切な宝物だもの。

 

 かあさんと俺が捕まったのは、■■■■のせい。

 

 かあさんが逃げられないのは、俺のせい。

 

 俺という存在が、かあさんの足枷になっていたと知った瞬間だった。

 

 そんな日々が続いた、とある日の朝。

 

 かあさんが死んだ。

 

 本当に呆気なく。夜に抱きしめてくれた少しひんやりとした腕は、朝には冷たく。

 

 優しく紡いでくれた俺の名前は、朝には呼ばれることもなく。

 

 プツリと。糸が切れた人形のように、かあさんは死んだ。

 

 かあさんが死んだ。死んでしまった。こんなところに居たから。こんな場所に来てしまったから。この場所から逃げられなかったから。

 

 その事実が受け入れられなくて、みっともなく冷たくなったかあさんに縋りついた。

 

 まって。いかないで。俺をひとりにしないで。俺をのこしていかないで。俺をもう一度、

 

 抱きしめて。

 

 俺の尋常じゃない叫び声が聞こえたのか、息を切らせながら組子障子を開けたのはいつか見た黒いツンツンだった。

 

 俺を見て、事切れたかあさんを見て、黒いツンツンは顔をこれ以上ないほどに歪めた。

 

 その日を境に、俺はあの部屋を出た。

 

 自分の洋服でかあさんを包み、俺と一緒に抱き上げた黒いツンツンと一緒に、俺はあの地獄を出たのだ。

 

 ■■■■が帰ってこなくなってから、半年後のことだった。

 

 俺が次に身を寄せたのは、学校と呼ばれるお寺みたいな場所だった。

 そこで俺は人生の大半を過ごした。

 

 黒いツンツンが後見人となって、ジッと己の影ばかり見つめている俺に、色々な事を教えてくれた。

 

 ■■■■のこと。■■■■が居た世界のこと。■■■■が何故、帰ってこられなくなったのか。

 

 最後の別れだからと気を利かせ、冷たくなったかあさんと二人きりにされた部屋で、俺はひとり笑った。

 

 とてもシンプルで、簡単なことだった。

 

 かあさんが苦しんだのは、■■■■が死んだから。

 

 かあさんが死んだのは、■■■■と出会ったから。

 

 かあさんが汚されたのは、俺を産んだから。

 

 かあさんが逃げられなかったのは、俺がいたから。

 

 かあさんは■■■■と出会わなければ生きていた。俺がいなければ、生きていた。

 

 

 たったそれだけの、ことだった。

 

 

 


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