チキチキ!しあわせ家族計画   作:支部にいた鯨

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一年が明けてしまいました……。明けて……しまった……。

寒さが深まる季節となりましたが、皆様体調の方はいかがでしょうか。鯨です。

コメント、お気に入り登録、そして評価を下さった方々、ありがとうございました。コメントでも支部から追ってきて下さっていた方、また逆にハーメルンから支部の方に顔を出して下さった方もいたようで頭が下がるばかりでございます。
いくつか番外編も楽しみに待っています、と言って下さった方々がいらっしゃったので、番外編は折を見て入れたいと思います。

長々と失礼しました。それではチキチキ!しあわせ家族計画の二部、「五条悟のしあわせ家族計画」。少しでも楽しんでいただければ幸いです。



チキチキ!五条悟のしあわせ家族計画

 ───言うのがおっせぇよ。だが、確かに聞き届けたぞ───

 

 耳の奥底に残る、瓜二つな若い声。

 

 ───これは誓約だ。俺とお前との間に結ぶ約束───

 

 カタカタと、どこからともなく響く組子。宇宙の瞳(五条悟)とは異なる、虚ろな万華鏡が回る足元。

 

 ───力の代償。その半分は俺がなんとかしてやる───

 

 繋がっていた腕の鎖。鏡合わせのように寄せあった温もり。もう一人を鮮明に感じた耳に落ちる吐息。

 

 ───だからどうか───

 

 かあさんを助けて、と。

 

 人の神経を逆撫でするような口調も底意地の悪さも、全てかなぐり捨てた幼い声。

 

 アレは。俺の領域に酷似した場所にいた鏡合わせの隣人は、やはり以前の俺(■■巡)だったのだろうか。

 

 目が覚めたら記憶が無かった。あったのは古ぼけた日記と【六眼】先生、そして【閻魔刀(やまと)】と影で眠っているかあさん。

 

 起きた場所が世紀末も真っ青な廃墟ど真ん中。呪霊が我が物顔で闊歩していたし、てっきり何かの事故や不測の事態があって記憶がすっ飛んだものだとばかり思っていた。

 

 ア”ア”────ッ! と。外から聞こえる女の子らしき絶叫。新緑の生い茂る季節に突入した空気はまだカラリと乾いており、窓から入り込むそよ風は好き勝手に銀糸を弄んでいく。

 

 触れる髪束の感触はあるものの見えない右側。はたはたと触れる感覚が鬱陶しくて、どうせすぐに解けると分かっているも、攫われた銀を耳にかけずにはいられない。

 

 記憶喪失。そう、記憶喪失であると思っていた。思っていたんだが。

 

 指を走らせればブラシのような睫毛と、中身の入った眼球の感触が返ってくる。

 

 色を失くした眼球。機能停止となった【六眼】。

 

 力の代償。その半分。

 

 繋がっていた鎖に、温かみを感じた人肌。

 

 狭まった世界で見る布団は白く、サラリとした白色は洗剤の匂いがする。

 

 もしかしたら、と。ぼんやりと頭の片隅にあった予感が、鎌首をもたげる。

 

 ずっとその考え自体が。いや、「記憶喪失」という前提条件から間違っていたのかもしれない。なぜなら領域は心のテリトリー。己の我儘を押し通す絶対の支配領域。閉じ込める目的で開かない限り、閉じた心の中にいるのは自分一人であるはずの場所。

 

 なら、そんな場所(心の中)に居たあの隣人は。代償と共に約束を結んだ、同じ色彩の彼が以前の俺(■■巡)だったとするなら。

 

 

 ひそりと病院着から覗く手首。とくとく鳴る心臓部のさらに奥まった秘密箱に手を置き、感じるはずもないもう一人の熱を探す。

 

 今の俺は、記憶の無い俺だ。この身を形作った時間を知らず、この身に猛り狂う父への憎悪も母への愛も、ひどく断片的な存在。

 

 以前の俺は、記憶を有した俺(■■巡)だ。巡という存在の原点を知り、狂おしいほどの父への憎悪と母の幸福を生きる目的とし、あらゆるものを捨てた(・・・)存在。

 

 体を苛む渇望は同じもの。命を使い潰す目的も同じもの。魂と呼ぶもの、心臓の奥深くから溢れる夢想も同じもの。けれど……。

 

 カタリカタリ。虚ろな万華鏡と組子障子。領域に似た心の部屋に居た、鏡合わせの彼が頭を離れない。

 

 今の俺と以前の俺(■■巡)。現実に足をついている表と、心に沈む裏。それらを根本を同じくした枝木と仮定し、別個の人間(・・・・・)として考えたならば。

 

 失った記憶の中にいる俺は。巡の原点である以前の俺(■■巡)はまだ、

 

「……生きている?」

「なに当たり前のこと言ってんの」

 

 無意識に零れた独り言。誰もいないと安心していた空間から入った呆れ声に、ドッ! と心臓が飛び出る。

 

 清潔さを表した真っ白いシーツから目を離し、ゆっくりと鈍くなった首を横へ。

 

 バクバクと鳴りやまない心臓のポンプ。秒間でものすごい拍動数を叩き出している生命機関など知ったことか、と言わんばかりに、今日も俺の表情筋はパーフェクトサボタージュである。

 

「やっ!」

 

 真っ白な銀色の癖毛に同色の長い睫毛。きらきらと光を取り込んで輝く空色の万華鏡。

 自分そっくりな幼いベビーフェイスだが、その(かんばせ)を彩る表情の豊かさは正反対。

 

 にんまりと口角を上げ、軽く片手を挙げたのは他でもない。

 

 呪術界最強を冠する男。【無下限】と【六眼】の抱き合わせである奇跡の天才。

 

 俺が殺したくてやまずも殺せず、膝を着いた規格外の怪物。

 

 五条悟。他でもない、巡の。俺のたった一人の───父親だ。

 

「なあに? 自分が生きてることが信じらんないの?」

 

 立てかけられていたパイプ椅子を無造作に掴み、ガタガタとベッド脇に置いたソレ。長い足を組み、腰かけた姿の様になること。似合いすぎて腹が立つ。

 

「……ノックくらいできないんですか」

「ノック? なにそれ。僕ノックとか生まれてこの方、やったことない」

 

 デリカシー皆無かよクソ。帰れ土に。

 

「それに此処、僕個人の休憩室だし。自分の部屋に入る時ノックとかしなくない?」

 

 ぐうの音も出ない正論。存在自体が理不尽の塊のくせして良く言う。

 

 優に三人は座れそうな大きなソファ。正面には最新の薄型テレビに、おざなりに置いてある収納ボックスには溢れそうなお菓子の山々。

 

 そんな中にポツンと。上階にある個室部屋に設置された見晴らしの良い窓辺。そこにピッタリと引っ付けるよう置かれた白色のベッドが、あれからお世話になっている場所だ。

 

 最初はコイツの務める学校、その保健室にあるベッドの上で目を覚ました。

 

 何やら夢現(ゆめうつつ)の中、子ども丸出しの癇癪っぽい事を口走った気もするが、何日も寝ていた人間からすると些細な事である。発掘した記憶の欠片の方が衝撃的すぎて気にする余裕なんざ無かった。

 

 死んだと思ったら生きているし、当たり前のように享受していた世界は半分になってるし。体は全身力が入らず動かない。呪力すらも底が見える程度の量しか回復していない。

 知らない天井に知らない場所。かあさんは変わらずいたけど、頼みの綱であった【閻魔刀(やまと)】も無い。

 

 極めつけはシャッと。なんの躊躇いも無く開けられたカーテン。

 

 出て来たのは白衣を着た知らない女性。しかも堂々と火の着いたニコチンを片手にくゆらせ、カーテンを下げた手にはチューブに繋がった細長い針。

 

 俺が目を覚ますと思っていなかったのだろう。驚きに目を見開く女性。やるなら今しかねえ! と訴える本能に従い、数秒見つめ合った後になけなしの呪力を集めて術式へ。

 

 白衣の人へは当てず、見慣れない部屋を壊すつもりで作った【蒼】。

 

 眠る前とは違う感覚。息をするように制御出来ていた呪力のコントロールが、意識しなければ無駄と表すほか無いブレが出るソレに違和感を覚えつつ、撃ち出した【蒼】は全く同じ。より高出力の収束する無限によって跡形もなく潰された。

 

 まあ、案の定というか。いたのは気を失う直前まで見ていた瓜二つの空色……ではなく、真っ黒な服に黒い目隠しバンド。感じる呪力も知覚した術式も間違いなくアイツそのものであるのに、肉眼が捉えたのはどこをどう見ても。上下左右三百六十度回転させてもなお、静かに110番をかけたくなる自販機越えの不審者。

 

 その時の気持ちは各々、推し量っていただきたい。更にこの後ひと悶着あったのだが、思い出すだけでもうんざりするので割愛する。

 

 最終的にどうなったのかだけ伝えるならば、再度呪力がスッカラカンとなり、何故か力の入らなかった全身のせいで一人で立つことすらもままならなかった俺。散々煽り散らした不審者におぶられて部屋を移動したとだけ言っておく。

 

 屈辱だった。

 

「調子は?」

 

 選択肢

 ・最悪

 ・見て分からないんですか

▷・……

 

 ぬおおおお! なんだこの三択ッ! 

 

 最近見ていなかった選択肢に思わず唸り声が出る。

 

 圧倒的に選びたいのは一番下の無言だ。目覚めた当初よりかは心の整理が着いたとは言え、そう簡単にハイそうですかと負けを認め、生殺与奪権の握られたこの状況を受け入れられるほど人間出来ていない。正直あと半年くらいはそっとして欲しいレベル。

 

 だがこれまた人間というのは複雑なもので、いくらムカつく人物であるとは言え、わざわざ時間を割いてまで様子を見にきてくれた人。……形式的に当て嵌めると、世間一般では父親と呼ばれる人物を無碍にするのも心が痛む気がしないでもない。

 

 悩んだ末、ここは俺が大人な対応をするに限ると見た。きっと微睡みの中にいるかあさんも褒めてくれるだろう。

 

 選択肢

 ・最悪

▷・見て分からないんですか

 ・……

 

「見て分からないんですか」

 

 最近死ねとか殺すばかり言っていた口でこんな事を言うのは、ちょっと言いようもない気恥しさがあるような気がしないでも……

 

「え? 分かってて聞いたけど? だって今の君、目を離したらすぐに死んじゃいそうじゃん」

 

 アレだよね。雪で作った兎みたいに! 

 

 あっけらかんと告げられた言葉に、ピクリと指が跳ねる。

 

 ………………ほぉん? 

 

 呪力を生成。形状は剣。厚みは薄く、速度重視の二本(・・)

 

「シネ」

 

 電子音に似た無機質な音。着弾先は「僕てんさ~い!」と自己陶酔に浸っている顔面ど真ん中。

 

 剃刀よりも薄い飛来する一つの剣はしかし。

 

 パシッと。おもむろに伸ばされた二本の指によって簡単に摘ままれ、込めた力そのままに砕かれる。

 

 砕けた傍から消えるソレを物珍しそうに眺めた後、作るのは人を小馬鹿にした様な顔だ。完全に人を煽るために象ったようなニヤケ顔である。何時まで続くのか見物だ。

 

「えぇ~、本当に具合悪いの~? 僕がぎゅってしてあげ……」

 

 サクッ、と。

 

 不自然に高い猫なで声が途切れ、真っ白な頭頂部にジャストミートしたのは先程砕けた剣よりも薄い、もう一本の呪力の剣。

 

 額からじわじわと流れる血液。小馬鹿にした様な顔とは一転し、目の前の最強は世にも珍しい真顔だ。

 変わらずセンスを疑う真っ黒ジャージを纏った腕が頭上へ伸ばされ、誰にも抜けない伝説の聖剣となっている呪力を引き抜く。

 

 プシュリと抜かれた幻影の聖剣。タラタラと伝う赤色。

 

 馬鹿が(大歓喜)。

 

 内心小躍りしてしまいそうな喜びを抑え、伏せた偏光の瞳を持ち上げる。

 

 見つめるのは勿論、表情の抜け落ちた五条悟(バカ)である。

 

「似合っていましたよ。聖剣(呪力)の突き刺さった()

 

 流れ出る血液も拭わないまま、無言で剣身の透ける呪力の塊を握り潰す父親。

 

 再度言おう。馬鹿が(大歓喜)。呪力がみそっかす状態でも【歪曲の魔眼】と【千里眼】は問題なく機能する。右目が死んだとは言え、それは【六眼】と肉眼の機能が欠けただけだ。視界内に映した対象を右回転と左回転の螺旋により捻じ曲げる【歪曲の魔眼】は、【千里眼】さえ失わなければその効力を発揮し放題である。

 

 頭上に展開されている【無下限】のみに焦点を絞り、上へ飛ばした呪力の落下に合わせて【歪曲の魔眼】でターゲットした無限の層を曲げる。瞳の色さえ隠してしまえば、嘗めっ腐った態度の油断と隙のバーゲンセール開催中なヤツに剣を刺すくらい朝飯前だ。

 

 ぶっちゃけ右目どころか、両目を失くしても問題ない。視界に映す。見えていること(・・・・・・・)が重要なのだから。

 

 これまで必要だった発動の為のトリガーは省略済み。言葉という(まじな)いにより脳負担を軽減させていただけで、なしでも問題なく処理できる脳みそさえあれば口に出す必要は無い。

 

 最終決戦では終盤、この言葉(トリガー)を紡ぐ口元に反応されて回避されてたようだし。半月も体と呪力の回復を待ちながらぐーたらしていたわけではないのだよ。

 

 暫しの沈黙。白い肌を赤黒くイメチェンした銀色が深く息を吐き出し、ゆらりと血液にまみれた睫毛を震わす。

 

「……君、友達少ないでしょ」

 

 アンタにだけは言われたかねーよ。

 

 


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