チキチキ!しあわせ家族計画   作:支部にいた鯨

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①・前

 

かっっっっっっっわいくねええええええええええええ!!! 

 

 ジンジンどころか、ズッキンズッキンと痛む頭から息子作のへなちょこ呪力で生成された青色の。ステンドガラスのような薄い剣身を引き抜き、額を生暖かい液体で濡らしながら握り潰す。

 

 脳までは届いていなかった傷に反転術式を施し、窓脇のベッドから気だるげに身を起こした銀色。一瞬目を覚ましたり、眠ったりを繰り返し、やっと現実に帰ってきた冬景色の子。

 唯一無二の、同じ世界を映す息子を見て、五条悟が抱いた心からの叫びがコレである。

 

 恩着せがましく言うつもりはないが、あっちこっち痛い死にかけた体で。同じく死にかけた名も知らぬ息子を誰が高専に運び入れ、深夜の匂いを色濃く残した早朝の保健室に寝かせたと思っているのか。

 

 夜勤明けだったらしい十年来の同級を血みどろの五体で叩き起こし、バレないよう学長やらその他諸々の人間達への根回し、治りの悪い傷口やらバレたら鉄拳コース直送の爆弾(息子)にどれだけ冷や汗を流しながらここまで漕ぎつけたと思って。

 しかも虫の息だったはずの当人の体は目を離した隙に綺麗さっぱり消えており、五条が眠る子の影に潜むアレの存在を思い出した時は後の祭り。あのまま水面に転がしておいても、直接家に連れ帰って放置してても、何も問題は無かったということだ。すごく痛い体を引きずってアレソレした五条が無駄な苦労をしただけである。もう本当クソ。

 

 ハア~~~~~、このクッソガキぃ~~~~~! と現実では米神を。内心では苛立ちに口をひくつかせる五条とは反対の、流氷のような冷えついた声。永久凍土の方がまだ柔らかいのでは、と思えるカチコチに固まった顔。

 

 まだ本調子と言うにはほど遠いコンディションだし。などと油断しきっていたが、それでも五条悟は間違いなく最強。経緯は誰が見てもくだらないものであったとはいえ、その最強に一発入れたのだ。解凍不可な表情を動かせ、とは言わない。だが欠けた瞳の中に喜色の色を見せるだとか、せめて鼻で笑うくらいはできるだろう。

 

 こじんまりとした白いベッド。保健室にあったそれそのままに運び込んだソレ。

 

 伏せた淡雪の中に隠した宝石が顔を上げ、スコンと表情をどこかに落としてきたかのような血濡れのイケメンが映る。

 

 やだ、僕ってば血も滴る美男じゃん。

 

 これは全世界が放っておかないなあ、と一人頷く。しかしそれはそれ。これはこれである。

 

 五条悟。やられっぱなしは性に合わない男。

 

「……君、友達少ないでしょ」

 

 などと言いつつ、パリとした乾いた赤が付着する指を伸ばす。

 

 人差し指と親指で摘まんで引っ張るのは勿論、負けても変わらない憎まれ口を叩く引き結ばれた口。ではなく、大福かと思うほど白く柔らかいほっぺだ。

 

 邪魔されてなるものか、と体に纏う無下限を最大にし、みょいんみょいんと良く伸びる頬を弄る。

 

 病院着に袖を通した骨ばった白い両手がギリギリと五条の手を掴むが、全然痛くも痒くもない。露出した肌に怒りの血管が浮き上がっていようが、五条の知ったことでは無い。

 意識が戻ってから少しして分かったことだが、どうやら息子は術式が使いたくても使えないらしい。そりゃそうだ。こんな味噌っカス呪力で術式が起動できるわけがない。

 

「これだけ生意気な口が叩けるって事は、それなりに調子は戻って来たんでしょ、お前」

「……」

 

 確かに聞こえているが無視。無言。意地でも五条を見ない六眼はいつもの事である。息子はコミュニケーション能力をいつかの。どこかの未来に置いてきてしまったらしい。

 

「あのねぇ、僕ってば、ちょー忙しくて超有能な呪術界のスーパーグッドルッキングガイなワケ。つまり予定は毎日立て込んでるし、明日には海外出張も控えてるのよ」

 

 まあ、その毎日飽きもせずに舞い込んでくる予定をきっちり熟すとは限らないけれど。

 

 みょんみょん伸ばす形から、ぷすぷすと。ねえ、分かってる? 僕のすごさ分かってる? という気持ちをふんだんに込めて、白い頬をツンツン。

 

 抵抗も今の調子では無駄だと悟ったのか、息子は最早テコでも動かない美しい彫刻状態だ。

 

 せめてもの意地か、首のいっぺんすら揺らさない所が更にかわいくない。

 

「そろそろ巡、お前の事を学長サマに隠し通すのも限界に近いし、変な横槍が入る前に、こっちでの立場とか所属とかを明確にしておきたいの。僕的にはね」

 

 ねー、分かってる~? とぷすぷす、ではなく、グリグリと白い肌に大人の指を押し付ける五条。

 

 ねーねー。ねぇってばー。

 

 暫くそうしていればハアとため息がひとつ。長いまつ毛を伏せ、鬱陶しいと雄弁に物語る氷点下の空色が同じ銀色と空を映した。

 

 毛布の上に揃えられていた手が持ち上がり、衣擦れの音と共に半ば削岩機となっていた白く大きな手を上から下へ。五条からするとまだまだ細い、剣だこのある子どもの手がしつこいと、そう言わんばかりに五条の手を叩き落とす。

 

 無下限は働かない。五条が設置した、無限の防衛機能が反応するラインに満たなかったからだ。

 

「……嫌だと、そう言ったら?」

 

 息子の口から出た質問にきょとり。続いてニヤリと。大人の口が悪い形に歪んだ。

 

「『君が勝ったら、僕の命をあげる。その代わり僕が勝ったら、命を含めた君の全部を頂戴』」

 

 二人だけの秘密を掘り起こすような、そんな囁き声。あの月が輝く夜で伝えた言葉を、五条はくすくすと空気へ染み込ませる。

 

 途端、うんざりとした美しい空色と罅割れたガラス玉。答えが分かっている質問を相手に尋ねるとは、息子も随分と性格が悪い。

 

「約束、したでしょ? なら、僕が勝って君が負けた。その通りに巡、お前の全部。その全ての決定権は勝者である僕にあるのが道理だと思わない?」

「つまり?」

 

 あは、と。思わず零れた笑い声。一見、凍りついた湖面を思わせる淡い空色の中には、ふつふつと煮え立つ濁った感情。

 

 悔しい。憎い。屈辱。憎悪等々が真っ直ぐ。息子が振るっていた斬撃のように強く強く、衰える様子の無いソレが一心に専念するのはやはり。

 

「最初からお前に、選択肢なんてあげた覚えはないなぁ。だってこれは、僕からお前へ送る決定通告だもん」

 

 僅かに顰められた眉。堅固な鍵のついた口が開き、欠けてしまった揃いの瞳が瞬きの内に燃え盛る。

 

 けれどそれも一瞬のこと。燃焼した感情は冬に閉ざされ、次に目を開ければ広がるのはいつもの湖面。

 

 五条悟だけを映した、六眼だ。

 

「……約束、という言葉は嫌いです」

「へぇ? どうして?」

「どうしても」

「答えになってないんだけど」

「答えるつもりがありませんから」

「ふぅん……?」

 

 なんだろう。見覚えのある既視感に首を傾げるも、なんだかハッキリと出てこない。こんなテンポで交わされる会話を、自分は長年経験している気がするのだが。

 

 あ"ーーーッ! と釘崎の悲鳴が響く切り取った四角の空へ、ふわふわとした綿毛が凭れる。

 

 長い足を突っ張ることでイスを後ろへ引き、ガガガガと耳障りな不快音と断続的にかかる衝撃に顔を顰めつつ適当に置いてある収納ボックスを開ける。

 いくつかお菓子の袋を引っ掴みポイと投げてしまおうかと思った五条だが、万が一口を開けている窓から落下した時の事を考えると手が止まった。今、この子の存在が明るみに出るのは避けたい。

 

 行きとは逆に今度は前方へとパイプイスを乱雑に寄せ、持ってきた大袋を息子の住処となっているベッドへばら撒く。

 

 手持ち部沙汰ゆえの鼻歌を歌いつつ、どれにしようかなと指先でルーレット。

 

 ポピュラーなチョコとビスケットが合体したひと口サイズの大袋をベリベリと開け、出てきた小包を破り中身を口の中へ。

 

「他には?」

 

 また一つ個包装を破れば、何を言われたのか理解し難い雰囲気を醸し出す息子の銀糸が揺れる。

 

 ぱくとビスケットなのかチョコなのか分類に困る菓子を口へ放り込み、だからー、と五条の六眼が息子を映す。

 

「嫌いなもの。約束って言葉が嫌いなんでしょ〜? なら他にも何か、お前が嫌いだっていうやつないの」

 

 そう説明してやれば間髪入れず、

 

「あなたです」

「ビンタ入れるよ???」

 

 いっそ凛々しさの感じられる一言。思わず五条も本気の声が出た。

 

「あとは……」

 

 ポツリ。心ここにあらず、を体現したかのような朧げな声。

 

 てんで様子の異なるソレに、ビスケットの開封と運搬を繰り返していた五条の手が止まる。

 

 淡い輝きを宿していた片眼の空色がぼんやりと色を失くし、徐々に徐々に。どろ、どろ、どろりと、それこそ年季の入った呪いそのものと呼べるような黒く、濁った泥が美しい瞳に渦巻く。

 

 とぷんと、モノ言わぬ子どもの影が揺らめいた。

 

「人に。人間にたかる蛆虫は」

 

 大嫌いです。

 

 どこか遠く。目の前の五条すら意識の外へ飛ばし、より深き遠い彼方を見つめている瞳に少しの苛立ち。とぷりと影が震えたが関係無い。

 

 どこを見てるんだよ。お前が見るべきものは僕だろ。

 

 そんな心から。脳みそも脊髄すらも通さず噴出した感情に突き動かされるまま、五条の腰は浮き上がり、思いのほかがっしりとしている尖った肩を両手で掴み押し倒す。

 

 ばっふん! と浮き上がった菓子の大袋。軽い衝撃を背中付近に感じつつ、首を挟んで立てた両腕に顔を乗せる。

 

 至近距離にある幼い顔。罅割れたガラスは虚ろで光は無く、しっかり動く揃いの六眼は不愉快そうに、愉快な表情の五条悟を映し出す。

 

「……重い」

「それでさ、お前の所属とか立ち位置とかをどうするかっていう話なんだけどさ」

 

 何事も無かったかのようにぱたぱたと少女のように両足をばたつかせ、にこにこと五条は己の中で決めた事柄を喋り出した。

 

「まずは戸籍。これについてはもうクリアしたものと同然。遺伝子検査でお前と僕の親子関係は証明されてるし、年齢の齟齬については僕の書類を違和感無いレベルにまで弄っちゃえば解決」

「……遺伝子検査?」

「呪術師としての所属は高専。あ、高専って言ってもここだよ? 東京都立呪術高等専門学校ね。高専所属の呪術師で、僕直属って事は決定。無理でもなんでも、無理やり押し通すからそこら辺は安心」

「まて、遺伝子検査ってな……」

 

 拾った個別包装の中から取り出した菓子を、諦めず追求してくる小さな口に突っ込む。

 

「で、ここからがちょっとめんどくさい所。わざわざ僕がお前にこれからの予定を話したのは、こればっかりはお前が自分の足で顔を見せに行く必要があるから」

 

 よっこいしょと、五条はのしかけていた体を起こす。

 

 無理やり突っ込んだ食べ物は最悪、顔面目がけて吐き出される可能性も視野に入れていたのだが、食べ物とかは粗末にしないタチらしい。銀色の髪をシーツに散らばせた息子は黙々と、お菓子の入った口を動かしている。随分マトモな常識を持った人物に育てられたようだ。

 

 コクリと小さく喉が鳴り、押し込んだチョコレートは息子の胃の中へ。

 

「顔を見せに行く? ……どこへ」

 

 静かな、冷たい声音。美しい明けの空、その輪郭がブレる。

 

 ああ、これは息子の感情を揺らす類のものなのか、と。デキの良い頭の片隅にメモを残しつつ、体を通して呪力を術式へ。

 

 にっこりと口角を引き上げ、五条はそっと呟いた。呪術界において御三家に数えられる古き家、他でもない五条悟が生まれた場所の名を。

 

「……五条家へ」

 

 淡い万華鏡が閉じ、エメラルドを含んだルビーの。神から与えられた偏光の宝石が花開く。

 

 呪力を喰らい、現世にて顕現したのは数多の無限級数。ほの赤く光る無限が息子を取り囲み、今か今かと発散の時を待つ。

 

「なんの冗談だ、ソレは」

「冗談? 僕が? それこそ冗談みたいなものだよ」

 

 いつの間にか首にかかっていた手を無下限で防ぎ、飛び起きた宝石の瞳をじぃと見つめる。

 

 見えはしない。けれど肌で、本能で感じる空間の軋む声の中、五条はゆっくり。人差し指を立ててみせた。

 

「戸籍上、お前を僕の息子として”五条”の名前をくっつくけるのは簡単。だけど呪術界の中で僕の息子。五条巡(ごじょうめぐる)として存在を確立させるとなると、それ相応の証明がいる。脳みその腐ったミカンが大多数を占める老害どもの巣窟だとしても、現時点でこの世界を仕切っているのはこいつ等だからね。そいつらの首が動くような、覆せない程の決定的な証拠がいる」

 

 音もなく捻じれ狂う室内。気にする素振りすら見せず、五条は立てた指を眼前にいる息子に向けた。

 

「お前だよ、巡。お前が直接、御三家である五条の家に行き、その瞳を。その術式を。その力と血統を、五条に連なる家々の者にまず証明しなきゃいけない」

 

 バシュッ! と千切れた己の髪を尻目に、螺旋渦巻く魔の瞳を六眼で覗き込む。

 

 お前ならそれくらい、できるでしょ。

 

 声にせずとも投げかけた問い。答えは返ってこないが、出来ること前提で進めているのだから問題は無い。

 

「俺をアンタの血縁者として登録する必要は無いだろ」

「……それ本気で言ってる? 鏡見たことあるお前」

 

 そんなクローンと見紛うレベルでそっくりな容貌(かたち)をしていながら良く言う。一度大鏡を買って横に並んでやろうか。

 

「いやだ、いかない」

「いやだは認められない。これは決定事項だって言っただろ」

 

 ソファが曲がり、テレビが曲がり、嗜好品の入った収納ボックスが曲がる。見えない螺旋に壁が削り取られ、不出来な傷が量産されていく。

 

「いかない、いきたくない。アンタの息子にもなりたくない」

 

 狭まる歪曲の螺旋。自分諸共捻じ曲げる異能が近づく中、だってだって、と。幼い子が悪い夢を恐れるような、見えない恐怖に怯えるような弱弱しい声が、聞き分けのない我儘な口から零れた。

 

 

「俺が、俺があそこに戻ったら(・・・・)、かあさんはどうなるの……?」

 

 この部屋に留まらず、外にまで作用し始めた空間の曲がる予兆。

 

 力の発生源。つまり目の前の息子の気分次第で、次の瞬間には五条も。高専で生きている生物を含めたまるごとが捻じ曲がってしまうかもしれない危機の中、息子の地雷でコサックダンスをキメた五条はおや? と。明らかに様子のおかしい息子を特別な瞳に映しながら、小さく首を傾げた。

 

「(あれぇ~? コイツってこんなに頭弱かったっけ……???)」

 

 実は馬鹿なんじゃないか、この子、と。降ってきた頭悪い疑惑にンー、と唇を尖らせ、変形を始めた建築物の声を聞きながら思考。流石の五条とて、手塩にかけて育ててきた生徒たちの未来を閉ざすのは忍びない。

 

 ひとつ溜息の後。中身の開いた偏光の瞳に手を被せ、ギチギチと無限の層で足掻いていた腕を取る。

 

(めぐる)、聞きなさい」

「!」

 

 何か琴線に触れるものでもあったのか、被せた掌にけぶる睫毛の感触。五条と異なってしまった息子の、宝石とガラスの瞳が大きく見開かれた。

 

「僕は言ったね? その瞳、その術式、その力と血統を以て、証明しろって」

 

 解け始める歪曲の螺旋。馬鹿みたいに力の篭っていた腕から力が抜けていく。

 

「ああは言ったけど、実際五条の家。その決定権を握っているのは当主では無く僕だ。それは何故か分かる? シンプルで簡単、僕が誰よりも強い(・・)から。呪術界は千年も前から力と才能がモノを言う世界だ。お前が執心するかあさんとやらを守りたいなら、僕を殺すためだけに鍛え上げたソレで」

 

 ゆっくりと。(とばり)の役割を担っていた片手を下ろせば、嵐の過ぎ去った淡くとも輝く空の色。

 

 掴んでいた手を離し、そのまま持っていくのは薄い体。トクトクと脈打つ心臓に人差し指を乗せ、トン───と。軽く小突いてやればほら。

 

「邪魔なもの全て、ねじ伏せてみせろ」

「……言われずとも」

 

 可愛げのない息子が、そこに居る。

 

 

 

 

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