チキチキ!しあわせ家族計画   作:支部にいた鯨

2 / 18
②・前

 

 最近、五条悟の機嫌が悪い。

 

 

 呪術師界隈では専らその噂で持ちきりだ。

 

 確証も定かではない噂だ、と。そう両断するのは容易いが、なんといっても相手はあの(・・)五条悟。遥か昔から連綿と続く呪術界に新しい風を吹かせ、根っこ部分からの変革を望む御三家の神童。

 日々上層部へ喧嘩を売るのは当たり前、加えて少し前には特級呪物 両面宿儺(りょうめんすくな)の指を取り込んだ爆弾をお偉いさん方の反対を丸め込み、戦力として取り込んだ男だ。

 

 その飛び抜けた能力ゆえか、本人に備わった性格ゆえか。何があろうとも常に底知れない笑みを浮かべ、飄々としている美しい人。それが自他共に認める最強の姿だ。

 

 特に最近は幼少の頃から目をかけていたという子どもが自身が教鞭を振るう東京校……東京都立呪術高等専門学校へ入学したらしく、例年に比べかなりのご機嫌であった。なんでもその子どもは呪術界御三家の一つ、禪院(ぜんいん)家の相伝術式を持った有望株でもあるらしく、一年ながら呪術師としての等級は2級。最強の育てた麒麟児と密かに広がりを見せている。

 

 しかもそれだけではない。同年代のもう一人もお眼鏡に叶ったのか満足気であり、特級の核爆弾となった両面宿儺(りょうめんすくな)の器を見つけてからは最高の変革日和だと言わんばかりの上機嫌が続いていたのだ。

 

 それが先日。そう、つい先日からだ。生徒の前ではいつもの最強(五条悟)ではあるが、一歩、教え導く立場から離れてしまえばピリピリとした苛立ち混じりの緊張を隠しもしない。

 

 あの最強がだ。あの五条悟がだ。天上天下唯我独尊。天に人は我一人、を地で行く常識破りの天才がだ。

 

 不完全とはいえ、呪いの王の受肉報告を受けてなお面白いと言わんばかりに美しい(かんばせ)を喜色に染めていた人物が常の姿を崩す程のことがあったのだろう。

 

 何故か生家である五条家にもかなりの圧力をかけているらしく、噂の出処は五条家から……といった話も出ているくらいだ。

 

 最早ここ最近の呪術界は息を殺しながら五条悟の様子を伺っている有様であり、最強をクソガキ扱いする上層のお偉い様方でさえ下手に手が出せないでいる。

 

 

 ……近々、何か途方もない大きな厄介事が来る。

 

 

 そんな予感を覚えて仕方のない呪術師たちは、密かに心の(たすき)を引き締めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────

 

 

 

 

 

 

「っくし」

 

 

 !?!?! 

 

 

 ハンカチなんてシャレたものは持ち合わせていないので、二の腕に顔を押し付けてクシャミをやり過ごす。

 

 目の前の店員さんが心配そうな顔をするので、平気ですの意味を込めて片手を上げておく。

 

 ありがとうございましたー! と、元気よく送り出してくれる店員さんに心の中で頭を下げ、コンビニの自動ドアを潜る。

 

 カサカサと揺れる小袋に入っているのは今日の晩ご飯だ。

 ラインナップはおにぎり三つに、ペットボトルのお茶、サンドイッチ二つ。

 気なる種類の方は定番のシャケにツナマヨ、可愛らしいポップでオススメされてあった牛すじ肉。

 サンドイッチはガッツリ系のハムカツサンドにしようとも思ったが、甘いものが欲しくなりそうなおにぎりの具材だったので、フルーツサンドなるものにしてみた。甘いサンドイッチって食べたこと無いから楽しみだ。

 

 

 街灯の少ない立地で光源となっていたコンビニから離れ、薄暗い道路を歩く。

 

 

 ……いやあ〜、それにしてもビッッックリした。この体ってくしゃみできたのね……? 

 

 

 咄嗟に腕で覆えたから良かったものの、あのまま発射していたらヤバかった。流石にこの顔でも許される事と許されない事がある。さっきのは後者だ。

 

 危なかった……、と少しドキドキする気持ちのまま、コンビニの袋に手を突っ込む。

 

 お行儀は悪いが大目に見てほしい。お腹が減ったのだ。この年頃の男の子の胃袋を舐めてはいけない。

 

 ぺりぺりと小さく感じる包装を剥がし、パリッとする海苔を破らぬよう慎重に両端を引っ張る。

 細かいカスのような海苔が歩道にばら撒かれるが、そこはご愛嬌。家でやってもゴミ箱の上でやっても落ちるもんは落ちる。ならば自然の摂理に従うまで。近くには大きな湖っぽい水溜まりもあるし、海苔のカスとて実家に帰れたような感じがして嬉しかろう。そうに違いない。

 

 ぱくりと海苔の巻かれた三角形を頬張る。

 

 

 ん〜〜、これはツナマヨ。

 

 

 ツナマヨは基本的に秋か冬といった涼しい時にしか買わないので、随分と久々に食べた気がした。

 

 

 ほら、ツナマヨってなんか暖かいとすぐに痛みそうじゃん? お腹を壊すかもしれないって思うと恐くて買えないんだよね、梅雨とか夏とか。

 

 

 もくもくと米と具材を咀嚼し、三回も口に含めばペロリとツナマヨは消えた。うまい。

 

 再度袋に手を突っ込み、今度はフルーツサンドを引っ張り出す。

 塩っけのあるものを食べたら甘いものが食べたくなってしまうのだ。仕方がない。

 

 シャッとご丁寧に切り口、と書いてあるビラビラ部分を縦に引き裂き、中身を取り出す。

 

 パンはふわふわとして軽く持っただけでも指が沈む。加えて中身がレタスやハム、カツなどといった固形物ではないためか、その柔らかさといったら……! 

 等間隔で並んでいるイチゴは丸々と大きく、持ち手を誤ればパン生地を突き破って赤い果物が顔を覗かせることだろう。

 

 

 買っておいてアレだが、サンドイッチをデザート風にするってどうなの? と少しばかり疑っていた。しかしこれは美味しい。絶対に美味しいに違いない。食べなくても分かる。

 

 

 いただきまーす、と今更ながら手を合わせ、甘い香りのするふわふわの物体へとかぶりつく。

 

 

 ………………………………うまあ!?!? 

 

 

 舌から伝わるこの味覚をなんと表現するべきか。生クリームのぽってりとした甘さに、イチゴのさっぱりとした甘酸っぱさ。そしてそれらを包み込み、全てをマイルドな甘さへ還元するカスタードの素晴らしさ……。

 

 

 うまい。すんごく美味しい。語彙力の無さが悔やまれる。

 

 

 もくもくと口を動かしつつ、全体の半分近くが掛けたフルーツサンドを見る。

 

 

 …………美味しい。すごく美味しい。美味しいんだが、どこか懐かしくも感じる味だ。

 

 

 不思議だ。以前の俺が好きだったりしたのだろうか。

 

 胸の内がぽかぽかとあったかくなるような心地に首を傾げつつも、まだ半分と一つあるのだから、全て食べ終わる頃には何か思い出しているかもしれない。

 

 そう前向きに捉え、フルーツサンドから目を離す。

 

 

 くしゃみで判明した人間らしさといい、ぽかぽかとする懐かしい味のフルーツサンドといい、なんだか今日は良い日だ。

 あと数時間もすれば日付が変わってしまうが、今日はこのまま帰ってのんびり過ごそう。帰り道にコンビニがあったら再度寄って、フルーツサンドを買い占めるのも良いかもしれない。

 

 久々の良い日だ。

 

 と、いうのもここ最近、呪術師界には謎の緊張が走っているらしく、近頃は裏サイトからの依頼を受けるのもひと苦労だった。

 

 ひっそりと……までは行かなくとも、正規の呪術師に見られなければオッケーというスタンスであったのに、この頃は言葉通りひっそりと仕事を(こな)さなければいけなく、少しずつストレスが溜まって仕方がなかったのだ。

 

 いっそのことフリーの呪術師として正式に登録し、大手を振って依頼を受けられるようにしようかとも思ったが、【六眼】先生が類を見ない拒絶反応と警告を告げてくるものだから止めた。

 五条悟というラスボスの情報も集まりやすくなるんじゃないか、とも思ったのだが、よくよく考えてみると人とのコミュニケーションが好きに取れない時点で無意味なのでは? という結論が出た。乙女ゲームって窮屈だ。

 

 

 まあ、そんなこんなでギュウギュウとした日々の連続で気分が下がっていたが、300円ちょっとのフルーツサンドのお陰で一気に回復した。

 

 

 甘いものは偉大だ。もうひと口食べてしまおう。

 

 うきうきとしながら残り半分の幸せを頬ばろうとしたその時、

 

 

 ───補助システム【六眼】、緊急起動します───

 

 聞き慣れた男と女、どっち付かずの声が聞こえた。

 

 ───対象を呪力による変化形の攻撃と判断 ───

 

 体が自分の意志と切り離され、パチリと主導権が【六眼】へと移る。

 

 ───最適解を算出 : 成功───

 

 潰さぬよう大切に持っていたフルーツサンドが手から零れ落ち、背負った刀袋へ手が伸びる。

 

 ───特級呪具【閻魔刀(やまと)】の使用を選択───

 

 

 おい、ちょっ……! 

 

 

 重力に従って暗い夜道に吸い込まれるふわふわのパンがやけに遅く見えた。

 

 シュルリと結び口を縛る紐を解き、軽く身を屈め中身を取り出す。

 

 姿を表したのは美しい日本刀。

 

 金色の鍔に純白の柄。艶めかしく光る黒漆の鞘。結ばれているのは淡い黄色の下緒。

 

 鋭く美しく、研ぎ澄まされた力の象徴。

 

 

 ───特級呪具【閻魔刀(やまと)】: 抜刀───

 

 

 咲き乱れる刃紋を刻む濡れ鋼。断ち切るは禍々しき灼熱の火炎。

 

 キンッ───と。鍔鳴りが先か。

 

 迫り来る灼熱は余韻も残さず掻き消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 べちょ、と。フルーツサンドが歩道へ落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お、俺のフルーツサンドおおおおおおおおおうわああああああああああああ!?!?!? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………許さん。絶対に赦さんぞ。

 

 

 

 誰だこんな場所で火炎放射器ぶっぱなしたのぶっ殺してやる。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。