チキチキ!しあわせ家族計画   作:支部にいた鯨

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②・後

 目の前でまんまとかっ拐われた特級呪霊の頭。救出にやってきたのは緑の匂いを纏った別の特級呪霊。

 

 どちらかと言えば直情的で扱いやすかった火山頭とは違い、不気味な気配と静けさを持った花畑マン。

 

 最強(じぶん)から逃げおおせた特級二匹の消えた方角を見ながら、五条悟は笑った。

 

 この前提出された報告書。特異な残穢(ざんえ)の件に進展が見られず、自分と同じモノであるならば家の者が関わっているのではないか。

 

 頂点である自分の目を盗み、ナイショであーんなことを画策していたのかと思えば思うほど腸が煮えくり返る心地であったが、家の者(現当主含む)全員に隅から隅まで吐かせても誰も何も知らないという。

 

僕と同じ術式反応(無下限)が出てきたんだからオメー等がどこぞやでこさえた子供じゃねーのか? おん?」といった感じに。父親には更に圧力をかけて問い詰めたのだが、本当に心当たりが無いらしかった。

 

 無下限を持ち、残穢(ざんえ)の反応から【蒼】が使えることは確定。無下限を使いこなせるならば、その目に六眼を宿していることも間違いない。

 無下限を使いこなすには六眼は必須の必需品であるからだからだ。

 

 五条自身も夜蛾からの緊急連絡を受けた後、すぐに現場へ急行した。

 

 そこで見たもの。この()で見たのは、それがどうしようもなく正しいという事実であったら。

 

 アレは確かに、自分ととても良く似た残穢(ざんえ)だった。

 

 だからこそ真っ先に直接の血の繋がりのある父親の不貞を疑い、屋敷の半分を吹っ飛ばして問い詰めたのだが……。

 ならば本家親戚一同か? とも考えるも、この可能性は極めて低い。本家ではなく分家に五条悟と条件を同じにする者が現れたのならば、それを祭り上げないわけがないからだ。

 革命を求める跳ねっ返りより、自分たちに従順な子どもの方が都合が良いに決まっている。

 

 案の定分家も青い顔をしながら心当たりが無いと首を振り、それ以来あの残穢(ざんえ)と一致する報告は上がっていない。

 時々上がってくるのは自分の残穢(ざんえ)と間違えた発見の報告がいくつかあった程度。ほぼ自分付きの補助監督扱いの伊地知(いじち)も、その中の一人に入っていた時はどうしてやろうかとも思ったが。

 

 五条が(六眼)を皿にしても見つからず、再度の手がかりも見つからない。

 

 釈然としない自分と同じ術式反応。大切な後進達の前ではいつも通り振舞ってはいたが、やはり心の隅には例えようのない苛立ちが募っていた。

 

 端的に言うと、少し。ほんのすこぉ──ーしだけ、ストレスが溜まっていたのだ。

 

 しかしそのストレスも煽り耐性/ZEROの火山頭をボコしたお陰で発散され、それなりの強さの特級呪霊が徒党を組んでいる事実に気分は久方ぶりの上向き。急上昇っぷりで言えば虎杖 悠二(いたどり ゆうじ)甦り事件の方が上だが。

 

 くるりと、自分の無罪を主張しながら土下座の体勢でいる虎杖(いたどり)に振り返り、にっこりと笑う。

 

「じゃあ悠二、僕は学長との約束があるから頑張って帰ってね」

「え、嘘でしょ。先生が連れてきたのに俺徒歩で帰んの? つかここ何処だよ」

 

 ギョッとする虎杖の姿に、それもそうか。と考え直す。

 

 流石に神奈川からこの時間、徒歩で東京の呪術高専まで帰らせるのも可哀想だ。学長との約束の時間はとうに過ぎているし、2・3時間程度ならば先に行かせた伊地知(いじち)がどうにかするだろう。いや、しろ。

 

「うそうそ、冗談。悠二のことはちゃーんと、このGT(グレートティーチャー)が送り届けて……」

 

 あげるから。

 

 その続きが出ることは無かった。

 

 目隠しの下からでも分かる。なぜなら五条悟には特別な眼があるから。

 

 だからこそ、目の前に現れた光景が信じられなかった。

 

 雲晴れた月夜に照らされ輝く白銀(しろがね)の髪、文字通り目と鼻の先にある淡くとも果ての無い輝きを宿す空色の瞳。

 整ったベビーフェイスを彩る色彩も、パーツも、自己を主張する呪力そのものまで、どうしようもなく自分(五条悟)そっくりなのだから。

 

 

「はじめまして、こんばんは。俺のために貴方を殺します」

 

 

 唯一の違いとも言える人間味の感じられない能面。綺麗な小さい口が物騒な言葉を吐く。

 

 瞬きする間もなく首に迫るのは銀閃。

 

 恐らく正体は刃物。振るう音と残像の形状から太刀に近い日本刀だ。

 

 高専に保管されている特級呪具【遊雲(ゆううん)】と似た気配。十中八九未登録の特級呪具。

 

 強襲の仕方は花丸百点。なぜこの至近距離まで接近されても気づかなかったのか、気づけなかったのかは不思議だが、呪具を扱う力量も高得点。

 まるっと間抜けに背中を晒している虎杖を狙ったり、人質として使わなかった点も花丸。プランターと茎を付け足してあげてもいいくらいだ。

 

 だがその程度で取れるほど、最強の首は安くない。

 

 高専で厳重に保管されている国産みの(ほこ)を除けば、どんな呪具でさえ術式でさえ、五条悟に触れることは…………。

 

 濡れた鋼に咲く乱れ刃が迫る。呪力を喰って。

 

 呪力で顕現した無限をも喰らって。

 

 そう認識するが早いか、五条は術式で己を引っ張りその凶刃を躱す。

 

 リィン───と澄んだ音を響かせた鋼が捉えたのは黒。五条の目隠し。

 

 白銀の凶手は振りかぶった勢いのまま素早く体を回転させ、増した速さそのままに五条の首を正確に()りに来る。

 

 チリ、と薄皮スレスレに過ぎる刃に目を走らせる。

 名称は分からずとも、呪力が込められたものであるならば五条悟の六眼はソレを満遍なく読み取る。

 

「(ッ、これはなんて……)」

 

 厄介な。

 

 言葉とは裏腹に口の端が吊り上がるのを抑え、術式を使用する。

 

 狙うは足。まずは機動力から削ぐ。あんな物騒な特性を持った刃をブンブン振り回されるのは少し困る。

 

 無限───収束……

 

 

  術式順転【蒼】

 

 刀はまだ引き戻っていない。再度勢いを乗せたために両足はまだ地面から遠い。もう一度あの刃を振るうより早く、五条の術式の方が到達する。確実に当てる。

 

 当たる……。そう、普通ならばリンゴが地へ落ちるよう、収束した無限は襲撃者の足を捩じ切る寸前にまで追い込む。

 

 普通ならば、の話だが。

 

 この時五条は少なからず動揺していたのだろう。自分と同じ色、自分と同じ顔、自分と同じ呪力。

 

 だからこそ、自分と同じ瞳(……)を持つ……という本当の意味を失念していた。

 

「マジか……ッ」

 

 収束した無限が打ち消される。いや、相殺された。同じく収束された無限(…………)によって。

 

「ごめん悠二! 受け身だけちゃんと取って! 後で(硝子が)治すから!!!」

「えっ」

 

 有無を言わさず虎杖の襟首を掴み、安全そうな方角を目掛けて全力で投げ飛ばす。

 

 そして間髪入れずその場を離脱。上空へ。

 

 空間が切り重ねられる重苦しい音と共に、先程までいた場所が歪む。

 

 遅れて聞こえたのは刀の鍔が鳴らす納刀の合図。

 

「……わあ、もしかして万国ビックリ人間ショーにでも出るの? どんな手品? それ」

 

 体勢を低くし、片足を下げる。腰に構えた刀と柄に添えられた手からして、今の斬撃は居合術。

 

「だんまり? ひどいなあ。こんなグッドルッキングガイと話せる機会、そうそう無いよ?」

 

 シン・陰流の使い手が似たような事をするが、冗談じゃない。

 

 アレの術式はシン・陰流ではない。アレがやったのは簡易領域などではない。アレがやったのはただただ純粋な、恐ろしく早い複数回の居合(…………)だ。

 

 ただの居合術で空間を切った。

 

 バケモノめ。

 

 五条悟の周囲に収束された複数の無限が編まれる。自分のものではない、眼下に佇む少年の術式だ。

 

 同時に少年の足元に術式反応。

 

 星の照らす夜に、ぼんやりと陰を帯びた六眼が五条を貫く。確固たる殺意を持って。

 

 跳ぶか? その刃を届かせるために。

 

 まだ細く未発達な牝鹿のような足。それが跳躍するために必要な要たる無限を潰す。

 

 あは、と。思わず溢れ出た歓喜の声を手で覆う。きっと今、自分の六眼は弓なりの孤月を描いて居るのだろう。

 

 人差し指を軽く立て、その矛先を同色の満月へ向ける。

 

 打ち消しはしない。そのまま押し潰す。

 

 無限───収束、発散。

 

 ほのかに赤く、染め上げるように紅く、全てを呑み込むように───赫い。

 

 ──────────術式反転【赫】

 

 周囲の被害には目を瞑る。ここでコイツを逃す方が五条悟にとっての損失になる。

 

「(さて、どう出る)」

 

 世界に遍く無限の発散による回避不可能の攻撃。

 

【蒼】の最大出力で巻き取るか。いいや、不可能だ。オマエの練度ではまだ足りない。

 

 その日本刀の特性で喰らうか? いいや、不可能だ。じっくり視て解った。その刀は刃に触れなければ呪力を喰らえない。広範囲に作用する攻撃には弱い、そうだろう? 

 

 対抗策は一つ。同じく【赫】をぶつけるのみ。

 

 オマエが纏っている無限では凌げないぞ、クソガキ。対抗策が無いのならばそれまで。四肢はもげるが頭と胴は残る。

 

 君の事を聞くのは、それからでも……

 

「じゅうぶん……♡」

 

【赫】の範囲外に少年の【蒼】が編まれる。

 

「逃がさないって」

 

 移動用の【蒼】をコチラの【蒼】で潰し、先程のお返しも兼ねて少年の体を起点とした360°に強火の【蒼】で潰しにかかる。

 

 逃亡は許さない。僕の【赫】を真っ向からどうにかする以外の道は残してあげない。

 

 そっと気づかれぬよう、無限を収束させる。

 

 でもまあ、結果は分かりきっている。

 

 自分と同じ瞳、自分と同じ術式……。ならばその身に備えた才能とて、

 

 

【赫】が弾ける。直撃したのではない。同じレベルの無限が発散し、相殺されたのだ。

 

「同じくらいじゃないと、愉しくないよねぇ?」

 

 見開かれた幼い万華鏡の瞳には、ニィとした悪い大人が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

────────────────

 

 

 

 

 

 

 梅雨明けの 月夜に迫る どデカ玉

 

 触れたら消し飛ぶ 無限かな

 

 (めぐる) 辞世の句

 

 

 死んだわこれ。【次元斬(じげんぎり)】を生身で避けるとかインチキだインチキ、人生解散。お疲れ様でした。

 

 ───対象の術式を解析 : 成功───

 

 ───術式【無下限】: 反転【赫】と判断

 

 ───■■ (めぐる)の周囲に術式【無下限】: 順転【蒼】を観測───

 

 ───【無下限】: 順転【蒼】の迎撃を開始─

 

 ───術式【無下限】: 順転【蒼】を展開──

 

 ───【無下限】: 反転【赫】の迎撃を開始─

 

 ───【無下限】: 順転【蒼】を選択、展開─

 

 ───エラー エラー エラー エラー ───

 

 ───順転【蒼】での迎撃は不可能と判断─

 

 ───再考します───

 

 ───クリア───

 

 ───術式【無下限】: 反転【赫】を解禁──

 

 ───脳部負担、演算機能、共に正常───

 

 ぼうっ……、と。迫る力の大瀑布の前にそっと人差し指を灯す。

 

 循環するは仄暗い赤。侵食を形得たかのような紅。全てを拒絶するような───赫色。

 

 ───迎撃を開始───

 

 無限───収束、発散……。

 

「術式反転────【赫】」

 

 同レベルの無限が弾け、同じく発散された無限を巻き込んで消滅する。

 

 …………お、おぉ? もしや助かった感じ? あの顔面宇宙な目と鼻と口があるはずの場所に性・格・ク・ズって白ペンで書いてあるスペースゴリラから??? まぁじぃ? 

 

 流石【六眼】先生ェ! さっきまで意味わかんない宇宙ゴリラに喧嘩売るとか馬鹿じゃないの? 六眼(ろくげん)であんなことやこんなこと見る前に現実を見ろよ妄眼(もうげん)野郎って思ったりしたけど、やっぱり頼りになるのは【六眼】せんせ……、

 

 フ、と。首に鉈を突きつけられたような悪寒が全身を突き抜ける。

 

【赫】を相殺した爆風ではなく、僅かに男物の香りが混じる風が前髪を撫ぜた。

 

「同じくらいじゃないと、愉しくないよねぇ?」

 

 遠く遠く、どこまでも遠く輝く美しい瞳に捉えられる。

 

(めぐる)、あなたの■はあの人そ■■りね……。晴れ渡った■■色。か■さんの大好きな、二人■色よ』

 

 ズキリ。頭が痛い。

 

 ───警告───

 

 ───敵対象の接近を確認、距離 : ゼロ──

 

 ギュンッと。引力そのものと見紛う曲げられた五指。

 

 狙いは首か。

 

 ───迎撃 :【閻魔刀(やまと)】───

 

 膝を曲げ体勢を低く。鞘は地面スレスレまで沈ませ、頭上目掛けて抜刀。

 

 ───【抜刀切り上げ】───

 

 ゼロから百へ。停止からの加速。逆方向の落雷を連想させる下から上への抜刀切り上げ。

 

 切り飛ばすのは手首から肘先……ッ! 

 

 ───術式感知 : 【無下限】、順転【蒼】─

 

 収束する無限はゴリラのすぐ後ろ。体を止めるつもりか。

 

 ───妨害開始 : 順転【蒼】───

 

 初対面の人の首を狙う物騒な腕はいりませーん! スパッといこう。

 

 特級呪具【閻魔刀(やまと)】は破魔の(つるぎ)

 その刃に触れたモノは術式であれ呪霊であれ、呪術を含んだものであればその力を貪り喰らう破邪の王だ。

 

 例え術式を周囲に巡らせ、無限の障壁を築いたところで【閻魔刀(やまと)】の刃はその無限さえも喰らい切り裂く……! 

 

閻魔刀(やまと)】が当たる寸前、視界から狙い澄ました腕が消える。

 

 いや、消えたのではない。これは……、

 

「鍛えておくもんだよねぇ? カラダって」

 

 踏み込んだ軸足を変えることによって直線から左回りに勢いを変え、【閻魔刀(やまと)】の射程からズレたのか! 

 

 ───術式感知 : 【無下限】、順転【蒼】─

 

 発生した無限の流れは俺への直撃コースを描く収束。

 

 ならば次の一手は踏み込みが充分ついた蹴撃だろう! 

 

 ───術式妨害 : 反転【赫】を選た……───

 

 間に合わない。あれと同等の出力を正確に、一部のズレなく、俺は咄嗟にまだ出せない。防御に回せ。

 

 一瞬だけ、俺ではない俺の声が脳裏に響く。

 

 ───受諾───

 

 いやもう鞭じゃん? と見紛う長い足がとんでもないしなりと威力を持って【閻魔刀(やまと)】 を振り上げた状態の手首を狙う。

 

 勘弁してください手首がすっ飛びます。

 

 ───術式【無下限】: 瞬間出力を最大に変更

 

 狙われた手首を含める右腕全体を覆う無限の層を最大にまで増やす。

 

 被弾覚悟で右腕を最大限保護し、鞘を持つ左の指をスペースゴリラへ。

 

「「術式反転【赫】」」

 

 声が……重なった。

 

 発散された無限と無限の衝突。

 

 生まれた衝撃波で地形が吹っ飛ぶと同時に、右腕を覆う層が全てぶち抜かれた。

 

「ッ……!」

 

 反射的に進行方向へ自ら飛びダメージの軽減を試みるも、右腕を起点として体の芯から痺れるような衝撃が走る。

 

 直撃した右手は一瞬でも神経が持っていかれたのか、手から【閻魔刀(やまと)】が離れる。

 

「それ物騒だからさ、悪いけど弾かせてもらうよ」

 

 僕の術式共々、スッパリやられちゃうんだもん。

 

 どこか楽しげに呟かれた言葉にゾッとする。

 

 うっっそじゃ〜〜ん??? コイツ【閻魔刀(やまと)】の特性知ってたの? 冗談キツい。もしや前の持ち主と知り合いだったり? 

 

 そこから始まるのは拳に体術、蹴撃に術式のガチンコ勝負。

 

 ギュンギュン空気の層を切り裂きながら飛んでくる拳を捌き、一種の舞踏のようにも見える長い足の蹴撃を打ち返す。

 

 目まぐるしい高速のステゴロと共に、いやらしいタイミングで差し込まれる【赫】。

 

 クソすぎる。顔の代わりに性格クズって文字が鎮座してる全身ジャージみたいな真っ黒くろすけのくせに、冗談みたいに強い。

 

 しかも腹の立つことにこのヤロー、本気になれば俺のこと潰せるくせにわざと長引かせている。いや……、どちらかと言うと楽しんでるのか。

 

 なんにしても悪趣味。俺から仕掛けたとは言え、これは酷い。さてはモテないな貴様。

 

 収束の【蒼】と停止の【無下限】。時々挟まれる発散の【赫】を相殺しながら、なんとか膠着状態へ持ち込む。

 

 シュッと、体に纏う無限をより強い無限で打ち消され、拳の掠った頬にピリリとした痛み。

 

 嘘吐きました。膠着状態(ジリ貧)の間違いです。誰か助けて。

 

 これがお前の断頭台だ♡と言わんばかりに落ちてきたかかと落としを絡めとり、お返しに【蒼】を乗せたハイキック。

 

 ───警告! ───

 

 黒ジャージの姿がブレる。

 

 ───対象の接近を確認───

 

 男物の香水が鼻腔を擽る。

 

 ───距離 : ゼロ───

 

「つーかまーえた♡」

 

 曲げられた五指が伸びてくる。

 

 視界の中ではひどく遅いのに、体は動かない。

 

 本能が警鐘を鳴らす。これに捕まればもう逃げられない。俺の夢はここで潰える。

 

 それは……、それだけは…………

 

 ダメだ。

 

 俺の悲願をこんなところで終わらせてなるものか。

 

 ───補助システム【六眼】の機能を停止します───

 

 淡い輝きを宿す空色の万華鏡を閉じる。

 

 砕けたアイスブルーから覗くは多彩に偏光する宝石の瞳。

 

 ルビーとエメラルドが入り交じる神域の魔眼。

 

 呪力でも、術式でも、天から課せられた呪縛でもなく。

 

 これなるは天より授けられた、正真正銘の異能だ。

 

 魔眼起動───【歪曲の魔眼】

 

(まが) れ 」

 

 右目と左目が捉えるのは王手(くび)へ掛かる白く大きな手。

 

 そっとその場を摘み、紙のように捩じ切るイメージを。

 

 赤と緑の螺旋が絡みつき、化け物の腕を捩じ切……

 

「ッ!?」

 

 ……………………冗談もよし子さん勘弁してくれ。

 

 そんな空間の捻れを認識してから手を引いて直撃をズラすとかアリ??? 無しに決まってんだろボケェ!!! 

 

 ダボダボと浅く表面を削られた男の腕に白目を剥きながら、離脱のために地上へと急降下。

 

 当然のように黒ジャージのスペースゴリラも付いてくる。知ってた。

 

 だけど残念、今回は俺の勝ちだ。いや勝つ。

 

 全力で押し潰しにくる無限の圧力を【無下限】で押し留めながら、地面を目指す。

 

 男の手が伸びる。背後へ、背中へ、すぐ後ろへ。

 

 だがその手が俺に触れることはない。

 

 キンッ───、と。男の手を半ばまで切り裂きながら夜を切る白刃。

 

【蒼】でひっそりと引き寄せた純白の柄をしっかり握り、男の怯んだ隙に地面へ振り下ろす。

 

「ッ! 領域展開、【無量空……】」

 

 うわこれヤバいやつ。

 

 ボッコボコになった更地同然の地面に半月状の裂け目が現れ、そこ目掛けて全力で飛び込む。

 

 プチリと。髪のちぎれる痛みを感じたのを最後に、俺の視界は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザッパン! と。全身を刺す冷たさに意識が覚まされる。

 

 どうやら次元の出口はどこかの川と繋がってたらしい。

 

 ズキズキどころではなく、ズッキンズッキンと痛む脳みそ。目は霞みとんでもない吐き気が体を襲う。

 

 正直言ってしんどい。【六眼】先生のサポート無しで術式を使ったせいだと分かっているが、今にも脳みそ爆発しそうなほどに痛い。

 

 綺麗さも美しさもない呪力任せに術式を使ったため、呪力もスッカラカンだ。

 

 ざぶざぶと下流へ流れる川を横断し、なんとか陸へと上がる。

 

 抜き身の【閻魔刀(やまと)】を鞘に収め、自身の呪力を喰わせることで鞘の呪力隠しの恩恵を受ける。

 

 これで肉眼で視認されない限り、正規の呪術師に見つかることは無い。

 

「ッハア……」

 

 全身びちゃびちゃで気持ち悪いことこの上ないが、もうダメだ。

 

 ゴロリと仰向けに寝転がり、街頭の少ない星空を見上げる。

 

 ………………………………生きてる。殴られたり蹴られた時にちょいちょい【無下限】をぶち抜かれ、生身で受けたから全身が痛い。だけど生きてる。息をしている。

 

 ドクドクと脈打つ鼓動を耳で感じ、大きく息を吸う。

 

 あ────────、認めたくないけど分かってしまった。ここ乙女ゲーの世界じゃないわ。ガッチガチのバトル漫画の世界ですね。あんなパワーインフレの塊が乙女ゲーにいるわけないじゃんいい加減にしろ。

 

 遠くなってくる意識に身を預け、起きた時の事はその時の自分に丸投げすることに決めて目を閉じる。

 

 

 

 

【メインクエスト】: 第一章【最強との邂逅】

 

 クリア条件 : 最強からの逃亡

 

 敗北条件 : 敗北、連行

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 傷ついている。泣いている。わたしの可愛い子が泣いている。

 

 可哀想に、痛かったでしょう。

 

 泣かないで、泣かないで。可愛いあなたを苛むものは消してしまいましょう。

 

 可愛い子、可愛いわたしの子。どうかその涙を拭って。

 

 わたしがあなたの涙を拭うから。どうかどうか、泣かないで。

 

 

 一人で寂しく泣かないで。 

 

 

 ズルリと影から真っ白い美しい手が一つ、二つ、三つ……。

 

 生気の感じない数多の手は少年の目元を優しく撫ぜ、まだ細く頼りないその体を覆う。

 

 

 ───特級呪縛怨霊【■■■ 】: 限定解禁─── 

 

 

 するりと音もなく影に溶けた後には、傷一つなく穏やかな寝息を立てる少年が一人。

 

 


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