チキチキ!しあわせ家族計画   作:支部にいた鯨

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③・後

 壁沿いに地下道を歩いていたけれど、どうにも上が騒がしい。

 

 ドッカンドッカンと遠慮の無い爆発音が聞こえる上に、時々人の叫び声らしき怒声も聞こえる。

 

 なんだなんだ、誰か天下一武道会でもやってんの??? 

 

 この勢いでは地面をぶち抜いて「天下一武道会参加者一同」が降りてきてもおかしくない。

 

 いきなり頭上に瓦礫が降ってくるのも困るし、落ちてきた人の踏み台にされるのも困る。

 

【六眼】先生も沈黙を保っているし、移動するくらいなら問題はないだろう。

 

 絶え間なく振動に震える天井から目を離し、視線を地面へ戻せば、おや? とあることに気がつく。

 

 基本的に地下道は暗く、必要最低限の古びた電球により視界が確保されているのが普通だ。

 

 しかし目の前。三歩も歩けば辿り着くところに、僅かな陽の光が汚れた地下の道を照らしている。

 

 軽く顔を上げれば格子状の網目が見え、そこから光が入っているらしかった。

 

 ウワア〜〜〜〜いやだな〜〜〜〜。あそこの下通りたくねぇ〜〜〜〜。

 

 外に出たいのに外が近いと分かった瞬間に尻込みしてしまう矛盾。

 

 しかしそこを通らなければ先に進めない。戻るのもアリだが、体がUターンの指示を聞いてくれるとも限らない。

 

 どうするかな、と。少しでも立ち止まってしまったのが運命の分かれ道であったのだろう。

 

「ばいばーい」

 

 気の抜けた、人を小馬鹿にしたような響きを含んだ声だった。

 

 ズルリと。格子状に浮かび上がった光が潰れ、白くドロリとしたナニカが落ちてくる。

 

 まるで泥のように格子をすり抜け、ぬるりとその身を地下道へ踊らせるナニカ。

 

 継ぎ接ぎだからけの、歪んだ目とかち合った。

 

「あれぇ……? きみ誰?」

 

 この時感じた嫌悪感をどう表現すれば良いのか。

 

 目が合った瞬間。その存在を知覚した瞬間、臓腑の底から溢れ出た嫌悪感の理由を、俺は最後まで分からないままだった。

 

 気が付けば抜いていた【閻魔刀(やまと)】の刀身。

 

 まるで捨て忘れた生ゴミが上から降ってきた時のような嫌悪と共に、淡々と機械的に鞘を走らせる。

 

 刃は上へ。刀身は体の後ろまで引き、飛び上がった勢いそのままに刃を振るう。

 

 大気を切り裂き振るわれた渾身のカチ上げは黒い残像を描き、アレの顔面付近へクリーンヒット。

 

 ……外した。何故か分からないがぼんやりと、中心を外したとだけ本能的に感じた。

 

 継ぎ接ぎだらけの呪霊は驚愕を顔に張り付かせ、ポーンッとロケットのように格子から一つズレた場所へぶち当たり地上へ打ち上がる。

 

 ほぼそれと同時に呪霊がデロデロと入ってきた格子が上からの圧力だか何かでぶち壊されたが、俺は何もしていない

 

 …………それにしてもアレだな。今のは刀の知識がない俺でも分かった。

 さてはそれ、絶対に日本刀でやる技じゃないな? 西洋剣とか、鈍器に近い肉厚な剣でやる力技だな??? 

 振りかぶった瞬間、綺麗な空気を切るヒュンって音じゃなくて、ぶち破るみたいなブォンッって音が聞こえたぞオイ。

 

 ばっちいものに触れてしまった気のする【閻魔刀(やまと)】を(本当は嫌だが)服で拭い、黒漆の美しい鞘へ。

 

 きっっったないモノを斬ってしまった……といつ謎の哀しみを抱えつつ、久方ぶりに感じる太陽の恵に目を細める。

 

 パラパラと破片の零れる、空が見える穴から降り注ぐ太陽の光を見た。見てしまった。

 

 あれほど気をつけて身を潜めていたというのに、見られてしまった(・・・・・・・・)

 

 晴れた空の下。濡れ羽色の翼を羽ばたかせ、ジッとこちらを見るものが一つ。

 

 鳥だ。黒色の鳥だ。ズームレンズのような黒い瞳を持つ……(からす)だ。

 

 ────────────見つかった……ッ(見つけた)

 

 

 ゾワリと、全身の産毛が逆立つ危機感。

 

 ───補助システム【六眼】緊急起動──

 

 納めたばかりの【閻魔刀(やまと)】に手をかける。

 

 ───対象の術式を解析 : 成功───

 

 なりふり構わず地面に向けて抜刀。

 

 ───術式【黒鳥操術(こくちょうそうじゅつ)】と判断───

 

【蒼】を使い自分の体を開いた次元の穴へ押し込める。

 

 

 

 数秒の暗転の後、投げ出されたのは人気のない古びた公園だった。

 

 空気も、遊具も土地も、死んだように錆ている捨てられた公園。

 

 常ならば気味が悪いと即離れようとするだろうが、今だけは違う。

 

 ドッドッドッと鳴り止まない心臓を手で抑え、冷や汗の止まらない額を拭う。

 

 ………………………………逃げ切ったか……? 

 

 大して動いてすらいないのに浅く切れる息を整え、周囲を確認する。

 

 人も動物も居らず、動くのは軋んだ泣き声を上げる遊具だけ。

 

 良かった……、と。そう胸をひと撫でした瞬間、

 

 ───術式感知───

 

 ───術式【無下限】による防御に成功──

 

 ───対象の術式を解析 : 成功───

 

 ───【芻霊(すうれい)呪法】: 【共鳴(ともな)り】と判断───

 

 頭に直接届く【六眼】先生の声に、思わず首を傾げる。

 

 いや、術式じゃなくて呪法ってところからして物騒だが、呪われるほど他者との接触なんてしてな……

 

 フワッ、と。風もないのに木々が揺れる。

 

 ただ白砂利の敷き詰められた安っぽい地面だったところに、黒光りする男物の靴が見える。

 

 耳からは人の呼吸音が聞こえ、そっ……と。耳元で囁くような、二人だけのナイショ話をするような熱く、掠れた声が耳を撫ぜた。

 

「つーかまーえた……♡」

 

 目の前にあったのは、俺と同じ(六眼)だ。

 

「馬鹿な……ッ!」

 

 ほとんど反射的に出た言葉であった。

 

 喉の奥から絞り出した声は呻き声にも似ていて、一瞬だけ。ほんの瞬きの間にすら満たない、刹那の間、頭が思考することを放棄する。

 

 その少しのブランクが命取りとなった。

 

 再稼働した脳が最初に知覚したのは、正確に顔面……鼻っ面を狙ってくる拳。

 

 ───防御 : 【閻魔刀(やまと)】───

 

 ごめんなさい!!!! と、誰に謝るわけでもないが渾身の謝罪を心の中で吐き出し、薄くも美しい曲線美を描く抜き身の刀身を滑り込ませる。

 

 ───術式【無下限】を展開──

 

 焼け石に水と分かっているものの刀身と拳の更に間に無限を作り出し、僅かでも【閻魔刀(やまと)】に届く衝撃の軽減を試みる。

 

 当然のように【無下限】を貫通する拳に白目を剥きながら、インパクとの瞬間に合わせて【無下限】で稼いだ隙間に【蒼】を展開。

 

 ───【無下限】: 順転【蒼】───

 

 力加減考えず体を引っ張り、真正面から受けた衝撃を分散する。

 

 凡そ人間の拳が出していい音と衝撃じゃないソレに紙のように吹っ飛ばされ、公園の敷地から隣接する森へ移動。

 

 ───術式感知 : 【無下限】、反転【赫】──

 

 追撃が完全に人を殺しにかかってて草。

 

 ───迎撃 : 反転【赫】───

 

 呑み込む【赫】に拒絶の【赫】を放ち、上半身は前のめりに低く。引いた足で土を掴む。

 

 ───追撃 : 【閻魔刀(やまと)】───

 

【赫】と【赫】がぶつかる。周囲の土と木々を根こそぎかき消す強烈な衝撃波の中に身を踊らせ、めちゃくちゃに散らばる髪を感じながらの疾走。

 

 キチリ───と、金色の鍔を押し上げる。

 

 ───【閻魔刀(やまと)】: 抜刀───

 

 首を狙う必要はない。まずは手数を減らす。

 

 ───術式【無下限】: 停止───

 

 同時に防御の要である【無下限】を解除。

 

 呪力の強化も恩恵も無く、己の身体能力のみで破壊の嵐を駆け抜ける。

 

 俺と同じ瞳があるならば、最も馴染み深いのは呪力だろう。

 呪力を用いたモノならばその視界から逃れる術はなく、体が最も早く反応するのも呪力であるはずだ。

 

 呪術師、呪霊、この瞳が必要とされる世界では、どいつもこいつも呪力が物を言う。

 

 

 だからこそ純粋な身体能力(・・・・・・・)を武器とする相手には……

 

 淡い黄色の下緒の影さえ見せず、黒ジャージの眼前へ。

 

 馴染みが薄いんじゃないかなあ!?!? 

 

 ───【疾走居合(しっそういあい)】───

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

「いい年した男が気色悪いですね。子どものケツを追っかけまわすのが趣味なんですか」

 

 ぬらりと光る鋼をゆっくりと漆鞘へ納め、吐き捨てるよう子どもが口を開く。

 

「まさか! 僕は完全にノーマルだよ。これでも先生なんでね、稚児趣味なんて持ってたら一発で捕まっちゃう」

 

 自分の両手首をくっ付け、こんな感じにね、と揃えた両手をぴらぴら。

 

 反応速度、術式の精度、身体能力。全てにおいてこの前より上がっている。剣技に至っては天才、五条悟の目を持ってして冗談だろうと苦笑を零すしか無いためノーコメント。

 正直、学生時代に呪術師殺しのラブコールを経験していなければ、とっくに頭は首から飛んでいるレベルだ。

 

 少年と青年の間。短い青春を駆け抜ける若人たちはまさに可能性と進化の塊。

 

 昨日出来なかったことが今日には出来る。届かないと思った壁は、気づけば乗り越えている。

 

 五条自身も学生時代はピッカピカの超新星だったし、毎日が可能性と進化のバーゲンセールであった。

 

 だとしても、この子どものソレ……。進化の速度は同じ若人の中でも頭一つどころか、上半身飛び抜けている。

 

 本人の驚異的な才能か、それとも無下限を扱うための最適な見本(五条悟)を見たからか……。術式の扱い方は前回の比ではない。

 

 凍てついた湖面の静けさを称える淡色の瞳を見据え、サービスでも欲しいのかと思いウィンクを一つくれてやる。

 

 しかし残念かな。返ってきたのは黄色い悲鳴ではなく、殺意の乗った破邪の(つるぎ)だ。

 

【蒼】で行動を阻害しながら少年の思考リソースを削ぎつつ、近接戦を仕掛けるため懐へと潜り込む。

 

 良く切れる白刃を避けつつ、パサパサと切り落とされる自分の頭髪に少しばかり悲しみが募る。

 

 超絶余裕そうな顔で避けたいのは山々なのだが、冗談抜きで速いし見えないのだ。無下限で止めようにも触れた瞬間に呪力を喰われ消失し、同じく【蒼】で妨害を試みても気持ちのいいほどアッサリと斬り捨てられる。

 

 この前散々少年の無下限をぶち破ったのがいけなかったのか、初撃以降徹底的に触れさせてくれない。

 

 雪原に踊る雪のように、ひらひらと回避の上手いことうまいこと。

 

 一週間前よりも根本的な出力が上がっている無限もそうだが、なにより厄介なのはその身体能力。

 

 最後の最後で煮え湯を飲まされた刀型の呪具については、些か強引であっても対処法に見当はついた。

 

 だがあの身体能力。これが本当にもう厄介なことこの上ない。

 

 自分の無限よりも五条の扱う無限の方が上であると本能的に分かっているのか、瞬時に絶対の守りである無下限を捨てた。

 

 呪力を体に纏う訳でもなく、体内の呪力を循環させ強化させているわけでもない。纏っていた無下限を解いたから術式反応すら追えない。

 

 クソ野郎のフィジカルギフテッドを思い出すかのような身体能力。呪力を用いない純粋なソレに、六眼の感知能力は働かない。

 

 正真正銘、五条自身の動体視力と勘。これまで蓄積された戦闘経験と本能を総動員し、動きを予測・回避・修正しなければならないのだ。

 

 無限をも喰らう呪力殺しの破邪の王

 

 人間離れした身体能力

 

 六眼ですら追えない神速の居合術

 

 そして五条と同じ無限の担い手

 

 まるで五条悟という人物を殺すことを目的に調整された、戦闘マシーンのよう。

 

 うへぇ、と内心舌を出し、埒が明かないと大きめの【赫】を二発。

 

 今回はちゃんと"(とばり)"を下ろしているため、周囲の被害に関しては気にしなくていい。その分、少年へ撃ち込んだ【赫】の出力も高めに設定してある。

 

 トン、と空中で身をひねり、仕切り直しも兼ねて一度距離を取る。

 

 撃ち込んだ無限の発散から立ち込める煙と土埃を後目に軽く服の汚れを払い、超特急で反転術式を回して治した右手の調子を確かめる。

 

「君の方こそ、僕のことを意識的に避けちゃうんなんて、もしかして照れ屋さんな僕のファン?」

 

 リィン───と、澄み切った金属音と静寂。

 

 立ち込める不純物は跡形も無く消し飛び、ふうわりと揺れる柔らかな白銀の髪はやっぱり五条そっくりだ。

 

「……」

 

 テコでも動かないその表情の無さだけは違うけれど。

 

「うふふ……! ねっ、君の知りたいことを一つ、教えてあげようか?」

 

 腕、足、喉、頭、背中……。行儀悪く人間の要所を狙って編まれた【蒼】を打ち消し、のっそりと包帯の取れた指を立てる。

 

「なぜ、残穢(ざんえ)どころか呪力の一片すら感じられなかった君を、僕は見つけられたでしょーか」

 

 警戒を解かないまま、訝しげに眉を顰める幼い色彩にニンマリと口角を吊り上げる。

 

 そうだよねぇ? 気になるよねぇ? だって僕が君の耳元に唇を寄せた時だって、思わずびっくりした声が出ちゃったもんねぇ??? 

 

 くふ、くふふと口内で柔らかな笑いを噛み殺す。続きのタネが気になるのか、添えた柄から動かそうとしない白く細い手に尚のこと瞳が弓なりに反れる。

 

「答えはぁ…………」

 

 まだまだ青いなァ……。

 

 ゼロから百へ。停止から加速。前回あの子がやった事と同じことを、【蒼】を用いて再現する。

 

 これまでよりも無駄を省き、最低限の体捌きをもっての瞬間移動。

 

 追ってはきた。けれどコンマ数秒、遅れた万華鏡の瞳にうっそり笑いかけ、常よりもギュンギュンに呪力を回した掌底をまだまだ薄い腹へ押し付ける。

 

「ひ・み・つ ♡」

 

 シンプルに死んで欲しい。そんな声が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだ。

 

 

 五条悟が目の前から吹き飛んだ少年を捕まえる為にやったことは三つ。

 

 一つは知り合いの術士に少年を捕捉してもらうこと。

 

 一つは自身の受け持つ生徒、釘崎 野薔薇(くぎざき のばら)に前回意地で毟りとった自分と同じ色彩の髪。これの入ったカプセルに芻霊(すうれい)呪法・共鳴りを撃ってもらうこと。

 

 一つは無下限も反転術式も全て解き、ほんの刹那の時、六眼へ全神経を集中させること。

 

 たったこれだけのことだ。

 

 呪力を完全に隠す。言うのは易いが、可能か不可能かで言えば不可能に近い。

 

 呪力とは体から無意識の内に発せられるものであり、意識して抑えられるものではない。無論、呪力を一定に保つなどの訓練を積めば、出力の大小は自在に使い分けられるようになる。

 

 だが目の前の子はどんな原理か、そんな呪力を跡形もなくすっぽりと隠してしまう。自分の呪力だけを(・・・・・・・・)隠してしまうのだ。

 

 見つけたくとも対象の呪力は見つからない。ならばアプローチの仕方を変えればいい。

 

 相手の呪力ではなく、対象へ向かった別の術式、呪力、残穢(ざんえ)を追えば良いじゃないか……! と。

 

 神の気まぐれか運命か、丁度よく五条の手元にはピッタリな術式を扱うかわいい生徒がいた。

 

 しかしままならない事に、いくら最強で超カッコよくて頭もいいグッドルッキングガイだって、四六時中六眼をフル稼働させて日本全土上空陸上地下海外、どこにいるかも分からないたった一人の人物を追うことは無理だ。

 

 だから条件を限界まで絞った。

 

 冥冥(めいめい)の烏で見つかった、と認識させ、地上への逃走を促す。

 

 初めてあった星降る夜も、あの子は人気の無い場所で五条に襲いかかり、圧倒的弱者である虎杖に見向きもしなかった。

 

 だから逃げる先は絶対に人気の無い地上である。そんな一か八かの予感に確信を持ちながら、ピューンと向かったのは己の勤務先である呪術高専東京校。

 

 目当ての人物は来る交流戦に向けて特訓中だと知っていたし、捕まえるのは簡単だった。

 

 有無を言わさず頭髪の入ったカプセルに共鳴りを打ってもらい、全力の六眼で感知した釘崎の呪力を追ってピュンと跳ぶ。

 

 元々力量差のある釘崎の呪法が少年へ届くとは思っていなかったし、必要なのはあの子に向かって呪術がつかわれた(・・・・・・・・・・・・・・・・)という事実。

 

 その成果はご覧の通り。

 

 

 ピタリと。美しい真円を描く無数の斬撃が五条の周囲に現れる。

 

 無下限によって止められた斬撃だ。

 

「殺す」

 

 ペッと血液の滲んだ唾を吐き捨て、美しい獣は空色の万華鏡を細めた。

 

 

 

 

 

 

──────────────

 

 

 

 

 

 

 シンプルに死んで欲しい、マジで。

 

 ───反撃 :【閻魔刀(やまと)】───

 

 ───【次元斬(じげんざん)】───

 

 刃の届かないコレでは意味が無いとは分かっているものの、八つ当たりも兼ねて柄を引き抜く。

 

 案の定真円を描く高速の居合は黒ジャージを包むように停止し、破邪の特性は乗っていない。

 

 ペッ、と吐き捨てた唾には赤色が混じり、ズキズキと痛む腹部に眉が寄る。

 

 感覚からして折れてはいない……が、罅は入っているだろうなあ。迫り上がってくる鉄から、内蔵にもダメージが入ったかもしれない。

 

 ……やってくれたなァ、あの野郎。三択の選択肢が「殺す」 「ころす」「コロス」の実質一択だったのもしょうがない。

 

 冒険心と好奇心と少しの下心で出来ている少年の心をなんだと思ってんだ、このロクデナシ。これには流石の(めぐる)君もおこですよ。

 

 ───治療を開始───

 

 ───選択 : 【反転術式】───

 

 取り敢えず応急処置として内臓だけグリーンラインへ押し上げ、骨はそのままに【反転術式】を解く。

 

 治療に使うものであれ、【反転術式】は呪力を用いた術式だ。使っている間は黒ジャージの(六眼)に映る。

【無下限】の防御が間に合えばマシだったんだが、あの速さに合わせて展開するのは無理だった。咄嗟に後ろに飛んで和らげるのが限界。

 

 クッソ、意味わかんないレベルで急加速しやがって。【六眼】先生じゃなきゃ見失ってたぞ。

 

 余裕の表情で停止した【次元斬(じげんざん)】をぺしぺし叩き落としている姿に追加で苛立ちが募る。

 

 キチキチと鍔を二・三度押し上げ、感覚を確かめる。初撃を防いだ【閻魔刀(やまと)】の刀身も歪んでいる様子は無い。

 

 俺の無限は黒ジャージの無限より下である事も判明したが、同時に素の身体能力は恐らく俺の方が高いと分かったのは行幸。

 

 さっきの瞬間移動モドキはびっくりしたが、次は見落とさない。術式と呪力を用いているのならば、俺の【六眼】が捕捉する。

 

 保険としてかけられる【無下限】は無く、要所要所。直撃が確定する瞬間まで展開はできない。逆に言えば、黒ジャージの攻撃が当たるギリギリに無限の層をピンポイントで貼る必要がある。二・三発の被弾は覚悟して然るべきか。

 

 防御能力がだいぶ心許ないが、コイツ相手には出来るだけ攻めに転じたい。術式の力較べに持っていかれればまず勝てない。

 

閻魔刀(やまと)】と素の身体能力で粘り、【赫】や回避不可能なタイミングで展開された【蒼】のみを術式で対応する。

 

 すぅー、と。乾いた空気を吸い込み、目の前の黒ジャージ以外の全てを意識の外へ。

 

 大丈夫だ。やれる。この前みたいな無様は晒さない。

 

 動きは最小限に、体幹はズラさず、停止から加速を意識。無駄無く、鋭く、速く! 

 

 ───【閻魔刀(やまと)】: 抜刀───

 

 周囲に編まれた無限の収束を脚力だけで振り切り、肩、足、首を狙って【閻魔刀(やまと)】を抜く。

 

 ───【疾走居合(しっそういあい)】───

 

 空を切った孤月。散らばった真空の刃は地面を抉り、【六眼】が捉えた【無下限】は上。

 

 急ブレーキなぞ無粋。踏み込んでいる足をそのまま沈め、膝のバネを爆発させるイメージで跳び上がる。

 

 ───術式感知 : 順転【蒼】───

 

 ───迎撃 : 【閻魔刀(やまと)】───

 

 ───【 羅刹天翔(らせつてんしょう)】───

 

 空中で素早く身をひねり、螺旋状に走らせた白刃で黒ジャージの無限を喰らう。

 

 続けざまに二連撃を叩き込むも、相手が首と上体を軽く逸らしたことにより不発。

 

 納刀した刃と共に上半身を半ばまで逸らし、鞘のカタパルトを利用しての回転斬り。

 

 …………………………ここまでホイホイ避けられるとちょっと自信無くすんだけど。

 

 ───【無下限】: 順転【蒼】───

 

 ひん、と心で泣きつつ、右足に高出力の無限を収束させる。

 

 ───【流星脚(りゅうせいきゃく)】───

 

 目標は相変わらず目鼻口の代わりに性・格・ク・ズの文字が鎮座している頭部。

 

 流星を思わせる一直線の蹴撃。

 

【蒼】による防御でも妨害でもなく、黒ジャージが選択したのは回避。

 

 地へ落ちた流星は大地を割り、腹に響く衝撃と共にクレーターをぽっこりと作り出す。

 

 ───術式感知 : 順転【蒼】───

 

【六眼】が反応したのは後ろ。同時に足を潰すつもりの【蒼】の範囲から離脱し、逆に後ろを取る。

 

 黒ジャージは拳を引いたばかり、取ったッ! 

 

「……なーんて、思っちゃった?」

 

 ───ガチンッ! と。信じられない、音がした。

 

 鈍い衝撃音。無理やり逸らされた刀身が歪な軌跡を残し、長い足の回し蹴りが側頭部へ襲いかかる。

 

 ───防御 : 術式【無下限】───

 

 鞘を持つ手をガードへ回し、ギリギリ間に合った【無下限】と共に体が宙を舞う。この際当たり前のようにぶち抜かれた【無下限】は気にしない。もう威力が削げてればいいよ……。

 

 ぐるんと回る視界の中でも化け物から目は離さない。

 

 離れた距離を踏み潰し、超至近距離から飛んできた拳に【閻魔刀(やまと)】 を走らせる。

 

 普通ならば。いや、今までのパターンから鑑みれば、必ず【閻魔刀(やまと)】は呪力で編まれた無限を喰らい、白い手首ごと切り飛ばす。切り飛ばせるハズだ。

 

 なのに……ッ! 

 

 一瞬。本当に瞬きにも満たない僅かな時間だ。

 

閻魔刀(やまと)】の刃が止まった。

 

 ギリギリで止まった鋭い鋼に合わせ、黒ジャージの拳が【閻魔刀(やまと)】の刀身。その 側面(・・)を撃ち抜く。

 ギィン───と無理やり鋼を打ちつけた不快音が木霊し、またしても軌道が無理矢理逸らされる。

 

「君の剣技ってさ、綺麗なんだよね」

 

 唐突に呟かれた言葉に、思わず白い眼差しをプレゼント。なにを言っているんだこの化け物は。

 

「無駄を限界まで削いだ剣技。来ると知覚した瞬間には届いている刃。振り抜いた白刃は揺るがないし、下手をしたら僕の首にさえ手が届く」

 

 だけどさ……と。目の前の化け物が人差し指と親指を合わせ、ニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべた。

 

「綺麗だからこそ。無駄が無いからこそ、慣れればすごく、掴みやすい(・・・・・)

 

 ゆっくりと隙間を空けた長い指に【無下限】が集まる。

 

「君のソレは呪力を喰らう呪術師殺しの刃だ。でもさ、呪力を食べる……ということは呪力を消す事とイコールじゃあない。必ず刃が触れてから、対象の呪力を食べる時間(・・・・・)が必要だよねぇ?」

 

 興奮の見え隠れする声音のまま、集った【無下限】に重なるよう。無限の層が築かれる。

 

「刃が触れる瞬間に無下限を増やし、呪力を食べる時間を増やす……。そうするとあら不思議! 僕の呪力を食べ終わるまでの時間、僕に君の刃は届かないのでしたー!」

 

 まあ、そのタイミングを間違えちゃったら容赦なく持っていかれるから、僕も今の今まで合わせられなかったんだけどね。

 

 プチリと。満足気に【無下限】を潰した化け物はそう宣った。

 

 いやもう勘弁して欲しい。俺の頼みの綱たる【閻魔刀(やまと)】のアドバンテージが無くなったんだけど。ねぇ、本当にこの埒外の化け物を生み出したヤツは誰だ。手を挙げろ。今なら(めぐる)君のマジビンタ一発で許してあげるよクソヤロー。

 

 …………………………………………(スゥーーー)

 

 やってらんねぇわ、逃げよ。戦略的撤退。常識の違いにより今日は解散ですバカヤロー。

 

 振り上げる【閻魔刀(やまと)】は虚空へ。さっさと次元の穴を開いて、この化け物の視界から逃れる。

 

「逃がさないよ、今度こそ」

 

 シン……と。音が消えた。世界の秒針が止まったように、当たり前に享受していた音が消えた。

 

「領域展開」

 

 凛───と。風鈴が靡いたのはどこからか。

 

無量空処(むりょうくうしょ)

 

 世界が……変わる。

 

 体が動かない。脳の処理が終わらない。変わった世界に思考が追いつかない。

 

 宇宙(そら)の瞳に囚われる。

 

「驚いた? ここは無限の内側。僕の領域の中」

 

 コツ、と音のしない空間で化け物の足音が聞こえる。

 

 動け

 

「人間の"知覚"、"伝達"に干渉し、生きるという行為に無限回の作業を強制する」

 

 コツ、と。品の良い靴音が近づく。

 

 動け……

 

「人間は才能であれ地位であれ、あれもこれもと欲しがるけど」

 

 コツ、と。土埃も汗も感じない、男物の香りが鼻を擽る。

 

 動け…………

 

「全てを与えられれば何も出来ず緩やかに死ぬなんて……皮肉だよね」

 

 ぼんやりと浮かび上がる白く大きな手が、俺の方に伸びてくる。

 

 動けッ!!!! 

 

 ───補助システム【六眼】起動───

 

 パッと視界が、脳が、情報領域が開ける。

 

 ───対象の【領域展開】を確認───

 

 保って三秒。それ以上は俺が落ちる……! 

 

 ───【閻魔刀(やまと)】奥義を解禁───

 

 持ち得る呪力を全身へ。臍から血管を通し全身へ。体が壊れてもいい。だけどこの瞬間だけ、この空間だけは切り伏せる(・・・・・)ッ! 

 

 限界を……超えろ!!!! 

 

 ───【次元斬(じげんざん)(ぜつ)】───

 

 崩れた空間と共に見えたのは、驚愕に見開かれた万華鏡。

 

 全身の機能を停止している今、絶好の機会。

 

 今なら取れる。飛ばせる。コイツを殺せる。

 

 へたり込みそうな力の抜けた四肢を叱咤し、王手(閻魔刀)をかけるのはその首だ。

 

 研ぎ澄まされた鋼が人間の皮膚を裂く。ぬらりと光る液体の出処は首。切っ先が食い込んだ皮膚。切っ先しか(・・・・・)食い込まなかった皮膚だ。

 

 外した……ッ!!! 

 

「クッソ……」

 

 キンッ───と、遅れて何かを斬った手応えが柄から伝わる。

 

「……?」

 

 なんだ、俺は今、なにを切って……

 

 目に入ったのは石。真っ二つに割れた、呪符の巻かれた拳大の石だ。

 

 ───対象の解析に成功───

 

「ッ! ……あは、逃げた方が……いいんじゃない?」

 

 ───特級呪物 : 【殺生石(せっしょうせき)】───

 

 石が赤く輝き、ブワリと異質な空気が取り巻く。

 

 ガクンと。両足の力が抜ける。全身の力が抜ける。この身に宿る呪力(・・)が抜ける。

 

「しまっ───」

 

 嵌められた。そう気づいた瞬間、四肢の関節から灼熱の痛みが脊髄を刺す。

 

 両腕の関節、両足の関節を貫通し、鎖付きのクナイに似た道具が地面へ突き刺さる。

 

 捉えられた。早く壊して離脱を。

 

 術式は使えない。呪力が足りないから無限を編めない。関節を固定された四肢も動かず、意地で離さなかった【閻魔刀(やまと)】を動かす力もない。

 

 ───補助システム【六眼】、停止します─

 

 魔眼を……。【歪曲の魔眼】で目に映る全てを捻じ曲げ、なんとか離脱を……ッ! 

 

 偏光する赤と緑の渦巻く宝石の魔眼。

 

【歪曲の魔眼】は両目で捉えたものを、俺が曲げられると思えば、強度・規模・全てを無視して捻じ曲げる異能の瞳だ。

 

 こんなモノ、すぐにでも(まげ)られ……

 

 両目を見開き、己を阻む全てを映したところでフと。視界が途切れる。

 

 見えたのは骨ばった白く、長い大人の指。

 

「ねぇ……、二者面談は好き?」

 

 ぐちゅり。肉の潰れる音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【報告書】家入硝子から五条悟へ。

 

 

 七日前に預かった毛髪から遺伝子検査を決行

 

 検査の結果、毛髪の持ち主(以下甲と記載)甲と依頼者(以下乙と記載)乙の遺伝子情報が一致

 

 検査結果から甲と乙は親子関係であると断定する

 

 

 

 …………ここからはアタシの独り言。

 

 アンタが持ってきた毛髪。検査結果から入手した母親の情報を元に調べたけど、情報と一致する母親らしき人物は現在地方の大学三年生。

 

 妊娠したという過去もなく、家族や友人たちもその子が妊娠したという事実は過去を遡って無いと証言している。

 

 

 ねぇ、アンタどんな事に首を突っ込んでいるのか知らないけど、その子は本当に───

 

 

 ───────この時代に生まれた子なの? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2038年 〇月 ×日

 

 

 

 やっとだ、長かった。やっと全ての準備が整った。

 

 これでアイツを殺せる。アイツの生きている時代へ跳べる。

 

 チャンスは一度きり。片道切符の一本道だ。二度とここには戻って来れない。

 

 指定できたのは"アイツが生きている"という条件のみ。いつ、どこで、どの時代とタイミングに跳ばされるのかは完全にランダム。

 

 だけど届く。アイツの命に俺の手がかかるチャンスが降ってくる! 

 

 絶対に成功させる。必ず殺す。俺が完全に融ける前に、俺の生きる目的を達成する。

 

 

 それがきっと、かあさんを救う唯一の道だから。

 

 

 

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