チキチキ!しあわせ家族計画   作:支部にいた鯨

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④・前

 

 

 ぶっすぅーーーー、っと。至る所に巻かれた包帯と呼ばれる医療器具を黒服から覗かせ、いかにも「僕、不機嫌です」との空気を隠しもしないのは東京呪術高専一年を担当する教師。またの名をGTG(グレートティーチャー五条)

 

 信じたくないが、2018年現在の呪術界最強その人である。

 

 どこから持ち込んだのか来客用のパイプ椅子にどっかりと腰掛け、教室の中央前方に置かれている教卓にスラリと伸びる足を乗せている。

 

 世の教師が見れば失神ものだ。誰もこのチンピラ崩れの教師が呪術界の重鎮。御三家の一角たる五条家のご子息だなんて思わないだろう。

 

 寄るな触るな話しかけるな。そんなオーラを垂れ流す比較的マトモなグラサン姿に、東京呪術高専二年、禪院真希(ぜんいんまき)は鬱陶しいと言わんばかりに舌を打った。

 

「なぁ、あの(バカ)なんであんなウゼー雰囲気出してんだ。チラチラ見える包帯もそうだし、もしかして大分遅れて発症した厨二病か?」

 

 気色ワリィーんだよ……、と呟けば

 

「わっかんない。けど悟に限って大怪我するヘマなんてしなさそうだし、むしろ想像すら出来な……」

 

 ポクポクと同級生のパンダが止まり、チーンッとどこからか聞こえてくる鐘の音。

 丸っこい黒ぶちの前足はワナワナと震える口元を抑え、

 

「もしかすると、もしかするかもしれない……」

「しゃけしゃけ」

 

 ピシャーンと。雷でも落ちたかな、と真希はメガネを拭う。

 

 パンダだと思っていた自分が実はパンダでは無かった。そんな事実を改めて知ってしまったかのような驚愕の表情を貼り付けるパンダ。

 

 そしてそれなー、わかるーとでも言うかの如く肯定を示すのは狗巻棘(いぬまきとげ)

 

 呪言師という特殊な立場上、周囲と自己防衛のために語彙をおにぎの具材に絞っているのは今に始まったことじゃない。

 

「ったく、めんどくせーな。こういうのは乙骨(おっこつ)担当だろ?」

「憂太今海外じゃん」

「しゃけ」

 

 乙骨(おっこつ)憂太。現在海外へ留学中の東京呪術高専二年。真希、狗巻、畜生のパンダと同じ四人だけの同級生。

 

 なんでこんな時にいねーんだよアイツ……、と真希は隠しもしない声で言う。

 

 チラリと無駄にデカい身長の白髪グラサンを見るも、反応はない。

 

「じゃあ恵だ恵。恵呼んでこい」

「おかか」

 

 自身より一つ下の後輩の名を出すも、首を振る狗巻によって却下される。

 

「なんでだよ」

「だってアレじゃないの? あの不機嫌さを見せたくないから、わざわざオレたちのところに来たんじゃないの?」

「めんどくせーカノジョかアイツは」

 

 珍しく黒い目隠しの不審者ルックではなく、グラサンをかけた最強は動かない。

 

 不機嫌だけどぼんやりと、心ここに在らずの見本のように沈黙を守っている。

 

 あ、ニュースの時間だ。そう呟きいそいそとスマホを開くパンダを横目に、やはり何もリアクションを起こさない五条を不審に思ったのか、訝しげな顔をしている狗巻と顔を見合わせる。

 

「……ほんとにどうしたんだ悟のヤツ。マジで何も言わねーじゃん」

「いくら」

 

 これみよがしに聞こえる声で喋っているのに、割り込みもしないしツッコミすらも入れてこない。

 

 はっきり言って異常だ。

 

「やっぱアレか? 再発しちゃった感じか? 中学の黒歴史が」

「おかか、ツナマヨ」

「いや、ねーだろ。だってあの悟だぞ? あの化け物にあそこまでの怪我を負わせる相手ってどんな怪物だよ」

「しゃけ」

 

 今日の五条悟の状態。

 

 いち、不審者ルック一直線の黒い目隠しではなく、比較的マトモに見えるグラサン着用。

 

 まあ、これは今日だけではなく、確か一週間くらい前からグラサン状態だった気がするのでイメチェンの範囲内だ。時々五条が敷地内をTシャツとグラサンで歩き回っていた、という目撃情報も出ている。

 

 に、頬にでっかいガーゼを貼り付け、洋服から覗く首、両手両手首には真っ白な包帯。

 

 さん、とてつもなく機嫌が悪い。まるで、お気に入りの何かを手に入れる直前に取り上げられたかのような苛立ちっぷりだ。

 

 以上この三つ。

 

「明太子」

「術師でも呪霊でも良いけどよ、そんな怪物がいたらとっくに上層部は大騒ぎしてるし、私たちの耳にも入ってきてるはずだろ」

「すじこ……」

 

 もし……、もし仮に五条悟が。呪術界最強たる無下限と六眼の抱き合わせたる神の子が、あそこまでの手傷を負う相手がいるとするならばだ。今頃真希たち呪術高専の人間は寮の部屋に缶詰状態だろうし、狭い呪術界隈だって蜂の巣を突っついた大騒ぎになっているはずだ。

 

 誰もが認める最強が倒れ(負け)れば、その怪物をどうにか出来る存在はいなくなるのだから。

 

「……ま、そんなことは有り得ねぇけどな」

「?」

 

 この性格クズ野郎から真っ当な神経を持った子供が生まれるくらいには有り得ない話だ。

 

「めんどくせーけどしょうがねえ」

 

 よっこらせっと昔ながらの木造イスを引き、駄弁っていた机から身を起こす。

 

 ここで完全スルーを決め込んでも良いのだが、もしも五条のコレが後々問題を呼び、真希たち高専の人間が巻き込まれるような事態になる事は避けたい。

 

 ただでさえ一年共……、伏黒恵(ふしぐろめぐみ)釘崎野薔薇(くぎざきのばら)は同級生一人を失っているのだから。これ以上いらない負担を背負って、訓練に支障が出たら困る。

 

 行儀悪く教卓に足を乗っけている不良教師を見据え、真希は少しの苛立ちを込めて言葉を……

 

「うっっわ!? なんだこれ……」

「あん?」

 

 突如教室内に響いたパンダのひっくり返った声に、思わず真希の注意が逸れる。

 

 釘付けになっているパンダのつぶらな瞳の先にはスマホの画面。

 

 とりあえず気になった真希は一旦五条を後回しにすることを決め、同じタイミングで寄ってきた狗巻と共にパンダのスマホを覗き込む。

 

 映っていたのは当然ながら一般者向けのニュース。パンダのくせに世論のチェックは欠かさないらしい。

 

 なんの変哲もない、ただのニュースだ。ニュースのはず、なのだが。

 

「…………なんだよ、これ」

 

 あんぐりと。呪術師と呼ばれる人外共が跋扈し、呪霊と名付けられた正真正銘の化け物と向き合う呪術界。

 幼い頃からその世界に身を置き、一年時の京都百鬼夜行を含め、真希自身もそれなりの場数は踏んできたつもりだ。

 

 そんな禪院真希(ぜんいんまき)をもってしても、空いた口が塞がらなかった。

 

 薄型の液晶に映っていたのは更地。古びた公園と隣接する森、そして建設途中のマンションがあったとされる場所。

 

 別に昨日まであった土地が今日見たら更地になってた、なんてことは呪術界に身を置いていれば遭遇するイベントだ。なんなら目の前にいるどこぞの最強が自主的にやる。

 

 異様なのは画面の向こう。薄い板の先にある光景で、元は建築物があったとされる跡地だ。

 

 伝承にある巨人信仰の産物、ダイダラボッチ。まるでかの巨人が両手でその土地を掴み、無遠慮に捻ったかのように捩じれた(・・・・)大地があった。

 

 

 ───本日早朝未明、〇県×市△△△にある公園、隣接する森部、建設途中の工事現場が一夜にして消失していたのが発見されました───

 

 ───警察は現在、国内におけるテロの存在を考え、周辺の住民に聞き込み調査を開始しているとのことです───

 

 

 ピクッ、と跳ねた五条の指はポケットに隠され、周りの人間が気づくことは無かった。

 

 

 

 

 

 

────────────────

 

 

 

 

 

「……っ"あ"…………ハッァ"……!」

 

 ツルリとした空色の万華鏡。想像よりもぷにぷにとした水晶体の中は生ぬるく、とろとろと指を濡らす液体は血なまぐさい。

 

「中々ガッツあるじゃん。もうちょっと大きな声出すかと思ってたよ」

「ッ……」

 

 ズルリと引き抜いた指は粘ついた赤が尾を引き、唇を噛み締め必死に声を押し殺す子どもの姿にえも言えぬ興奮が背筋をかける。

 

 捕まえたい、だけど手加減して捕えられるほど弱くはない。

 

 そんな葛藤の末に、こっそりと高専所有の呪具を借りることを決めた自分の考えは間違っていなかったらしい。

 等級としては二級程度の拘束用呪具だが、呪力の無くなった相手には十分すぎる威力を発揮する。

 

 四肢を無骨な鎖で貫かれ、地へ膝を就いた冬色の子どもは縫い止められた蝶のよう。

 

 ただし、そうするまでにかかった代償は大きかった。五条自身も手傷を負ったし、保険のつもりで持ち出したカード(特級呪物)さえ切ったのだ。

 

 地面へ落とされ、膝立ちの状態で拘束された少年に合わせるよう、五条もその長い足を折る。

 

 とくとくと少年の刃が届いた首の一部からは命の源が溢れ出し、やはりというかなんと言うか。反転術式を使用してもなお、治りが悪い(・・・・・)

 

 せっかく目的のものを捕まえたと言うのに、当の自分が出血多量により三途の川を跨いじゃいました。では本末転倒だ。

 切られて使い物にならなくなったままポケットに突っ込んでいた目隠しを取り出し、反転術式を回したまま切り口を抑える。

 

 キュッと伸縮性に優れた生地を傷口とは反対の位置に結び、荒い息を吐く目の前の子どもを見つめる。

 

「まずはそうだな……、おめでとう! とだけ言っておこうか。まさか僕自身、十年前ならいざ知らず、今の僕に手が届く人間がいるなんて思わなかったよ」

 

 実際五条自身も驚いた。

 

 脳へ過多の情報を流し込み、動きを止めることを目的として展開した五条の領域「無量空処(むりょうくうしょ)」。使えば勝ち確の反則技。

 

 自分の領域に呑まれた子どもは確かに止まった。延々と完結しない情報に脳が追いつかず、確かにその身を止めていたはずなのだ。

 

 けれども、五条の手が少年を捕まえようと触れる瀬戸際、あの子どもは動いた。

 絶え間なく流れる無限回の生きるという行為(・・・・・・・・・・・・)、ソレを自分の脳みそ一つで処理しきったのだ。

 

 この事実だけでも笑ってしまいそうなのに、あまつさえ自分と同じ色彩の子は五条の。この最強(五条悟)の領域を斬った(・・・)。斬り捨てた。

 

 何をしたのかは分からない。どうやってやったのかも分からない。

 ただ目の前の子どもを手に入れたと思った瞬間、膨大な呪力を肌に感じたのと同時に宇宙(そら)の外側へ放り出されていたのだから。

 

 その後、五条の首が繋がっていたのは殆ど奇跡に近い。

 

 あの時の五条は完全に止まっていた。止めるつもりが止められていた。迫り来る殺意を避ける頭も無かった。

 

 ソレが少しめり込む程度の傷に抑えられたのは、ひとえに久方ぶりに働いた五条自身の生存本能。人間の本能的恐怖が働いたからだ。

 

 命に触れられた痛みで覚醒した頭脳を回転させ、刃を振り抜く直前にポケットに忍ばせていた呪物をその軌道上へ。

 

 お見事と手を叩きたくなるレベルで真っ二つに割られた五条家所有の特級呪物、「殺生石(せっしょうせき)」はその力を遺憾無く発揮し、薄い身体に宿る呪力を根こそぎ奪った。

 

 後の展開はご存知の通り。ひっそりと仕掛けた拘束用の呪具を引き寄せ四肢を貫く。

 呪力が無いため術式は使えない。ならば次に少年が取るのは、あの摩訶不思議な偏光の瞳。ルビーとエメラルドの入り交じる、螺旋を宿した宝石の瞳だろう。

 

 ここは五条も自分の腕一本くらいは犠牲にする覚悟で美しい宝石を砕いたのだが、幸か不幸か五条の推測は当たっていたらしい。

 

 宝石のような偏光の瞳は、両目で対象を捕えなければ使えないのではないか……と。

 

 星の照らす晩、五条自身も一回。たった一回食らっただけの摩訶不思議な禍々しくも美しい瞳。たかが一回、されど一回だ。

 

 空色の万華鏡が反転し、開いた宝石の瞳はしっかりと。五条の伸ばす腕をじっと見ていたのだから。

 

 間違っていたら間違っていたで空間の捻れる音を頼りに腕を一本犠牲にし、両目とも潰す予定だったが、そうならなくて良かった。

 

 流石の最強とて、自身の無限ごと(・・・・)捩じ切られてしまってはどうしようもない。

 

 にっこりと。壊してしまった方とは逆の万華鏡に微笑み、グッと自分そっくりの幼い顔を掴みあげる。

 

「君も頑張ったけど、僕も君をこうして捕まえるのにかなり骨を折ったもんだよ。言いたいこと聞きたいこと、君が僕を見ていない(・・・・・・・・・)こと。その他にも諸々あるけど、そこら辺のお話は後でたぁっぷり……顔を突き合わせようじゃないか」

 

 苛まれる痛みに怯みながらも、深い憎しみと殺意の乗った視線。

 

 ぱちぱちと星の弾ける瞳を覗き込み、五条悟は少しだけ後悔する。ひと思いに壊すのは、やっぱり勿体なかったなあ……と。

 

 そんな本心を笑顔という幕で覆い、五条は務めて明るい口調で語りかけた。

 

「あっ、もしかして潰れちゃった目が心配? 大丈夫! 完全には抉り取って無いし、多分僕の知り合いが治してくれると思うよ!」

 

 君自身も反転術式使えるでしょう? 呪力が戻ったら自分で治すのも良いかもね。

 

 当たり前だが目の前の子から返答は無い。もしかしたら五条悟は嫌われているのかもしれない。

 

 欲しいものがやっと手に入った高揚感からか、そんなくだらいない事を考える。

 

 まずはどうしようか。やっぱり自己紹介からかな。君は五条悟を知っているけど、恐らく僕を知らない。僕は君の名前も知らないし、君がどんな子なのかも知らない。

 好きな食べ物はなんだろう。好きな景色はなんだろう。君の瞳に映っている景色は、僕のものと一緒なのかな。

 

 つらつらと降って湧いてくる少年への興味。

 

 そんな時ふと。どうしようもなく、縫い止められた少年の影が目に付いた。

 

 別に変わったところなどない、普通の影だ。五条の影と少し重なって、混じっているだけの影法師。

 

「…………かあ……ん」

 

 ポツリと呟くような泣きそうな。迷子の子どもが親を探すかのような、そんな声を拾った。

 

「─────かあさん」

 

 今度ははっきりと。母を指す震える音が言葉として耳に入った瞬間の恐怖を、なんと表現すれば良いのか。

 

 ずるり───と。

 

 小さく丸まった子どもの影から白いナニカが生まれる。

 

 ずるりと。 ソレは一つではなく、二つ三つ。四つ五つと数を増し。

 

ずるり。微睡む影法師から浮上したのは───

 

「ナ"カ"ナィ"……テ"」

 

「ッ!?」

 

 大急ぎで体を【蒼】で後方へ飛ばし、両の手のひらを合わせる。

 

 術者が術式を発動させるのに必要不可欠なもの、掌印(しょういん)。高専時代から試行錯誤を繰り返し、ある時期を境に掌印(しょういん)の省略を身につけた五条悟は術式の発動において、ソレを結ぶ必要は無い。

 

 順転の【蒼】も反転の【赫】もその例に漏れず必要なく、気が乗った際に手持ち部沙汰でポーズだけ取る程度のもの。

 

 そんな五条悟でもとある術式に関しては精密な呪力コントロールのため、掌印(しょういん)を省かずに使用するものがある。

 

 パシッと合わせた両の手。

 

 右手には【赫】を、左手には【蒼】を。

 

 収束と発散。無限と無限。

 

 目の前にいるのが苦労して捕まえた子どもだと分かっているけれど、それ以上に危ない。

 自らの生徒である乙骨(おっこつ)に憑いていた呪霊【里香】。彼女を見た時にも感じなかった、背筋を震わすような不気味さ。

 

 アレはこの世にあってはいけないものだ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 発生させた【赫】と【蒼】を指先へ乗せ、伸ばした腕は対象へ。

 

 とにかくアレを消し飛ばすのが最優先。

 

 無限と無限の衝突。順転と反転の衝突。

 

 生成されるは仮想の質量。

 

 ヒュッと、指先を小さく押し出す。

 

 軽々と。この世の法則を嘲り、慈しみ、超えるのは紫色(ししょく)の夢幻。

 

 ─────────────虚式【茈】(きょしき むらさき)

 

「………冗談だろ」

 

 思わず出た呻き声は誰に向かってのものだったか。

 

 自分とあの子を繋ぐ直線上。草も根も土も根こそぎ消し去った仮想の質量。 (ことわり)の外から生まれた破壊の権化。

 

 それ(【茈】)が消えた。

 

 くるくると。母が我が子の髪を梳くように。

 

 くふくふと。まろい頬を撫でるように。

 

 くらくらと。愛しい体を抱き締めるように。

 

 ソレは少年を覆い隠し、触れた傍から【茈】(むらさき)を消す。

 

 手だった。白く細い、綺麗に整えられた五枚の爪がついた女の手。十や二十、百や二百では効かない女の手だ。

 

 自分と同じ色彩の子の影から出て来て、涙を流す我が子の雫を拭うよう、五条の潰した壊れた万華鏡をしきりに撫ぜる母親の手。

 

 唖然とする五条の瞳に、六眼が容赦のない現実を叩きつける。有り得ない呪力の流れを捉えたのだ。

 

 流れている。虚式【茈】(きょしき むらさき)に込めた五条の呪力が数多の腕を伝い、抱き締める子どもの元へと流れていく。

 

 ヒタリ。冷や汗が蟀谷から流れ落ちる。

 

「ねぇ君……なんてものを飼ってるの」

 

 五条の問いかけに少年は答えない。壊れた眼を抑えたまま、白く細い手に覆われている。

 

 不気味な手の集合体は動かない。冬景色の似合う子どもを囲ったまま、泣き叫ぶ我が子を慰めるよう、沈黙を保っている。

 

 動くか、動かないか。影から這い出てきた異形型の不気味さに判断が下せない中、引かれたのは聞き覚えのある言葉(トリガー)

 

「……(まが)れ」

 

 歪んだのは足元と肩口。回避。

 

(まが)れ」

 

 次は腕。回避。

 

(まが)れ」

 

 次は右半身。【蒼】で移動した足元の空間が歪む。

 

 回避。浅く抉られる。

 

(まが)れ」

 

 また。ぴったりと張り付く歪曲の螺旋。

 

 肩が、腕が、腹が、足が。少しづつ、少しづつ、捻れ狂う空間の渦が五条の体を掠め取っていく。

 

「(どういうことだ……、片目は僕がこの手で潰し……)」

 

 視線を蹲る少年へ。四肢を縛っていた呪具が抜け、不気味な手に護られた子どもへ向ける。

 

 無数の()に遮られた隙間からそっ……と。鉄錆に塗れた綿毛のようなまつ毛が震える。

 

 ふるり、ふるり。生暖かい赤色の涙跡。花開いた淡雪の額縁に収まっていたのは……、

 

「ふざけんなよもおおおおお!?!?」

 

 赤く、紅く、ルビーとエメラルドが入り交じる偏光の宝石だ。

 

「ま」

 

 無限ではなく、ただの呪力を拳へ。

 

「が」

 

 木っ端微塵にしないよう。大きな瓦礫と人間が一人入り込める大穴を空けるよう、最新の注意を払って呪力を乗せる。

 

「(間に合うか!?)」

 

 

「れぇぇええええええええッ!!!」

 

 拳は下へ。

 

 その叫びをトリガーに、ぐしゃりと五条が。空間が。大地が。この土地そのものをひっくるめた世界が、捻れた。

 

 

 


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