チキチキ!しあわせ家族計画   作:支部にいた鯨

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④・後

 

「(あの後、なんとか瓦礫で姿を遮って地面へダイブ。ギリギリで視界から外れたから助かったけど)」

 

 結局あの子には逃げられ、更には一つの土地を更地にした事が学長にバレ、疲労困憊の体に重い拳骨を貰ったのだ。

 

 全身痛いし傷は中々治らないし怒られるし、昨日は散々だった。天国から地獄に落とされた気分。もしくは目の前で欲しかった玩具を掠め取られた気分だ。

 

 地下へ続く階段を下り、五条悟は深いため息をつく。

 

 結局分からないことだらけであった。あの同色の子の名前も聞けなかったし、六眼とは真逆の爛々と輝く宝石の名前も分からなかった。

 

 意識的に飼ってるのか、それとも乙骨と同じように憑かれているのか。あの薄気味悪い複腕お化けの能力もちんぷんかんぷん。

 

 呪力量は【里香】や火山頭。ましてや指一本分の両面宿儺(りょうめんすくな)には到底及ばず、見たところ二級……せいぜい多く見積って一級。

 

 だがあの雰囲気、能力。アレを構成する要素全てが、そんな呪力での物差しに待ったをかける。

 

「(虚式の呪力があの子へ流れてたってことは、能力的に呪力の吸収、または還元ってところかな?)」

 

 五条の呪力は実際、あの子へ流れていたし的を外してはいないだろう。まあ、虚式程の呪力量を吸収するってどんな吸収力だよ、と思わない訳でもないが。

 

「(だとしたらあの時、あの子の目が再生したのは吸収した僕の呪力を反転術式に使ったからか?)」

 

 それにしてはどうも違和感が残る。

 

 なぜなら溜まった呪力は減る様子を見せなかったからだ。治癒に使う反転術式であれ、術式である以上はプラスとマイナスの違いはあれど、必ず元となる呪力が必要。

 

 ただでさえ損傷の激しかった潰れた目の再生だ。それほどの重い傷に回される反転術式の呪力量を、五条の眼が見逃すはずがない。

 

 一番考えたくないのは……

 

「アレ自体に、吸収と再生の能力が付いてた場合……なんだよねぇ」

「なにが?」

 

 ぽつりと呟いた言葉に返ってきたのは不思議そうな若い声。

 エンディングロールの流れる液晶テレビ。その真ん前に置かれたソファに腰掛け、可愛いのか不細工なのか絶妙な領域を行き来する黒いクマの人形を抱えた短髪の少年。

 

「おつかれサンマー! 調子良さそう? 悠仁」

「いや、気分的に調子は良くねーけど、強くなりたい気持ちなら絶好調」

 

 虎杖悠仁(いたどりゆうじ)。特級呪物【両面宿儺(りょうめんすくな)の指】を呑み込んだ宿儺(すくな)の器。千年に一度の逸材。

 

 しっかりと前を見据える瞳の輝きに、知らず知らずホッと胸を撫で下ろす。

 

「(昨日の今日でどうかとおもったけど……。いいね、折れてない)」

 

 訓練だよな!? もう準備はできてるぜ! と言わんばかりに準備運動を始める虎杖に、五条は待ったをかける。

 

「え? 今日やらねーの?」

「いや、勿論やるよ。交流会まであと一ヶ月とちょっとだし、それまでにある程度仕上げなきゃいけないからね。じゃなくて、悠仁」

 

 呼びかければ「なに?」と言いながら素直に寄ってくる、あの子と同じくらいの年齢の男の子。

 

 ホロリと。殺し捕まえる関係でしかないのに、何故か涙が出てくる。会話が成立する事がこんなにも嬉しいことだとは知らなかった。

 

 クッとサングラスを外した目頭を押さえ、ぽんぽんと虎杖の頭を軽く撫でておく。

 

 ???? とハテナマークを飛ばす虎杖にほっこりしながら、サングラスをかけ直した五条は口を開いた。

 

「ちょっと聞きたいことがあるんだ」

「俺に?」

「いや、宿儺(すくな)に」

 

 その言葉を聞いた虎杖の顔が歪むのが早いか、それとも頬に開いた口が嗤うのが早いか。

 

 ケヒッ、と。部屋に響いたのは重苦しい男の笑い声。

 

「なんだ呪術師。いいぞ、俺は今機嫌が良い。話の内容次第では答えてやらんことも無い」

 

 相当機嫌が良いのか、ニタニタと下卑た口角を隠しもせずに呪いの王が言葉を紡ぐ。

 

「ただし、詰まらん話だと判断すれば小僧を殺す」

「いや俺!? いい加減にしろよお前!! つか俺と代われないでしょアンタ!?!?」

「おっけー、それじゃあ聞きたいことは二つね」

「そんな軽く!?!?」

 

 ギャンギャンと吠える虎杖をなだめすかし、五条は適当に転がっていたイスを引き寄せる。

 

「呪力を喰らう刀型の呪具。これに心当たりは?」

 

 虎杖の眼付近に開いた第二の目がギョロリと動く。

 

「鞘は黒色、下緒は黄色。柄は白で大体日本刀の中でも大太刀に近い長さの太刀。ついでに多分、空間と空間を行き来する扉みたいなのを開ける」

「ほう……?」

「あとめちゃくちゃ固い。僕のグーパンを真正面から受けて壊れない」

 

 えっ!? 先生のグーパンで? そう、僕のグーパンで。

 

「念の為、東京、京都を含めた高専。五条家の目録とかツテを使って色々調べたんだけど、やっぱり未登録の呪具でさ。僕の目で見た以上の事は分かんなかったんだよね」

 

 その果てに編み出した対処法が、呪力消費を増やして無理やり軌道をズラす力技だ。

 

 呪いの王って呼ばれるくらいだし、なんか知らない? 

 

 ベリベリと机の上にあった未開封の染みチョコを開け、ジンジンと鈍痛の走る指でつまむ。

 

 あれ? 先生それどうしたの? ちょっとガチャガチャでハズレ引いた。勝ち確だと思ったのになあ。……パチンコ? 違うよ。

 

 隣でボリボリとじゃがりこを食べ始める虎杖。赤く光る弓なりの目は些か伏せ目がちだ。

 

「なんだ。あやつめ、アレを人間風情に渡したのか」

 

 拍子抜けしたような、意外そうな声音の呪いの王。

 

 千年以上前に生きていた両面宿儺(りょうめんすくな)が知っている、そこそこどころか、かなり年季の入った呪具。

 

「アレの本質は呪具ではなく魔具(まぐ)だ。海向かいから流れてきたモノでな、内輪揉めだか兄弟喧嘩で持ち主から離れ、流れ着いたこの地で呪具に変質した」

「……なんでそんな詳しい経緯まで知ってるの?」

「流れ着いたアレを呪具へ変えたのが他でもない俺だからだ」

 

 シレッと呪いの王は嘯く。

 

「あの時代は移動手段が少なくてな。手軽に長距離の移動ができて便利だったのと、魔に属するものを斬る特性が呪術師相手には都合が良くて」

 

 面白がって使いまくっていたら、いつの間にか呪力を喰らうものになっていた。

 

 スゥーーーーーー(深呼吸)。

 

 五条はサングラスを外し、空っぽになった染みチョコをテーブルの上へ投げる。

 

「……つまり、なに? あの厄介極まる特性は、君が千年も前に年甲斐も無くテンション上げて振り回した結果、獲得したものなの?」

「おい、不愉快だ訂正しろ。てんしょんは上げていない」

 

 カタカナが使えない爺がなんか言ってる。

 

「…………とりあえず悠仁」

「なに?」

宿儺(すくな)と代われる? いや、代わって」

「なんで?」

「僕が今、猛烈にマジパンチ入れたいから」

 

 なお吹っ飛ぶのは虎杖の体である。

 

 やっていられない。音楽性の違いどころか、時代の解釈違いにより本日は解散したい。

 

 五条が散々苦労して避けたあの刃。あれの呪力を喰らう特性は目の前の少年に宿る古臭い爺。こいつが原因で"魔"という広範囲のものではなく、"呪力"だけに特化した物騒極まるものへ変質を遂げたと言うのだ。

 

 器が虎杖悠仁(いたどりゆうじ)でなければ本気でマジパンを入れてた。

 

「人間風情に渡したってことは、アレを君は途中で手放したってこと?」

「そんなわけないだろう馬鹿なのか貴様」

 

 馬鹿はオメーだよクソジジイ。厄介なもん造りやがって。

 

「握れなくなったのだ」

 

 若干、拗ねた声で宿儺(すくな)は言う。

 

「ある日突然、アレから蒼い魔人が出てきたと思ったら弾かれるようになった」

「魔人?」

「俺も詳しくは知らん。だが呪力でも術式でも殺せず、張合いが無かったゆえそのまま捨てた」

 

 それは捨てたと言うよりも捨てられたのでは? 

 

 頭に浮かんだ瞬間には喉元まで出かかった言葉を飲み込む五条。

 

 ここで宿儺(すくな)の機嫌を損ねるわけにはいかない。まだ聞きたいことがあるのだ。

 

 いや、お前それ……と無邪気にコメントを入れようとする虎杖の口をソッと塞ぐ。

 

「名前は? あるでしょ、あの呪具にも名前」

 

 暫しの沈黙の後、歪な呪いの口がニヤリと嗤う。

 

閻魔刀(やまと)。魔人は確かに、そう呼んでいたぞ」

 

 やまと……閻魔刀(やまと)……ねぇ? 

 

 やはり聞いた事のない名前だ。呪術界隈でも聞いた事は無いし、古い文献にも載っていなかった気がする。

 

 うーんと悩むよう、顎に手を添えた五条は、じゃあもう一つと呪いの王へ質問を投げかける。

 

「ルビーとエメラルドの……。あー、君の生きていた時代では翡翠と紅玉かな? それが混じり合ったような綺麗な宝石の瞳。両目に映したものを問答無用で捻じ曲げる能力、これに心当たりは……」

 

 ない? と。訪ねようとした五条を見つめる目のなんとおぞましいものか。

 

 頬に開いた口は裂け、限界まで見開かれた赤色は狂喜の色に染まっている。

 

 ケヒッ、ケヒッ。

 

 くふくふと始まった予兆。次の瞬間、二人の鼓膜を震わせたのは邪悪でたまらない呪いの笑い声だ。

 

 呪いの王は嗤う。感極まった声で大気を震わせる。

 

「そうかそうか! そうだったか! まだソレを持っている人間がいたのか!!! 行幸行悦、愉しみが一つ増えてしまったではないか!!」

 

 ケタケタと呪詛を振り撒くよく回る呪いの口。

 

 常人なら聞いただけで恐怖を駆り立てられ、気が狂ってしまいそうな濃厚な狂喜。

 

 ペシッと、虎杖が大口を開ける口を叩く。

 

「……知ってんの?」

「知っているとも、覚えているとも! 呪力も術式も持たないただの人間が、俺の四肢を捻じ切ったのはアレが最初で最後だったからな!」

 

 薄々勘づいてはいたが、あの瞳は想像以上にヤバいものであったらしい。呪いの王、その全盛期たる肉体すらも捻じ切る呪術とは異なる異能力。

 

 にょきりと現れた口が、頬を押さえつけた手の甲から語り始める。

 

「歪曲の魔眼。神に使える神事の家系、その一端の家に脈々と受け継がれる正真正銘の異能。発現するのは稀と聞いたが、開花した能力は折り紙付きだぞ?」

「具体的には?」

「歪曲……その名の通り、物体を捻じ曲げる事に特化した攻撃系の異能だ。発動条件は軽く、両目で見る事により成立する。その目の持ち主ができる(・・・)と思えば、俺の体すら捻じ曲げる優れものよ」

 

 合間合間にケヒケヒ聞こえるものの、興奮の最高潮は超えたのか、落ち着きのある声音に戻りつつある呪いの王。

 

 期待はしていなかったが、大当たりだった。

 

 呪術関連を探してうんともすんとも言わなかったはずだ。とっくに廃れた形だけの神道系。まさかそっち系統の血を引いてるとは。

 

「(でも僕、神道系に知り合いいないんだけどなあ)」

 

 自分と歳の近い女の子なんて特に。

 

「なるほどなあ、通りで丸々一つ分の土地を捻じ曲げられた訳だ」

 

 もー嫌になっちゃう! と肩を竦めた五条に、訝しげな声が落とされる。

 

「……一つ分の土地を曲げる? あの瞳は持ち主の視界に映る範囲を捻じ曲げるものだぞ。それ程の規模を捻じ曲げるのならば、それこそ上から見下ろさなければでき……」

 

 中途半端に切れた文章。五条の背筋に冷や汗が流れる。

 

 ケヒッ。

 

 分かった。分かってしまった。恐らく自分は、あの子の閉まっていた能力の扉を一つ、開けてしまったという事実に。

 

「そうかそうか! 千里の瞳すら宿すのか! 有り得ざる歪曲の持ち主は!! まさしくそれは神の子であろうよ!!!」

 

 上機嫌な呪いの王に比べ、五条悟のテンションはだだ下がりである。

 

 千里の瞳、千里先を見通す瞳。恐らくそれは千里眼と呼ばれる古来から伝わる異能の瞳。その力は単純明快。視野が広い、ただそれだけの力だ。

 中には未来を見通すだの、過去を見通すなどといった記述もいくつかあるが、ほとんどの千里眼保有者は今、自分がいる景色を広く見渡せたという。あの子も例に漏れず当てはまるのはこれ、現在視の千里眼だろう。

 

 自分の視界に映ったものならば、自身が可能と思う限り物体の強度や術式などを問答無用で捻じ曲げる歪曲の魔眼。

 

 自分のいる現在軸を見通す千里眼。

 

 控えめに言って最悪の組み合わせである。どんどん最強の看板を割りに来てる。

 

 唯一の良心は六眼との併用は出来ないとの点だろう。そんな一つの目にバカスカ異能を詰め込めば脳みそが爆発する。多分。

 

「なんでお前がそんなこと知ってんだよ」

 

 あまりにも詳しすぎる宿儺(すくな)の解説に疑問を抱いたのか、虎杖が自身の手に開いた口を見つめる。

 

「その家の者、一人一人に聞いて回った」

「なんで」

「皆殺しにするついでに」

 

 バッッシン! と額に青筋を浮かべた虎杖が真っ赤に腫れた甲を睨む。

 

「中々に愉快だったぞ。俺も四肢を捻じ曲げられながら鏖殺するのは初めの試みだったのでな、あまりにも気になった次第で聞いて回ったわけだ。しかし驚いた、まさか生き残りがいたとは」

 

 しかもその生き残りは子孫を残し、現在でもその血は受け継がれているときた。

 

 愉しみだなァ……と口元を喜びで歪める宿儺(すくな)に、五条も喜べるものなら僕も喜びたかった。と 内心でため息をつく。

 

「(本当にもう、その才能の多さは一体誰に似たんだか……。相性最悪にも程があるでしょ、僕の息子(・・)君は)」

 

 

 グシャリと、握りつぶした診断結果はポケットの中に。

 

 

 

 

 

 

 

─────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 2018年 7月✕日 午後22:00

 

 

 真っ白な、けれど光の加減によって空色にも見える小さな箱を月に照らす。

 

 今日は良い夜だ。雲もなく星が良く見え、柔らかな月光は湖面を輝かせる。

 

 まさに絶好の

 

「決戦日和……ってやつ?」

 

 箱を片手で回しながら振り返れば、光に当てられた銀髪がきらきらと輝く。

 

 片手には白柄の刀を。しっかりとある両目には果てのない輝きを宿した空色を。

 

「決着を着けようか」

 

 空へと放った箱が二人つの銀を覆い隠した。

 

 


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