今夜は月が綺麗だ。
雲も無く星がキラキラと輝き、なんとなく月の光すら柔らかい。
───【メインクエスト】: 第三章───
こんな時は窓辺にでも寄りかかって、ぼーっと静かに月見と洒落こみたいものだ。
めんどくさいなあ、と思いながら外に出て、コンビニでフルーツサンドでも買えたらもっと良い。
───【瞳の先に見えるのは】: 最強との決戦─
いやー、それにしても疲れたなー。もう今日は一歩も動けなさそうだなー。【
───【瞳の先に見えるのは】: 最強との決戦─
いやもう、本当に指の一本も動かせな……
───【瞳の先に見えるのは】: 最強との決戦─
動かせ……
───【瞳の先に見えるのは】: 最強との決戦─
……………………
───【瞳の先に見えるのは】: 最強との決戦─
微塵ともブレない男女どっち付かずの無機質な声に、プチリと心の血管が切れた。
もおおおおおお!! 動かせないって言ってるじゃん!? 動きたくないって言ってるじゃん!? 四日前くらい前に第二章終わったばっかじゃん!?
しかも最強ってアレでしょ!? あのまた顔面真っ黒の性格クズが鎮座するどクソチート野郎の真っ黒ジャージなんでしょ!? いい加減
───【瞳の先に見えるのは】: 最強との決戦─
───【開始時刻】: 本日午後十時───
そんな俺の意思に反して足はとある場所を目指して進み、背負った刀袋の結び紐へ手をかける。
あの精神ぶっ飛んでるサイコパス野郎から這う這うの体で身を隠したのが四日前。最初会った時もそうだったが、本当に今回ばかりは死んだかと思った。
領域展開とか呼ばれていた空間は体どころか頭すら働かなくなったし、首の代わりに斬り捨てた【
あまりの痛さに意識が朦朧とする中、なにやらサイコパス野郎が一人で喋っていた気がするがなにも覚えてない。会話に飢えていたのだろうか。
ただどうしてか、かあさん───と。情けなさと不甲斐なさ、唇を噛み切りたい程のみじめさをひっくるめて、母の名前を呼んだのは覚えている。
自分でも何を言っているんだと正気を疑ったものだが、正気どころか神経を疑うような出来事がこの後に起こるなんて誰も思うまい。
───特級呪縛怨霊【■■■】解禁───
その言葉と共に自らの影から出てきたのは、生気の感じられない生白い幾百の手。
ヒョッと、ビビり散らしている間に【
めちゃくちゃ優しく撫でくり回された箇所から暖かいものが流れ、気がつけば形容し難い激痛が暴れ回っていた目ん玉の中には、新鮮なぴゅあぴゅあお目目がなんでもないような顔をして座っていたり。土壇場で広がった視界と高揚感のまま【歪曲の魔眼】で力任せに捻じ曲げたり。
そんなこんなで
あのサイコパス野郎から生き延びた、という安心よりも、あの時に抱いた感情はこれだ。
えっ、
見た目がなんであれ命の恩人だろうが! とか思ってたあなた。ちょっと考えてもみてほしい。
いやだって手だよ? 以前の俺が残してた日記にも高確率で書いてあった"かあさん"。助けるとか救うとか、守るとかとセットになってたんだから生き別れてラスボス五条悟に囚われてんのかなって思うじゃん?
バリバリ死んでるんですけど。
人の形してないのは百歩譲って目を瞑ろう。目が覚めた世界で、今思えば呪霊だったのだろうが、「我らこそが真の人だ!」とかドヤ顔で言い張る奴等がいたからね?
血液の付着する片目を撫でられ、影へと戻る時に触れて分かった。
生命を感じられないくらい、冷たい手だった。完全に死んだ人間の空虚な手だった。
死んでるのに守るとはこれ如何に。影という超至近距離にいるのに助けるとはこれ如何に。
ぐるぐると突然湧いて出た現実に耐えきれず、その時の俺が何をしたかって言うと。
寝た。パタリ、と。電池が切れたように寝ました。
覚悟無しで遭遇したサイコパスとの戦闘や、自身の体にかかった負荷とかもあるが、一番の理由は限界だったのだと思う。色々な意味で。
その後のことは起きた時にでも考えればいい。
結局、一晩経った頭で出した結論なんてありきたりなものだ。このまま進む……というもの。
以前の俺は日記の中でしか知る術は無いが、多分全部知っていて母を助けることを生きる目標とした。とっくのとうに"かあさん"と呼び慕う庇護の存在が死んでいることも、その成れの果てである影に住まう白い手のことも、なにもかも。
以前の俺が、
だけれど進んだ先に、【六眼】先生が【メインクエスト】と称した道の果てに、
ガードレールから身を乗り出し、深い森へと飛び込む。
【
木の根や枯葉、好き勝手に伸びた草を踏み分け、湖面の揺蕩う円形に佇んでいるのは背の高い男。
長い手足と揃いの銀髪。映った月を足蹴にし、かつての場所で待っていた最強。
「決戦日和……ってやつ?」
でもさ、確かにこのまま進むとは言ったけどさ?
「決着を着けようか」
もうちょっと時間くれても良くない?
ふわりと男の手から離れた空色の箱が宙を舞い、パタパタと四角箱が解ける。
くるりと振り返った顔は、やっぱり見えない。
幾つもの四角を量産し、俺と目の前の銀髪を呑み込んだ箱が形成したのは広々とした空間。
「ここはね、僕と君だけを閉じ込める特性の空箱。六眼と無下限術式を持つ者のみを招き入れる、君の瞳でも
人差し指を天井付近に向けながら、サイコパス野郎は念を押す。
いやそんな馬鹿な。【歪曲の魔眼】は単純な出力勝負で数えればぶっちぎりの一位だ。こんな薄そうな空間ならパッと壊せるに決まってる。
なんて、鼻で笑い飛ばせれば良かったのだ。
すぐさま魔眼を開き、それ見たことか。
しかしふっ、と。そんな思いとは裏腹の考えが、頭の片隅から顔を出す。
あんな、便宜上人間に分類されてるだけの化け物みたいなどチート野郎。悔しいけれど、最強を冠するに相応しい力を持つ目の前の男が、そうもはっきり言い切ったのだ。
もしかしたら本当に、
術式を使う素振りを見せず、また動く様子もない銀髪。
使って確かめてみたいけれど、【六眼】から【歪曲】へ切り替えた途端、せこい感じの攻撃が来るんじゃないか。と、いまいち目の前の男が信じられず【六眼】を手放せない。
なんて言ったって前科があるからなコイツ。「教えてあげよっか?」って期待させておいて、なんでなんで? と律儀に耳を傾けていたら、返ってきたのは「ひ・み・つ♡」の三文字と腹に思いっきり撃ち込まれた掌底だ。
どう足掻いても信じられんわ。是非とも誠実さを目の前で見せて。出来れば今ここで死ぬとか。
「いいのー? 試してみなくて。やるだけ無駄だとは思うけど、もしかしたら壊せるかもよ?」
腹の立つ声音。おちょくられている感じがする。いや、これはおちょくられているな完全に。絶対コイツ性格悪い。俺の方が絶対に人間としてモテるわ。
「………………
かなり迷ったけれど、確かめないことには始まらない。この前の死闘で解禁された【千里眼】を併用しながら、【六眼】を閉じる。
青空から真っ赤な黄昏の瞳へ。
【歪曲の魔眼】を起動しながら見据えた空間の一角。トリガーを紡いだ先の閉所に絡まるは赤と緑の螺旋。
絡み合う歪んだ糸は狙った空間を舐め上げ、
バシンッ
「……」
マジか。言葉には出なかったが、俺の頭の中を占める言葉はこの一言に尽きる。
弾かれた。曲がらなかった。捻じ曲げられなかった。
「ほら、僕の言った通り
本当にな。
あはー、残念でしたー、と得意気に煽り散らす姿のなんとイラつくことか。体の自由が効いていれば今にも殴りかかっていた所だ。
【歪曲の魔眼】から【六眼】へ切り替え、閉じられた空間を軽く見渡す。
閉じられた空間と言えども、この前踏み込んだ領域展開とは全くの別物のようだ。【六眼】で視てみてもかなりの広さがあり、他に呪術的特性は皆無。周囲への被害と、邪魔が入り込む不確定要素を排除する目的で使われただけなのかもしれない。
「相変わらず喋らないよねぇ、君。そんなに人と話すことが嫌い? それとも、相手が他でもない僕だから緊張しちゃって話せないのかな?」
選択肢
・それはない
・自意識過剰
▷ ・死んでくれませんか
「死んでくれませんか」
悩む必要なんて無かった。即決だ即決。
一回このサイコパス野郎は死んで人間としての情緒と真っ当な性格を拾ってきた方がいい。ついでにその貰いすぎた才能は捨てて来て欲しい。
ツれないなぁ、あんなことやこんなことをし合った仲じゃない。
自販機よりも大きな成人男性が泣き崩れる。
まあ確かに、あんなこと(目に指を突っ込む)や、こんなこと(首に刀をめり込ませる)をし合った仲だけれども。あまりにも俺の受けた被害の方が重いでしょう。出直せ。
「そう睨まないでよ……。それじゃあ仕方ない、ここからは真面目な話をしようか」
稀なことに俺の心情と外側の表情が一致したらしい。
「一つ、約束事をしよう。誓約……と言い換えてもいい」
ピタリと立てられた長い人差し指に、体というか主に復帰した片目が強ばる。おいやめろ俺の目の前で指を立てるなすごくこわい。
「君が勝ったら、僕の命をあげる。その代わり僕が勝ったら、命を含めた君の全部を頂戴」
え、やだ。
───拒否───
ほら、思わず出てきちゃった【六眼】先生も嫌だって言ってる。
「僕もね、いい加減分かったし身に染みたよ。君は手加減しながら捕まえられる相手じゃないって。だから」
ブワリ。
膨れ上がった存在感と、途方もない威圧感にほぼ反射の域で【
「殺す気でおいで。僕も君を、殺す気で相手するから」
───補助システム :【六眼】全力稼働───
───特級呪具【
───術式【無下限】: 問題なし───
───同じく順転【蒼】、反転【赫】: 問題なし
───特級呪縛怨霊【■■■】: 正常───
───【歪曲の魔眼】: 問題なし───
───【千里眼】: 問題なし───
───領域展開【■■■■】: 可能と判断───
垣間見えた青い瞳は、どうしようもなく俺の瞳と似ていた。
────────────────
捉えた初撃は側面を狙った蹴撃。
目の前を通過する黒靴。息をつかずに迫ってきたのは先程とは逆の足、回し蹴りの形を取った二段蹴りだ。
草薙のような鎌をギリギリで屈むことで避け、降ってきた拳を空いている手で逸らす。
───術式感知 :【無下限】、順転【蒼】───
感知したのは次を放つために踏み込んだ相手の軸足、そして逃がさないために囲まれた四方。
【無下限】は最初から纏っていない。当たればマズい。だから潰す。
───迎撃 : 順転【蒼】───
四方を囲む収束を同じく【蒼】で潰し、とりあえずのバックスペースを確保。
収束する無限の力を借りて加速した下から上えの上段蹴りを一歩体を引き、純白の柄を引き抜きながら回転。
後頭部付近の髪が風圧で持ち上がるも、気にせず親指で鍔を押し抜く。
───【
まずは最速の一閃。
ちょっとした個人的私情を含め、狙ったのは人間に備わる眼孔部分。
ヒュッと銀閃を残した一刀は幾つかの銀糸を空箱の中に散らせるも、赤色の気配は無い。外した。
だがまあ、これは想定内。刀身を弾かれなかっただけマシである。
───術式感知 : 反転【赫】───
向けられたのは足。
相殺ではいけない、完全にコチラの無限で上書きを。激突した【赫】の余波で視界が遮られるのは遠慮したい。
───迎撃 : 反転【赫】───
より強い無限で押し流し、俺には害のない方向。けれどもアイツには無視できない位置へ【赫】を展開。
カウンターとして放った【赫】はサイコパス野郎の足元に当たる間際、【蒼】によって無理やり軌道を変えられ明後日の方向へ。
二倍近い出力差のある【赫】を【蒼】でズラすってなに。
サラリと目の前で行われたとんでも技に乾いた声を上げながらも、体は目の前の目標を殺すための最善を打つ。
納刀は後回し。くるりと指で持ち替えた柄を握り直し、肩口目指して【
濡れ羽の鋼に白い手が合わさり、握った拳は破邪の側面を撃ち抜……
「ッ!」
けないよな。
体全体を捻ることで撃ち抜く軌道から刀身の上を滑るものへ修正した銀髪に張り付き、納刀からの抜刀。
鞘の中で勢いづいた刃は編まれた無下限を喰らい、無防備な胸を浅く切り裂く。
赤色く細い不規則な線が舞う。当たった。
───術式感知 : 順転【蒼】───
───同じく反転 : 【赫】───
複数編まれた【蒼】は俺への足止めと離脱を兼ねているのか、【
逃がすか。
わざわざ術式や呪力を使って【六眼】に映ってやる必要もない。己の脚力のみで【蒼】を振り切り、ついでに壁のように浮かび上がる前面の【赫】の射程外へ。
床へ触れていたつま先で加速し、特大の衝撃波と逆方向へ駆ける。
鞘が床と触れ合うギリギリまで上体を倒しての疾走。
腰に構えた
面倒なのは指。贅沢を言うならば腕。
領域展開と虚式。この二つを発動させるためには確か
どちらの手で結ぶのかは分からず、両手で結んでくれれば片側だけで済むのだが、この化け物に限ってそれは無いだろう。
だから両手とも落とす。
───【
まだ、鍔に指をかけるだけ。刀身は見せない。
───【
懐へ入ってから確実に【無下限】ごと刈り取る。
踏み込んだのは手を伸ばせば届く距離。ここまで近づけば向こうが対応するよりも早く、俺の【
キチ───と指の触れた鍔はしかし、
───術式感知 : 虚式【
突如目の前に現れた紫色の夢幻。【赫】と【蒼】の入り交じった仮想の質量、その蕾だ。
なぜ。だってアイツの両手はフリーだ。
「虚式【
───回避 : 順転【蒼】───
【六眼】先生の声が響くが早いか、銀髪の腕部を狙った【
スパァンと平行に削げて低くなった床。
耳元で本来生成されない質量の圧を感じながら【蒼】で体を引っ張り、銀髪の背面。無理やり低くした床へ滑り込む。
───ィィイイインと衝突した無限が質量を押し出し、コンマ遅れて空間そのものが抉り取られた。
たらたら。滑り込むのが間に合わず、高低差によって掠った耳が痛い。外側辺りが焼け付くように痛いので、多分外縁がポッカリと持っていかれたんだろう。
首元に落ちてくる生温い液体を乱雑に拭い、短く息を吐き出す。
マズいなぁ……。想定以上にはっやいんだけど、アイツ。拳を逸らすためとは言え、【
『僕も君を、殺す気で相手するから』
開戦の直前に告げられた言葉。その意味が今更ながらのしかかる。
マジで俺の命、取りにきてるじゃん……。俺は最初からそのつもりで頑張ってたけれども。初っ端からここまで動きが違うと、これまでは手心を加えてもらってたんだな。と突き付けられた気がして、これはこれで腹が立つ。
胸の内からフツフツと沸騰する怒りを鎮め、落ち着けと呟く。あ、口は動いてないよナチュラルに。
だって相手はサイコパス野郎だし。化け物だし。最強だし。これくらいやってのけたって驚かないぞ俺は。
それに……、と。グーパーと拳を握ったり開いたり。調子を確かめるような動作をする銀髪を見る。
当たった。浅くだけれど、【
不思議そうに血のにじむ傷口を触る男の姿に、にやにやと口角が上がる。
「なに、今の。なにしたの」
いや、教えるわけないじゃん??? アンタもこの前教えてくれなかったから教えません。
精々頑張って自分の目で確かめるか、大人しく勝者となった俺の口から冥土の土産にでも聞いてください。
何時ぞやの仕打ちを思い出し、そんなことを考えている俺の耳にポツリと。まるで独り言のような呟きが入ってくた。
「合わせた僕の拳より、
…………………………教えるまでもなく分かってんじゃん。本当にもうやだコイツ。ふざけんな見えてたんじゃん、疑問形で聞くなよ。「聞きたい?」「ひ・み・つ」が出来るかと思って一瞬期待しちゃっただろ。
返事は返さず、心の中で渋々ピンポーンと答えておく。
その通りでーす。前回アンタが「君のソレって慣れれば掴みやすい。刀抜いた瞬間には刃が届いてるからァ!」とか言われたのが悔しくてなんとかした結果がコチラです。
ご存知の通り、俺の攻撃の主体は破邪の王である【
破邪の特性が乗るのは刀身部分のみ、という理由上、どうしても相手に接近し刃部分を直接当てる必要がある。
いくら特級呪具だとは言え、その形状は日本刀。鞘から刀身を引き抜き、相手へ振り抜く過程を省略することはできない。
コイツ相手には相性が悪くて使う機会があまり無かったけれど、現状の手持ちで最速最大の射程距離を誇る【
いくら疾く振ったところで、相手が認識する・しないを除いても絶対に着弾までのラグが発生する。アイツが言った「慣れれば掴みやすい」という一言と共に弾かれた【
だけど裏を返せば、鞘から走らせた刀身が相手に触れるまでの時間があるということ。アイツでも追えない、
あの時はまさかの出来事で頭が回らなかったが、「来ると知覚した瞬間には届いている刃」という台詞から、アイツは【
だから
抜刀の速さとタイミングは変えず、振り抜くまでの
鞘から離れた時、対象へ当たる一瞬前、その中間地点……。百から零、零から百。どこでズラすも、そのまま振り切るのも決めるのは俺だ。
威力はそのまま据え置きで、鋭さもそのままに。ただほんの僅か、誤差とも言えない少しのズレに、アイツは術式を合わせられない。
ぬるりと血液を吸った首元の不愉快感を頭から追い出し、ジッと俺を見つめる同色の男を見据える。
兎にも角にも、これでアイツは容易に【
「化け物みたいだね、君。頭おかしいんじゃないの?」
アンタにだけは言われたくねー。
嫌そうにため息をつく姿に思わず白い眼差しを向ける。それはアンタじゃなくて俺の台詞だ。会敵する度にどれだけ化け物野郎と罵ったか覚えていないレベルである。
虚式とか言う順転とも反転とも違うヤツは、恐らく今の俺では扱えない代物だ。いや、使える分には多分使えるのよ? アイツに出来て俺にできない道理が無いからね???
使える事と使いこなせる事は違うってだけで。
【
虚式習得に呪力を回すくらいならば、その分は然るべき時まで温存しておく方が賢いだろう。
とぷり、と影に波紋が広がる。
───特級呪縛怨霊【■■■】: 使用可能───
───虚式【
脳へ直接語りかける無機質な音声。フル稼働中らしい【六眼】先生だ。
【六眼】先生は補助システム。俺の望む未来へ向けて情報を取得し、常に最善の選択を取り続ける俺の瞳。
だからこそ現状唯一、対抗の難しい虚式に対する最善策を提示してきた。
かあさん───特級呪縛怨霊【■■■】の本質は
庇護する存在に触れさせない絶対の護り。
【六眼】先生の言う通り、常に俺の影で微睡んでいるかあさんを起こせば虚式も【蒼】も、【赫】だって恐くない。なんだったら多分、領域と呼ばれる閉鎖空間でさえなんとかなる。
だけれど。それでも、と。俺は首を横に振る。
絶対にかあさんは出さない。こんな殺伐とした命を取り合う場に、かあさんは出したくない。
絶体絶命だったとは言え、一度かあさんに助けられた事実は覆らない。俺が弱かったから、俺が痛みに怯えたから、俺の不甲斐なさがかあさんを起こした。
悔しくてやるせなくて仕方が無かった。母に頼ってしまった子どもの自分が、ひどく弱くて嫌だった。
結局俺はかあさんに縋り付いてしまった。
だけれど。だからこそ。もうかあさんに泣きつきたくは無い。
変わり果ててしまったと言え、
何言ってんだ馬鹿野郎、相手を見ろ。と、勝ち筋だってろくに見えやしない最強なんだぞと。
分かっているとも。そんなことは一番俺がよく分かっている。
でもさ。息子なんて所詮、そんなものだ。大好きなかあさんを危ないところに連れて行きたくない、そんな子供心から来る意地。
理由なんてそれで充分でしょう。
───…………………受諾───
───特級呪縛怨霊【■■■】を戦力から除外
───私は【六眼】、補助システム【六眼】─
───貴方の望む未来へ向けて、私は情報を取得します───
仕方が無い、といったような【六眼】がかあさんという選択肢を消す。
それが少し擽ったい。小さな頃からつるんでいた友人とのやり取りのよう。自分の瞳が友達ってどんだけ寂しい子供時代だったんだよ、という話だが。
……まあ【六眼】先生にそうは言ったが、三割くらいの理由はもっと別でくだらないものである。
サラサラと揺れる白銀の髪。自分の体から二・三メートル離れた虚空に無数の【赫】を編む男を睨みつける。
ただ、
ぽぅ……と淡く強く輝いた赤い光。完全に殺る気満々な最強さん。
今のところアイツ相手に勝ち星はゼロだが、それでも勝つのは────俺だ。