チキチキ!しあわせ家族計画   作:支部にいた鯨

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⑤・後

 ひどく、やりづらい。

 

 仕切り直しを挟んでからの第二ラウンド。

 

 逃がさないと言わんばかりに張り付き、防ぐ手立ての潰された破邪の(つるぎ)を振るう己の息子に舌打ちが漏れる。

 

 これは別に、自分そっくりな顔をした血の繋がった息子が相手だから良心が痛む、とか。そんな夢物語のような理由ではない。

 

 性格クズ、人間としてゴミ、顔だけの人でなし等々、様々な人間的レッテルを貼られている五条悟がその程度で止まるわけが無い。

 そもそも五条がそんな人間味溢れる人物であったのならば、息子だと分かった少年相手に「僕も君を殺す気で相手するからね☆」なんて言わない。

 

 六眼を絶え間なく動かし、生身で瞬間移動かな? と疑うレベルの速さで動く白銀を追う。

 

閻魔刀(やまと)】と呼ばれる白柄の太刀。天敵である呪力喰らいの射程に入らぬよう、絶え間なく【蒼】で距離を取りながら時々飛んでくる無限を打ち消す。

 

 全く身に覚えのない子であるし、ばっちり肉眼で確認した遺伝子上の母親はバリッバリの現役女子大生。

 

 検査依頼を出した同期には道端に落ちたゲロを見るような目を向けられたが、息子の年齢から逆算しても今回ばかりは五条も白である。流石に十三・四で女を抱いた記憶はない。

 

 だけどまあ、息子だと書かれた診断書を見て、不思議とそっか。と受け入れられたのだから、この子は他でもない五条悟の息子だ。

 

 顔も瞳も術式も、その身に宿る天稟の多さとて、どこをどう見ても五条の子である。

 

 つまり、顔もスタイルも良くてめちゃくちゃ才能のある天才児。

 外見面での違いと言えば、五条の髪はピョコピョコと跳ねているが、息子の髪は綿毛のようなふわふわである、という程度。ほとんど誤差と言ってもいい。

 

 ただ内面だけはかなり違うのか、ひと言ふた言喋ってくれれば御の字な無口。そして何より、息子は思春期真っ只中の若人だ、ということ。

 

【蒼】で妨害を試みながら、周囲に展開・維持させていた【赫】を瞳孔ガン開きで迫る息子へ撃ち込む。

 

 その数は八。初撃の三発、一拍置いた後に撃ち込んだ四発。そして半拍後に向けた一発。勿論全て最大出力。

 

 前にも言った気もするが、五条悟は短い青春を駆け抜ける子ども達は無限大の伸び代と進化を秘めていると思っている。

 

 大気を震わせる轟音と衝撃。消費した【赫】を補充しながら、六眼の見つめる先。五条お手製の空箱の破片が混じる煙から影がひとつ飛び出す。

 

 実際後進の若人達は日々進化を重ねているし、その中にはマジ?と笑ってしまいたくなるような速さで強くなる子もいる。

 

 元気よく刀片手に駆ける薄い体は五体満足。見事に外した。ホントくそ。

 

 パパッと掌印(しょういん)を結び【(むらさき)】を三つ、己の周囲へストック。

 

 牽制目的の【赫】を四発、本命として作ったばかりの【(むらさき)】を一発。

 

「だけどさぁ……」

 

 常人には不可視の発散された無限。瞬きの間に解放された四筋の衝撃波が冬色の子どもへ殺到。

 

「この進化速度はおかしいだろ」

 

 扇状では無く、より威力の絞った直線上の衝撃波が霧散する。

 

 遅れて聞こえたのは空間が軋む重苦しい斬撃音。円柱状に暴れ狂う衝撃波に数多の真円が浮かび上がり、形の無い破壊の波が細切れにされる。

 

 それも一発だけじゃない。残りの三発も揃って微塵切りだ。

 

 有り得ざる仮想の質量、その真横ギリギリを通過して向かってくる同じ色彩の息子を捉える。

 

 斬ったのだから刀身は見えるはずなのに、一向に鞘から抜いたように見えない。本当にこの子は刀を振っているのか。

 

 無下限で体を覆いながら、床を蹴って後退。同時にストックした【赫】を今さっきまでいた場所を囲うように配置。

 

 五条の足が離れた瞬間、現れた白銀色とほぼ同じタイミングで無限を発散。

 

「ハァ〜〜〜??? ホンッット腹立つな誰に似たのそのスペック」

 

 ────不発。

 

 五条の維持していた【赫】がその役目を果たす直前。特大の衝撃波ではなく、まだ無限の留まる術式だった球体が斬られた。

 

 なにに? 決まっている、何処ぞの呪いの王が千年前にテンション上げてぶん回した【閻魔刀(やまと)】とかいう刀にだ。

 

 誰に? 目の前で鍔を鳴らす息子にだ。

 

 だぁ〜れが思うよ、発散させる前の無限。まだ呪力を含む術式である【赫】を切るなんて。

 

【蒼】で空中にある体を斜め下へ引っ張り、先程つくった【茈】を上下に装填。

 

 追いすがって来た息子を挟み込み、容赦なく仮想の質量を解き放つ。

 

 これで勝負が着いてくれれば楽なのだが、現実はそう上手くいかない。

 

 景色が歪んで見える程の大質量の柱、その中にいたハズの子どもを五条の六眼は観測しない。

 

 直前に感知した【蒼】から見るに、急いで離脱したのだろう。どんな反射神経と動体視力してんの? と、あの似て非なる万華鏡をじっくり舐め回してみたいが、それは後。

 

 ひと息分。または一歩分の距離。ようやっとクールタイムと呼べるべき隙間を作り出した五条は、真上から降ってくる息子に片手を見せる。

 

 フリーの片手。ひとつの印が結ばれた五本の指。

 

 呪術戦の真骨頂たる、領域展開の前触れだ。

 

 苦々し気に眉を顰める子どもへ向けてニヤァと笑ってやる。

 

 だってそうだろう。あの神速と言っても差支えの無い抜刀技。アレを威力も鋭さも、放つ予兆すらそのままで、振り抜く間に僅かな緩急を付けるという頭のおかしい絶技。

 

 これにまんまと嵌り、危うくこの年で隻腕になる所であった五条は綺麗サッパリ息子に殴り勝つ事を諦めた。

 あんな剣神の申し子みたいな化け物相手に、わざわざ近接戦を仕掛ける物好きはいない。最初はまだ殴り合える自信があったからドンパチしてただけで、対抗策が潰されたと分かった瞬間に距離を取るのは至極真っ当な判断だろう。

 

 加えて、【閻魔刀(やまと)】を一瞬でも留まらせるためには、刃が触れる寸前にその箇所を守る無下限(呪力)を増やさなければならない。

 

 馬鹿正直に刀身を追うのではなく、鞘から抜かれたと知覚した瞬間。該当箇所へピンポイントで呪力を追加で流し込む。

 

 アッ、て気づいてふんっと流し込む。そんなノリで消費される呪力は凡そ虚式一発分。

 

 普段ならケラケラ笑いながら誤差誤差と言う範囲だが、【蒼】と【赫】を毎秒毎秒バカスカ撃ち込む量も考えると、流石の五条と言えども呪力の消費は洒落にならない。

 

 いやもう本当に。呪術師最盛期と呼ばれた時代に嬉々としてコレ片手に暴れ回った王様のせいで、息子が五条目掛けて振るう【閻魔刀(やまと)】は大喰いにも程がある。瞬間瞬間に食べる呪力量がハンパじゃない。

 

 一瞬でも判断を誤れば致命傷を受ける物騒な刀。高いリスクに低いリターンで【閻魔刀(やまと)】を弾く危険を犯すくらいなら、潔く手を引いてその分の呪力を攻撃に回した方が良い。

 

 幸いなことに、どこぞの呪術師殺しを沸騰させる肉弾戦お化けの息子は、術式練度が五条ほどではない。

 

 間合いに入らず寄せ付けず、距離を離して得意分野(術式)で押し勝つ。

 

 そう思っていたが、息子の進化と成長速度の早いことはやいこと。いつの間にか術式状態の【赫】も斬っちゃうし、無限の発散によって生まれた衝撃波も斬っちゃう。

 

 距離を離せばすぐに詰めてくるし、どうあっても五条に掌印(しょういん)を結ばせる気は無いのか、そんな暇をを与えてくれなかった。

 

 けれどそんな呪術界一物騒で命懸けなハイスピード鬼ごっこも終わりだ。既に必要な掌印(しょういん)は結び終わり、その名を落とせば世界は変わる。

 

 五条悟の領域展開は発動してしまえば勝ち確の反則技。

 

 あの子がここまでの領域に踏み込めてないのならば、それでも良い。油断なく加減無く、今度は一瞬で処理落ちさせてあげる。

 

 踏み込めているとしたら、それはそれで問題無い。ぶつかった領域同士の優劣を決するのは、ほとんどの場合が術の練度。相性や呪力量にも左右される時もあるが、これは完全に除外して良い。

 

 同じ術式。同じ無限。同じ瞳。

 

 各々が持つ心を顕すのが領域だが、断言出来る。この子の心の奥底、根底にある本質は五条悟と同じものだと。

 

 で、あるならば。あるならばだ。

 

 その勝敗を決めるのはより洗練された方の領域であり、術式の練度においては五条を下回る息子が取れる方法はひとつ。

 

 より多くの呪力を持ってして拮抗状態を作ること。もしくは、多大な呪力消費と引き換えに主導権を奪うこと。

 

 それこそ、追撃と補助に使っている術式分のリソース全てを使っても、だ。

 

 

「「領域展開」」

 

 ────凛と。まあるい硝子と、古びた鈴の音が重鳴(かさな)る。

 

 紡ぎ出すは呪術戦の真骨頂。己の我儘を通す心のテリトリー。

 

 空箱の景色が変わる。世界が閉じる。宇宙(そら)の瞳が開き、空虚な万華鏡が花開く。

 

 広がる無限の内側。彼方まで広がる無限を閉じるは、無間に内在する組子障子。

 

無量空処(むりょうくうしょ)」 「三界滅法(さんかいめっぽう)

 

 さあ、我慢比べといこう。()の首が飛ぶのが早いか、()の呪力が尽きるのが先か。

 

 勝つのは勿論、僕だけど。

 

 

 

 

 

 

───────────────

 

 

 

 

 

 

 ───領域展開【三界滅法(さんかいめっぽう)】───

 

 ───領域同士の衝突を確認───

 

 ───術式練度 : 判定【不可】───

 

 ───リカバリー : 判定【可能】と判断───

 

 ───消費呪力の増大により領域の侵食をキープ───

 

 ───均衡状態へ持ち込みます───

 

 領域を展開したと同時に、温存していた呪力がとんでもない勢いで削れていく。さながらダムの一斉放流のよう。

 

 ───術式感知 :反転【赫】───

 

閻魔刀(やまと)】を構え、極至近距離に編まれた【赫】を斬り伏せる。

 

 ───術式感知 : 順転【蒼】───

 

 足と手首。ピンポイントで狙ってくる無限の収束。

 落下状態から見て上。己の上空目掛けて【閻魔刀(やまと)】を抜き放ち、反動で下へ加速。

 

 領域内の景色も相まって、ブラックホールかよ……とドン引きつつ着地。

 

 ───術式感知 : 順転【蒼】───

 

 待っていたのは収束の始まっている無限。泥沼のように方々に重なっている多量の引力。

 

 なんという性格の悪さ。この数では【閻魔刀(やまと)】で全て切る前に一つは当たる。

 

 必要なのは広範囲をカバーできる攻撃手段。

 

 ───補助システム【六眼】: 停止───

 

 逃げ回ることを止めた白銀と、停止する直前に【千里眼】で見た俯瞰風景を脳裏に刻む。

 

 開く瞳は偏光の宝石。【歪曲の魔眼】。

 

(まが)れ」

 

 曲がる、曲げられる(・・・・・)という自信を持たせトリガーを引き、【六眼】と【千里眼】で確認した位置へもう一度。

 

(まが)れ」

 

 (まじな)いとなった三音と共に、赤と緑の螺旋が無限の周りを渦巻く。

 

 チリと焼け付く脳みその奥底を無視し、【歪曲の魔眼】から果ての無い蒼穹の瞳へ。

 

 ───補助システム【六眼】: 起動───

 

 …………キッッツい。いくらなんでもこの呪力消費は重すぎる。迎撃や回避、補助に使っている【蒼】や【赫】に呪力を回す暇が無い。【蒼】を使った分だけ、【赫】を撃った分だけ、領域の均衡時間は減る。

 

 脳が爆発しそうな気もするが、どちらにしろ負ければ脳みそ爆発も死ぬこともイコールである。ガンガン使っていこう。

 

 術式で補っていた迎撃・回避・補助は【六眼】と【歪曲の魔眼】、【千里眼】、そして過労死枠の【閻魔刀(やまと)】でなんとか対応。呪力が尽きない内に勝負を決める。

 

 閉じて、開いて、閉じて、開いて、また閉じて……。空と宝石を入れ替えながら、握る【閻魔刀(やまと)】をひたすらに振るう。

 

 領域で押し負ける訳にはいかない。呑まれた瞬間に確定するのは、俺の負けだ。

 

 今はお互いの領域が術式の必中効果を中和してくれている。だからまだ、勝負の結末は不確定に入れ替わる。入れ替わってくれる。

 

(むらさき)】が体を掠める。肉が抉れる。

 

閻魔刀(やまと)】が体を掠める。肉が裂ける。

 

 術式が。魔眼が。拳が。脚が。肉を削ぎ血液を咲かせ、少しづつ命の外側を剥ぎ取っていく。

 

「しぶといなァ……ッ!」

 

 ふわりと淡く輝き、蛍のように周りを取り囲むのは生成された仮想の権化。

 

 その数七。

 

 ───【閻魔刀(やまと)】: 抜刀───

 

 避けられない。目まぐるしく【六眼】と【歪曲の魔眼】を入れ替えたせいで頭が痛い。

 

 一発でも直撃を食らえば終わりだ。領域の陣取り合戦に負けても終わりだ。

 

 悪手だと分かっていてもやるしかない。やらなければ十秒先にある敗北が目の前の敗北に変わってしまう。

 

 一瞬の停止。焦らず、正確に。体へ回す呪力も、必要な動作も、動かす筋肉も。

 最低限度に最速で。それでも過不足無く、確実に断ち切るように。

 

 ───【次元斬(じげんぎり)(ぜつ)】───

 

 軋り。

 

 喰った七つの無限。使われた俺の呪力。

 

 カチ、と。領域の持続時間が狭まる。

 

 限界が近い。何分経ったのか、どれだけ肉を削ぎ血液を流したのか分からない。

 

 呪力の底が見える。体が痛いし頭も痛い。瞳は熱を持ったようにグツグツとしていて、自分の眼孔に嵌っているのが【六眼】なのか【歪曲の魔眼】なのかすら分からない。

 

 限界だ。本当にもう、限界。だけどソレは、向こうだって同じはず。

 

 いくら術式の練度に差があるからと言って、せめぎ合う領域分の呪力消費からは逃れられない。

 

 俺が維持のために乗せた呪力の分だけ、アイツは侵食のために呪力を乗せる。

 増えた呪力の分だけ、俺は領域維持にそれ以上の呪力を注ぎ込む。

 

 イタチごっこのような我慢比べ。しんどいのはきっとアイツも同じはずだ。

 

 その証拠にあれだけ飛んできた【蒼】も【赫】もプツリと途切れ、鎧となっていた【無下限】をも外して虚式と領域に呪力を回している。

 

 底なし沼のように感じた馬鹿みたいな呪力量も、もう殆どアイツから感じない。

 

 俺の呪力も残りカスみたいな物だが、どっこいどっこいだ。

 

 領域はお互いに閉じられない。見た限り、虚式をあと五発も撃てば底をつく量。

 同じく俺も、もう一度【次元斬(じげんぎり)(ぜつ)】を使えば呪力はカラとなる。

 

 所々浅くない傷を負い、呪力も集中力も極限に近い俺とアイツ。違うのは一点、呪力と共に肉体のリミットが俺には付いているということ。

 

次元斬(じげんぎり)(ぜつ)】は言ってしまえば、呪力で強化した肉体でめちゃくちゃ速く頑張って斬っている感じの技だ。

 呪力消費もそこそこ。それ以上に肉体への負担が大きい。まだ完成しきっていない子どもの体である事も、きっと大いに影響しているのだろう。

 

閻魔刀(やまと)・奥義】だとか格好をつけているが、行き着く先は基礎の基礎。結局は丈夫な体が最後の基盤。

 

 ちょいちょい吹っ飛んだ肩やら脇腹付近から零れる鉄の塊。

 

 痛い。すんごく痛いけど、まだ生きてる。足は動くし手も動く。両眼だってちゃんとある。

 

 このまま続けば先に倒れるのは俺だ。向こうもバッサリ肩から骨が見えてたり、左腕が捻れちゃったりしているが、まだダメージは軽い。めちゃくちゃ悔しいけど、強いんだよコイツ。

 

 だから勝負に出る。仕掛けられるのは一度だけ。というか、次で俺の体は稼働限界だと思う。領域同士のマウント合戦がこんなにもしんどいとは思わなかった。もう二度としない。

 

 ハッと短く息を吐き、ついでに溢れてた血塊も吐き出しておく。

 

 死ぬ気で守った指で鞘を握り、柄に手を添える。

 

 チャンスは一回、出たとこ勝負のラスト大一番。

 

 十秒分の領域へ注ぐ呪力を残し、後は全て肉体の強化へ回す。

 

 もう【六眼】に映る映らないは気にしない。捉えられても反応できない速さで動くし、そのまま殺すから。

 

 無量の宇宙(そら)を足で掴み加速。迂回なんてしない。最短ルートの直線。

 

 軋り。

 

 まずは一つ、生成された虚式を斬る。

 

 軋り。

 

 懐へ踏み込むも、逃げた銀髪の体を追って二つ目を斬る。

 

 軋り。

 

 連弾のように連なった夢幻の質量を、【閻魔刀(やまと)】の負担を考えずに斬り伏せて進む。

 

 軋り。

 

 トラウマを植え付けられた骨ばった白く、長い人差し指に灯る蕾を斬る。

 

 軋り。

 

 呪力を割いて展開した【蒼】で体を引っ張り、【赫】と【蒼】をそれぞれ三つづつ編んだ男を追う。

 もうスッカラカンのくせして、よく使えたもんだよ全く。

 

 軋り。

 

 ああ、もう。そろそろ限界。体も呪力も、燃え尽きる。

 

 だけど終わらない、終わらせない。まだ燃料にできるモノは動いているだろう。

 

 命でも魂でも、ここで使い潰さなくてどこで使うんだよ。

 

 ドクリと心臓が大きく脈打ち、こぽりと鮮血がせり上がる。

 

 合わさって【(むらさき)】へと変わった【赫】と【蒼】の術式。

 

 軋り。もうすぐ、もうすぐ手が届く。

 

 装填された一発。惜しいけれど片手を放し、鞘を踏み台にして回避。

 

 軋り。嗚呼、ほら。アンタの瞳がよく見える。

 

 目前に出現した紫色を美しい乱れ刃で斬り捨てる。

 

 軋り。届くぞ、アンタに。やっとアンタの存在に、手が届く。

 

閻魔刀(やまと)】を持ち替え、投擲。真っ直ぐに飛んで行った破邪の刃は、仮想の蕾ごとアイツの手を貫く。

 

 目と鼻の先。お互いの瞳に自分を臨める距離。伸ばす片手を咄嗟に掴み、握力だけで潰そうとする姿を鼻で笑ってやる。

 

 軋り。

 

 俺がお前なんぞに手を伸ばすわけがないだろう。俺が掴むのは、アンタの髪色そっくりな純白の柄だ。

 

 引き抜いている暇は無い。引き裂いている暇も無い。

 

 だから折る。捻るように刀身へ圧力をかけ、数センチ程の根元を残して。

 

 パキリ、と。自分の意思で折った【閻魔刀(やまと)】に、ちょっと涙が出そうになる。

 

 軋り。

 

 呪力は無く、領域も解け始めた。片手は【閻魔刀(やまと)】に、もう片方は俺の腕にアンタは使っちゃったけど、俺の利き腕は自由。

 

 随分と軽くなったけれど、少しでも破邪の宿った鋼が、刃があるのなら充分。

 

「さようなら」

 

 振りかぶった数センチの折れ刃。吸い込まれるのは願って止まなかったコイツの首。

 

 終わった。勝った。俺の勝ち……

 

 バキン。耳の奥で何か、割れてはいけないモノが割れた。

 

 ガクン、と。唐突に予兆もなく視界が下がる。目標が遠くなる。

 

 全身の力が抜け、手から【閻魔刀(やまと)】が滑り落ちる。

 

 どうして、なんで。

 

 そんな疑問が起こる前に、本能的に分かった。肉体の限界が来たのだ。よりにもよって、このタイミングで。

 

 信じられなかった。コイツは天までも味方にするのかと。巫山戯るなと。

 

 変わりに迫ってくるのは刃だ。変な刃。

 

 平べったくて異質な、大小の長さの違う二つの刃先を持った変なやつ。

 

 不思議と世界がゆっくりだ。【六眼】先生だって何も言わない。

 

 なんとなく、本当になんとなく。終わるんだな……と思った。

 

 俺の願いも、努力も、年月も。培ってきた全てを持ってさえ、勝てなかった。負けた、負けたのだ。

 

 ───ほんとうに? ───

 

 (りん)と。古びた鈴の音。

 

 だって見てみろ。俺は体の糸が切れたけれど、アイツにはまだ繋がっている。少なくとも、アレを俺へ突き立てる元気はある。

 

 ───本当に諦めるのか───

 

 組子障子で囲われた部屋。腰を落ち着けている地には畳の変わりに虚ろな万華鏡が回っている。

 

 とくり。意識の奥底で何かが跳ねる。

 

 ───本当に負けるのか───

 

 寄りかかっていた繊細な模様の組子が消え、肩から人の温もりがじんわりと伝わる。

 

 とくり。心の深い場所で何かが育つ。

 

 ───本当に俺は、負けを認めるのか───

 

 身を寄せ合う誰かと、自分の手首に繋がれた鎖がカシャンと耳障りな音を立てた。

 

 そしてドクンと。意識の底、心の深い場所。魂と呼ばれるモノから激流のような想いが溢れ出る。

 

「いいわけが……、いいわけがないだろ……ッ!」

 

 俺と同じ声。鏡合わせのような体勢でいる誰かは、ひどく底意地が悪いらしい。あの銀髪野郎を沸騰させるかのようで苛立ちが募る。

 

「俺が負ければ、以前の俺()の願いも、記憶も、掴みたかった未来も、夢にまで見た母の笑顔はどうなる!?」

 

 ポロ、ぽろぽろと滑り落ちた涙は頬を通り、重ね合わされた二つの手を濡らす。

 

「こんなところで終われるか。終わりたくない。俺はまだ、何も出来てないんだ。何も掴めていないんだ」

 

 カタン。カタン。誰かが組子を開けている。誰かが障子を閉めている。

 

「でもさ、どうしようもないんだ。やれることは全部やった。そりゃあ、かあさんは出さなかったけど、以前の俺()が大切に思っていた人を道具みたいに使うのは嫌だろ」

 

 カタン。カタン。足元の虚ろがカラカラと回る。

 

「悔しい……、悔しい悔しい! 最後までもたなかった俺の体が、届かなかった刃が悔しくて堪らない」

 

 カタン。カタン。四方八方に鎮座していた組子が鳴る。

 

「出来るものなら勝ちたい。負けたくない。俺の呪力も、瞳も、才能も、あげられるものならなんだってやるよ」

 

 カタン。カタン。カラカラ。柔らかな髪が耳を擽った。

 

「だからどうか、あと一歩だけ頑張れる力を。俺に寄越せ」

 

 フッと、聞き覚えのある笑い方で、隣人()が笑った気がした。

 

 ───言うのがおっせぇよ。だが、確かに聞き届けたぞ───

 ───これは誓約だ。俺とお前との間に結ぶ約束───

 

 ───力の代償。その半分は俺がなんとかしてやる───

 

 ───だからどうか───

 

 これは自分自身との誓約。以前の俺(■■巡)と今の俺が交わした、一生涯の誓いだ。

 

 鈴の音は聞こえない。空回る瞳も、閉じ込めていた組子も底意地の悪い隣人も居ない

 

 見えるのは求めて止まなかった怨敵。()の勝たなければならない、約束の相手だ。

 

 パシッと。零れた【閻魔刀(やまと)】を握り直し、驚きに美しい空色を丸める自分と同じ顔の男(・・・・・・・・)へニヤァと笑ってやる。

 

───かあさんを助けて───

 

 

「死ね、クソ親父」

 

 

 パキリと罅の入った万華鏡に映ったのは、どちらの赤い花だっただろうか。

 

 

 

 

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