他のゲームは楽しくない。
パラノイアを買いなさい。
(パラノイア【トラブルシューターズ】 裏表紙より)
引かれた。かなり本気で引かれた。どうやら天界には上位者の靴を舐めて媚びへつらう文化が存在しないらしい。天界ではどうやって上の相手を動かすのだろうか?やはり金か、金。全員が秘密技能として賄賂を持っているのか。そこまで来るともはや秘密も糞もないと思うが。
それはさておき、目の前のブルー、否、女神アクアによればここはアルファポリスでも、
女神アクアが「空間とか時間軸とか色々めちゃくちゃになってるじゃない!うわぁぁぁぁぁぁん!仕事がーーー!」と叫んでいたが強く生きて欲しい。そのあと「そうよ!適当な後輩に押し付ければいいじゃない!まあエリスでいいわね!」と呟いていた気もするが。
まあなんにせよそのエリスとやらには頑張って頂きたい。その女神アクアの後輩が異常の修正と調査を頑張れば、アルファポリスの方についても色々と分かるようになるらしい。コンピューターの下から逃げることが出来たためアルファポリスなんぞに戻りたいとは思わないが、今回のミッションのデブリーフィングがどうなったのかについてはぜひ知りたい。具体的にはクソMichaelが結社に処刑されたかどうかとか。
「それで転生先の異世界っていうのは、まあそうね、ラノベとかゲームみたいな感じよ。ほら、魔王が国を脅かしてうんたらかんたらー、みたいなやつ」
「アクア様、私にはそのゲームとやらが分からないです」
「そうね、ゲームっていうのは…」
それにしてもこの女神アクアは素晴らしい。引かれはしたが、おそらく靴舐めが成功したというのもあるのか、聞けば大体のことは答えてくれる。アルファポリスの上位クリアランスどもにも見習ってほしい。なーにがブリーフィングだ、ほとんどミッションの内容については話さないじゃねぇか。靴を舐めても、賄賂渡しても、煽てても、何しても追加情報は少ししか渡さねぇ。ただほんの少し靴を舐めただけで、ここまで細かく説明をしてくれる女神アクアは控え目に言って最高だ。心の中でも様付けしたっていいレベルだ。
「で、異世界に行く時なんだけど、折角送り出した人がすぐに死んじゃうのは問題だからひとつサービスしているのよ。転生特典、つまりチート……ええと、まあすごい力が貰えるって感じでいいわ。で、これがその貰えるすごい力の一覧よ」
渡された冊子を見る。冊子にある特典の能力系は《怪力》だの《超魔力》だのなんかすごいということだけは分かるが実感は全く湧かない。神器系の特典も便利そうなことは分かるが、R&Dの製品のようにすぐ爆発するみたいな罠がありそうで正直気が乗らない。これなら
「アクア様、アクア様!突然ですが平等ってどう思います?少し自分の思想に悩んでしまって…」
「平等?まあいいんじゃないかしら。アクシズ教はどんな考え、どんな趣味嗜好であろうとも、悪魔とアンデッド以外だったら赦すわ」
「なんと!アクア様ならそう言ってくださると思っていました!いやーありがとうございます!それででしてね、ここだけの話なんですが偉大なるアクア様にお聞きなさって欲しいことがありまして…」
「偉大なる…偉大なる…いいわよ!水の女神アクアの名において、汝が話をすることを赦すわ!」
「本当にありがとうごさまいます、寛大なるアクア様!それでですね、話なんですけど…」
一端言葉を区切る、煽てて上手くこちらの場に引き込めた。この話を聞くのに
「アクア様、平等って素晴らしいと思いませんか?平らで等しい、つまり高い低いがなく完全に同一、全てにおいて皆が同じように振る舞える。身分もなく格差もなく貴賤もなく君臣もなく貧富もなく差別もなく性差もなく尊卑もなく差異もなく主従もなく社会的地位もない!完全なる平等とは素晴らしいと思いませんか?全ての人民が互いのために団結し、協力し、いがみ合うことなく社会が回る。そんな世界についてどう思いますか?なんて感動的な社会だと思うでしょう?かつて尊きマルクスはこう唱えました。労働者階級の人民、彼らプロレタリアートが、彼らを搾取する憎きブルジョワジーに反旗を翻し、悪たるブルジョワジーの手から政治的権利を奪い、そして工場などの生産手段、それを社会全体の財として共有すれば、いずれ階級社会は滅びると。そう!この忌々しく、人々を分け隔てる、不要で無用で非生産的な格差が消滅するのです!そうして初めて、私達は知的生命体らしく生きることができるとは思いませんか?ええ、アクア様。日本という枠組みよりも遥かに大きい、地球という枠組みがあるそうですね。そしてそこには沢山の問題がある、そうおっしゃっていましたね。でもそれをこの共産主義は解決できるんです!そう全てが等しく分け与えられるこの共産主義ならば!不平等もなく不公平もなく不均一もなく不条理も不合理も不公正も不均等もない、この、共産主義なら!この汚く、穢れ、薄汚れ、汚染され、腐敗し、悪臭を漂わせる、ゴミ同然で、無価値で、悪質で、存在するに値しない唾棄すべき社会、それすらも美しく豊かに華々しく豪華に優雅で素晴らしい社会に作り替えることができるのです!これはアクア様が不満を述べていた天界でも同様のことが言えるでしょう!共産主義が掲げる平等!真の平等!そう!これこそが私達が真に望むべきことではないでしょうか、同士アクア!」
共産主義を受け入れろという説得……成功。共産主義を素晴らしいと思わせる暗示……成功。コミュニストプロパガンダ……成功。詐術か暗示のどちらかが失敗してもいいように二重で掛けたが両方成功か。これならば要求はほぼ確実に通るな。
「平等って素晴らしいわね!同士Ray!」
「ええ、そうでしょう、同士アクア」
俺は同士アクアの前に右手を突き出す。
「握手をしましょう、同士アクア。コミュニストである証明としての握手の方法を教えます」
同士アクアは俺の手を握った。そして俺はその手を上下に3度振り、2回強く握りしめた。次は宣誓だがここにも異世界にもコンピューターはいない。まあこれは教えなくてもいいか。
「同士アクア、これがコミュニストであるサインです。これなら周りに気づかれることなく、共産主義者であることを相手に伝えられるでしょう?」
「ええそうね、同士Ray。ところで特典は選び終わったかしら」
「その特典なんですが、こちらが頼んだものをお願いするということは出来るでしょうか?アルファポリスで利用していた道具を用意して欲しいのですが…」
「そのくらいだったら大丈夫よ。それで何が欲しいのかしら?」
「クローンタンクにメモマックス回路を取り付けたものを用意して貰えるでしょうか?それと管理が大変なので管理もそちらでお願いできませんか?あともう1つお願いしたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
「くろーん?タンク?の用意ね。分かったわ。でもエリスにアルファポリスの方まで調べさせてからになるから一週間ぐらい時間は掛かるわよ。それともう1つってなにかしら?」
「ええ、それなんですが、私はアルファポリスの方で一時期日常的に薬を服用していました。なのでアルファポリスの物を自由に取り寄せるというのを追加の特典として用意して欲しいのですが」
「薬なら持っていかなくても大丈夫よ。体に問題があるなら治してから送ってるわ。それと特典を2つ持たせるのは無理よ。私が怒られちゃうわ」
「いえ、薬は精神的な物なので体の方を治してもらっても必要なんです。なのでお願いします!」
「そう言われても出来ないわよ。私が怒られちゃうじゃない。規則を破ると減給されたりして色々大変なのよ」
「そこをなんとか!ほら私、アルファポリスにいたせいで他の転生者よりも異世界についての理解が劣っているでしょう?知識だって重要な道具です。それが私にはないということは平等ではないということになってしまいます、同士アクア!」
「そうね、確かに平等ではないわね」
「なので特例としてお願いします!」
ここまで来て詐術や靴舐めで交渉するのは失敗した時が怖い。土下座をしながら頼み込みつつ、平等の理念でごり押せばなんとかなるだろう。
「平等のため、どうかお願いします!!」
「分かったわよ…2つともエリスに用意させるわ。アルファポリスの道具の利用って曖昧にしておけばなんとかなりそうね。それと両方の用意するなら12日は掛かるわよ」
「ありがとうございます、同士アクア!」
「それじゃあ異世界に送るわよ。同士Ray、あなたが数多いる勇者候補の中から魔王を討伐することを祈っています。」
最後はなんか真面目になったな。あっ、やべ、共産主義の布教を頼むのを忘れてた。ヤバい、間に合うか?
「最後に同士アクア!同士の知り合いにも共産主義を教えてあげてください!」
それだけ叫び、俺の体は光に包まれた。
「おお…おお……」
「あの、ゼスタ様。なに震えてるんですか?正直見てて気持ち悪いですし、掃除の邪魔なので引っ込んでてくれませんか?」
女性は箒で白髪の初老の男を掃きながら言った。いつもであればその男は喜び感謝するのだが、その日は違った。
「おお…なんと……」
「あーゼスタ様?ゼスタ様?」
女性は男に呼び掛けながら箒でつつく。もっとも、つつくといっても実際には箒の穂先で顔を軽くはたいているのだが。
「ゼスタ様?大丈夫ですかゼスタ様?」
女性のつつきは激化していく。穂先で顔をぶん殴り、箒を槍のように構えて柄の先端で乱れ突きを放ったり、箒を剣のように振り下ろしたり、ありとあらゆる攻撃を放っていく。しかし、いつもであれば興奮のあまり絶頂するはずのゼスタは無反応。いや、感極まった顔をし、涙を流しているのだが攻撃には無反応なのだ。
「みんな!ゼスタ様が…ゼスタ様が…ゼスタ様がおかしい!」
女性は慌てて叫ぶ。しかし返ってきた声は非情だった。
「ゼスタ様がおかしいのはいつものことだろ」
「おかしくないゼスタ様などゼスタ様じゃない」
「おかしいからこそゼスタ様だ」
「ゼスタ様がおかしいことを気にするなんてエリス教徒か?」
誰もがゼスタは異常なのが普通であると答える。そう、おかしいというのはゼスタに対する一般認識。なにがどうおかしいのかを説明して初めてやっと異常なゼスタの更なる異常が伝わる、常軌を逸した異常者、それがゼスタであった。
「違うのみんな!ゼスタ様を箒で掃いても、突いても、殴っても、肛門に刺しても、何をしてもゼスタ様が勃起しないの!」
「「「「「な、なんだってー!」」」」」
そもそもそれに興奮することがおかしいことには誰一人気づかず、ただゼスタの異常に驚く。そして、彼らは周りにそれを知らせながらゼスタのいる場所へと集まっていった。
「ゼ、ゼスタ様!どうなされたんですかゼスタ様!もうお尻には興味がなくなってしまったんですか!」
少年はゼスタに縋り付く。そのゼスタの肛門には3本の箒が刺さっていた。
「ゼスタ様……もうSMプレイには興味をなくしてしまったのかしら…ふふ、ならもう一度教えてあげましょうか?」
ゼスタの耳元で囁く艶かしい肢体を持つ女性。そのゼスタの顔には蚯蚓腫れが出来ていた。
他にも数々の老若男女がゼスタの下に集まり、そして思い思いの行動をしながら、おかしくなってしまったゼスタに言葉を掛ける。
「おお……分かりました、アクア様」
このタイミングでゼスタが「おお」と「ええ」と「なんと」以外の言葉を発した。そしてゼスタは目を開けて言った。
「『汝、共産主義について学びなさい。平等について理解することは素晴らしいことです』、これが神の…アクア様の御告げです。皆さん、共産主義について学びましょう」
海の様に広く寛大な教義で、様々なモノを受け入れてきたアクシズ教、そしてそのアクシズ教の本拠地アルカンレティア。アクシズ教が崇める神によってもたらされた異世界の赤き一滴の雫はどのような化学変化を起こすのか。それは神のみぞ、いや、神すら分からなかった。
市民、コミーは共産主義について深く知っている訳ではないですよ。だから例え共産主義についてコミーが捏造していたとしてもパラノイアではセーフです。GMが認める限りは。