金沢のウマ娘が中央のクラシックに出走する。文字に起こせばたったのこれだけで完結するが、これがどれだけ偉大なことなことが理解できない者は少しでもこの業界に触れているならばいないはずだ。
「おめでとう。正直、今でも信じられないよ。あの時、君のことを凡百のウマ娘に過ぎないなんて言ってしまって申し訳なかった。今の君は間違いなく金沢だけでなく中央でも通用する」
あの12月。初めての全国レベルのレースで敗北し打ちひしがれていた彼女が、今ではとても大きな存在に見える。
「シロヤマさん、ありがとうございます! 自分でも、まだ信じられなくて・・・。本当に私が皐月賞に出走できるなんて」
確かに。でもそれ以上に私の方が信じられないさ。まさか金沢から中央のクラシックに出走できるようなウマ娘が出てくるなんてね。
ただ、少し緊張しているのか言葉が固いね。まぁ、理由は何となく察しているが。
「ハハハ。なに、直に実感することになる。少なくとも周りは君のことを放っておかないからね。さぁ、私ばかりに構っていたらダメだよ。記者の人たちも集まっていいる、みんなに凱旋した姿を見せないといけないからね」
「は、はい。ありがとうございました!」
そう言って彼女は扉を開けて退出する。まだまだ、場慣れしていないだろう彼女の記者会見がどうなるのか楽しみだ。まぁ、記者の人たちにとってはそっちの方が喜ばしいのかもしれないが。私の記者会見なんて、何の面白味もないものだろうからね。
「それで、いつまでそんな隅で黙っているんだい? 彼女も萎縮してしまっていたじゃないか」
カナメが部屋にいる間、ずっと黙り込んでいた彼女、サウスヴィレッジに話しかける。それにしても頂けないな、後輩に高圧な態度をとるのは。
「それは多分私じゃなくてお前に緊張していたんじゃないか? あぁ、でも前回あいつにキツイこと言ってしまったから、そのせいかもしれないな。まぁ何でもいいさ。今日、用があるのはお前にだしな」
私に緊張・・・? そんなわけないだろう、私程フレンドリーなウマ娘もいないと思うが。十中八九、彼女のキツイことを言ったという、そのことを引きずっているに違いない。うん、間違いない。
と、それよりも、
「君が用だなんて珍しい。厄介なことじゃなければいいが」
基本的に彼女の持ち込むことは厄介事が多い。備品が壊れたなんていうの日常茶飯事だ。
「なーに、簡単なことだ。金沢もシーズン開幕しただろう? どうだ、私とレースで走らないか」
そんなことか。なら私の返事は決まっている。
「あぁ、分かった」
「まさか断るなんて言わないだろうな。あのガキは・・・・って、今何て言った?」
どうやら、当の本人が一番驚いているようだね。
「だから走ると言ったんだ」
「やる気になってくれたのは嬉しいが、何だか拍子抜けだな。てっきりもう少し渋るかと思っていたが」
別に私は走ることが嫌いな訳じゃない、じゃないとわざわざレースに出ようとも思わないさ。けど、これは各々の考え方次第だろうけどね。別に走るのが嫌いでもレースに参加はできるんだから。
「なに、私も彼女を見てて羨ましくなってね。久しぶりにスポットライトを浴びたくなったのさ」
いつだったか、彼女のトレーナーに、彼女の走る理由を聞いたことがある。答えは単純、周りに褒められたいから。その言葉を聞いた時、私は心の重りが取れたんだ。
そう、レースに高潔な精神なんて要らない。ただ、自分の欲望に従えばいい。もちろん、私には立場もあるし常にそういう訳にはいかないけれどね。
「へぇ。お前にもそういう気持ちがあったんだな」
そういう意味では、サウスは正にそれを体現している。
彼女は元々は中央でも通用していた、ある意味で金沢には似つかわしくないウマ娘だ。そんな彼女が腐らずに高いレベルを維持しているのは、ある意味で自分勝手だからなんだろう。
昔の私、それこそあの時水沢で走った私もきっとそうだった。口には出さずと、小さな時の夢を忘れていなかったからね。今になって思い出すと笑みがこぼれる、今の私は考えることもないだろうその夢を。
「フフ、私の小さな時の夢はアイドルになることだったんだ。笑ってくれるなよ」
「笑わねぇさ。ここで走ってる奴らなんて基本的に目立ちたがり屋ばっかりだからな。私も似たようなもんさ」
サウスがアイドル・・・。あれ、これって相当に面白いやつなんじゃないだろうか。今の決め顔も相まって笑いが・・・
「フ、そ・・・そうか。ハハっ、そう言ってもらえ・・・もらえると助かるよ」
「てめぇ、なに笑ってんだよ」
おっといけない。彼女が怒るのも無理はない。深呼吸、深呼吸、よし!
「す、すまない。もう・・・大丈夫だ」
「まぁ、いい。とにかく、レースに出るんだよな。なら1ヶ月後の金沢スプリングカップ、そこで勝負といこうぜ」
金沢レース場でのシニア最初の重賞である金沢スプリングカップ。舞台としては相応しいだろう。
「あぁ、分かった。そこに合わせて調整しておくよ。それよりも彼女には声を掛けないのかい?」
「彼女ー? あぁ、あいつか。心配しなくともあいつにも声は掛けるさ。まぁ、あいつが参戦しないってことはないだろうがな」
そう言うと用は済んだとばかりに、サウスは部屋を去っていった。
さぁ、久しぶりのレースへの参戦が決まったわけだが、どうしようか。なんて、そんなこと自問するだけ無駄なわけだが。
「金沢の皇帝に相応しい走りを見せつけようか」
全く大層な二つ名をもらったものだ。
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ある日、トレセン学園の寮。
エルコンドルパサーは困惑していた。
「グラスー、聞いて下さーい。カナメちゃんのプロレス知識、偏りすぎなんデスよー」
「カナメちゃん・・・? ごめんなさい、私その娘のこと知らなくて。トレセン学園の娘ですか?」
「違いますデース。カナメちゃんはこの一緒に走った金沢の娘で、今度皐月賞にも出走するんデスよ」
「・・・あぁ、エルの4着だった娘ですね。でもエルが仲良くなるなんて珍しいですね。エルってあんまり他のウマ娘に興味ないと思ってました」
「普段はそうなんデスけど、カナメちゃんは特別デース」
「もしかして、凄く強くなりそうな娘なんですか?」
「いや、そんなことは無いと思いますよ。多分、次の皐月賞も好走するのは厳しいと思うデース」
「それならどうして?」
「カナメちゃんは、レースの後で次は勝つと私に宣言したデース。チャンピオンとして挑戦者を断る訳にはいきません」
「はぁ。なら話を戻しますけど、そのカナメちゃんがどうかしました?」
「カナメちゃんとプロレストークをしていたんですけど、カナメちゃんの言っていることが分からないんデース。エル、一生の不覚」
「ちなみに、どんなことを言っているんですか?」
「えーと、『スタイナーズスクリュードライバーは、受け手が受身の上手いあの人だからこそ、掛けられた技だよね。イシイドリラーなんかもそれの変化形と言えるかもしれないけど、本家はやっぱり違うよね!』って、そもそも受身の上手いあの人って誰なんでデスか!」
「あぁ、えーとエル。カナメちゃんは金沢の娘なんですよね?」
「そうデスよ」
「だったら、受け身の上手いあの人っていうのは、きっと・・・・ですよ」
「おぉーそうなんデスね。うん、でもあれ?」
プロレス知識がまた一つ身についたが、そもそもどうしてグラスワンダーがそのことを知っていたのか不思議に思うエルコンドルパサーだった。