第2話
金沢に帰った私は、先ず同じ金沢に所属する先輩に挨拶に向かう。
「シロヤマさん、ただいま戻りました。 残念ながら完敗です・・・。シロヤマさんが言っていたようにレベルが違いました」
「なに、そんなにめげるものじゃない。いい走りだった、ただ相手が強かっただけだ。金沢や、それこそ、他の地方の同世代の子でも君に先着できる者は少ない筈だよ」
シロヤマさんは、ここ金沢のトップウマ娘の一人だ。誰よりもファンの人たちのことを大事にしているし、それ以前にこの金沢レース場のことを考えている。
そんなシロヤマさんが、今回の私の出走を考え直すようにトレーナーさんに直接伝えていたことも知っている。あの時はどうしてとも思ったけど、終わった今なら納得できる。結局、私は井の中の蛙だったということだね。
でも、私の決意は決まっているんだ。
「シロヤマさん、私、金沢からトゥインクルシリーズに挑戦しようと思っているんです」
私の発言を聞いたシロヤマさんは、驚いたように固まり、そして首を振る。
「カナメ、悪いことは言わない。止めた方がいい、君は確かに強い。けど、この前のレースで分かっただろう? 上には上がいるんだ。ここにいれば君は、トップウマ娘にもなれる。けど、向こうに行ってしまえば。はっきり言って凡百のウマ娘に過ぎないんだ」
確かにシロヤマさんの言う事は最もだと思う。多分、何百回あのレースを繰り返したとしても、私が勝つことは無かったと思う。それほどまでの力の差だったからね。
けど。
「私、負けたままで終わりたくないんです。南関東や中央のウマ娘たちは、私のことなんて眼中にもなかった。嫌な言い方も知れないけど、金沢自体が見下されていたんです」
「君の言いたいことは分かる。でも、それは仕方ないことなんだ。正直に言って、地方のヒエラルキーの中でも金沢は下の方だ、それは間違いない。しかし、何も強さだけが大事なんじゃない、ファンの人に喜んでもらえるようなレースをして愛される存在になるのも強いことと同様の価値があると私は思う」
「でも、s」
確かに、シロヤマさんの言うことも分かる。実際にシロヤマさんはそれを実践して金沢を盛り上げているわけだから。
けど、私の考えは違うんだ、そのことを伝えようとした時、誰かが会話に割り込んできた。
「いーや、それは違う。それは逃げだよ、シロヤマ。ウマ娘のも本懐っていうのはあくまで勝つことだ。お前の言う事も分からないでもない。けど、それは力の無い奴が言う分には、自分の存在を肯定するための詭弁としか思われないのさ」
発言をしたのは、サウスヴィレッジさん。シロヤマさんと同じ、金沢のトップウマ娘の一人で、金沢最強の存在でもある。現に今年の金沢1のビッグレース、交流重賞白山大賞典では2着に入っている。
「シロヤマ、お前なんで、今年の白山大賞典に出なかった? どうせ、ボロ負けでもしたらファンがガッカリするとか、そういうことを考えていたんだろ?」
「コンディションが整わなくてね。その件については申し訳ない」
「まぁ、お前はそう言うだろうな。そういうやつだ。まぁ、いいさ。お前の生き方にとやかく言うつもりはないからな。けど、お前がこのガキにあれこれ言うのも余計なお世話だろ? こいつはもう、自分で覚悟を決めてるんだから」
その発言を聞いたシロヤマさんは、黙って下を向くだけだった・・・。
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場の沈黙を嫌ったのか、サウスヴィレッジさんが部屋を出ていく。
私は、シロヤマさんに一礼をして、その後を追いかける。
「あの、さっきはありがとうございます」
「ん? あぁ、気にしなくていいさ。お前には個人的に頑張って欲しいからな。金沢の中で、お前みたいに向上心を持っているやつは少ない。大体のやつは、どこか妥協している節がある」
「はい。ありがとうございます。私、頑張ります!」
「あぁ、私は中央では2勝しか出来なかったからな。お前には少なくとも、そこは超えてもらいたい。頑張れよ」
じゃあなと、サウスヴィレッジさんは手を振って去っていく。その後ろ姿は純粋にカッコイイと思えるものだった。
「トレーナーさん、私頑張りますね!」
「なんだ、気付いていたのか?」
頭を書きながら、廊下の角から出てくるトレーナーさん。まぁ、流石に色々とタイミングが良すぎたからね。
「トレーナーさんがサウスヴィレッジさんを呼んでくれたんですよね?」
「サウスとは昔から見知っている仲だからな。お前のことを話したら勝手に突っ走っていったよ」
変わらないと呟く、トレーナーさんの表情はどこか明る気だ。きっと、私には分からない2人の関係があるのだろう。
「まぁ、それはいい。とりあえず、お前の決意表明はシロヤマに伝わっただろ。これでしばらくすれば金沢の連中全員が知ることになる。良かったな、これで退路は断たれた訳だ」
トレーナーさんが嫌な笑顔を浮かべる。
「まさか、トレーニングがきついから止めるなんて言うなよ? 言い出したからは死ぬ気でやってもらう」
「はい!」
この時の私は、これから始まるトレーニングを心のどこかで舐めていたんだと思う。そう思うと、あの時の自分を少し戒めてやりたい気持ちだ。