第22話
話は少し戻って、5月の第2週。この週末、中央ではあるG1レースが行われていた。クラシック級のマイル王を決めるレース、NHKマイルカップだ。
「トレーナーさん、エルちゃんが圧倒的な一番人気ですね」
テレビではバ場に入場するエルちゃんがピックアップされていた。
それにしても、前回走った共同通信杯の時とは打って変わって、見事な晴天だ。あーあ、私も芝で走りたかったなぁ。
「なんたって5戦5勝、しかも前走は初芝でも快勝ときている。距離が1ハロン伸びるのも歓迎だろうし、疑う余地はないな」
「でも、2番人気の娘も4戦4勝で強そうだなぁー」
「確かにそっちの方も前走のスプリント戦では0.8秒差で快勝してる。ただ中山でしか実績がない点が割引だな。とはいえ、ポテンシャルが相当高いのは間違いない」
基本的には、レースの距離が短くなるほどタイム差はつき辛い。スプリント戦での0.8秒差は圧勝と言ってもいい大差だ。なるほど、これは強敵に違いない。
「ちなみに、トレーナーさんは誰が勝つと思うんですか?」
ちなみに、私の予想はエルちゃん。他のウマ娘をあまり知らないというのも理由だけど、それでも一度対戦した時に感じた差は相当なものだった。
「俺か? そうだな・・・、エルコンドルパサーだろうな。あいつの強さは一緒に走ったお前も分かるだろ?」
どうやらトレーナーさんの考えも私と変わらないようだった。
「確かに、共同通信杯の時は手も足もでない完敗でした。実際、あのレースは何度繰り返しでも勝てなかったと思います」
今まで中央で何戦か走ってきたがレースになっていなかったのはあの共同通信杯だけだ。前走の皐月賞も、結果論だがスペシャルウィークを外に回すこと自体は成功しているし、もしかしたらそれが勝敗を分けたのかもしれない。
けど、共同通信杯は違う。ただ追走してそのままなだれ込んだだけ。もっとも、あの時は直線まで脚を溜めるっていう作戦だったから仕方ない面もあるけど。
「そうだな。ただあのレースは少し特殊だった。実際、お前も最終直線くらいしかレースに参加していないと言ってもいいからな。まぁ、今のお前ならもう少し善戦できるさ」
「あ、ありがとうございます」
確かに私も、あの時に比べて成長しているはずだしもうちょっとは戦えるようになっているはず。ただ、トレーナーさんに面と言われると、少し喜んでしまうのは悔しいところだ。
「それにしてもお前の世代は飛び抜けた才能を持った奴が多いな。エルコンドルパサーにスペシャルウィーク、それにグラスワンダー」
「グラスワンダー? ジュニアのチャンピオンですよね」
その名前は、去年散々聞いたから覚えている。中央のことをあまり知らない私も知っているくらいだから相当有名に違いない。何でも噂ではジュニアの身でありながら、年度代表ウマ娘の候補にもあがったとか。
「あぁそうだ。今は怪我をしているらしいが、実力は疑うまでもない。少なくとも今回のNHKマイルに出走していれば一番人気は間違いなくグラスワンダーだったはずだ」
「そこまでですか?」
「一度、去年の朝日杯の映像をじっくり見てみろ。否が応でもその凄さが分かるはずだ」
トレーナーさんはよくウマ娘を褒めるが、ここまでのはあまり聞いたことがない。グラスワンダー以外だと、あのスペシャルウィークくらいだろうか。つまり、グラスワンダーはスペシャルウィークと同じくらいの能力はあるということだ。まぁ、私が知っているくらいだから当然なのかもしれないけれど。
「ちなみに、この前の皐月賞を勝ったウマ娘はどうなんですか?」
「セイウンスカイか? 個人的には好みのタイプだが、さっきの3人に比べると身体能力という点では1枚落ちるな」
なるほど。ウマ娘にとって一番大事なものはその身体能力だ。そもそも脚が遅ければ、いかにスタミナがあっても追走できないし、レースに勝つことはできない。それにスピードは先天的なものだけれど、スタミナはある程度は鍛えることもできる。
トレーナー目線だと、そこに目が行くのは仕方ないことかもしれない。ウマ娘にとっては残酷なことだけどね・・・。
「でも逆に言えば身体能力が低くてもレースでは勝てるってことですよね」
「・・・言っておくが、身体能力が低いといってもその3人と比べればだからな。お前はセイウンスカイよりも下だ。レースセンスは言うまでもない」
「そんなはっきりと言わないでくださいよ。凹んじゃうじゃないですか」
まぁ、流石の私でも気づいてはいたことではあるけど。ただ、今更そこに文句を言っても仕方ないのも分かっている。結局、貰ったもので勝負するしかないんだし。
「その返しができているうちは大丈夫だ。なーに、それでも勝つ手段はあるさ。何度も言うが、シャインだってあのスペシャルウィークに勝ったんだからな。心配しなくとも、能力的にはシャインよりお前の方が上だ」
「喜んでいいんですかね・・・? なんだか、シャインちゃんに失礼な気がするんですけど」
褒められるのは悪い気はしない。シャインちゃんの前では絶対に言わないで欲しいけれど。
「別にあいつは何も思わないだろうがな。シャインはそこら辺の割り切りができるタイプだ」
「うーん、でもそれってどうなんですかね?」
「どういう意味だ?」
「だって、自分の実力が分かっちゃったら努力なんてする気が起きないじゃないですか。どうやっても勝てない相手も分かるでしょうし。私は逆に自分の実力なんて知らない方がいいと思いますけど」
レースに向かって頑張れるのは勝てるかもしれないという希望があるからだ。それがないと分かったとき、果たして私は努力することができるだろうか?
「まぁ普通の奴ならそうだろうな。だけど、あいつはそこで妥協はできない性質だったのさ。だからこそ常に自分の有利なレース展開にもっていこうと努力する。お前には足りない部分だ」
はぁー、どうもトレーナーさんはシャインちゃんを過大評価しているきらいがある。もちろん、シャインちゃんは努力家でスゴイ娘だとは思う。けれど、シャインちゃんの本質はそんなに強く美しいものではないと思う。まぁ、私が言うのもおかしい話ではあると思うけどね。
「・・・なるほど」
「ただ最近のお前はよく頑張ってるよ。皐月賞も結果はともかく内容は悪くなかった、トレーナーしては純粋に褒めてやってもいいくらいだ。残酷かもしれないが単純な実力差がそのまま勝負の結果になっただけさ」
「それって、逆に辛いですね。展開不利で負けたとかなら言い訳が効くんですけど」
実力で負けているって、一番どうしようもないやつだしね。
別に分かりきっていたことではあるけど。もちろん、皐月賞も負けるつもりで走った訳じゃない。逃げ争いで前半のペースが上がって、中盤ペースが落ち着いたところで捲り切って、逃げた娘が垂れて後続の進路がなくなって、内のきれいなバ場をとる、幾つものたらればが積み重なれば私にも勝目はあったはずだ。もっとも、それくらいの幸運が無ければ勝ち目はなかったのは事実だとは思う。けれど、それはレースが終わった今だから考えられることではあるとは思う。結局、レース前やレース中は勝つビジョンしか見ていないからね。
「そういう言い訳を考えているうちは結局そこまでなんだよ。なんども引き合いに出すがシャインはそうじゃなかっただろ? 確かにお前に勝ったこともあるが、逆に圧倒的に展開有利な場面でお前に差されたこともある。その時、あいつはお前のことを理不尽な奴だと思っていたに違いない」
「え、なんか照れますね」
「別に褒めてるわけじゃないけどな。とにかく、お前ももう少し頭を使うことを覚えないといけないってことだ。能力で劣っているんだ、せめてそれくらいしないと勝てる筈もない」
「頭の痛い話です・・・」
「まぁ、前にも言ったがお前に足りないのは経験だけだ。白梅賞の時に比べて前走の捲りの判断は、格段に成長していた。案外、お前の勝負勘自体は悪い物じゃないと思うぞ?」
「ははは、まぁ成長していなかったらそれはそれで問題だと思いますけどね」
「そうだな。ところで次の石川ダービーだが、正直今のお前なら負けることは考えられない」
「そうですね。過信しているわけじゃありませんけど、私もそう思います」
正直、今の私が金沢の同世代のウマ娘に負けることはないと思う。それこそ、シャインちゃんがいればもしかしての可能性もあっただろうけどね。
「あくまで本番はJDDだ。流せとは言わないが、ある程度次走のことも考えた走りをしないとな」
「具体的にはどうすればいいですか?」
「そうだな、普段できないことを試してみてもいい。例えば、大外からじゃなく内側を突いて上がっていくとかな。もちろん、金沢の内は砂が深いし、利口な策とはいえん。が、芝を走るときや大井で走るなら内を突く場面も必ずある。その予行だとおもってやってみろ。大丈夫、今のお前ならその程度のロスがあっても、金沢の面子相手なら勝ち切れるはずだ」
確かに、金沢では基本的に内は開けて走るのが当たり前だ。逆に言えば、そこは絶対に詰まる心配はない可能性はない。どうせいつかは必要になるんだし、練習するのも悪くないかな?
「そうですね、石川ダービーでは意識してやってみます。もちろん、最後の直線は外目に進路を取りますけど」
「あぁそれでいい。とにかく、今のお前はレースで使える引き出しを増やすことが大事だからな」
「はい!」
そうして私は石川ダービーに向けての決意を改めたのであった。
・・・ちなみに、テレビの向こうのレースはエルちゃんの圧勝で終わっていた。
名前を伏せているウマ娘の扱い(中央ウマ娘のみ)
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実名にした方がいい
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今のままでいい(オリジナル名)