今だ! ここで仕掛ける。
第3コーナーを迎えたタイミングで私は決意した。
『さぁ勝負は第3コーナー、先頭はラフモデレイションが変わらず引っ張っている。スローペースのこの展開、逃げ切ることはできるのか』
以前からのトレーニングで、ある程度のペース感覚を身に付けられて良かった。スローなのは私にとっても悪くはない展開だけど、流石にここまでペースが落ちるのはまずい。当たり前だ、余力の残った状態で全力を出して走れば、有利なのは前にいる方。
だから、それをさせてはいけない。ここで潰しにいく!
◇ ◾️ ◇ ◾️ ◇
このレース、誰が私の勝ちを期待していただろうか?
いや違う。期待してる人はいたかもしれないけど勝てると思っていた人はいただろうか?
まぁ、いないだろう。当然だ、私の実績に誇れることはない。強いて言えば、薄いメンバーの地元OP戦を一度勝っただけ。東京ダービーには出走すらしていない。
きっと、周りの人たちは私が勝負服着たさにこのレースに出走したんだと思っている。実際、ウマ娘のほとんどは勝負服を着る機会はない。当然だ、最高峰のレースでしかそのチャンスはないんだから。だから、周りの人たちがそう思っても不思議じゃない。
でも、1人、ただ1人だけ私がこのレースを勝てると思っている者がいる。
トレーナー? いや、違う。
友人? いや、違う。
家族? いや、違う。
私がこのレースを勝てると本気で信じているのは、他の誰でもない私自身だ。
過信でもなんでもない、私は私の力を信じている。
そして1枠1番、この番号が出たとき私は自分の戦い方をきめた。
奇をてらう必要はない。基本に忠実に、最も勝率の高い戦い方を選ぶ。
『押し出されるように1枠1番、地元のラフモデレイションが逃げる形。徐々にバ群が縦長になっていきます』
そしてこの瞬間、私の方程式は完成した。
押し出されるように? 違う、内枠の私が外枠の娘の先駆けを許さなかっただけ。
有力のウマ娘が後方脚質に多くいることは分かっていた。だったら精々後ろで牽制しあってもらおう。
『縦長の展開で1コーナーから2コーナーへ。落ち着いたスローペースでレースが進んでいきます』
作戦通り、誰も私をつついてこない。それもそうだろう、下手に脚を使えば後ろのウマ娘に差されるのがおち。だったら勝負所まで脚を溜めたいと思うのも理解できる。
でも残念、あなたたちに勝負所なんて来ないんだけどね。
『さぁ勝負は第3コーナー、先頭はラフモデレイションが変わらず引っ張っている。スローペースのこの展開、逃げ切ることはできるのか』
よし、よし、完璧だ。焦るな、セオリー通りここでペースを落として直線にかけて一気にギアをあげればいい。そうすれば位置取りの差で私が勝つ!
「勝てる、勝てる、勝てるんだ!!!」
思わず声が漏れる。
これで私も憧れのG1ウマ娘だ。
その時、外側から私に並びかけるウマ娘がいることに気づく。
だけど、慌てることはない。今はコーナーの途中だ、同じ速度なら、内を回る私が前に出られる。
何も問題はない。ないはずだけど、何故か悪い予感を感じた。
◇ ◾️ ◇ ◾️ ◇
私アルンドーファイタは、このレース敵は1人だけしかいないと考えていた。その相手はメテオディレクター、この世代のダートウマ娘では疑う余地もなく最強の存在だ。
以前、端午ステークスで戦った時は私が4着で彼女は3着。とはいえ前残りの展開で後方から最速の上がりを繰り出した彼女と中段前目で運んで伸び切らなかったか私とは大きな差がある。
だから、このレース私には作戦があった。道中は控えてメテオディレクターの前に立つ、そして彼女のスパートの前にセーフティリードをとること。彼女は長く良い脚を使うけどトップスピードになるまでには時間がかかる。
おそらく彼女は不器用なタイプだ、このコース特有のコーナーでのギアチェンジはできないはず。
『さぁ勝負は第3コーナー、先頭はラフモデレイションが変わらず引っ張っている。スローペースのこの展開、逃げ切ることはできるのか』
ここまでのスローペースは大歓迎、お陰で脚はまだまだ残っている。あの逃げウマ娘は眼中にない、後は溜めた脚を使って直線入口で先頭に立てばいい。
「行ける!」
思わず呟いてしまった。
だってそうだ、ここまで私の思う通りにレースが進んでいるんだから。
さぁ、ここで先頭に立てば私の勝ちだ。
内か外かどちらを突くか。一瞬の逡巡の後、距離のロスを少しでも軽くするために内を選択した。
そうして内へ踏み込んだ時に何か違和感を覚えた。
明らかに強い踏み込み。内を選択した私とは違って外を回したウマ娘。
おかしい、どうしてあいつがいるんだ…。
これじゃあの時と一緒じゃないか。
「カナメっ…!」
ぼそりと漏れた名前。
思い出したのは14着に破れた若葉S。
そしてこの展開、間違いなくあいつもやってくる。前回はベアエクジスタンスがいた、そして今回はあいつがいる。
「メテオディレクターが来る!!!」
悪い予感ほどよく当たる。
あの威圧感、あの迫力、これがメテオディレクター。
見えなくても分かる、あれは死神だ。私たちの命を刈り取る死神。
追い付かれたら死ぬ。
走れ、走れ、前を向け。それでも意識をそらすことはできない。
「う、おおおおおおおぉぉぉ」
自分を鼓舞するように声を出す。
私のレースは終わっていない!!!
◇ ◾️ ◇ ◾️ ◇
私の名前はポアトーベーカリー。変な名前とか言わないでよね。
このレース、みんなの注目はアルンドーちゃんや、メテオちゃんだと思うけど、私って実は2人に勝ったことあるんだよね。
なのに私が3番人気ってひどくない? まぁ、別にいいんだけどね。人気でレースしてるわけじゃないし。でも気になるは気になるんだよね。
今回のレース私の作戦は単純でアルンドーちゃんをぴったりマークすること。結局、メテオちゃんは来るか来ないか私にはどうしようもできないからね。アルンドーちゃんに先着できれば、それがメテオちゃんを抑えることに繋がるんだろうし。
だから、私の道中はアルンドーちゃんの内をとってポジションを取らせないようにした。まぁ、ここまでスローペースだとあまり意味はなかったかもしれないけどね。
『さぁ勝負は第3コーナー、先頭はラフモデレイションが変わらず引っ張っている。スローペースのこの展開、逃げ切ることはできるのか』
あれ、アルンドーちゃん仕掛けるんだ。ちょっと早すぎない? せっかくのスローペースなんだからもう少し運んでもらえばいいのに。まぁいいや、私はもう少し我慢しようかな。
と、その時、小柄なウマ娘が私の横を駆け抜けていく。
しまった、この位置だと踏遅れちゃう。後方勢が捲り上げてきているんだ。
勘弁してほしい、これじゃあ早仕掛けにも程があるよ。だけどこれに乗らないと、勝ち目が無いことも分かっている。
しょうがないか。
「えっ?」
外に出ようした私に、上がってくるウマ娘が体を合わせてくる。
これじゃあ外に出せない。だったら内だ、そう思って切り替えると次は捲られたウマ娘が垂れてきた。これだと内にも外にも出せない。
そして、迫るのは今回のレースの大本命。
あーあ、私のレース終わっちゃったかな。
◇ ◾️ ◇ ◾️ ◇
今回のレース、様々なウマ娘がそれぞれ思惑を持ってレースに臨んでいた。
では、レースを支配したのは誰なのか?
逃げてペースをコントロールしたラフモデレイションか?
中盤でいつでも対応できる体制をとっていたアルンドーファイタか?
捲りを打ってペースを狂わせたカナメか?
いや、この中の誰でもない。
今回のレースの主役は、自らは動かず他のウマ娘を動かしたメテオディレクター、彼女に他ならない。
そして、その彼女が動きだす。
放たれた矢は落ちることはなく、ただ真っ直ぐに進むのみ。
6〜8話冒頭に取り上げた金沢の名ウマ娘の元馬わかりましたか?
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3人
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全員分かった
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1人も知らんわ