菊花賞まで残り僅か。
私はトレーナーさんと菊花賞に向けての打ち合わせをしていた。
「さて、菊花賞に向けて大体の情報が集まってきたな」
「えぇ、出走メンバーは大体分かってきました。トレーナーさんが思う注目ウマ娘は誰ですか」
「まずは別線トライアルの上位4人、スペシャルウィーク、キングヘイロー、エモーション、ブレイブカイザー。そしてシニア級、それもメジロブライトなんかのトップ連中から逃げきったセイウンスカイ。ここら辺が中心にはなると見ている」
「なるほど。やっぱり前走で結果を残している娘たちが中心にはなりますね」
名前の出ている5人のウマ娘については、説明不要だろう。クラシックに出走しているなかでは、既に結果を十分に出しているウマ娘たちだ。
「その点だとお前もトライアル一着だ。ここも勝負になると見ている」
「珍しいですね、トレーナーさんがそんなこと言うなんて。皐月賞の時はボロクソだったじゃないですか」
皐月賞の時は勝てないと言われていたからなぁ。まぁ、実際にボロ負けだったので言われてもしょうがなかったんだろうけど。
「元々俺は、お前がステイヤーだと思っていた。ゆくゆくは北國王冠に勝てるだろうと」
北國王冠は金沢で行われる2,600mの重賞だ。最近だとグリンさんとサウスヴィレッジさんの激戦もあった、金沢を代表するレース。確かに私が目指しているレースの一つでもある。
「つまり距離が伸びた方が私にはいいってことですね」
「あぁ。お前は脚が遅い、だから前半が流れるレースだとどうしても後半の脚が鈍る。追走で脚が使われるからだ。逆に重い芝程度なら体力を使わずに走ることができる。それはパワーもそうだがスタミナがあるからだ」
「3,000mでもバテずに追走できますか?」
正直、3,000mは私も走ったことはない。トレーニングの1つとして長距離を走ることもあるけど、基本的にはランニング。あくまで全力で走っている訳じゃない。
「行けるとは思うが、お前にとってここから先は未知の距離だ。それに他のウマ娘も3,000mは走ったことがないからな。だからこのレースは、大体2つのパターンになる」
「2つですか?」
「あぁ。一つ目は良くあるパターンなんだが、スローからの決め手勝負になるパターン。これはスタミナを温存するために前半を抑えすぎるからだ。そして2つ目が完全な前残りパターン。これも理屈は一緒で、前に行ったやつを誰も捕まえに行かず、結局逃げたやつがそのまま逃げきっちまうことがある」
「今回はどっちになると思いますか?」
スローの場合は嫌だなぁ。どうしても瞬発力勝負は苦手だ。
とりあえずトレーナーさんにどっちになるか聞いてから考えよう思ったら、意外な答えが返ってきた。
「まずはお前が考えてみろ。今回のメンバーを見てだ」
珍しい、トレーナーさんがこんなこと言うなんて。まぁでも、自分で考えることも大切だよね。
「えーと。まず末脚ならスペシャルウィークとキングヘイローの2人がキレますよね。前に行く娘だとセイウンスカイ、それとこの前走ったリオコウウとかですか」
「あぁそうだな。そこに関しては俺も同意見だ。強いて言うならフソウタイカ辺りも前でレースはするだろうな」
よし先ずは合ってたみたい。最近、私も色々と分かってきたんだよね。ちょっとは勉強した甲斐があったよ。
「それでも、スペシャルウィークの末脚がやっぱり一番だと思います。エルちゃんもウマスタで言ってました。スペちゃんの末脚は要注意デースって」
「つまりスペシャルウィークの決め手が上ということか?」
「正直、ダービーの時と同じ脚を使われたら勝てる娘はいないと思います」
ダービーの映像を見たとき、あの豪脚には心底魅せられた。確かにあの脚を見れば、トレーナーさんが惚れ込むのも分かる。あの勢いで迫られば並ぶ間もなく交わされてしまうだろう。
「よく見えているな。少し前までの俺もそう思っていた」
「今は違うんですか?」
「あぁ。俺はこのクラシックはスペシャルウィークが3つとも持っていってもおかしく無いと思っていた。それだけあいつの力は抜きん出ていたからだ。だが、この前のレースで考えを変えた」
そう言うとトレーナーさんは一拍開けてこう言いきった。
「今回のレース、一番警戒すべきはセイウンスカイだ。いいかカナメ、セイウンスカイの番手だ、そこを確実に取りきれ」
「なぜと聞いてもいいですか?」
私が言うのもあれだがトレーナーさんはスペシャルウィーク贔屓だ。今までも、彼女のことを褒めているところはよく見ていた。
一方でセイウンスカイに関しては身体能力で一歩劣ると言っていた記憶がある。そのトレーナーさんがセイウンスカイを上にとるなんて。
「あいつはペースを間違えない。前回のメジロブライトを破ったレースを見たが、魔法を見ているようだった。とくに向こう正面の息の入れ方は見事としか言いようがない」
「それほどですか」
私はそのレースよりも、同じ日に行われていた毎日王冠の方に気をとられてしまっていたので正直覚えていない。
あぁ、エルちゃん惜しかったなー。まぁ当の本人は、本番はジャパンカップなのでそこで勝てばいいデースって言っていたけど。
おっと話が逸れちゃった。
「あぁ、シニアになってからはともかくいまの時点ではセイウンスカイの完成度は図抜けている。スペシャルウィークでも今のセイウンスカイには届かないはずだ」
「だから私にマークしろと」
「あぁ、だが今回のレースはそれだけじゃあだめだ。おそらくセイウンスカイは後ろを離して逃げるだろう。ピタリとマークすればバ群が短くなって、スペシャルウィークなんかの餌食になる」
「じゃあどうすればいいんですか」
つまりマークはしつつも後ろにはつけるなということだ。果たしてそんなことができるんだろうか。
「番手は譲るな、そしてセイウンスカイとの間隔は空けろ。そして2周目、お前がセイウンスカイを交わせると思った位置で仕掛けるんだ。ただし仕掛けをあまり遅らせるなよ。あまりゆっくり構えていると、他の連中がポジションを上げてくるからな。その隙を与えるな」
…難しい。間隔を開けちゃうとその間に他の娘が入られることが考えられる。
それをさせないためには、私がスタートで後手を踏まずに後続を抑えて先行するしかない。出遅れた時点で、セイウンスカイから間隔を空けた番手をとるのは不可能だ。
それでも懸念がある。
「仮に他の娘たちが道中で捲りあげてきたらどうしますか?」
「絶対に番手は譲るな。このポジションを取られたら終わりだ。心配しなくても長丁場の3,000m、早々と捲りに来るやつなんていないさ。それでもいた場合は体をぶつけてでも止めに行け。もちろん限度はあるがな」
これまた珍しい。トレーナーさんがここまで言うってことは番手を譲る訳にはいかない。きっと番手をとることが勝つためには必要不可欠なんだということが実感できる。
「分かりました番手は絶対に譲りません。死守します」
「あぁ、その意気だ。それとセイウンスカイにペース配分はすべて委ねろ。お前に必要なのはセイウンスカイとの間隔を常に一定に保つことだ。余計なことは考えるな、お前は番手を守りきることと最後の仕掛けどころだけを考えていればいい」
「冷静に考えると、すごい人任せな戦法ですね」
「まぁ、そうとも言えなくはないな。それならセイウンスカイに菓子折りでも持っていったらどうだ? 次のレースではよろしくってな」
「あ、それいいですね」
なるほど、菓子折りかぁ。金沢は和菓子が有名だしね。それにエルちゃんにも持っていってあげようかなぁ。
「は? おい、冗談だぞ」
もちろん私もトレーナーさんが冗談で言ったことくらい分かっている。それでも、菓子折りを持っていくのは悪くないと思うんだ。
6〜8話冒頭に取り上げた金沢の名ウマ娘の元馬わかりましたか?
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1人
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2人
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3人
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全員分かった
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1人も知らんわ