新年早々、その日はやって来た。
京都第9R、白梅賞。
「うぅ、トレーナーさんいよいよですね。ああ、緊張してきた」
初めての中央は、昨年の川崎の時とは違い酷い緊張に襲われた。あの時は、まだ自分の力量も知らなかったから、気楽だったんだけどね。
「はは、カナメちゃん大丈夫だよ。私も一緒に走るんだし!」
私とは対象的にはシャインちゃんはいつも通りだ。凄いなぁ、私も見習わないと。
「いいか、お前らはチャレンジャーだ。負けて当たり前、そのくらいの気持ちで走ってこい。誰もお前らに勝てとは言わない、何でもいい、今後の糧を掴んでこい」
そう、トレーナーさんの言う通りだ。自分の走りをすることに徹しないと。少しでも、レベルアップするために。
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「ねぇ、カナメちゃん?」
パドックでの挨拶を終えて、ウォーミングアップをしているとシャインちゃんが話しかけてきた。ちなみに、パドックでの私は緊張でガチガチになっちゃった。けどシャインちゃんは、無難にこなしていたんだよね。
「どうしたの、シャインちゃん?」
「周りのウマ娘たちの視線、気づいてる? 完璧に私たち舐められちゃってるね」
言われて周りを見渡すと、確かにひそひそと陰口を言っている子もいるような・・・。
「あいつが逃げ宣言をした地方のやつか」
「地方のそれも金沢のウマ娘が通用するほど中央は甘くないのよ」
でも、あの子たちにもプライドはあるだろうし、見下されてもしょうがないのかな。
「うん、そうだね。でも、トレーナーさんも言っていたけど、私たちなんて周りの子たちに比べたら格下なんだし、しょうがないよ」
「うーん、それもそだね」
(甘いよ、カナメちゃん。最近のカナメちゃんは卑屈になりすぎ。大体、負けて当たり前? バカにしないでよね)
なんだか、シャインちゃんの返事が素っ気ないような・・・。
でも、そんなことよりシャインちゃんに聞きたいことがあったんだった。
「それよりもシャインちゃん、逃げ宣言なんてすごいね! 新聞にもでっかく載ってたよ」
「あはは、少しでも逃げやすくなるかなって思って。でも、宣言しちゃった以上、やるしかないもんね」
頭をかきながら、シャインちゃんは少し困った表情を浮かべる。もしかして、シャインちゃんもこんなことになるとは思っていなかったのかもしれないね。
「頑張ってね! シャインちゃんが逃げたら、中央の子も大変だと思うからね」
そうこうしているうちに、会場が俄かに騒がしくなってきた。どうやら一番人気の子がパドックに出てきたみたい。
「「頑張れ、スペ」」
「「頑張れ、スペ先輩」」
応援にきたのか、他のウマ娘の声も聞こえる。
けど、当の本人は私に負けず劣らず、パドックで緊張していたけどね。
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「あの二人の様子はどうだった?」
「サウスか、お前も大概暇なやつだな、わざわざ金沢から来たのか? カナメはガチガチ。シャインは、まぁ何か考えてはいるんだろうな」
「そうか。それよりもこのレース、とんでもない奴が出走するみたいだな」
「2枠3番、スペシャルウィーク。圧倒的1番人気も頷ける、あいつはいいところまで行ける逸材だな。正直、カナメを出走させようと思った時には考えてもいない相手だよ」
「なんだ、てっきりわざとぶつけたのかと思ったんだが」
「そこまで、残酷なことはしないさ。まぁ、あの二人は何にも知らないだろうから変な力みもないだろう」
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『京都9R白梅賞、間もなく出走です。一番人気スペシャルウィーク、ここではどんなレースを見せてくれるのでしょうか?』
遂に本番だよー、心臓がバクバク言っているのが自分でも分かるくらい。
でも、中央ってゲートも綺麗だよね、金沢とはこういう所も違うんだなぁ、ってそんなこと考えている場合じゃないよね。けど、ちょっとは落ち着けたかな。
『さぁ、ゲートが開きました。ハナに立つのは1枠から2人、おぉーっと、逃げ宣言シャインスワンプは最後方からのレースです。同じく地方金沢から参戦のカナメと並び、12.13番手でしょうか。圧倒的一番人気、スペシャルウィークは中盤に付けました』
よし、スタートは綺麗に出られた。トレーナーさんの言う通り、芝って走りやすい! 後はペースを考えて位置を下げてっと。
って、何でシャインちゃんが私の近くにいるのー! しかも、私より後ろに位置を下げているし。
(今頃、カナメちゃんは驚いているかな? 逃げても良かったんだけど、それだと先ず勝てないもんね、それにこのペースはかなり早いはず。もう心は決めた、最後の直線だけに全てを賭ける。カナメちゃんのお株を取っちゃったね)
『さて、隊列は整理され一枠の2人が引っ張る縦長の展開になっています』
(ふん、地方の子なんて逃げることもできないんだから)
(スペシャルウィークの脚を考えると、もうちょっと離さないと)
流石にペースが早いような気もするけど、芝のレースは初めてだしこれが普通なのかな? 正直、追走で大分脚を使っちゃっているけど、最後方だと流石に厳しいよね。ここは捲っていかないと。
『1000M通過は、58.6。これはハイペースです。前のウマ娘たちは苦しい。最終コーナーを迎えて、スペシャルウィークはまだ中盤、地方ウマ娘カナメがスペシャルウィークを交わす』
取りあえず中段まで位置を押し上けだけど、失敗だったかな。脚がほとんど残っていない・・・。一番人気の子の前で、後はどれだけ粘れるかどうかだね。
『さぁ、最後の直線、一番人気スペシャルウィークがスパートを掛ける。前のウマ娘を並ぶ間もなく交わしていく』
直線を向いた所で、凄い勢いで一人のウマ娘が隣りを抜き差っていった。あれが、一番人気のウマ娘の脚! 凄い、私もあんな風に走りたい。こっちもラストスパート、かなり限界だけど少しでも上の順位にいけるように。
(よし、直線。カナメちゃんは残念だけどここまでだね。最後方だけど私の脚はまだまだ残っている。後は全速力で届くのかどうか)
あぁ、ダメだ。何人か前の子を抜かしたけど、後続の子にも抜かれちゃってる。あの捲りの判断が失敗だったかな。
と、その時私の横を何かが通過した。流石中央、あの一番人気の子と同じかそれ以上の脚を持っている子がいるんだ。
いや、ちょっと待って、あれは中央の子じゃない。な、なんで・・・
「シ、シャインちゃん? なんで、どうして?」
(いけるいけるいける、いける! 脚が軽い、これが芝、これが中央。私の脚は中央でも通用するんだ。グリンさんの分も私が!)
『スペシャルウィーク、ここで抜け出す。しかし、最後方から一人、飛び込んでくるウマ娘がいるぞー! シャインスワンプだー。シャインスワンプ、前に届くか? 届くか、届きました! 一着はシャインスワンプ! 圧倒的一番人気、スペシャルウィークは2着に敗れました』
勝ったのは、まさかのシャインちゃん。
どうしてだろう、それはとても素晴らしいことなのに、祝福する気持ちが少しも湧かないのは。
「あぁ、嫉妬しているんだね」
ふと、口からこぼれた言葉。無自覚の一言は正に今の心境そのものだった。心のどこかで中央の子に負けるのはしょうがないと受け止めていた、だから負けたこと自体は悔しいけどそこまでじゃない。きっとシャインちゃんが2着だったなら私は祝福できたんだと思う。でも、
「なんで、勝っちゃうのシャインちゃん・・・ 」
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「あいつ・・・、やりやがったな。ったく、逃げ宣言しておいて最後方からの追い込みか。それにカナメも8着、まぁ初戦にしては合格だ」
「フフ、なるほど、グリンのやつがどうも上機嫌だったのはこういうことか。いい脚だった。が、あの一番人気のやつどうも本調子じゃなさそうだったな」
「そいつは同感だ、最後は失速していたからな。それでも勝ち切ったことは立派さ、見事な末脚だった。正直、あいつがあんなギアを持っているとは思わなかったよ。後はカナメのフォローをどうするかだな」
「それを考えるのがトレーナーの仕事さ。精々頑張りな、それじゃあ、私は一足早く金沢に帰るとするさ」
「なんだ、あいつらに声を掛けてやらないのか?」
「それは、あんたの仕事だろう?」
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「お疲れ様、スペちゃん」
「スズカさん、私負けちゃいました・・・」
「惜しかったわね、ハナ差だったもの。もしかして、スペちゃん調子悪かった? いつもの走りとは違ったから」
「確かに、前走から除外続きで調整が上手くいっていなかったからな。体重も少し増えすぎていたかもしれん」
「ト、トレーナーさん。どうしてそれを知っているんですか?」
「んなもん、見ればわかるだろ」
「普通の人は分かりませんよー」
「まぁ、いい。今回の負けは気にするなとは言わない。でも終わったことだ、日本一のウマ娘になるためにこんなところで足踏みしている時間はないぞー。次はきさらぎ賞だ」
「ハイ!」
「頑張ってね、スペちゃん。あと、この後のライブもね」
「あ・・・」
「スペ先輩、負けちゃうとは思わなかったわね」
「だよなぁ、しかも地方のやつにだぜ。調子が良くないっていってもなぁ」
「そうよねぇ」
「おい、お前ら。地方のウマ娘だからってバカにしてんのか? レースに出れば強いやつが勝つだけだ。スぺは負けたんだ、そいつをバカにするってことは、スぺをバカにしているのと同じだぞ」
「いや、そういうわけじゃねぇけど・・・」
「そうよ、そんなつもりはないわよ」
「フン」
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「グリンさん、私やりました!」
「あらあら、いきなり電話してくるなんて。ライブは大丈夫なの?」
「一刻も早く、グリンさんに報告したかったんだもん」
「テレビで見てたけど、スゴイ末脚だったわね。最後方からごぼう抜き、金沢ではいつも逃げていたからビックリしたわ」
「グリンさんが、したいようにすればいいって言ってくれたからだよ」
「はいはい、そろそろライブの準備もしないとだめよ。続きは金沢に帰って来てからね」