今日も、ここ金沢の天気は最悪だった。空を見渡せば一面の暗雲、加えて少しばかり多くの水分を含んだ雪も降っている。幸いにも積もる程の勢いではなかったが。
この時期の金沢レース場では基本的にレースは行われることはない。にも関わらず、多くの記者の人たちが集まっていた。その目的はもちろん・・・
「シャインさん、次はどんなレースに出走するんですか?」
「中央のクラシックに挑戦は?」
たくさんの記者の人たちが、一人のウマ娘にマイクを差し出している。金沢から、しかも生え抜きのスター候補が誕生したんだから、この盛り上がりも分からなくはない。そして、私はその喧騒をただただ遠巻きに眺めていた。
たくさんの記者の人たちからマイクを向けられたシャインちゃんは、困りながらもどこか誇らしげにはっきりと質問に答えていた。
「次は、きさらぎ賞を目標にしています! その結果をみてクラシックに挑戦したいです」
記者の人たちがシャインちゃんの発言を聞いて盛り上がる中、当の本人はそそくさとトレーニングに向かっていってしまっていた。
金沢に戻ってから、シャインちゃんはこうして連日、記者の人たちから質問を受けている。一方の私はといえば・・・。
「はぁ・・・」
トレーニングに身も入らず、こうしてボーっと過ごしていることが多い。
もちろん、これが良いことだとは思わないよ。けど・・・
そうして、練習所の隅で立ち尽くしていた私に、サウスヴィレッジさんが声を掛けてくる。
雪が降っているというのに、半袖に短パン姿で寒くないのかな。
「よう、相変わらず元気ねぇな。なんだ、この前の負けをまだ引きずっているのか?」
相変わらず、真っ直ぐな人だ。普通、落ち込んでいる後輩にここまで直接的に話しかけるだろうか。けど、心のどこかで私はサウスヴィレッジさんに話しかけてもらえるのを期待していた。だって、彼女は私に好意的だったから。きっと励ましてもらえると甘い考えを持っていた。
「いや、そんなことはないです。・・・いや、すいません。確かに引きずっています」
そう、サウスヴィレッジさんの言う通り私はあのレースの事をズルズルと引きずっている。厳密には私が負けたことではなくて、シャインちゃんが勝ってしまったことだけど。
「そうか。で?」
「え・・・」
「え、じゃねぇよ。なんだお前、私に優しい言葉でも掛けてもらえると思ったか? 勘弁しろよ、私はお前のトレーナーでもママでもないんだぞ」
そのあんまりな言い方に、何か言い返そうか悩んだけど、結局私の口が開くことはなかった。それほどまでに今の私は惨めだった。
「・・・」
「今度はだんまりか。ったく、シロヤマに啖呵切ってた割には口だけの奴だったってことか、これは私の見込み違いだったかな? まぁ、いいか」
それだけ言い残してサウスヴィレッジさんは何処かに行ってしまった。そのサウスヴィレッジさんとすれ違う形でトレーナーさんが私に向かってくる。
「・・・」
「・・・」
遠くて聞こえないが、2人は一言二言言葉を交わしたようだ。
もっともそれもすれ違いざまの一瞬だけで、トレーナーさんは直ぐに私のところにやってきた。というかトレーナーさんもワイシャツ一枚で寒くはないの??
「どうした、元気ねぇな。俺の言ったトレーニングは終わったのか?」
「・・・はい、それは済ませました」
確かに、言われたメニューは全てこなしている。本当にこなしているだけだけど。
「そうか、それじゃあ今日から新しいトレーニングを追加するぞ。いいk」
「トレーナーさん、トレーナーさんは私に何も言わないんですか?」
我ながら女々しいと思うが、トレーナーさんに聞かずにはいられなかった。心のどこかでトレーナーさんに励まされることを期待していたから。
「どうした急に、俺に愛の告白でもして欲しいのか?」
だからだろうか、トレーナーさんの軽口が今はただ無性に鬱陶しかった。だからだろう、自然と私の語気も強いものになっていた。
「茶化さないでください! 自分でも分かっているんですよ、今の私がダメダメだって」
「確かに、今のお前はゴミみたいなもんだ。うじうじしてるばかりで、しかもその理由が嫉妬っていうのも情けねぇ。でもな? 俺はお前のトレーナーだし、お前は俺の教え子なわけだ。簡単に見捨てる訳にはいかないだろ、それに言い方は悪いが、今のお前みたいになる、ウマ娘なんて腐るほどいるからな」
「ちなみに、その子たちはその後どうなったんですか?」
これに関しては完全に興味本位だった。今の自分と同じように、打ちひしがれている状態のウマ娘はどういう風に立ち直ったのかを知りたかったから。
「それは十人十色だな。そのままダメになる奴もいれば、それをバネに成長する奴もいた。良い悪いじゃなくて、こればっかりは個人の在り方だからな」
残念ながら、望む回答はもらえなかった。そればっかりか聞きたくない情報まで入る始末だ。
「トレーナーさん、今まで怖くて聞けなかったことを聞いてもいいですか?」
これは、本当に甘えだった。トレーナーさんの返答次第では私は明日からも頑張っていけるはずだから。
「・・・言ってみろ」
きっと、トレーナーさんは私が何を言うのかおおよその見当がついていたんだろう。そして、私の甘い考えもきっと見透かしていた。
「頑張れば、私でも中央で結果を残せますか? ううん、私には中央で活躍するほどの才能はありますか」
「難しいことを聞くな。仮に無いって言ったらどうするんだ?」
「その時は、・・・諦めます。中央挑戦なんて無理は言いません」
ここでも予防線を張る。私が欲しい答えに誘導するためだ。
「なら、言わせてもらう。お前には中央で活躍できるだけの才能はある。だから死ぬ気で頑張れ。これで満足か?」
けど、トレーナーさんの答えは余りに素っ気ないものだった。「この前のレースは運が悪かった」「お前の実力なら中央で通用する」、噓でもいいからこういう言葉が欲しかった。それだけで、また頑張れたのに。
「そんな投げやりに言わないでください。私にとってh」
これは、完璧な八つ当たりだ。自分の欲しいものがもらえなくて癇癪を起こす子供と一緒だといってもいい。
「ふざけんな! なんで俺が、お前の免罪符になってやらなきゃならないんだ。いいか、お前に才能があるかどうかなんて俺には分からん。だが、断言してやる。シャインよりは間違いなくお前の方が身体能力は上だ。けどな、この前のレース勝ったのはあいつだ」
急に口を荒げてトレーナーさんは私に捲りたてる。
シャインちゃんが私よりも才能がない? 私も、この前のレースまでは心のどこかでそう思っていた。だからこそ、この前のレースでシャインちゃんに負けたことは認めたくなかった。
「お前、この前のレースの2着のウマ娘を覚えているか? あいつも才能だけならな1年に数人いるかどうかのスゴイ奴だった。地方のしがないトレーナーでしかない俺でも見抜けるほどのな。だが、シャインはそいつにも勝った」
「結局、何が言いたいんですか! シャインちゃんがスゴイ、私はダメだってことですか」
「おいおい、そんなにひねくれるなよ。要はシャインでも中央でも勝てたんだ、しかも相手はとびきりときた。なら、お前にできない道理はないだろ? お前が中央で活躍できると保障してやることはできん。だけどな、頑張ってみる価値はあるんじゃないか? シャインにできることがお前に出来ない訳がないんだから」
トレーナーさんの言葉がひどく胸に沁みる。あれだけ、羨ましくて恨ましかったシャインちゃんより、私の方が上だという、一言。この一言だけで私は頑張れる。結局、私は人に褒められて認めてもらいたいだけなんだと思う、けど走る理由なんてそれでいい。きっと、これが私の原点なんだから。
「シャインちゃんにできるなら・・・。でも、この前のレースのシャインちゃんは今まで見たこともないくらいの凄い脚でした」
と、決意を固めて見たところで、シャインちゃんの豪脚が頭をよぎる。あの脚は、今までの誰よりもすごいものだった。
「ん? あぁ、ありゃ単純にハイペースになって前の奴らがバテただけだ。お前、反省会の話、ちゃんと聞いていなかっただろ。まぁいい、あの時言ってなかったことを、せっかくだし今伝えておく」
ニヤニヤと私を見つめながら、トレーナーさんはそんなことを言う。
完全に図星だった。あの時は、上の空で反省会の内容なんて、これぽっちも頭に入っていなかった。
「・・・なんですか」
「お前、レースセンス無いな。前回のレースでそれが良く分かった。その点、シャインはハイペースなのを考慮して、末に掛けていた。一か八かの策だが、結果はお前のも知っての通りだ」
「ここにきて、純粋な悪口ですか」
「こればっかりは事実だからな。さて、スタートが悪い、コーナリングが下手、レースセンスもない、そんなお前だがいいところもある、何か分かるか?」
「なんか、短所ばっかり挙げてません?」
さっきまで、私のことを持ち上げてくれていたトレーナーさんが、打って変わって私の欠点をあげつらう。まぁ、さっきまでの私だったら不貞腐れるだけだろうから言いたくても言えなかったんだろうけど。
「実際そうだろう? まぁ、答えはトップスピードだ、エンジンの掛かりは遅いがな。さて、そんなお前にアドバイスをやる。次のレース、ペース関係なく最後の直線に全てを賭けろ。結局、それが一番実力を出し切れる。言っておくが、最後尾に付けろって訳ではないからな。誤解はするなよ。要は自分のペースを守って、最後の直線に脚を残しておけってことだ」
「そうすれば勝てますか?」
「そりゃあ分からん。今のお前の実力だと展開に頼らざるを得ないからな。精々、前が潰れることを期待しておけ」
結局、運任せかぁ。けど、考えてみればシャインちゃんもこの運を掴んだんだ。なら、私に出来ない訳はない。他の誰でもないトレーナーさんが、私を認めてくれているんだから。
「お、いい顔になったな。さて、そんなお前の次のレースだが・・・。ジャーン、来月の東京レース場で行われるG3共同通信杯だ。このレースは芝の1800M、小細工の効かない純粋な力が試される。次こそは、お前の実力を中央の連中に見せつけてやれ」
G3、つまり中央の重賞だ。当然、前走1勝クラスの特別戦で掲示板に乗っていない私には敷居が高いのは間違いない。でも、トレーナーさんがこのレースを選んだことには理由があるはず。なら、私は出来る限りの事をしないと。
「意外とうろたえたりはしないんだな」
「だって、トレーナーさんが選んでくれたレースですから、それに私もうG1も走ったことありますからね」
そう、私が中央に挑戦するきっかけになった、あのレース。考えてみれば私は既にG1の舞台で走っているんだ。今更、G3のレースくらいでうろたえたりする必要なんてない。
「いいねぇ、その余裕。今思えば、金沢で走るお前は、常に心のどこかで相手を見下しながら走ってたなぁ」
「ちょっと、私が性格悪いみたいじゃないですか」
「はは。さて、出るレースも取るべき戦法も決めた。なら、後は何が必要だ?」
「・・・トレーニングですね」
「その通り、さて話の途中だったが新しいトレーニングをやっていくぞ」
「はい!」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「あの甘ちゃんはどうなった?」
「お陰様で、立ち直ったよ。優しい先輩のアドバイスの効果だな」
「なんだ嫌味か? あれだけ、慰めてくれってオーラ出されたら、こっちもそれをする気が無くなるのも仕方ないだろ。むしろ手を出さなかっただけ褒めて欲しいね」
「あいつは強くなるよ。まぁ、お前は超えるだろうな。ちょっと、手がかかるのは難点だが」
「言ってくれるな、そんなに私の看板は安くないさ。あと手がかかるのは、お前としては嬉しいことなんじゃないか? 」
「あぁ? そんなことねぇよ」
「そうかい」