ジャパンカッブが迫る11月。
沈黙の日曜日を引きずっているのか、世間の空気も重い中、1人のウマ娘が訪ねてきた。
「私を担当してください」
どうも最近はこの手のやつが多い。きっとカナメのやつに触発されたに違いない。
まぁ気持ちは分からんでもないが、そもそもあいつは金沢レベルでは元々抜きんでていた。
要するに他の金沢のウマ娘と同じスタートラインにいたわけじゃない。それを分かれというのは酷ではあるが、こうして俺のところにくる連中は総じて中央で戦う才能がないことが多い。
「私も中央に挑戦したいんです」
それに比べて目の前のウマ娘はどうだ?
確かに悪くはない。既に金沢でのレースでは勝っているし、URA認定戦でも掲示板は確保している。ただそれでも、あいつには及ばない。
「一つ言っておく。カナメと同じような結果を出せると思っているならやめておけ。あいつと目の前のお前じゃ才能が違う」
「そ、それでも私も挑戦したいんです。確かにカナメさんほど才能は無いかもしれませんけど、私だって」
「具体的にはどのレースにでたい」
「え、えと、桜花賞です! ティアラに憧れて」
無理だ。
目の前のウマ娘、こいつは明らかにダート向き、それも長距離のダートだ。芝のマイルの桜花賞ははっきり言って相手にもならない。そもそも出走することもできないはずだ。
「期待を持たせるのは酷だからはっきり言う。お前のレベルだと参加賞すらもらえない。それでも俺の指導を受けたいのか?」
大抵のやつはこう言えば引き下がるが、こいつはどうかな。
「はい。確かに私には厳しい、それは分かっています。走ってみると分かります。私はダートの長距離が一番向いているってことくらい。でも一度だけの生、一度きりの夢の舞台を目指したいんです」
顔つきが変わったな。おどおどした様子が一切ない。どうやらこいつの中で桜花賞を目指すっていうことは決定していることなんだな。
そこまで覚悟が決まってるなら、俺もやぶさかではない。
「分かった」
「え」
「担当すると言っているんだ。言っておくが、何も俺は金沢一のトレーナーって訳じゃない。お前も知っているとは思うが、シロヤマのトレーナー、あの人が金沢のNo.1だ」
指導したウマ娘の勝利数は2000越え。おまけに勝率は25%、連対率は40%を越えている。全く恐ろしい人がいたもんだ。
特に差しウマ娘が2コーナーから仕掛けるという彼の教えは金沢のトレンドになっている。
「お前なら、あの人のところにもいける。本当に俺で良いのか?」
少なくとも金沢で活躍するなら、そっちの方が間違いのない選択だ。
「おかしなことを言いますね。中央実積なら目の前のトレーナーさんの方が上でしょう?」
そう言うと目の前のウマ娘はにこりと微笑む。なるほど、こいつも良い性格しているな。
「だったら、契約成立だ。お前、名前は?」
「サスライノマドです。ノマドでもスーちゃんでも好きに呼んでください」
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「内枠、内枠、内枠こーい!」
今日はジャパンカップの枠順が発表される日。狙うは内枠、そうでなくてもエルちゃんより内枠であってほしい。
「カナメ、枠が発表されたぞ」
「やっとですか。一緒に見ましょう」
トレーナーさんのパソコンを覗き込む。
さてさて、一体どこの枠になったかなと。
「これって…」
「…最悪だな」
私の名前の上にはピンク色で囲まれた16の文字。なるほど今回は16番か。
「ってヤバイじゃないですかー!?」
思わずノリツッコミもしてしまった。
でもそれも仕方ない。このレースは16人しか出走しない、つまり大外枠を引き当てたということだから。
「かなりきついとこに入ってしまったな。被される心配はないが」
「被されはしませんけど前に行けますかね?」
「外から追い上げる形で位置を取りに行くしかないな。少なくとも出たなりでレースはできなくなった」
セントライト記念も菊花賞も枠がよかったから、スタートを押して行けば前をとれたけど、流石に外枠はきついなぁ。それならいっそのこと戦法を戻してみるのもありかも。
「後方から進める手はありですか?」
「無しだ。府中の2,400m、特にジャパンCの時期はそれなりに差しも決まるが、流石に後方一気というのは厳しい」
「それもそうかぁ。じゃあ外併走になってでもポジションを取りに行かないといけないですね」
3人併せの外くらいならともかく、それ以上外を回されるのはきついなぁ。東京レース場は大回りだから、まだましだけど。
「お前の良いところは前半に脚を使っても、終いは堅実なところだな。とはいえ、上がりの速度自体は限界がある。上がりはだせても35.5が限界だろう」
「簡単に私の限界、決めないでくださいよ」
とは言いつつも、私が32秒台の上がりを使えるとかというと、それは無理。ここに関しては生まれついての才能が憎たらしいよ。
「こればっかりはしょうがない。鍛えても中々伸ばせない部分だからな。だが逆に言えば上がりのかかる展開になればお前に向くってことだ」
「それこそ私にコントロールできない部分ですよ。雨でも降ってくれれば良いんですけどね」
バ場が渋ってくれれば、スタミナ勝負に持ち込むことができる。今の私にはそっちの方がいいんだけど。
「残念ながら晴れ予報だな」
残念ながら、ずっと天気がいいんだよねぇ。まぁ、やれるだけのことはやろう。
「とりあえず、出たなりでできる限り前を取りに行きます。最悪、外併走になるかもしれませんが」
「それしかないな。ただ外併走は避けておけ、それなら一段下げてでも内ラチ沿い、それでなくても二人併せの外の位置をとれ。今のお前が外外を回したら、最後の直線までいかずにゲームオーバーだ」
「体を当ててでもポジション取りにいきますよ、できるかは分かりませんが」
「あまり、危険のない範囲でな。怪我はしてもさせても寝覚めが悪い。まぁそこら辺に関しては、あまり心配はしていないが」
よし、作戦は決定。理想はセントライト記念の時のように内ラチをとること。まぁこれは難しいとしても、とにかく前だ。
とりあえず、そういうことにする。
さて、一旦話が落ち着いたとこで、本題だ。ジャパンカップの件は結論ありきの話だったわけだし。
「ところでトレーナーさん、噂に聞いたんですけど」
「なんだ?」
「新しい子と契約したって本当ですか?」
何でもシャインちゃんがグリンさんから聞いたらしい。グリンさんは金沢でもかなりの古株だから、こういう情報が集まってくるらしい。
「耳が早いな。お前ほどじゃないが、才能があったからな。それに向こうが契約してくれって訪ねてきたんだ。断る必要もないだろう?」
やっぱり、このトレーナーさんだめだ。私が言いたいことが全く伝わっていない。こういうところがあんまり人気ない理由じゃないかな?
「はぁ、何も分かっていないですね。自慢じゃないですけど私って金沢だと抜けてますよね?」
「鼻につく言い方だが、そうだな」
まぁそこは私も自覚してますよ。でもこれは言っておかないといけないんで。
「同じトレーナーを仰いでるということはトレーニングとかも一緒にするわけですよね。その子、自信失くしちゃいませんか?」
私レベルの力があっても虚無感を感じることはあった。特に白梅賞の後は、本気で辞めようかと思った位だ。それくらいウマ娘にとってメンタル面の影響は大きい。
「余計な心配はしなくていい。それにそれで潰れるやつはどっちにしろ先がない」
「トレーナーさんってスパルタですよね。デリカシーがないだけかもしれないですけど。私のことは見放なさいでくださいよ?」
考えるまでもなく冷たい言葉だ。それは指導に値しないとしたら見放すということなんだから。精々、私もトレーナーさんに捨てられないようにしないと。
「めんどくさい女みたいなこと言うんだな。なに、お前は特別だ。俺も手放すのは惜しい、後輩ができようがそれは変わらん。俺のためにも頑張ってくれよ?」
「トレーナーさんって人をやる気にさせるのが上手ですね。まぁ、心配しなくても頑張りますよ」
精々、トレーナーさんの興味が後輩ちゃんに移らないように走りますか。
ジャパンカップはもうすぐそこだ。