府中レース場の一角。
そこを占めるのは、地元の名を背負って走る少女を支えようと集った応援団。
そして、地方初の偉業を見届けようとする者たちでもある。
「カナメさん勝てますかね」
チームの後輩は言う。
「さぁな。ただ勝つ気ではいるだろう」
トレーナーは言う。
「カナメチャンならできますよ。ですよねグリンさん」
かつてのライバルでもある親友は言う。
「そうね。そうであってほしいわね」
走りの師は言う。
「あのチビがここまでやるとはな。シロヤマ、お前の目はやっぱり節穴だったな」
最初に認めた者は言う。
「そう言ってくれなよサウス。若葉Sの後にその件については謝罪もしたさ」
金沢の最強は言う。
いよいよ、第18回のジャパンカップが幕を開ける。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
天気は晴れ。芝は良。前から分かっていたことだけど、私向けのバ場にはならなかった。
それでも走る分には気持ちの良い環境だ。パドックにいるだけでもそれは感じられる。
「カナメちゃん、こうやってレースで走るのは久しぶりデスね」
パドックでストレッチをしている私にエルちゃんが話しかけてくる。相変わらずの自然体、全く羨ましい限りだよ。
「あ、エルちゃん。その勝負服かっこいいね。あと前の私とは違うよ? エルちゃんの首を取りにいくから」
エルちゃんの勝負服をこうやって生で見るのは初めてだ。エルちゃんが好きなルチャをイメージしているんだろうね。
「この勝負服の良さが分かるとは流石デスね。カナメちゃんの勝負服もかわいいデスよ。あと首を取りにくるのは構いませんよ? チャレンジャーの挑戦を受けないと行けませんからネ」
「それなら私の挑戦を受けるにあたって、私の前で走ってくれたりしない?」
「残念デスけど、そこまでのサービスはできませんネ」
まぁ、それはそうだよね。当然分かっていたことではある。ふと、パドックにある電光掲示板を見るとあることに気づく。
「ありゃ、残念。ところでエルちゃん3番人気なんだね。てっきり1番人気だと思っていたけど。えと1番人気がスペシャルウィークで、2番人気がエアグルーヴ。私は7番人気かぁ」
エルちゃんが3番人気。つまりファンの人たちはエルちゃんよりスペシャルウィークとエアグルーヴの2人が強いと思っているわけだ。私に言わせればセンスがないね。
エアグルーヴの方はよく分からないけど、少なくとも現時点ではエルちゃんが私たちの世代だと最強なはず。皐月賞、菊花賞を走った今でもその気持ちは変わらない。
けど、当のエルちゃんはなんとも思っていなさそうな様子で。
「まぁ、スペちゃんは同じ距離のダービーで勝ってマスし、エアグルーヴ先輩は去年2着で実績もありマスからネ」
「まぁ人気は関係ないからね。強いウマ娘が勝つだけだから」
実際私も、セントライト記念と菊花賞は人気は無かったけど好走はしている。結局、人気なんてファンの作り出した幻想に過ぎないからね。どこぞの石油王でもパトロンにつければ全レース一番人気にはなれるけど、勝てるかは別だし。
「良いこと言いマスね。つまり勝つのは私ってことデース」
いつもの決めポーズをとるエルちゃん。それとどうでも良いんだけど、そのマスクって意味あるのかな? 蒸れるだけなような気がするんだけど。マスクマンが、好きなのかな?
「おい、うるさいぞエル。レース前なんだ余り騒ぐな」
そんなはしゃぐエルちゃんを一括する一声。声の正体はエルちゃんが教えてくれた。
「エアグルーヴ先輩。うぅ、すいません」
しおれるエルちゃん。なんとなくトレセン学園での上下関係が分かる一幕だなぁ。それにエルちゃんとエアグルーヴは同じチームでもあるらしいし、余計そういうのがあるのかも。
「分かれば良いんだ。それとお前は地方のウマ娘だったな、エルが迷惑かけたようですまないな」
「いえ、別に迷惑なんてことは。友達ですから」
私としては良い具合に緊張がほぐれるから、人と話すのは好きなんだけどなぁ。まぁ、集中したい人がいるのも分かるけど。でもそれなら、なおさら話していたいけどね。それで集中を乱す人がいるならレースで勝ちやすくなるし。
「そうか、なら良いんだ。お前もレースが近いんだ、ストレッチでも何なりしておいた方がいいんじゃないか」
言うことは言ったとばかりに去ろうとするエアグルーヴ。
なんかこの人あれだな結構苦手かも。俗に言う委員長タイプだ。少し仕掛けるか。
「あの少し良いですか?」
「うん? どうしたんだ」
改まってこちらに向き直るエアグルーヴ。よし、かましてやろう!
「私とあなたは友達でもなければ先輩後輩でもないですよね?要は初対面なんだから敬語の一つでも使え! ただそれだけですよ」
さて、どんな反応するのかな? ちなみにさっきの発言については少し思ってたことでもある。なんか中央のウマ娘ってナチュラルにタメ口というか、上から話しかけてくることが多い気がするんだよね。
「フ、あぁそれはそうだ。すまなかったな」
思ったより大人の対応をされちゃった。
こういう対応されるといたたまれないんだよなぁ。私が痛いやつみたいじゃん。
当のエアグルーヴもいなくなっちゃったし。
「すごいデスね、カナメちゃん。中央の他の娘たちポカンとした顔で見てましたよ」
エルちゃんがキラキラした顔で話しかけてくる。もしかしたらエルちゃんもエアグルーヴに思うところがあったのかもしれない。まぁ、同じチームの先輩に思うところがないわけは無いと思うけどね。そういう意味では、私が少し彼女の溜飲を下げたのかもしれない。
私としてもエルちゃんが話しかけてくれたお陰で変な空気が緩和されて嬉しいよ。
「もっと取り乱すかと思ったけど、冷静だったね」
「カナメちゃん、そういう番外戦術はどうかと思いマスよ。でもエアグルーヴ先輩には関係無いと思いまマスけどね」
「みたいだね。さぁ、そろそろ本バ場入場だよ。大外の私がトリを勤めるんだから。エルちゃんも行った行った」
ふぅ。
こうやってパドックで周りを見ても、やっぱりマークするのはエルちゃんだっていう結論は変わらない。
問題は私がマークできる位置をとれるかだけど、これは考えてもしょうがないか。
『いよいよ、第18回ジャパンカップの本バ場入場です』
先ずは堂々とゲートに向かうとしよう。