それは、まさに夢のような時だった。
東北の地に集まった十人のウマ娘。各地の期待をその身に受け、威信をかけて戦った。
後に黄金時代と呼称されたこの世代。
・デビューから10連勝の当地では歴代最強とも呼ばれる者
・同じ地方の伝説に倣えと、オグリキャップ2世と呼ばれた期待のホープ
・地方で最もレベルの高い南関東、その中でも格式高い東京ダービーウマ娘
・後に2年連続で北海道代表ウマ娘に選ばれ、道営最強と呼称された一人
・サクラの名を冠する天皇賞ウマ娘を中央で破ることとなる地元の代表
そんな錚々たるメンバーの中勝利を飾った、そのウマ娘の名は・・・。
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2月の京都レース場。まだまだ寒さが厳しいこの地に私とトレーナーさんはレースを見に来ていた。
その目的はもちろん。
『さぁ、注目の一番人気はこの娘、スペシャルウィーク。前走こそ敗れたものの、その実力は高く評価されています』
パドックでは、恒例のウマ娘の紹介が行われている。
こうやって外から眺めていると、前回私があそこにいたとは思えなくなるから不思議だよね。
「お、そろそろシャインの番だぞ」
トレーナーさんがそう言って直ぐに、実況の紹介はシャインちゃんの番になった。
『注目のウマ娘の一人、シャインスワンプ。現在、7番人気とこの評価は不服か? 前走では、上がり最速の輝く末脚で、スペシャルウィークを撫で切っている彼女。ここでも軽視はできません』
「トレーナーさん、何でシャインちゃんの人気がこんなに低いんですか? 前走では、一番人気の娘にも勝っているのに」
シャインちゃんが不当に評価されていることに、少しの苛立ちを覚えつつ、トレーナーさんに問いかける。
だって、この人気は流石に低すぎるもん。
「まぁ、前回のレースはフロックだと思われているってことだろうな。実際、展開が嵌まったっていうのも間違いじゃない。後は、単純に地方のウマ娘が舐められているっていいうのもある」
「そんなのあんまりじゃないですか、シャインちゃんは実際に結果も出したのに」
「おいおい、落ち着けよ。じゃあ、お前はこのレース、誰が勝つと思う?」
「そんなのもちろん、シャインちゃんですよ。前走でも一番人気の娘に勝ってますから。トレーナーさんは違うんですか?」
「俺か? 俺の予想だと勝つのはあいつだ」
そう言って、トレーナーさんが指を差したのは一番人気のあの娘だった。ただ、私はそのことについて納得がいかなかった。けどムキになるのも可笑しいと思い、努めて冷静にトレーナーさんを問いただす。
「ふーん。ちなみに、どうして、あの娘なんですか?」
「なに怒ってるんだお前? いいか、前も言ったがあのスペシャルウィークは、はっきり言って実力、才能、そのどちらも飛び抜けている。このレースの2番人気のウマ娘の戦績を見てみろ」
「2番人気のウマ娘って、あの耳飾りを左につけている鹿毛の娘ですよね。えーと・・・えッ、この娘、前走G1を勝ってる!」
彼女の戦績には、阪神JF1着という輝かしい実績が煌めいていた。今回のレースでG1を勝っているのは彼女だけ、普通に考えればあの娘が一番人気になるはずだけど・・・。
「そうだ。これで分かったか? G1ウマ娘もいるこのレースで、スペシャルウィークは圧倒的な1番人気なんだ。ファンもバ鹿じゃない、基本的に勝つウマ娘に投票する。その結果がこれだ」
つまり、あのスペシャルウィークって娘は、G1を勝つようなウマ娘よりも圧倒的に強いとお客さんは判断しているということになる。
でも、負けた私が言うのもなんだけど、あの娘がそこまでのウマ娘とは思えないんだよね。
「あの、トレーナーさん。あの娘って、そんなに強いんですか? 正直、川崎で走った娘たちの方が・・・」
「まぁ、前回のレースのスペシャルウィーク自体は、そこまでのパフォーマンスを見せてたわけじゃないからな。けど、あの時のあいつは明らかに調整に失敗していた」
「つまり、本調子だったらあんなものじゃないってことですか」
「あぁ。あいつのデビュー戦の内容は凄いものだった。何でも、あいつのトレーナーは、デビュー前からダービーを取れるって確信していたみたいだぞ」
ダービーウマ娘、それはレースに関わる人間なら誰しもが憧れる、夢の称号と言ってもいい。それを期待されているという事実が意味することは私にも分かる。けど、
「でも、シャインちゃんなら今日も勝ってくれますよ」
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ウマ娘の紹介も一通り終わり、落ち着きを取り戻したパドックで、私はシャインちゃんに声を掛ける。
「シャインちゃーん!」
「ん?」
私の呼びかけに気づいたシャインちゃん、ストレッチを止めて、私の方へ近づいてくる。
「ごめんね、ストレッチ中に。頑張ってって一声掛けたかっただけなんだけど」
冷静に考えれば、レース前に集中しているのシャインちゃんに声を掛けるのはどうだったんだろう。
「ううん、ありがとう。今日はカナメちゃんがいなくて寂しかったから嬉しい!」
「ほんと? ならよかった! シャインちゃんのこと応援してるからね。前回みたいに後ろからいくの?」
「んー秘密! あとカナメちゃん声が大きいよ。周りのみんなに見られてるよー」
「ご、ごめんね。でも、シャインちゃんならきっと勝てるよ!」
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きっと勝てる・・・ね。
カナメちゃんは、本気でそう思っているのかな?
多分、そうなんだろうなぁ。
彼女はいい友達だ。
この前のレース後少しギクシャクした部分もあったけど、今のカナメちゃんは本気で私は応援してくれている。
まぁ、その思いが100%純粋なものではないんだろうけど。
ただ、残念ながらカナメちゃんの思いを背負って上げるほどの余裕は今の私にはない。
いつも明るく振る舞って誤魔化しているけど、正直に言うと周りのプレッシャーに耐えられない。
グリンさんは気にする必要なんてないって言うけれど、当のグリンさんも私に期待してくれている。なら、気丈に振る舞うしかない・・・。
結局のところ、これが器というものなんだろう。今の私は、周りの期待を受け入れられず、それが流れ出てしまっている。
もちろん、負けるつもりはない。それを負ける言い訳にはしたくない。
ただ・・・、勝つことが厳しいということも理解できている。
今はただ、周りの期待を裏切るのが怖い。。。
◇ ◾️ ◇ ◾️ ◇
『さぁ、迎えたきさらぎ賞。間もなく発走です』
「トレーナーさん、いよいよ発走ですね」
あぁ、自分が走るわけじゃないのに、すっごく緊張してきた。
「分かったから、落ち着け。それより、シャインの様子はどうだったんだ?」
「シャインちゃんですか? 緊張しているのが私にも伝わってきましたよ。なので、軽い雑談くらいしかしてないですけど」
「ん? そうか。なんていうか、お前ってそういう気遣いとか出来るんだな」
「トレーナーさんって、根本的に私のこと下に見てますよね・・・」
「まぁ、気にすんな。それより発走するぞ」
◇ ◾️ ◇ ◾️ ◇
『さぁ、直線を迎えて先頭は・・・。内に潜ったブレイヴカイザーが押している。普段は追い込みの戦法をとる彼女が先行して、現在は先頭』
思ったより、ペースが流れなかった。にも関わらず、予想以上にスタミナが削られている。
けど、ある程度の位置は取れている。
後は一番人気の娘に併せてスパートして引っ張ってもらうしかないなぁ。
さて、あの娘は、もうすぐ仕掛けるかな?
『大外からも各ウマ娘が伸びてきている。っとここで内から、内からスペシャルウィークだ! 一気に抜け出す』
うそ?
道中では私の方が先行していたのに、バ群が開けるのと同時に次元の違う脚で抜け出ていた。
前走は、本当に調子が悪かっただけってことかぁ。
これで僅かに残っていた勝機は完全に消えた。
でも、私にも意地がある。
脚は重い、息は乱れている、軽い酸欠で意識も朦朧としている、だけど!
『完全にスペシャルウィークです。スペシャルウィーク、3バ身突き放して今ゴール。二着にブレイヴカイザー。これは強い、スペシャルウィーク。クラシックに向けて大きな一勝です』
◇ ◾️ ◇ ◾️ ◇
「トレーナーさん、あれって」
「あぁ、あいつ無茶しやがって」
最後の直線、明らかにシャインちゃんの動きがおかしいのが分かった。
正直、最後の直線入り口の時点でシャインちゃんの勝ち目が無かったのは、見ている私とトレーナーさんには、はっきり分かった。きっと走っているシャインちゃんにも分かっていたはずなのに・・・。
「カナメ、今シャインのことバ鹿だって思っただろ? しなくてもいい無茶をして結果がこれだからな」
「バ鹿っていうよりは、どうして・・・っていう感じです。頑張ったって結果は変わらないのに。それなら、次のレースに備えるべきじゃないですか」
「そう。その通りだ。お前は無意識に、その線引きができている。だから、トレーニングに関しても基本的な方針さえ示せば、ある程度安心して放置できる。頑張りと無茶の境界が認識できるっていうのは一つの才能だ。ただ、シャインはそこが曖昧だった」
私には、その気持ちは分からない。けど、同時に少し羨ましくもある。一体、シャインちゃんは何のために自分を省みず走ったんだろう?
今の私には、そういう大事なものは無かったから。
[きさらぎ賞 シャインスワンプ 13着]
翌日、金沢の新聞に載ったシャインちゃんの結果は実にあっけなくまとめられていた。
そして横の小さな欄にひっそりと、復帰まで1年以上という文字が書かれていた。