勝ち上がったのは2戦目、オープン入りをしたのは5戦目。そこまでの私のキャリアは順調だった。
壁にぶち当たったのそれからだ。
オープンでは3戦して最高が14着。
私のトレーナーはドライな人だった。余り注目されないウマ娘を見出だす相マ眼は確かだったが、その分見切りをつけるのも早い。
結果、私は新天地で走ることになった。
選ばれた地は金沢。当時の私がA2クラスに編入されるという時点でレベルが分かるだろう? まぁ、これは私の力云々ではなくて稼いだ賞金で格付けされているだけではあるが。
「歓迎するよ、サウスヴィレッジ。ここでは中央のようにぞんざいにウマ娘を扱ったりはしない」
「中央でぞんざいに扱われた覚えはない。ただ、私が弱かっただけだ」
シロヤマにムカつく歓迎をされたのもこの時のことだった。あの作り笑いの気味悪さったら無かったよ。
その点、グリンのやつは本気で私に向き合ってはいたな。
あいつと初めて対戦したのは移籍3戦目。この時は6バ身差の完敗だった。
「金沢を舐めてるんじゃない? 今のあなたじゃ私には通用しない」
「別に舐めてはいないさ。お前は強いよ。中央でもオープンレベルはある」
「それが舐めてるって言うのよ」
グリンのやつが怒るのも、今となれば納得できる。当時の私が力量を評価するような真似は無礼ではあるからな。
ただ、次に戦った時は8バ身差をつけて勝ったことだけは伝えておく。
「これでお前とは1勝1敗。残念ながらお前にも私の力は通用したな」
「えぇ、そうね。負けたのは事実、好きに言えばいいわ。ただ今まではあくまで一般戦。次は北國王冠、そこに私は出走する」
そして3戦目の舞台、北國王冠。
このレースは語るまでもないだろう。結果だけ言えば、私のクビ差負け。それでもレース内容には満足している。お陰でこのレースが歴代でも最高のレースだって言っているファンもいるくらいだ。
その後もグリンとは勝ったり負けたりを繰り返した。金沢のウマ娘で私に土を付けたのは移籍初戦を除けばグリンだけだった。
ただそれでも徐々に私とグリンの間の差は広がっていたのは周りの目にも明らかだった。
そんなある日、私はグリンに聞いてみた。
「なぁ、グリン。シロヤマとお前が走ったらどっちが勝つ?」
「そうね。残念だけどシロヤマさんでしょうね。あの人は金沢の歴史上でも最強と言ってもいい存在だもの。最近は腑抜けているけど」
金沢のトップクラスのグリンと比べてもシロヤマの力量は抜き出ていると。予想できることではあったが、改めてグリンの口から聞くと、より実感ができる。
「あいつと走ってみたいな」
ボソリと声が漏れた。考えて言った発言ではなかった。
何の気なしに呟いただけだ。ただそれが嬉しかった。自分が本能で強者を求めているということだから。これがあるならまだまだ私は強くなれる。
「あんたならもしかしたら勝てるかもね。私は疲れたわ。腑抜けているあの人に代わって頑張ってたけど、それもここまで。ここからはあんたがやりなさい」
「それは私の方がお前より強いと認めたってことか?」
「認めるも何も周知の事実よ。大体、私はそういうキャラじゃないもの。変に気張ってたせいで肩がこってしょうがないわ。あんたなら、いつも通りに振る舞っていればいいわ」
「確かにお前、私には攻撃的なわりに後輩に慕われているよな。私の知っているやつも昔のグリンは優しかったって言っていたぞ」
と同時に指導が分かり辛いとも言われていたが。こいつ、印象と違ってセンスでレースやってるタイプだからな。はっきり言って指導者には向いていない。
「あんたならぞんざいに扱ってもいいと思ったからね。多少はバチバチしていた方が空気が弛緩しなくていいじゃない。でもそれも今日までだけどね」
グリンのその宣言は私にだけ向けられたものではあったが、気付けば金沢全体で私が最強だと認識されるようになった。
シロヤマはやる気がない、グリンは私が上だと認めた。
そして、名実ともに金沢のエースとなった私の前にあのチビが現れた。
あのチビに関してはレースを一目見て妙に印象に残っていた。あいつの脚は金沢では中々見られるものではなかったからだ。それにあいつはどこかギラついていた。かつての私と重ねていた部分もあるのかもしれない。
それからのことは語る必要はないだろう。あいつは一流へ成長し、G1の舞台でも好走するようになった。
菊花賞2着。おそらく金沢のウマ娘でこれを達成できるやつは他にはいない。私もグリンもシロヤマでさえも無理だ。だからこそ惜しい。
あのチビの能力はここでは発揮されないからだ。
そういう意味ではシロヤマがあいつを勝たせるという判断をしたのが分からないわけでもない。そして私も…。
ただ、八百長紛いのことをするわけだ。どうしても後ろめたい気持ちがあるのも否めない。
でも今の私にはそんな気持ちは微塵もない。
ただ、一つの運命的な出会いが私を変えた。
あれはあのチビが走っていたジャパンカップでのこと。そこで私は1人のウマ娘と話した。
レース終わりに辺りを散策して時間を潰していたタイミングだ。
「おっとすまない」
「なに、気にしなくていいさ。こっちもぼーっとしていからな」
1人のウマ娘と肩をぶつける。
そこにいたのはカナダから参戦していたアメリアクラウン。なんでこんなところにと思う気持ちがなかったわけではないが、なぜか向こうからグイグイと話しかけてきた。
今覚えば、あいつはわざと肩をぶつけてきたのだと思う。
「つまり君はレースに出るのを躊躇っていると」
「まぁ、そうなるな。このレースは私の信条に反するものだ。なにせ、自分の勝ちを捨てることになるからな」
そして不思議なことにアメリアの前だと私の口は恐ろしいほどに軽くなった。
自分の性格を鑑みるにベラベラとしゃべるタイプではないのにだ。
「なるほど。君の考えも分からないわけではない。ただ一概にそれを否定することも私にはできない」
「なぜだ」
「欧米のレースではラビットという役割がある。はっきり言えばチームメイトのための捨て駒だ。彼女たちは自分がレースに勝とうと思ってはいない」
「なら、なぜ走る」
勝てないと勝とうと思わないでは、同じ敗北という結果でも大きく違う。前者はまだ気持ちが分かる。ただ、後者の連中の考えはまるで分からない。
「チームが勝つためさ。もちろん今まで育んだ関係性があったり、勝ったことで得られる報酬が原動力なのは否めない。理由は様々だけど目的はそれだ」
「自己を捨てて、チームを勝たせるか。欧米の連中はそういう自己犠牲は嫌いなのかと思っていたよ」
「自己犠牲だと思っているウマ娘にラビットは務まらないさ。チームの勝ちだけを願えるウマ娘だけがそれを担える。お門違いな自己陶酔はチームの勝利には邪魔なだけだ」
「チームが勝ったところで称賛は勝ったやつにいくだろうに」
「だから、常人にはできないのさ」
君はどうなんだと言わんばかりの表情を向けるアメリア。
おかげで決心は固まった。
いや、最初からこうすることは決まっていたんだろう。それをアメリアは分かっていたに違いない。なるほど、一流っていうのはたいしたものだと感心する。
「ところであんたはなんで私にそこまで話してくれるんだ。スーパースターなんだろう?」
「そうだね。普段はこんなにお喋りではないんだ。ただ、君に運命的な何かを感じたからね」
そういってウインクを返すアメリア。やっぱりこいつはスーパースターに違いない。こんなキザな真似、そこらのウマ娘にできるわけがないからな。
迎えたレース当日。
気分は晴れやかだった。
舞台は大井2,000m。天候は晴れ、バ場は良。
冬の乾燥した気候も相まって、かなりのパサパサダートだ。
隣のシロヤマが話しかけてくる。それは私を慮ってのものだろう。
「サウス、君はいつかレースっていうのは勝つためにやるものだと言っていただろう。どうして今回、協力してくれたんだい? はっきり言って、君に勝ち目はないだろう」
「なに勘違いしてんだシロヤマ。私は金沢の勝ちのために走るんだ。今回はそれで納得することにしただけだ」
そうだ、私はこのレースで犠牲になるわけじゃない。今回のレース、私とシロヤマはカナメの手足だ。あいつが勝つことがこのレースの目的なら存分に使い潰してくれて構わない。