地方は中央の2軍じゃない!   作:小魔神

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シニア上半期
第69話


 あれからしばらく経った。

 私はまだレースには出走していない。

 

 別に負けたことを引きずっているとかそういうわけじゃないんだけど、いまいち自分のことが分からなくなっていた。もちろんトレーニングは欠かしてはいない。実際にタイムだけなら前走よりも成長している。

 

 今日も一緒に併せていた同じチームのノマドちゃんをぶっちぎってたところだ。併せでぶちぎるのは本当はよくないんだけどね。これも先輩からの愛の鞭だと思ってほしい。

 

 そう言い訳しつつクールダウンしていると、ボロボロのノマドちゃんが話しかけてきた。この娘はガッツがスゴイ・・・、というよりスタミナがあるのかな?

 

 

「カナメ先輩、私決めました」

 

「ノマドちゃん、どうしたの?」

 

 後輩のノマドちゃんは名古屋の重賞も制してノリに乗っている。今年の金沢のクラシック世代でも力量は上位に見られてる。ただ言ってしまえばそこまでだ。

 

現に私はこの娘に負けるとは微塵も思いはしない。

 

「次走です。私、チューリップ賞に出ます!」

 

 チューリップ賞、言わずと知れた桜花賞トライアルだ。元々ノマドちゃんは私に憧れていたって言っていたし、去年の私を踏襲したのかもしれない。

 

 ただ、今のノマドちゃんが通用するとは思えない。先輩として言ってあげた方がいいのかな?

 

「あの、ノマドちゃー」

 

「分かってますよカナメ先輩。今の私じゃ中央の芝レースに対応することはできないと思います。トレーナーさんとも話しました。それでも挑戦したいんです」

 

「どうして? 私は負けると分かって走ろうとは思わないけど」

 

「動機はどうでもいいんですよ、別に思い出作りでも。ただ私が走りたいと思っただけです。スポットライトを浴びたくない女の子はいないんですから」

 

 目立ちたい…か。それは走るために最も適切な動機だと私は思う。

 そういう理由なら、応援しないわけにはいかないね。

 

「なるほど、それはこれ以上ない理由だね。応援するよ、頑張って! まぁ、今のままじゃ勝てないと思うから、もう一本併せに行こうか」

 

「望むところです!」

 

 

 

 

 さて、かわいい後輩の指針も決まったんだ。

 だったら、私もそろそろ次を考えないといけないね。

 

「トレーナーさん、私に一番向いているG1は何ですか?」

 

「…宝塚記念だな」

 

 即答。たぶん、トレーナーさん私がこの話するの待っていたんだろうな。それなら、あっちから言ってくれてもよかったのに。まぁいいか、とにかく方針が決まったならやることは一つ。

 

 

「なら、今年の上半期の目標はそれにしましょう。ほかの中央G1には出走しません。一球入魂です」

 

「まぁ待て。俺としてはフェブラリーSにお前を出走させるつもりだ」

 

「シニアのダートは私には厳しいって話じゃありませんでしたか。ましてやマイルなんて」

 

「地方の砂はな。だが中央のダートは地方ほどパワーは必要ない。問題は追走だが、それも心配はいらない」

 

「自分で言うのもなんですけどさすがにマイルの流れは厳しいと思います。直線でお釣りを残せる自信はないですよ」

 

「まぁ先行するならそうだな。が、ここは別にそれをする必要はない。やることは去年の共同通信杯と同じだ」

 

「マイペースからの大外分回しですか。ただそれだと届かないと思います」

 

 あの時はエルちゃんに完敗。今回もエルちゃんこそいなくても、同じ結果になるのは目に見えてる。はっきり言って勝ち目はない。

 

「別にそれでいいんだ。大事なのはお前の末脚をアピールすることだ。このレースの目的は勝つことじゃない、上り3Fの最速をとることだ。前崩れになればラッキーだがな」

 

「その目的はなんですか? 私は負けるために走りたくはありませんよ」

 

 この意見は前からも言っているけど、今回も変わらない。ノマドちゃんを応援していることと矛盾しているかもしれないけど、ぼろ負けして目立つのは誉れじゃなくて恥だと私は思う。もちろん、他の人は否定しているわけじゃないけどね。

 

「さっきも言ったが、宝塚記念が今のお前には一番向いていると思っている。比較的瞬発力より持久力が問われるし、パワーがいる馬場になりやすいからな。が、それはお前にフォーカスしただけで当然お前より強い連中がいることに変わりはない」

 

「それに勝つためにさっきのことが必要なんですか?」

 

「どちらかというとお祈りみたいなもんだな。いいか今までのお前の最大パフォーマンスは菊花賞だ。あれはロングスパートという展開でお前の強みが活かされたからだ。つまり宝塚記念もそういう展開にもっていきたいわけだな。なら何が必要だ?」

 

「早めの捲りですか?」

 

 菊花賞が後ろの娘が早めに仕掛けてくれたことで、早めのスパート合戦になった。つまり、宝塚記念では若葉Sの時みたいに私が仕掛けてそのペースを作ればいいのかな?

 

「あぁそうだ。だが動くのはお前じゃない、他の連中を動かすんだ」

 

 あぁどうやら違ったみたい。確かに今の私なら自分で動いてもジャパンカップの時みたいにガス欠して終わるだけのような気もするし当然かな。ただ、問題はそこじゃないんだけど。

 

「そんなことができますか」

 

 そうこれが一番の問題。菊花賞の時みたいにうまくいくとはあまり思わないんだけどなぁ。とりあえず神社にお参りでもしておいた方がいいかもしれないね。まぁこれは冗談だけど。

 

 

「だから末脚をアピールしろと言っているんだ。そうだな分かりやすく言うと、お前の前にスペシャルウィークがいたらどうする?」

 

 勝ち目がないなぁ。ダービーの末脚を見たらとても追いつけそうにない。だったら、やることは一つしかない。

 

 

「それは・・・。末脚比べなら勝ち目がないですから早めに仕掛けて前に出ます」

 

「だろ? 末脚のタイムって言うのはそれだけで武器になるんだ。特にお前みたいなタイプはな。まぁ無視される可能性の方が高いとは思うがな」

 

 つまり、私の後ろを走っているウマ娘たちに先に仕掛けさせるわけかぁ。そう上手くいくとも思わないけど、トレーナーさんが言っているなら試してみるもの悪くないかな?

 

「それでお祈りですか…。最後に聞きますけど、宝塚記念に勝つためにはフェブラリーSは出走した方がいいんですよね?」

 

「あぁ、そうだ。ただこれはあくまでステップの一つ。そのあとは阪神大賞典だ。このレースは天皇賞春のステップレースだから、今のお前なら出走条件は満たせる。そしてここで好走して初めて宝塚記念に出走できると思え」

 

「天皇賞春には出走しないんですか?」

 

 さっき、トレーナーさんが言ったように阪神大賞典は天皇賞のステップレース。このレースで好走すれば天皇賞への優先出走権が得られる。それをみすみす見逃すのは惜しいと思うけど。

 

「お前が天皇賞春に出走するなら阪神大賞典で2着以内に入らないといけない。だが、仮にお前が勝ったとしても俺はお前を出走させるつもりはない」

 

「どうしてですか? 以前トレーナーさんはわたしが長距離向けだと言っていたじゃないですか」

 

「確かにお前は長距離向きだ。それに菊花賞前には京都向きとも言った。が後者に関しては訂正する。お前は京都向きじゃない」

 

 私は菊花賞2着。自分で言うのもなんだが、素晴らしい実績だ。菊花賞の舞台は京都3,000m、そんな私に京都適性がないとは思えないんだけど。

 

「その理由を聞いても?」

 

「最初、俺はお前の末脚を過大評価していた。金沢の砂で出したタイム、そして共同通信杯で出したタイムを見れば芝では相当走れるとな。だが、ここまでのお前をみて分かった。お前の末脚のタイム自体は大したことない」

 

「酷いですね。昔の私なら凹んでますよ。で、その分当然いいところもあったんですよね」

 

「あぁ、お前が上位に入ったレースを振り返るぞ。若葉S、JDD、セントライト記念、菊花賞。これに共通しているのは何だ?」

 

 なんだ、そんなの簡単だ。この4つのレースの最も大きな共通点。

 

「右回りですね!」

 

「まぁ、それはたまたまだ。この4つのレースは全てレースの上りがかかっているレースだ。JDDはダートで毛色が違うがな。お前のいいところは安定した上りを使えることだ。無茶な捲りを打ったレースでも先行したレースでもそれなりに上がれていることは特筆できる」

 

 残念、外れだ。

 それなりにドヤ顔で答えたからちょっと恥ずかしいんだけど、ここは平静を保って。よし、大丈夫。

 

「つまり、スタミナが武器ということですか?」

 

「そうだといいたいところだが厳密には違う、まぁ気にするな。とにかく上り勝負かつ時計が問われる京都は向いていないということだ。とにかくここまではいいか?」

 

 歯切れがわるいなぁ。こういうときって大体あとでネタ晴らしみたいな感じで言われるから好きじゃないんだけどなぁ。

 

「まぁなんとなくは」

 

「お前のストライクゾーンは、道中がスローもしくはミドルペースかつ上りがかかるレース。はっきり言って狭いゾーンだ。が、ここに嵌れば爆発力がある。一雨さえ降ってくれれば、芝でもG1に届く」

 

「どうしたんですか、そこまで断言するなんて。いつもぼかしてたり、一歩引いてたじゃないですか」

 

「お前の才能は俺の教え子の中では一番だ。今まではお前が調子に乗るかと思ってはっきりとは言わなかったがな。お前もすでにシニアクラス、はっきり言って競技者としての寿命は残り数年だ。なら腹を割って話そうと思ってな」

 

 あと数年。冷静に考えてみると、それだけの期間しか私が活躍する時間はない。確かに今更トレーナーさんに気を遣われてもしょうがないか。残った期間でどれだけ稼いで、どれだけ目立つか。それが今の私に必要なことだから。それとトレーナーさんの老後資金も稼いであげないといけないしね。

 

「たしかに、今の私は去年の私とは違いますからね。無限の可能性があるなんて口が裂けても言えなくなってしまいました」

 

 可能性というのは行動すればするだけ狭まっていく。悲しいけどこれが現実なんだよね。無限の可能性なんて言うのはデビュー前の娘にだけ掛けられる言葉だ。

 

 例えば私はデビュー3戦目でシャインちゃんに負けて無敗記録が途切れた。冬の川崎で大敗して連対記録が途切れた。そしてこの前の東京大賞典でクラシック期でのG1戴冠の可能性は途絶えた。

 

「だったら、残っている可能性で最良のものを手繰り寄せないとな。あんまりこういうことは言いたくないが、俺を信じろ」

 

「そうですね、トレーナーさんのドヤ顔に従ってみます。なんやかんやそれが一番なんでしょうしね。私みたいな逸材を無冠で終わらせたらカッコ悪いですよ?」

 

「まったくだな。なら精々俺をカッコイイトレーナーにしてくれよ」

 

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