『本日のメインレースは百万石賞。金沢の有力ウマ娘が春の栄冠目指して走ります。なんといっても注目は前走阪神大賞典を快勝したカナメ、このレース断然の一番人気に支持されています』
私は1番人気、それも圧倒的な。
戦前から予想していたけど、ここまで被るとはね。
改めて考えると私って金沢だと毎回一番人気なんだよね。連対率100%だし当然かもしれないけど。
『そして2番人気は古豪グリンフォレスト。過去にはこのレースの優勝経験もあります。次いで15ヵ月ぶりの復帰戦シャインスワンプが続きます』
グリンさんの2番人気も想定通り。でもシャインちゃんの3番人気は少し予想外だなぁ。相変わらずシャインちゃんは熱心なファンが多くて羨ましい。
けど、レースの人気は実力を反映したものではないからね。ってこれだとシャインちゃんに失礼な言い方になるか。
『各ウマ娘が続々とゲートに入っていきます。さぁ、そして大外にグリンフォレストが収まり全ウマ娘がゲートイン完了』
まぁ、人気のことは置いておいて今はスタートに集中しないと。出遅れても勝てるような気がするのは秘密だけど。
『今レースがスタートしました。やはりシャインスワンプがいきます。長期休養明けもなんのその、果敢に風を切っていく。注目のカナメはその後ろ、ガッチリと番手をキープ』
流石、シャインちゃん。
長期休養明けでもテンの速さは衰えていない。…成長してもいないんだけどね。
とりあえず私もまずまずなスタートを切れたおかげで、シャインちゃんの後ろは確保できた。理想的な番手戦。この位置取り自体が私とシャインちゃんの成長の差。
ただ、グリンさんはわざと前を取らなかったね。不気味といえば不気味だけど、仕掛けてくるのは早くても二周目の向こう正面。グリンさんが来てから併せても十分に勝ち切れる。
◇ ◾️ ◇ ◾️ ◇ ◾️ ◇
初手の位置は私グリンフォレストの想定通りで大歓迎。
シャインちゃんが逃げてカナメちゃんがその後ろ。
当たり前だけど、このレースの主役はカナメちゃん。去年のカナメちゃんならともかく今のカナメちゃんは、はっきり言ってかなりの格上。まったく、強い娘の相手は大変なのよね。
それでも出走する以上は勝つために走る。というわけで、カナメちゃんの前に出るのは止めた。今のカナメちゃんの前で走ったら目標にされておしまいだもの。
『さぁ、一周目のホームストレッチを迎えて隊列が一塊。これはかなりスローな流れになったか』
それに今のシャインちゃんが逃げるということは間違いなく展開はスロー。
後ろからならともかく、番手を走っている状態だとカナメちゃんはシャインちゃんをすぐには切り捨てられないでしょう?
その遠慮が私の勝ちの目になる!
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スタートはまずまず。
ただ、やっぱりカナメちゃんは番手につけてきた。これは厳しい流れだ。
でも最悪の展開はカナメちゃんが逃げてしまうこと。これをされるとお手上げだった。時計勝負に持ち込まれると、このメンバーでカナメちゃんに勝てる娘は一人もいないから。
だったら私ができることはとにかくスローに落として紛れを起こすこと。後ろがごちゃついてくれればなおさら良い。というかそこまでしてもカナメちゃんとグリンさんに勝つのは難しい。もう嫌になっちゃうよねまったく。
…でも、これが私シャインスワンプ最後のレース。当然私も勝って終わりたい。難しいのは分かってるけど精々足掻けるところまでは足搔いてみよう。
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『さぁ、一周目のホームストレッチを迎えて隊列が一塊。これはかなりスローな流れになったか』
遅い、遅すぎる。いくらスローといってもシャインちゃん緩め過ぎじゃない?
…仕方ない、シャインちゃんには申し訳ないけど、シャインちゃんは切り捨ててでも前に出る。
そう思って踏み込もうとした時だった。
『いや、このスローをみたか後方からグリンフォレストが一気にポジションを上げていく。そこに後方のウマ娘も乗ってバ群が横に広がってくる』
「はーいカナメちゃん、横失礼するわね」
グリンさんが私の横に並んできた。
この展開はまずい。前のシャインちゃんと横のグリンさんに完全に進路が塞がれている。
後ろに下げようにも、グリンさんの後ろにほかの娘が続いて出す場所がない。
これはやられた、おそらくグリンさんの作戦通り。中央のレースでこの展開なら後方勢が捲りを打ってくるんだけど、このメンバーで自分から動くような娘はいない。そこまでグリンさんは見越している。
私はグリンさんをなめすぎていた。
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カナメちゃん、残念だけど私はカナメちゃんと力比べをする気はないの。
シャインちゃんもそれを分かっているからペースを極端に抑えていた。シャインちゃんのこういうレースIQは私も信頼しているわ。
『これはかなりの団子状態。集団がまったくの一塊で向こう正面から3コーナーに入ります。ここでも、ここでも誰にも動きがありません」
さぁ、どうするのカナメちゃん? このままだと進路はないわよ。
『カナメ、ここで進路を求めて位置を下げた。しかし、ここでシャインスワンプが一気にペースを上げた。グリンフォレストもそれに続いていく。カナメとの差がグングン広がっていく』
来た!
絶好のチャンス。
シャインちゃんもカナメちゃんが緩めたタイミングでのベストなペースアップよ。
これならなんとか、カナメちゃんの追撃を躱しきれるかもしれない。
さぁ、ここからは全力で踏み込むだけ。
『さぁ、第4コーナーから直線を迎えるところでシャインスワンプとグリンフォレストが並んで先頭。カナメは少し間隔があいている。これは間に合うのか?』
間に合わない。
というか間に合ってもらったら困るわよ。
「グリンさん、私負けませんよ。最後のレース、真剣勝負でお願いします」
あら、シャインちゃんまだ沈んでいなかったのね。
でも、シャインちゃんが私に競り勝てるかしら?
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カナメちゃんは完全に勝負圏から脱落した。
図らずも私とグリンさんの考えが一致したわけだけど、これは考えうる最高の展開だ。
そしてその結果、私の競技人生で最高の舞台が整った。
「グリンさん、私負けませんよ。最後のレース、真剣勝負でお願いします」
最後の直線。私と併せているのはあのグリンさん。
ここまでお膳立てされたらグリンさんにカッコ悪いところは見せられない!!
見せられないんだけどなぁ…。
悲しいけどここが限界。残念だけどこれが今の私の全力。もうおつりはのこっていない。
まさかあのスローペースでも脚が残らないなんて。やっぱり私は終わっていた。
あっという間にグリンさんの背中が遠くなっていく。
まぁでもそういうことなんだよね。夢から醒めるっていうのは。
「ったく、私の分もグリンさんと走ってきてよ!」
私は、猛烈な脚で追い上げる小さくて大きなライバルにそう声をかけた。
◇ ◾️ ◇ ◾️ ◇ ◾️ ◇
前が遠い。
位置を下げる判断が遅すぎた。私の脚ならさっさと下げればなんてことはなかったのに。
これは大失敗と言わざるを得ない。
それでもまだ可能性は0じゃない。あとは全速で追い上げるだけ。
大丈夫、この距離なら届く。
ああもう。間に合ってよ。
◇ ◾️ ◇ ◾️ ◇ ◾️ ◇
シャインちゃん、あなたは頑張ったわ。結果はともかくあの怪我をしてレースに復帰をした。そして憧れだった私と先頭の座を争った。そのことには敬意を表する。
でも、そんな感傷に浸るのはレースの後、いや私が勝ったレースの後。だって、私の首にはまだ死神の鎌がかかっているんだから。
『ようやく進路が空いたぞカナメ。ここから間に合うのか』
後ろから脚音が聞こえる。まったく羨ましい脚力だわ。
それでも私には届かない、届かせない。
『カナメが凄まじい脚で猛追を見せる。しかし粘って粘って、グリンフォレストが逃げ切った! なんと番狂わせ、古豪グリンフォレストが百万石賞を制しました』
はぁ、なんとかなんとかしのいだ。でもこのレース展開、二度は無いわね。
まったくは次はどうすればいいのかしら?
けど、とりあえず今日に関してはなんとかっこつけられたでしょ?
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「やられたな」
「えぇ。完全に進路がなくなりました。追い出したときにはグリンさんは遠かったです。かなり脚を余してしまいました」
「今回の敗戦は俺にも原因がある。本来このレースはお前の圧勝で終わるはずだった。正直、勝つだけなら逃げればよかったんだからな」
「逃げですか?」
「あぁ時計勝負にしてしまえば他の連中はついてこれないからな。ただ、宝塚前に変なレースはさせたくなかった」
「そうですか。でもこれでなおさら宝塚記念は勝たなくちゃいけなくなりましたね」
「どうしてだ?」
「ここで私が宝塚記念を勝てば、私が負けた百万石賞の価値も上がるじゃないですか。不義理を働いてしまったシャインちゃんとグリンさんのためにも勝ちますよ」
「お前、人のためには走らないんじゃなかったのか」
「…すいません。これはおためごかしです。自分の情けなさを何かに転嫁したかったんです」
「素直に認められているじゃないか。ただ宝塚記念は勝ちにいくことに変わりはない」
「えぇそうですね。グリンさんにやられた分、中央の娘たちに八つ当たりしてきますよ。私のやるせなさを晴らすために、ようは私のためにですね」