地方は中央の2軍じゃない!   作:小魔神

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第83話

「次走はどうしますか?」

 

「イヌワシ賞を叩いて白山大賞典。そのあとはジャパンCで考えている」

 

「イヌワシ賞はいりません。白山大賞典に直行しましょう」

 

「珍しいなお前がレース選択に口を出すなんて」

 

「イヌワシ賞は白山大賞典のトライアルです。私が出走して枠を潰すこともないでしょう?」

 

 今の私なら出走権を獲得しなくても白山大賞典には出走できる。それにトライアルで他の有力なウマ娘との力関係をはっきりさせるのもファンとしては面白くないだろうしね。

 

「なら他のレースを挟むか?」

 

「いえ、今回は直行でいきます。色々と練習したいこともありますし、下手なレースで自分の感覚が狂うのも嫌なので」

 

「お前がそう言うならそれでいくが、練習したいことっていうのは?」

 

「宝塚記念は色々と足りないものがありましたからね。今さらどうにもならないでしょうけど、スローから抜け出す時の瞬発力を鍛えたくて」

 

 実際私に瞬発力がもう少しあればあのレースも違った展開になった。まぁ私に瞬発力があれば、周りも違う動きをしていただろうけどね。

 とにかく私にとって一番足りないのは瞬発力なのは間違いない。そこさえ克服できればG1だってとれるはず。もちろん克服できればだけどね。

 

「それは厳しいぞ。そもそも俺にしてみればお前はかなりそこは成長している。少なくともジュニアの頃とは文字通り桁違いにな。だがそのせいで今のお前は劇的な成長は望めない、言ってしまえば頭打ちだ。それはお前も分かっているだろう?」

 

「確かにそうですね。別に瞬発力を本気で鍛えようとは思っていないんです。でも自分の限界を時計でしっかり計りたくて。結局、自分の感覚だけでは戦えないのが分かりました」

 

 今の私の瞬発力はすでに鍛えぬかれている。確かにそれは間違いないと私も思う。認めたくないけど、これ以上の伸びしろはないのは否めないね。それでも得られる成果がないわけじゃない。少なくともそれはトレーナーさんも分かっているはず。

 

「あまりロジカルに考えるのも良くないがな。練習とレースは当然違う、同じタイムが出せるわけないんだ。それに昔と違って今のお前のレース勘はそこまで悪いもんじゃない。ストップウォッチも余裕だろ?」

 

「だとしてもですよ。このままじゃ一生善戦止まりです。何かしらのプラスアルファがないと」

 

「まぁ、自分の限界を知るのは大事なことだ。それはやってもいい。だけどお前何か隠しているだろ?」

 

「ばれました?」

 

 うーん、やっぱりトレーナーさんは鋭い! まぁ別にバレてもいいんだけど。

 

「長い付き合いだからな。お前のことだから怪我とかではないんだろう?」

 

「もちろん。私は怪我が一番嫌いですし、それを言い訳にするのも恥ずかしいと思ってますから」

 

 よく怪我をしなければ活躍できたとか言う人がいるけど私はそうは思わない。怪我をしないのも実力だし怪我をしている時点で勝負の土俵に上がれていないんだから。

 

「で、何を隠してたんだ? 瞬発力の伸びしろがないと分かっているのに瞬発力を鍛えたいといった理由は」

 

「さっき言っていた理由も噓じゃないんですよ? ただ、もっと強い理由があるだけで」

 

 レースで勝つために必要なことはたくさんある。でも、それを同時に満たす必要はない。相手の能力が私を上回っていても展開や条件次第では勝てるし、反対に私の方が能力が上ならそれを十分に発揮すれば負けようがない。

 

「瞬発力っていうのは私の認識だと一瞬のギアチェンジのことだと思います」

 

「それは俺も同じ認識だ。だから上りが早いことと瞬発力があることは=じゃない」

 

「ですよね。でも私が鍛えたいのは直線よーいドンの瞬発力じゃありません。スピードが限りなく死んだところからの加速。つまり今まで想定していないシチュエーションです」

 

「スタートか?」

 

 確かにスタートはスピードが0からの加速力、つまり瞬発力で良し悪しが決まる。そういう意味では強い逃げウマ娘って言うのは一般的な認識と違って瞬発力があるのかもしれない。

 

「そこもそうですね。でも、私が想定しているのはもっと違う場面。例えば前走の宝塚記念、私は道中スペシャルウィークと併走するチャンスはありました。ポジションを少し上げるだけでしたからね」

 

「何が言いたい?」

 

「百万石賞でグリンさんにやられたこと。それをやればスペシャルウィークには先着できたと思うんですよ。正確にはもっと派手にすればですけどね」

 

 あのレースでは完全にグリンさんに私の強みが全て潰された。私とスペシャルウィークの力差よりもグリンさんと私のそれの方が大きいのにグリンさんは先着した。

 

「つまりスペシャルウィークを被せて進路を消した状態からの瞬発力勝負か?」

 

「それだと普通じゃないですか。スペシャルウィークの瞬発力は私よりも上、トップスピードもそうです。だからこそその強みを消す。もう言いますけど、道中で思いっきりスペシャルウィークを内側に押し込めば良かったんです。現行の審議制度ならそれでも失格にはなりません」

 

 スペシャルウィークと私の瞬発力の差を少しの仕掛けのタイミングの差ぐらいは覆す。先に仕掛けたとしても進路が空いたスペシャルウィークには躱される。だからこそまずはその瞬発力差を小さくする。そのためにはスペシャルウィークに体制を崩すくらいのことは必要になる。そんな状態からの加速はスペシャルウィークも経験がないはず。

 当然、私もそんな経験はないけどそこは練習すればなんとかなる…はず。

 

「トレーナーさん、私は怪我をするのが嫌いです。だから怪我をしない自信があります。ただ、私は怪我を’する’のが嫌いなんです」

 

 私は怪我をしない。怪我をしないのも実力だし怪我をしている時点で勝負の土俵に上がれないことを理解しているから。

 

「つまり相手のことは知ったことじゃないと?」

 

「そこまでは言いません。でも、私がやるのはあくまでルール失格にはならない範囲でのこと。それで怪我をしたのなら相手が悪いと思いませんか? もちろん怪我をさせない自信はありますけどね」

 

「…やめておけ。お前が勝つための最善の方法がそれじゃないことは分かっているだろ?」

 

「へぇ。トレーナーさんはそう思いますか? 実は私もそうなんです。上手くいってもグラスワンダーみたいに他の有力なウマ娘には差されますからね。それでも、いずれこの技術が必要になるとは思いますよ。例えば年間無敗の一強ウマ娘を相手にする時とか」

 

 この方法は特定の相手に勝つための方法でしかない。それでも今後、必ず使う機会が出てくるはず。早かれば今年の秋にも、そして来年もきっと。

 

「それでもだ」

 

「トレーナーさん、私がこの方法が勝つために必要なことだと思っています。お願いですから一回試させてくれませんか」

 

「お前、勘違いしているだろ? 俺がお前を止めるのはその方法だと勝つ可能性が少なくなるからだ。前から言っているだろ、俺はお前に関して怪我周りのことは何も心配していないと。よく考えろお前の強みはなんだ?」

 

「え、えと」

 

 私の強み? 前にトレーナーさんが言っていたけどなんだっけ。末脚がすごいとか、スタミナがすごいとか。というかトレーナーさん、怪我のことを心配していたわけじゃないんだ。提案した私が言うのもあれだけど、普通はそこを一番考えるとこだと思うんだけど。

 

「どんな展開でもある程度まとまった上りを使えること。捲りを打った時だろうが先行した時だろうがな。レースの上りがかかる展開ならお前は強い。そもそも瞬発力勝負はお前には分が悪い、それは分かっていただろ?」

 

 そうそうそれ。

 実際に私の好走した芝レースは上がりのかかるレースばかりだったはず。セントライト記念も菊花賞も阪神大賞典も、そして宝塚記念もだ。

 

「だからこそ相手との瞬発力差を埋めようとしているんじゃないですか」

 

「埋める必要はないんだ。それだと瞬発力勝負の土俵に立つことになる。お前がしないといけないのは瞬発力を求められない舞台にすることだろ?」

 

「まさか逃げるんですか?」

 

 逃げっていう戦法は他の戦法と違って唯一レースのペースをコントロールできる。菊花賞のセイウンスカイがその典型例だ。あとはこの前のシャインちゃんもそうかな。まぁ、あれは私が動かなかったのも理由だと思うけどね。

 

「いいか、お前に適した舞台は道中がスローもしくはミドルペースかつ上りがかかるレース。この舞台ならお前は強い。なんせスペシャルウィークとメジロブライトに先着しているからな。そしてその舞台を整えるためのロングスパートだった。実際それは間違いじゃない。宝塚記念だってそれをしたからの3着だ。前に言ったお前のベストパフォーマンスは何のレースだった?」

 

「菊花賞です」

 

「そうだ。菊花賞はセイウンスカイがペースを作ったな。あいつのペースメイクとお前のロングスパートの仕掛けは違う。違うがお前は好走した。そしてそのレースがお前のベストパフォーマンスだ。あのレース、お前は何をしていた? そして他の連中は何ができなかった?」

 

「私はセイウンスカイとの間隔を一定に保っていました。他の人たちは…ちょっと分かりません」

 

 あのレースはセイウンスカイとの約束があったからあんまり考えることがなかったんだよね。だから走りやすくはあったんだけど。

 そのせいで後ろの動きはほとんど見てなかったし。

 

「あの時、他の連中はセイウンスカイのペースとお前のせいで仕掛けられなかった。ベアエクジスタンスを除いてな。そして、ベアエクジスタンスが仕掛けてくれたおかげで残り1,000mのもがきあいになったわけだ。結果的にロングスパート耐性のあるお前と前でレースを支配していたセイウンスカイで12決着だ。後ろのスペシャルウィークは仕掛けに乗らなかったが脚を余して3着だ」

 

「すいません結論が見えてこないんですけど」

 

「ロングスパートといってもこのレースだけはお前は全力で踏んでいない。徐々にペースを上げていったはずだ。セイウンスカイがペースを落としていたところから徐々にペースを上げていくタイミングでベアエクジスタンスが仕掛けてきたからな。つまり全員のペースがある程度上がっていた。ようはロングスパート前から全員脚を使わされていたんだ。走っているときは気づいていないだろうがな」

 

「つまり、全員に脚を使わせることが大事ってことですか?」

 

 確かにあのレースで後方から伸びてきたのはスペシャルウィークだけ。他の娘たちはほとんど脚を使えていなかった。

 いや、正確に言うと私とほとんど脚色が変わらなかったんだと思う。だから私との差を詰められなかった。

 

「まぁ待て。例えばこの前の宝塚記念も残り1,000mからもがきあったとしたらスペシャルウィークに勝つチャンスはあったと思うぞ。グラスワンダーには差されるがな。だがそれはグラスワンダーが脚を余していたらだ。グラスワンダーも巻き込めば話は別だ」

 

「でもそんな無茶な仕掛けだとグラスワンダーは無視しますよね」

 

 グラスワンダーからしたらそんなものに付き合うメリットはない。それに私のことを過大評価していたスペシャルウィークですら、その位置からの仕掛けだと無視する可能性が高い。

 付き合ってくれればいいんだけどね。

 

「それはそうだ。だが菊花賞のスペシャルウィークはどうなった? 無視した結果脚を余した。垂れると思ったセイウンスカイとお前が垂れなかったからだ。じゃあスペシャルウィークはどうすればあのレースに勝てたと思う?」

 

「ロングスパートになった時点で位置を上げる必要はあったと思います。末脚ならスペシャルウィークが一番ですけど物理的に届かない位置まで行かれるとどうしようもないですから」

 

「そうだな。だがそれはスペシャルウィークも道中脚を使うということだ」

 

「それはそうですけど、それでも差されますよ? というか脚を使ってでもポジションをとる方が勝つ可能性が高いってことじゃないですか」

 

 あのレース、スペシャルウィークがもう少しポジションを取っていれば私もセイウンスカイも差されている。

 ただそれをさせなかったのがセイウンスカイのペースメイクとベアちゃんの仕掛けだったわけだけど。あと、私がセイウンスカイとの間隔を空けていたのも大きいだろうね。

 

「あぁそれは間違いない。じゃあ逆に考えてみろ? なぜスペシャルウィークは菊花賞の時にそれはしなかった?」

 

「私たちが垂れると思ったんじゃないですか? それか今の位置でも差し切れると思ったか」

 

「じゃあグラスワンダーはどうだ。宝塚記念の時はどうしてお前とスペシャルウィークのロングスパートに突き合わなかった?」

 

「私とスペシャルウィークが潰しあうのが見えてたからですよね」

 

「それって菊花賞のスペシャルウィークとやっていることは同じなはずだろ? 結果としてスペシャルウィークは届かずグラスワンダーは差した」

 

「…確かにそうですね。違うのは結果と、あとはポジショニングです。スペシャルウィークは後方でしたがグラスワンダーは道中は私たちのすぐ後ろにいました」

 

 さっきも言ったけど菊花賞でスペシャルウィークがあの位置にいれば私たちは差されていた。位置を取ったことで多少末脚は鈍るとしてもだ。まぁ、その場合はセイウンスカイも違う作戦で走ったかもしれないけど。

 

 逆に宝塚記念は、あの位置取りの時点で私が勝つにはじっと我慢するかもっと前から仕掛けないといけなかった。グラスワンダーはともかくスペシャルウィークにもスピードで負けてしまっているしね。

 もちろん、終わったから言えることだけど。

 

「だからグラスワンダーは余裕があったわけだ。仮にあのレースで向こう正面からお前が仕掛けていたらどうなると思う?」

 

「え、普通に2人に無視されますよね。さっきも言いましたけど」

 

「あぁ。流石にそこからのスパートにはあの2人は乗ってこない。垂れるのが目に見えているからな。逆に言えば垂れなければ勝てるわけだ」

 

「流石にそれは無理ですよ。グラスワンダーとスペシャルウィークが私に付き合ってくれるならともかくまともに構えられたら捕まります。ロングスパートといっても限度があります」

 

 3人でもがきあったなら勝てる可能性はあるのは否定しないけど。似たようなことを去年のJCでやったけど残り200で私は大失速したわけで。

 

「菊花賞の時はもっただろ?」

 

「あれは特殊ですよ」

 

 あれは全員がロングスパートに強制的に巻き込まれてもがきあったから。スペシャルウィークは乗らなかったけど脚を余した。つまりはかなり運の要素が大きい。

 

「だが勝つにはそれしかないし、それが一番可能性が高い。いいか、お前が自分でレースを動かして勝つなら2つしかない。まずは有力な連中をすべてロングスパートに巻き込む。もしくは菊花賞のスペシャルウィークのように物理的に届かない位置に置くかだ。じゃあそうするにはどうする?」

 

「やっぱり逃げるしかないんじゃないですか?」

 

 私が先頭なら強制的に後方集団をペースアップに巻き込むことができる。ちょうど菊花賞でセイウンスカイがやったみたいに。トレーナーさんの考えを実現させるにはそれしかない。もちろん、問題はあるけど…。

 

「今のお前が逃げられないとは言わないが、序盤の先行争いがきついな。そこで脚を使うのは面白くないだろ? それにお前にはスピードがない。トップ連中のテンの速さには勝てない。が、逃げるって言うのは悪くない」

 

「ならどうしますか」

 

「捲り逃げだ」

 

「なんですかそれ?」

 

 初めて聞いたんだけど?

 捲って逃げるってどういうことなの。

 

「これはとあるウマ娘が使っていた戦法なんだがな。そのウマ娘は逃げウマ娘なのにとにかくテンと二の足が遅かったんだ。で使っていたのが道中から一気に前に出て仕掛けて逃げるっていうやり方だ。この作戦のいいところはペース管理の甘い連中をふるい落とすことができること。そして強制的にお前がペースを作れる。お前の持続力なら残り1,000mからでもゆっくり仕掛ければそれなりのタイムで纏められるだろ?」

 

「無茶苦茶な方法ですね。それを私にやれと? 正直、自信はありませんよ? 早く仕掛けたからって早く走れるわけじゃないんですから」

 

「だが、お前なら遅くもならないだろ? まぁ物は試しだ。ちょうどJCの前に出走できるレースがあるだろ」

 

「白山大賞典で試すんですか?」

 

 白山大賞典ではさすがに試したくはない。というより、白山大賞典を試走扱いにするのは嫌だ。シンプルにそれだけの理由。もちろん、トレーナーさんもそんなことは分かっているだろうけど、金沢の関係者にとって白山大賞典はないがしろにできるレースじゃない。

 

「白山大賞典ではしない。普段のサウスならともかくラストランのあいつは退かないからな、サウスの性格は分かっている。それに白山大賞典は全力で勝ちに行くレースだ。こんな博打みたいな方法はしないし、むしろメンバー的にしない方が勝てる可能性は高い」

 

「博打って…。まぁいいですけど。じゃあ何のレースで試すんですか」

 

「アルゼンチン共和国杯だ。これの舞台は東京2,500m。時期もちょうどいい。一回試してみろ」

 

「正直、あまり気乗りはしていませんよ。それでもトレーナーさんがやれと言うならやってみますけど。要はいつもより早めにスパートをすればいいんですよね」

 

「あぁ。ただ一気に踏むわけじゃない。徐々にギアをあげていくんだ。持つと思ったタイミングからは全力で踏め。ただ、気持ち早めにふかしておくんだ。今のお前ならラップ感覚は大丈夫だろ?」

 

「やってみてダメなら、違う作戦を考えてくださいよ?」

 

 はぁ、とりあえずやってみますか。なんかトレーナーさんに丸め込まれたみたいで納得できないんだけどなぁ。結果的にロングスパートしろって言うのとほとんど変わってない気がするし。

 

 でも、それでもやるからには全力だけどね!

 

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