白山大賞典は例年、そこまで盛り上がるレースじゃない。こう言うと金沢の人間は怒るかもしれないけれど、それが事実だ。実際、私の記憶でもそうだった。
だけど、今年の盛り上がりは異常だ。
「なぁ、正直なところ君は誰が勝つと思う?」
目の前の金髪のウマ娘に声をかける。
「…あなた誰ですか?」
「あぁ、すまないシャインスワンプ。私はステイゴールド、しがないウマ娘だ」
「なんで私の名前を。まぁいいですけど。勝つのはカナメちゃんでしょうね」
「そう言えば君はカナメと走ったことがあるんだよな?」
シャインスワンプ、金沢のウマ娘である彼女も私の記憶には存在しなかった。いや、厳密に言えば似た戦績の存在はいた。だが、彼女いや彼は金沢所属ではなかった。
「何度もありますよ。実は勝ったことも」
「やっぱり、同じ金沢のウマ娘からしても強いのか?」
「あなたも宝塚記念で走ったからご存知なのでは? 少なくとも金沢では敵なしです」
確かに強かったな。
少なくとも金沢にいていいレベルじゃないのは確かだ。
「なるほど。やっぱり金沢が色々おかしいのか」
考えてみれば金沢のウマ娘はイレギュラーな存在ばかりだ。ただ、完全に元の影が無い存在はカナメだけだが、目の前のシャインスワンプも不思議な存在だ。
まぁ、そのイレギュラーも、そのほうが面白いってだけの理由なのかもしれないけれど。
「おかしいって何がです?」
「いやこっちの話さ。それよりそろそろスタートだろう?」
さてさて、どんな結末になるのかな?
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
『例年にない豪華なメンバーが揃った白山大賞典。各ウマ娘が続々とゲートに入ります。間もなくスタートです』
ゲートが開く。
スタートは上々。やっぱり逃げるのは…サウスヴィレッジさんだよね。
『スタートは横一線。前に出るのはディフェンディングチャンピオンのサウスヴィレッジ、これが引退レースです。次いで一昨年の覇者キョウトシチーも前に出ます。注目のカナメは中段から。シロヤマルドルフは後方です』
よし想定通り。
まずは第一関門クリア。それに展開もスロー、今のサウスヴィレッジさんならハイペースにすることは無いとは思っていたけれど、ドンピシャ。
ならやることは一つ。もう少し泳がせて緩んだところを一気に叩く!
◇ ◾️ ◇ ◾️ ◇ ◾️ ◇
今日がこのサウスヴィレッジの引退レース。
しっかりと仕上げてはきたがやっぱりキツイな。スタートで脚を使った分ペースを緩めないと持たないか。本当はもう少しペースを上げたいところだが、一旦息を入れるか。去年の私とはえらい違いだなまったく。
とはいえ、このペースは後ろの連中も望んでいるだろう。先に動くとしたらあのチビかシロヤマ、それにキョウトシチーか。まぁ、精々抵抗はさせてもらうかな。
『先頭サウスヴィレッジが坦々とペースを刻んでいきます。昨年よりは緩いペースでしょうか。隊列もすんなりきまり、これは決め脚勝負になるのでしょうか。いやしかし、ペースが緩いと見たか、中段からカナメが進出、なんと一気に先頭に立ちます!』
あのチビ、ここで仕掛けてくるのか。なんていうタイミングだ。想定よりかなり早かったな。
なるほど、意地でもペースは緩めさせないってわけか。
いいぜ、勝負といこうか。ここで叩かれるほどやわじゃないさ。
『しかし、サウスヴィレッジも引きません。内からもう一度ハナを奪いまー、いやカナメが強引に前に出ます。サウスヴィレッジは態勢を崩したか。しかし大丈夫です。』
このチビ、内ラチに私を押し込んで強引に出やがった。こちとら怪我人だって言うのによ。まぁいい、今のは私も外に張ったから文句は言えない。それに、そこまで前に出たいなら精々風除けにつかわせてもらうさ。
『先頭カナメに代わって2番手にサウスヴィレッジ、そしてキョウトシチーが続きます。しかし、カナメここで早くもここでスパートか。バ群が大きく広がっていきます』
…おい、いつペースを緩めるんだこいつ。私を抜いた時の勢いが落ちない、いやむしろペースが上がってる。
まさか、有り得ないだろ?
この位置、2周目手前の4コーナーだぞ。そこからのスパートで持つわけがない。シロヤマに食われる。けれど、私もここで引くわけにもいかねえ。今をこのチビの後ろを離れれば風除けを失ってそれこそおしまいだ。
まったく引退試合なのにキツイレースをさせやがる。
◇ ◾️ ◇ ◾️ ◇ ◾️ ◇
私はキョウトシチー。この路線ではかなりの古株だ。まぁ、このレースに出走しているシロヤマルドルフは私より先輩だけど。
ただこの路線自体ベテランが多いものではあるか。
にしても金沢もこれで三回目。昨年はサウスヴィレッジに敗れたけど、一昨年は優勝している相性の良い舞台。
そんな中でそのサウスヴィレッジと注目のカナメが前でやりあっている。最初はペースが速くなりそうで嫌だったが、前2人で飛ばしてくれる分には私にとっても悪くない。実質このレースのペースを握っているのは3番手のこの私だからだ。後は、前が垂れてくるタイミングで仕掛けて後ろにスパートを併せればいい。
シロヤマルドルフ、マチカネワラウカド、それにオースミジェットもかなりの末脚を持っているが、この展開なら私が凌ぎきれるはずだ。
『観客の大歓声に応えて、各ウマ娘2周目に入ったところで、カナメが軽快に飛ばしている。2番手に入ったサウスヴィレッジも必死の追走。3番手以降は少し離れています』
それにしても前がまったく落ちてこない。厳密に言えばサウスヴィレッジはかなりキツそうではある。が、あのカナメはかなり余裕がありそうだ。私としても差が広がらないように走っているつもりではあるが、先頭がかなり飛ばしているな。
本当は静観していたいが、無理してでも前を追わないと捕まえきれない可能性がある。後方のシロヤマルドルフらにチャンスを与えるみたいで嫌だがここで仕掛けるしかないか。それに私が動けば少なくとも中央勢は必ずついてくる。ロングスパートは私の望むところではある。
よし、仕掛ける!
『キョウトシチーここで前との差を縮める。しかし、カナメも気づいたか? ここでペースがさらに上がっていく』
ここでペースアップ?
いや、流石にそれは最後まで持つわけがない。むしろ私が先着できる可能性が広がるだけにしか思えないが。これで強制的に後方集団も脚を使わされる展開になる。
どうやら私に風は吹いている。
◇ ◾️ ◇ ◾️ ◇ ◾️ ◇
なんてペースだ。サウスもキョウトシチーも追い切れていない。キョウトシチーは余裕がありそうだが、あれはカナメの力を読み違えている。私としてもキョウトシチーにはもう少し前を追いかけてほしかったところだ。
しかし、仕掛けないわけにはいかない。
『ここで後方からシロヤマルドルフ、そしてマチカネワラウカドが進出を開始。オースミジェットは内を突く』
考えることは同じか。特にこのマチカネワラウカドは完全にキョウトシチーと私に先着するタイミングを見て仕掛けている。
とはいえ、それは私も同じ。後方集団を抑えてキョウトシチーには先着できるタイミングで仕掛けた。後はカナメがどこまで持つかだけだ。
『シロヤマルドルフ、マチカネワラウカドが併せて上がってくる。キョウトシチーは伸びないのか』
よし、射程圏内だ。まずはキョウトシチーは確実に捉えた。後はその勢いのままカナメも捉える。
「いける!」
スピードの乗りは悪くない。この位置からなら届くはずだ!
『シロヤマルドルフ、マチカネワラウカドが上がってきた。しかしキョウトシチーも必死の抵抗。サウスヴィレッジは苦しい。これはズルズルと後退していく。しかしカネメのペースはまったく落ちません。これは逃げ切るのか!』
そう思っていた私の目の前にあったのは遥か前を走るカナメの背中だった。
思わず苦笑いがこぼれる。
これがG1クラスの脚。昔、どこぞの皇帝様に見せつけられたのを思い出すな。
それでも、私もG1級だ!
届かないわけがない。
◇ ◾️ ◇ ◾️ ◇
はぁ? なにあの娘、まったく垂れないじゃない。
仕掛けどころは悪くなかったはず、現にあのシロヤマルドルフも私とほとんど同じタイミングで仕掛けを打ってる。これって単純にあの娘が強いってことよね。実際、前でカナメを追いかけていたキョウトシチーさんは脚が一杯になってそうだし。それにしてもあのペースで残せるウマ娘なんて中央でもそうはいないよ?
このレース、最初からカナメだけをマークしないといけなかったってことかぁ。あんまり言いたくはないけど、一人だけ力が抜けすぎていたわけね。キョウトシチーさんがもう少し先頭を追いかけてくれていたら先着できる可能性も十分にあったけど、まぁそれは言ってもしょうがないわね。大体、後方脚質のウマ娘はそれを承知でレースに臨んでいるわけだし。
あぁもう、フクちゃんの脚でも降ってこないかしら。あの脚があれば差し切れるんだけど。
ま、とりあえず笑っておきましょう。なんせ笑う門には福来るって言うからね。
まだ、勝負は終わっていない!
◇ ◾️ ◇ ◾️ ◇ ◾️ ◇
凄い。
やっぱりカナメさんは凄い。
あ、どうもサスライノマドです。
一応私も出走してました。
カナメさんがペースをあげたので追走で一杯一杯ですよ。
ただ、他の人と違ったのは私はカナメさんが垂れないと思っていたこと。そして私には勝つ実力が無いことも分かっていたこと。
だからこそ、脚を温存できていた。言い方は悪いけど着は拾える。悔しいけどこれが今の私にできる最善の策。
でも大丈夫、私にはまだ時間がある。
だから今はこれで満足しておくことにしよう。
◇ ◾️ ◇ ◾️ ◇ ◾️ ◇
流石ねカナメちゃん。
シロヤマさんもかなりの脚を使っているけど、この展開だと届かないわ。
それにしてもカナメちゃんがここまで強いのは誤算だったわ。百万石賞の時は本当に千載一遇のチャンスだったってことね。
でも、今日の私にとってカナメちゃんの走りもシロヤマさんの走りも二の次。一番大事なのは目の前にあるその背中に先着することだけ。
最後まで勝ちにいったあんたのことは尊敬するわ。それでも先にゴールするのはこの私!
「首をもらうわよサウスヴィレッジ」
卑怯だと言ってもらっても構わない。そんな周りのノイズよりあんたとの最後の勝負に勝つ方が何倍も何十倍も何百倍も大事なのよ。
「残念だが、私の首はお前には荷が重いだろグリン?」
すでに脚が残っていないのは間違いない。それでもその眼には光が残っていた。
先頭集団からは遥か後ろ。誰の目にも入らないそこで、私たちの生涯最後のデッドヒートが始まった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「嘘でしょ…」
私、シャインスワンプの目に映る光景は信じ難い物だった。
『4コーナー回って直線へ。先頭カナメのリードは5バ身。サウスヴィレッジは後退。キョウトシチーも差を縮めることができない、これは脚が一杯なのか。代わって上がってきたシロヤマルドルフ、次いでマチカネワラウカドもこの脚色はどうだ』
いや、確かにカナメちゃんは強い。そんなのは金沢のファンはみんな知っていることだ。宝塚記念であんなに走ったんだし。
それでもこれは…。
『シロヤマルドルフ、マチカネワラウカドが猛追。しかし先頭まではまだ遠いぞ』
バ群が縦に広がっていく。シロヤマさんもマチカネワラウカドも凄い脚を使っている、それは間違いない。実際後続は完全に突き放されている。けど、あのペースを刻んだのにカナメちゃんの脚はそれ以上だ。
『カナメ、まったく差が縮まりません。むしろ広げる。これは強い、これは強いカナメ。2番手にシロヤマルドルフ、マチカネワラウカド。しかし、砂塵を切り裂いてどうだこの強さ。カナメ、ここは一人だけ役者が違い過ぎました』
圧倒。
その言葉しか出てこない。このレースに出走したメンバーは決して弱くない。それどころかかなりのメンバーが揃っていたはずなのにこの着差。
いつかカナメちゃんも言っていたけど、本当に私はカナメちゃんに勝った自分が誇らしいよ。
「さてそれじゃ見るものは見たし私は帰るよ。カナメにステイゴールドがよろしく言ってたと伝えておいてくれ」
「結局、何が目的だったんです?」
「ワラウカドの応援さ。彼女と私は同期でね、共通の友人もいる」
「まぁ、そういうことにしておきますよ」
あぁやって意味深なことを言うのはどこかの誰かに似ているね。まぁ見た目は全然だけど。