「は~い、ちくわちゃん良い子でしたよ」
毎年、冬になると寒さに弱いちくわが風邪を引かないように行き付けの獣医さんで予防接種をしてもらう。
「先生ありがとうございます」
「いや~、ちくわちゃんは大人しくて助かるよ」
もっと大きい動物病院もあるけど私は絶対この病院に来る。
「今日はちくわちゃんで最後だからね、あっそうだ友達から美味しいお茶っ葉貰ったんだけど一緒にどう」
私、“斉藤 恵那”は目の前の獣医“
始まりは単純で、風邪を引いたちくわを診てくれたのが始まり。
その日はどこも開いてなく偶々灯りがついていたこの病院に駆け込んだのだった。
まだ、開業前なのに早苗先生はなにも言わずちくわを診てくれた。
後日、両親と一緒に先生に挨拶に行くと。
「あんなに必死になってくれるご家族でちくわちゃんは幸せだね」
その笑顔で私は恋に落ちた。
「へぇ、クリスマスに富士の方にキャンプに行くんだ」
あの日から、何もなくても先生に会いに来ることが増えて、嫌なことがあったら先生のところに逃げていって、先生と出会って5年になるけどこの恋が冷めることはなさそうだ。
「先生はもうキャンプしないの?」
先生がガレージを片付けてるのを見掛けた時、そこに沢山あったキャンプ道具は先生の趣味であることが伺えた。
「またいつか行きたいけどね」
そう言って先生は私にお茶を差し出してくれる。
ちくわも私が持ち込んだお皿に水をいれて貰って飲んでいる。
この、なんとも言えない何物にも変えがたい時間が私は大好きだ。
その後は、いつもの他愛ない話がつづく。
私が一方的にしゃべって、先生がそれに相づちをうちながら書類整理をして、気が付くとちくわはお気に入りとなっているバスタオルにくるまって寝ていた。
「あのね、早苗さん」
私が先生を名前で呼ぶ時。
「私、もう高校生だよ」
「そうですね」
先生と呼ばない時。
「ちゃんと約束守るから」
「ちゃんと獣医になって、患畜達とも向き合うから」
「だから」
下を向きっぱなしで気が付かなかったけど、目の前には早苗さんの顔があった。
早苗さんは私な頭を優しく包むと、私のおでこに少しだけ触れるくらいの、そんな優しいキスをしてくれた。
「恵那さん、大丈夫ですよ」
そう言うと、早苗さんは私を優しく抱き締めてくれた。
「大丈夫ですよ、私は約束は守ります」
「貴女が普段どれだけ頑張っているのか知っています」
「どれだけの愛を与えているか知っています」
「貴女が私を嫌いになるまで待たせていただきますよ」
そう言って早苗さんはまた書類作業に戻っていった。
早苗さんにキスされた額が熱くてそれ以上に身体が熱くて、今年は風邪を引きそうにないなと思ってしまえた。
「あと30分で仕事の片付けも終わります。良かったらお送りさせていただきますよ」
「ありがとう、早苗さん。良かったねちくわ」
「アンッ」
リン達と遊んでいられる今も大切だけど、私は早く早苗さんと一緒に過ごせるようになりたいな、そんな風に思ってしまう自分の我が儘さに少しだけ笑いそうになりながら大好きな人の背中を眺めていた。
後日
「斉藤もキャンプ行くんだ」
私は学校の図書館でリンと今度行くキャンプの話をしていた。
「うん、リンも行くんだね」
「うん、なでしこに誘われた」
うんうん、リンもなんだかんだ甘いところがあるからね。
ふと窓側を見ると何かを弄りながらニマニマしている犬山さんと百面相しながら赤面している大垣さんを見掛けた。
「なんか、二人とも変だね」
まぁ、お子ちゃまなリンには分からないだろうけどね。
命短し恋せよ乙女、てね。
伊東 早苗(いとう さなえ)
5年目の獣医、名前だけ聞くと女性ぼいが男性。
強面だが、本人は気さくなうえに他人を思いやれる漢。
友人曰く、「あれで顔がもう少しマイルドならもっとモテただろうに」と言われるくらいには顔面ヤクザ。
犬猫だけでなく幅広い動物を相手にしており、動物園とも契約している。
現在の場所は尊敬する叔父である先代が退職するとのことで機材もあらかた貰い受け、室内をリフォームして使用している。
斉藤のことは物好きな子だな程度にしか思った無かったが、彼女の気持ちを紳士に受け止める覚悟はある。
自分も数匹犬を飼っており、はんぺん、だいこん、こんぶ、たまご、もちきん、と見事におでんの具が名前になっている。
因に全て保護犬である。