初めて仕えた神様は 作:メイドさん大好き
【博士】は、強い。
亀の甲より年の功とはよく言ったもので、【博士】に勝てるのは地上にて【隻眼の黒龍】くらいのものであろう。
アイズと【博士】は知り合いである。
【博士】には知識でも技でも、唯一身体能力のみは勝てている要素だ。
【神の恩恵】を賜った【冒険者】と何も無い【一般人】ではその差は歴然。
それも【第一級冒険者】と呼ばれるアイズとの差は絶望的と言える。
しかし、その差はないも同然のものへと変える技を【博士】は持っている。
象と蟻が戦うならば、戦いにすらならない。
いくら、特殊なものを持っていようがそれは確定事項だ。
そんな常識は彼女には通用しない。
神々の言う
オラリオ内で、彼女に勝てた者は誰一人としていないと、神々の中で語られている。
だからこそ、まだ超えられるわけがないのだ。
特別な子であろうと、強さに執着していようと。
アイズ・ヴァレンシュタインの実力は確かなものである。
多少力押しであろうともレベル6にまで上っているのが証拠だ。
使っている細剣【デスペレート】もまた、彼女に見合う第一等級武装である。
【
ここに立っている【剣姫】は決して才能にあぐらをかいても、運が良かっただけでもない。
「【
札を切った。
アイズは最初から全開で、相手に襲い掛かる。
速さは目にとらえられないほど。
そんな速さから繰り出される剣は、いうまでもなく絶大。
「さっきは油断したけど」
【博士】はその目にしかとアイズを収める。
見える方向に、右手を伸ばして手のひらを向けた。
何をするかはわからない、しかし何かをするのは必定。
「―――もう当たってあげないわ」
「―――!!」
アイズの耳にそのつぶやきはしっかりと聞こえた。
そしてほどなくして【博士】の手のひらに魔法陣が現れる。
「甘い」
俊足の突きは左手で流される。
見えたはずもなく、流すことのできる力ではなかったはずであった。
しかし、【博士】は顔色を変えずになしてみせた。
アイズの顔に驚きは出ない。
予想ができたこと、これまでも幾度となくされたことであるからだ。
「おお」
「‥‥‥避けられた!」
いつもは無表情なその顔に、確かに笑みが浮かぶ。
伸ばされ、握られていた【博士】の拳は確かに空を切っていた。
流され、懐に拳をお見舞される。
これまではそれが当たり前であった。
避けられた、確かな一歩である。
「ふーん」
しかし【博士】はここで終わるようなタマではないことも事実。
戦闘においても、何においても、対策を何重にも立てて絶対に勝つのが彼女だ。
頭の中での計算が幾重にも積み重なって、それが一秒にも満たない時間で計算されている。
もしも、そんな可能性を潰す。
どんな対策をも無に帰させる。
既に、全ては組み上がっていた。
「短絡的なのは変わってないけど進歩は見事。一流には程遠いけど及第点ね」
アイズは既に身を翻し、【博士】から離れている。
アイズの周りにあった風はもう消えている、無論として【博士】の仕業だ。
無詠唱による【魔法】の行使、瞬く間に魔法が展開されていく。
【博士】の恐ろしいところの一部がそれである。
「‥‥‥【
「無駄よ」
短文詠唱の後、先程の風とは比べ物にならない暴風がアイズの周りを包む。
もう、
しかしそれを見ることができたのも瞬。
「また‥‥‥!」
「私の前じゃ魔法は無駄よ」
「そんなことっ!」
わかっている。
そう叫ぶように細剣を構え、アイズは疾走った。
第一級冒険者の脚力は整備された訓練場の地面を舞い上がらせる。
「不合格」
アイズの剣技は、【博士】には通用しない。
力と技、それらはほとんど剣のみで行われている。
それもレイピア、攻撃方法は限られてくるのだ。
アイズは見た目に合わず直情型、故に読みやすい。
【博士】は吐き捨てるように呟くと迎撃に移った。
簡単に、不機嫌そうに、一つ一つを丁寧に捌いていく。
アイズの攻撃はほとんどが突きだ。
何の変哲もない、磨きあげられてこそはいるものの極めたとはいえない、そんなものである。
格闘も、それほど良いものでもなかった。
「‥‥‥!?」
「言ったわよね?」
怒気を孕んだ、小さくドスの効いた声。
アイズは目を見開かせてデスぺレートを見つめる。
滴る血と、貫かれた【博士】の掌。
その掌はデスぺレートの柄を掴んでいた。
左手に見える白衣、なぜだかアイズは見上げることができなかった。
しかし、そうすると【博士】の右腕が見えてそれが首に伸びていくのが見える。
「極めるなら一つを極めなさいって」
相手に技を見切られる心配より、一撃で仕留められるように技を練り上げろ。
【博士】は過去にそんなことを言っていた。
【博士】のような例外を除けば、人生のうちに極められるのは精々一つの技くらいである。
そもそも、同じ敵と相対することの方が少ない。
ならば、一撃で仕留めた方が合理的だろう。
【博士】の考え方はこうであった。
【博士】の場合は
レイピアという武器を使っている以上、その答えにたどり着くのはそう難しくない。
そもそもレイピア、特にアイズの扱うデスペレートは突きに特化している。
【リル・ラファーガ】という決め技があるが、それも突き技だ。
アイズの技の中に神業は存在しない。
【リル・ラファーガ】もまた、【エアリエル】をまとった捨て身のただの突進に過ぎない。
【博士】は冷淡に判断を下したうえで、教えを守っていないアイズに
「自分に合った一つを極める。早く強くなりたいなら其れが合理的って言ったわよね。魔法に頼らず一撃必殺の技を作れとも言ったわよね」
アイズの奥の手は【エアリエル】という魔法一本。
それではだめだと【博士】はアイズを詰めていく。
アイズはまだまだ若く、まだ16歳だ。
格闘は未熟でも、剣は熟達させた方がいい。
魔法は基礎ができていればもう十分だ。
「はあ、怠けすぎね。やる気なくなってきたわ」
怒り終わるとため息をついて肩を落とす。
「なら、何をすれば」
「突きをあなたなりに進化させなさい。風なしで」
自分で実践し、作ったものならば体になじみやすい。
「じゃ、私帰る。フィーン!後よろしく」
「―――はいはい」
面倒ごとを吹っ掛けられるのは予想できていた。
それに、槍を扱う僕ならばアイズに良いものを与えられるだろう。
楽観的に見えて思慮深い、リスペクトも関心もしないが、槍を持ってアイズのもとに向かって歩き始める。
「―――え?」
「はぁい、ベル」
バベル前、セントラルパーク。
にっこり笑顔の【博士】がベルの目の前に姿を現した。
「えっえっ、なんであなたがここにぃ?」
「死んだと思った?生きてました!」
状況が理解できず、何度見をしたことだろうか。
死んだと思っていた肉親に近い人物が生きていたのである。
そりゃあ、動揺もするしパニックにもなる。
「ごめんね、今まであなたの前にこれなくて」
「大丈夫、だよ。僕は僕で楽しいからさ」
「へぇ。あれ?ハーレムへの道は順調とか?」
「やめてよっ!それは、あのぅ―――」
「やめたのね。うん、それがいいわ!!」
うんうん、と【博士】は何度もうなづく。
セクハラ行為ばかりしていた祖父を彼女はよく殴り飛ばしていた。
殴り飛ばした後にはよく、あんな奴にはなってはだめだと言っていたことを覚えている。
男のロマンを語っていた時もよく祖父が吹き飛ぶのを見ていた。
安堵に近い溜息をつくと【博士】はさらに言葉を紡ぐ。
「さて、だれか待ってるの?」
「うん、サポーターの子なんだけど」
「オーケー。なら手短に済ませるわね」
はい、と分厚い本を手渡される。
表紙に書かれているのは初級編、という文字だけだ。
「今日のところはこれだけ。またね」
「え、あちょ」
本に目を落とし、気を取られているとすでに博士の姿はなかった。
相変わらずの姿に安堵とともにため息が漏れ出る。
また来るのかと思えば少し気が重くなった。
「ベル様?」
「ベル?」
「あっ二人とも」
待ち人が現れ、一旦【博士】のことは頭から抜く。
何故だか渡された本のことを聞かれたが、古い知り合いからもらったと言う。
まあ、それ以上に違和感があった。
「あれ、ローズ?」
「どうしたの、ベル」
やっぱり、変だ。
牙突ってかっこいいですよね。
つまりそういうことです。