初めて仕えた神様は 作:メイドさん大好き
鍛錬では軽く私が一本をとって終わった。
パリィをしたら油断する、そんな癖があったためだ。
そこをついて一本、というわけである。
その程度のことは簡単なことであったが、実力的には十分。
合格点には程遠いがレベル1時点ではまだ許容範囲内である。
ギリギリだけどネ。
オッタルが連れてくるモンスターにもよるが、倒せなくはないだろう。
少なくとも、死にかけてくれないと困る。
「ローズ」
「ん、どうしたの?」
ダンジョン九階層、まだ岩壁が見える洞窟地帯だ。
ベルの神妙な面持ちが見え、私もまた嫌な予感を感じ取っている。
モンスターが全く生まれない、それに鮮血の匂いがする。
奥にこの階層に相応しくないやべーのがいる、ということはわかった。
「行く?」
ベルも多分察していると思う。
体が強張り、ガタガタと震えて、いない。
「行くよ。じゃないとなれないんでしょ?」
「死にかけたうえで勝つ。倒すのは完全に一人で、ね。できる?」
「やる」
覚悟がガンギマリなベルの眼はこれまでで一番頼もしかった。
やる、ただそれだけの返事であったがされど、である。
死を乗り越える、ただそれだけが昇華の条件だ。
私は疑似的な不老で、昇華によってほぼ不死でもある。
私の体が特別であるからで、普通の人間の場合は大方予想はついている。
魔法による不死の付与、なのだろう。
それはつまり血の変質であり魂の昇華、一つの命を歪める、そんな昇華だ。
それをかの女神が許すか?
ベル程の純真な魂の変質を許すのか。
これはかの女神にとって、私にとって、私の創造者にとって、英雄を求める者にとって、一つの実験だ。
ベル・クラネルが英雄になることは決定されていることである。
であるから、であるからこそ、赤い血を流さない英雄は存在しうるのだろうか。
「リリ、一緒に行く?」
後ろでため息をつくリリルカに意思を聞いてみる。
これはベルの戦いで、師匠役の私は見に行くだけだ。
パーティメンバーではあるけれど、付き合うことはない。
「行きますよ。これくらい、慣れてなきゃお二人には付いていけません」
「ま、確かに?」
「ベル様にも言ってるんですよ」
「えっ」
「お二人って聞こえなかった?」
「い、いや~、僕のことだとは思わなくて」
普通じゃないやつは周りに一杯いはするが。
普通のやつを探すのはものすごく難しい気もするが。
乾いた笑いをするベルをリリルカのジト目が突き刺さる。
お前が普通なものか的な感じの目であった。
確かに私もベルも普通のカテゴリには入らないが、リリルカもそれは同様である。
「まあリリも普通ではないけど」
「振り回されてますからね」
「慣れが早くて怖いんだよね」
順応が早すぎる。
逃げられないが故の、これまでの経験による賜物なんだろうとは思う。
うん、絶対に普通のカテゴリにはいない。
こんな軽口をたたきながら、奥へ奥へと進んでいく。
試練のいる場所はどこか、殺法により大体の場所は分かる。
とあるルームの手前、中が見えない程度の場所まできた。
感知はされないように、二人に指示を出す。
「さて、そろそろ。ベル」
「大丈夫だよ」
「うん。リリは私の後ろにいてね」
「分かりました」
リリルカを後ろに隠し、ベルを見つめる。
ふー、と息を吸い込み、はーと吐く。深呼吸だ。
その動作を終えると剣を引き抜いた。
「ごめん」
「ん、今だけよ」
「うん」
ゲリラ戦が主となるダンジョン探索。
今回の様な分かっている接敵はごくまれだ。
どうメイドさん殺法を使おうと生まれる前のモンスター、モンスターの生まれる位置など分からない。
あとは人間による強襲だが、これもまた稀だ。
可能性として現在あるのはイシュタルのところからくらいのものである。
まあ、愚かとはいえそこまで愚かな真似はしないだろう。
そんなことは今はどうでもいい。
ベル君が漢、いやメイドさんになる姿、かっこいい姿をこの目に収めなければならない。
無様であろうと生きようとあがき、さらなる高みに上りゆく。
その姿は姿関係なく、かっこいい。
ルームにベルが入る、同時に試練がベルを補足した。
ミノタウロスではある、されど姿が異形であった。
更に発達した角に変化した体色、大きさも一回り大きくなっている。
強化種だと容易にわかる個体だ。
そうでなければ試練にならない、心の中で用意してくれたオッタルにサムズアップを送った。
さらに奇妙なことにミノタウロスは
確実にオッタルの奴だ、最高である。
「いってくる」
「いってらっしゃい」
兔は立ち上がり、ルームに進んでいく。
ミノタウロスは待っていたかのように膝を持ち上げた。
隣に突き刺さっている大剣を掲げ、兔を見る。
敵を見る目だ。
淘汰される側の目ではない。
それはベルもしかり。
狩られるばかりの兔ではない。
窮鼠猫を噛む、そんなことわざがあったろう、そんな感じだろうか。
それとも能ある鷹は爪を隠すというやつか、うまく表現ができない。
『ヴゥゥ』
ミノタウロスは吐息を漏らし、片手に持っていた大剣を両手に持つ。
ベルはというと、特に何もしない。
ただ、ミノタウロスを睨んでいたのみだ。
その程度でミノタウロスがひるむはずもなし。
しかし、動こうとはしなかった。
ミノタウロスの方が力は上だが速さや技は人であるベルに分がある。
それに、一番警戒しているのはナイフだろう。
パリィに特化した形状とはいえ特殊なものだ、ミノタウロスの肉も切り裂ける。
先に動き出したのは、ベルだ。
「―――!」
ベルの武器、最も秀でたものは敏捷である。
それに、両手で握りしめた大剣で動きも鈍っている。
ならば、その程度のことはミノタウロスでも頭は回る。
「大剣片腕に変更。当たり前ね」
丸太のような腕がベルに、突き刺さらない。
何ともまあ、兔のように跳ねたものである。
紫電が少し見えた、魔法は使用済みのようだ。
しかし、しかし、だ。
ロングソードはミノタウロスの肉を裂けない。
ナイフも攻撃に向いたものではない。
その証拠に、ほら。
「剣が」
「折れた。ま、当たり前ね」
リリルカの顔が驚きに染まる。
私は当たり前だと流した。
首に突き立てようとして、ロングソードはその生涯を終える。
「電気の使い方が悪かった。ヴェルフの剣には落ち度ないわ」
「どうするんですかっ!」
「ベル次第。今のままだと―――」
ミノタウロスの拳がベルを貫く。
ロングソードが折れ、驚いた方が悪い。
「あー、最悪。モロに食らっちゃった」
大剣を全く使っていない、そんなことは置いておいて、だ。
このままでは死ぬ。
死ぬのだが、心配はない。
「助けないのですか?」
「助けたら無駄になるからね。ここは一人で頑張らせないと」
てか、もう死んでる。
ここで助けたとてもう手遅れだ。
あの魔法は使うと防御が低下する、神経そのものを発達させるのだから当たり前である。
それにミノタウロスの一撃が重すぎたのもある。
「―――これくらいはいいかな」
「はい?」
「てってれー、竜の特大剣~。これを、投げます」
ベルの身にも余るような特大剣、少し前にヴェルフからもらったものだ。
私には無銘がある、そして今はベルには何もない。
ベルの血が飛び散っている中央。
ミノタウロスが勝利の雄たけびを上げているときに、剣がベルの前に突き刺さった。
メイドさんは、死んでからが本番だ。
今際の際に見出したものを、メイドさんは力とする。
私の場合は翼と成長、であるならベルは何をつかみ取るのか。
大体、予想はついている。
だって今、血が燃えているのが見える。
「【我が師、導きの竈の炎よ。ずっと、ずっとそばに居ておくれ】」
立ち上がる、ベルの姿が見えた。
慢心が人を殺す。
英雄譚においても、何においても言われている言葉だ。
かく言う、師匠の言葉でもある。
師匠というのは、言わずもがなローズマリーのこと。
彼女に僕は勝てたことは一度もない。
彼女を超えて、その先へ。
そして神様の英雄、メイドさんになる。
ローズも、ライバルだ。
こんなところで止まっていられない。
そう思った。
そう思っていたのだ。
並行詠唱を行った。
運動神経の発達、超々神速と呼べるまでの速さを実現されている。
と、ローズが分析していたのを思い出した。
言っている意味はよく分からないが物凄く速いということらしい。
補助魔法というくくりではあるが、
であるから、剣にも雷を纏わせる。
紫色の雷、何ともわくわくしてしまう。
「―――おっそ」
先読みせずとも、簡単に避けられる。
簡単に、故に慢心をした。
―――折れた。
ロングソードが、雷の纏った剣が。
首を斬れず、拳に阻まれて、猛進してくる丸太の様なそれ。
一撃でも食らえば死ぬと、分かり切っていたのに受けてしまった。
骨が砕ける、口からは血が出てきた。
肉がちぎれて、意識が消えていく。
壁にぶつかる、それは分かった。
けれど、感覚そのものはない。
暗く染まる意識、死ぬのだと思った。
『負けた』
『負けたね』
『無様』
『油断して負けるなんてだっさーい』
頭の中をぐるぐる言葉が回る。
聞いたことがあるようでない、そんな声である。
それにしてもイラつく。
クスクス、と笑い声が聞こえる。
どこかで聞いたことはあるんだ、でも分からない。
火が見えて、その先には誰かいる。
そういえば神様って竈の神様だったっけ。
『立てるぅ?』
『立つに決まってんでしょ。こいつ馬鹿だしぃ』
『ほらほら、あっちに火があるよ』
『導きだよ。さ、死のうよ!』
いちいちうるさい、物凄く。
導きの竈はあっちにある。
大きい、ただ大きいものがある。
【我が師、導きの竈の炎よ。ずっと、ずっとそばに居ておくれ】
【不死の炎は我にありて】
「―――あ、生きてる」
それに、持っているのは【竜の特大剣】だ。
「ベル様!!!」
いたかった。
物凄く、痛かった。
でも、生きている。
「えっ、あれって」
「不死の付与。あれ発動している間は死なない」
「は?はぁぁ!?」
「覚醒したんだねぇ、あれ。うんうん、やっぱベル君っていいわぁ」
ベルの体にある、炎。
飛び散った血は炎に転じ、その炎はベルに帰っていく。
その炎によってベルの体は形成されていった。
それこそだ、それでこそ、覚醒である。
ベル君強くなりけり。
うん、強い子大好き。