初めて仕えた神様は 作:メイドさん大好き
騒がしい店内で注文をとり、空になった皿を回収し、料理を運ぶ。
身に纏うのはお店の制服である緑色の給仕服だ。
メイド服以外を極力着たくない私だが、似ているからOKである。
ウェイトレスとしての仕事をこなすのもメイドさん修行の一つ。
技能を磨くのはメイドさんとしての責務だ。
フレイヤ様に紹介されてバイトを始めたが、中々いい場所ではないかと思っている。
美の女神だろうと私の信仰心は揺らぎはしない。
結構ギリギリだったのはご愛嬌である。
ダンジョン探索、
されどこの【豊饒の女主人】という酒場もまた、メイドさんのスキルアップにはふさわしい場所なのだ。
冒険者や一般の人にも人気の店であり、特に夜は繁盛する。
その時の忙しさに店員は悲鳴を上げているくらいだ。
冒険者のあつまる酒場らしく、荒事も結構あるのも特徴。
女将であるミアさんはドワーフであり、元冒険者である。
そんな女将さんの威光もあって危ないことは少ないし、メイドさん修行の場としては至高の場所と思っていいだろう。
ベル君も最初は悲鳴をあげながら皿洗いをしていたものである。
今は、ただ無心に皿に向かっている。
バイトを初めて早数年。
この場所での週一のバイトは実に楽しいものだ。
セクハラをしてくるお客さんしかり、私をこき使おうとするアホの子しかり、しっかり者に見えてポンコツなエルフしかり。
こういう酒場に勤めると人の見方が変わるとは本当のことなんだなと実感している。
それでも最優先事項がヘスティア様なのには変わりないけど。
「ローズちゃん!」
「はーい!」
お店を縦横無尽に駆け回る。
衛生的にどうなのと思うが、そうしないと遅いと叱られるから仕方ない。
注文をとって報告、お皿を回収して洗い場に放り込む。
ミアさんと肩を並べて厨房にいることもあったりと夜は多忙を極める。
たまに一日中いることもあるが、結構昼間は余裕があったものであった。
帰りたい、と思うことはないが思う暇がないくらいには忙しい。
今日は少しマシだろうか。
こんな思考ができるくらいにはまだマシだ。
その理由は予約席であろう。
中央に立てられた札と人のいないテーブル席。
ヘスティア様のいるカウンター席には数席空きがあるがテーブル席はもう満席だという。
誰が来るかは知らされていないがここを予約できるということは裕福なファミリアと予想ができた。
「べる」
「ありがと」
回収した食器をベルに渡す。
洗い場にある食器のほとんどは既に洗われているようで、最初の頃に見た積み上がった食器は見えない。
周りの店員は多忙であることがみてとれる。
誰も手伝いができない状態でこれは、とんでもないことだろう。
受け取った食器を洗う腕も目を見張るものであった。
「ローズ!何してんだい!!」
「あ、はーい!」
ベル君のお皿洗いの達人振りに少し目を奪われていた。
ミアさんの声で現実に戻される。
それからは厨房にかかりきりになる。
先週から厨房にも回されるようになったベル君も加えての厨房仕事だ。
ベル君は皿洗いを終えるとずっと暇そうにしていたのでちょうど良かったと言っていた。
先週のことである。
少し余裕が出てきて、休む猶予ができた時。
更に重労働になるという通告が来た。
「ご予約のお客様、御来店ニャ!」
アホの子の声が聞こえてくる。
予約のお客様、あの空いたテーブル席に座るお客。
ホールから微かに聞こえるのは畏怖の声。
そして厨房に響いたシルさんの声だ。
【ロキ・ファミリア】さんが来ましたと、確かにそう聞いた。
彼らは遠征帰りだ。
大量に飲み、大量に食い、騒ぐだろう。
「気合い入れ直しなぁ!!」
ミアさんの激励の言葉。
勝って兜の緒を締めよ、は使う場面が違うが気を引き締めなおす。
相手はオラリオのなかでも最強クラスのファミリア。
普段からいいもん食ってるだろうから下手なものは出せない。
いつも全力だが、ヘスティア様のものを作る時には及ばないが、更に全力を出そう。
「‥‥‥やる」
「頑張ります!」
「アンタは皿洗いだよ」
「あ、はーい」
ベル君が少し肩を落とす。
ドンマイ、ベル君。
しかし実力不足なのは確かだ、ベル君。
もっと練習すれば立てるようになる。
私はここまで来るのに一年半かかった。
落ち着いた頃である。
他のお客や【ロキ・ファミリア】の注文も落ち着いた頃だ。
皿洗いも粗方終わり、ベル君と私は休憩時間に入っていた。
カウンターにいるヘスティア様と合流して三人で並んで席に座る。
私は制服のままで、ベル君は普段着だ。
「ちょっと疲れたね」
「でもたのしかった」
「頑張ったね、二人とも」
ヘスティア様に私たちが撫でられる。
気持ちいい、顔が綻ぶ。
ベル君も同様で癒されているようだ。
うむ、楽しみはこれもあるのだ。
疲れた時にヘスティア様に撫でられるといつもより気持ちいいのである。
「相変わらず仲がいいですね」
そんな私たちに料理を持ってきてくれる人がいる。
両手にお盆を乗せてくるのは緑髪のエルフさんだ。
リューさん、少し微笑んで目の前に料理を置いてくれる。
「今日のおすすめです」
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます」
「いえ、私たちの方が助かってますので」
では、とリューは奥に戻っていく。
やっぱりいつもはポンコツ度合いは感じられない。
ベル君も彼女のことをかっこいいと認識している。
私は可愛いである。
それはそれとして、今日のおすすめはお魚である。
お魚を丸ごと揚げたらしい豪快な品。
なんともミアさんらしいものだ。
「いただきます」
習慣となっている儀礼を済ませるとフォークを手に取る。
「‥‥‥美味しいっ!」
「うん、この味」
週一の楽しみ、労働の後にたべるお店の味。
お店の味なんて言うと冷たく聞こえるかもしれないが、家とお店で食べると感じる味は違うのだ。
だからおふくろの味をお店で食べてもありがたみはない。
これは、なんというか。
どちらも感じられてなんかいいというか。
取り敢えず美味しい、また来たいと思えるものである。
「どうだい?」
ミアさんが体を乗り出す。
その笑顔はミアさんらしいものだ。
「おいひいです」
「それなら良かった」
細かいことなんて考えずに美味しく食べる、それがご飯だ。
作る時にも作ってあげる人のことを想って楽しく作る、それもまた食事だ。
商売とはいえミアさんはそれが分かっている。
だから、この料理は美味しい。
だから、心が暖まってくる。
これが幸せだと噛み締めることができる。
「かみさま?」
「なんだい?」
「なんでみつめて‥‥‥?」
「気にしないでおくれ。噛み締めているのさ」
「‥‥‥?」
意味が分からない。
しかし、ヘスティア様も何かを噛み締めているのなら止めることは無粋だろう。
この後も仕事だ。
幸せは束の間のもの、それを象徴しているように思える。
「アイズ!そろそろ例のあの話。みんなに披露してやろうぜぇ」
なんだか耳に入ってくる言葉。
多分【ロキ・ファミリア】の誰かの声だろう。
ベル君で遮られて全く見えないけれど。
お酒で酔って気分が高まっているようだ、だからお酒って嫌い。
お客さんがお酒で酔って暴れたり、過剰に気分を高ぶらせたりと、宴だと自制が効かずに飲みすぎることもある。
ヘスティア様は大概一杯までなので安心して肴を作るけれど、お酒は嫌いだ。
「あの話?」
周りは静まっているからアイズさんの声が聞こえた。
この話をしている男の人の話に興味があるのだろうか。
アイズさんは何の話か心当たりはないようだ。
「あれだって、帰る途中に取り逃したミノタウロス!」
ミノタウロス。
中層に出てくるあの牛さん。
取り逃したらしい。
うん?ベル君から聞いたことがあるような。
「三階層でお前が始末したろ?あん時のトマト野郎だよ!」
‥‥‥あ。
ベル君が襲われたっていうミノタウロスのことか。
アイズさんと少し話したって言ってたんだが、もしかしてその話を笑い話にするつもりなのだろうか。
「ベル君?あの話って‥‥‥」
「いや、そうとは」
限らない、そうベル君が続けようとする。
ヘスティア様も気づいたみたいだ。
しかし、それは大丈夫だろうか。
笑い話として自分が死にかけた話をされる。
それも酒場で、そして自分の家族がいる前で。
それがさらに無様な話だと効果は倍増だ。
羞恥と、ベル君の場合は強さへの欲求だろう。
「アイズが細切れにしたくっせぇ血を浴びてよ。全身血まみれでトマトみたいになっちまったんだよ」
笑いを堪えているような話し方だ。
周りからも笑い声がかすかに聞こえ、失笑も聞こえてくる。
私はベル君に対して生き残る術を教えてきたつもりだ。
自分で徹夜して考えた冒険者の心得もそれを心に刻んで絶対に生き残らせるためのもの。
無様に死ぬくらいなら華々しく死ぬ、死に華を咲かせてやるなんて日本人くらいしかやらないし理解できない文化だ。
私も理解はできるがやろうとはしない。
だってヘスティア様が悲しむから。
男の声は聞くに値しないものであった。
食べ終わっていたから良かったものを食べている途中なら確実に気分を悪くして食欲を無くしていただろう。
酒場だから下世話な話をやめろとは思わないが少しは自重を覚えて欲しいものである。
凛々しい声の女性が止める、青年はそれを聞き入れない。
それどころがアイズさんに番になることを求め始めた。
なんとも救いがたい‥‥‥、と舌打ちするのを堪える。
「‥‥‥ミアさん」
「なんだい?」
いつの間にか目の前に来ていたようであるミアさんがベル君に目を向ける。
ベル君の目はどこか決意を固めたように据わっている。
「今日はもう上がっていいですか?」
「‥‥‥ああ、いいよ。ローズ、あんたも上がりな」
「わかりました」
なんだかベル君と一緒に上がっていいらしい。
支払いはしなくていいことになっているのでこのまま出ることはできる。
しかし、ベル君が動こうとしない。
「べる?」
「ベル君?」
「‥‥‥もう少し」
そんな私たちを他所に青年はヒートアップしていた。
店を出ようと思っても嫌でも聞こえてくるものであった。
アイズさんに求婚を拒否され、それに苛立ったであろう青年はこう締めくくった。
「雑魚じゃあ釣り合わねぇんだよ!アイズ・ヴァレンシュタインにはなァ!」
ベル君が立ち上がった。
静かに、しかしどこか嫌な雰囲気を纏って。
「先に帰ってくれませんか。少し、行くところがあって」
やぁっぱり、ベル君は男の子だ。
少し涙が見えた、その瞳の奥には何かが渦巻いているのだろう。
後にも先にも私には縁のない感情、それがベル君の中で燃え上がっている。
「はやくかえってくるんだよ」
「分かった」
「‥‥‥無事で帰ってきてね」
「‥‥ハハ、心配おかけします」
その微笑みはすぐに崩れ落ちそうなくらいに儚いものだ。
【ロキ・ファミリア】では何やら盛り上がっている。
私たちはすぐに店を出て、ベル君と別れた。
ベル君は背中にロングソードを背負ってバベルの方角に向かっていくのが見える。
「帰ってくるよね?」
「たぶん」
ヘスティア様の不安そうな顔。
それを見るを胸の奥がきゅぅっと締め付けられるような気持ちになる。
なんだか非常に不愉快だという感情もまた燃え上がる。
「気休めは、ないんだね」
「するようにおもえます?」
「思わないね」
ヘスティア様は苦笑して返事をする。
「むかえにはいきます」
「ありがとう」
ベル君がどれだけ無茶をするか分からない。
今の状態は不安定だ、だから何をしでかすかなんて分かったもんじゃない。
だから、迎えに行かなければベル君は多分野垂れ死にするだろう。
私たちを守りたいと思うからの行動だ、応援したくなるに決まっている。
「一旦、帰ろっか」
「はい」
手を繋ぐ。
ベル君のいない隣は寂しかったけれど、暖かかった。
食い逃げはしませんでしたね。
まあ、そもそもバイトしてるので免除されてるんですけど。
原作より強化されていて現時点でもかなり強いベル君なので5階層じゃ止まらないのでほっとけば死にます。
ベル君の現在のミノタウロスの戦績は片目をつぶしたオンリー。
袋小路に追い詰められてなんとか脱出しようとした時にアイズさんに助けられました。
ローズのこともあって結構打ち解けてます。
逃げることはないですね。
現在の装備はヴェルフ作のロングソード。
将来的には短刀と一緒に二刀流させるつもりです。
ファランの大剣みたいな感じで。
少しづつ長くしていきたいですが難しいです。
メイドさんになるということは重大な試練もあるということだからね。