それは、《月島家》が代々治めてきた領地村でございます。人々が笑い、仲の良く時を過ごしていた平和な村でございました。
…しかしとある日、周りを囲む3つの村から同時攻撃を受け、壊滅。
月島家の当時の城主・宗玄は身柄を拘束され、打首を執行。さらし首に処されました。
他にも、村人のほとんどは皆殺し。若い女は売り飛ばされ、男は労働力としてそれぞれの地方に飛ばされたのです。
そんな中、宗玄の指示によりたった1人、生き残った少年がいました。
その者の名は、《虎影》。
月ノ輪村、たった1人の生き残りであり、この作品の主人公にございます。
カァンッ!
とある山の中、乾いた音が鳴り響く。
その音の源は、小屋の前にいた1人の青年。
彼は斧を片手に、切り株の上に思いっきり振り下ろす。
その度に、上に置かれた丸太が割れて薪が出来上がる。
彼こそ、月ノ輪村の生き残りであり、
「……ッ!」
カァンッ
最強の忍者《杉田源鹿》の一番弟子にございます。
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「爺ちゃん、薪割り終わったぞ。」
「……おう、おつかれさん。」
虎影が小屋に入ると、そこにいた御歳80の老人は素っ気ない労いの言葉をかけた。
「また壺作り?今度は割れねえやつ作ってくれよな。」
「……いつも割れん。」
「いや、この前酒入れたら滅茶苦茶漏れてたし。」
この老人。
名を杉田源鹿。
かつて、最強と謳われた武将・
しかし、燕青軍の壊滅と共に、杉田流忍術もその姿を追われ、散り散りとなってしまいます。
それにより、源鹿は命からがら逃げ延びていたところ、かつての月島家当主であり、宗玄の親である
「……虎影。」
「ん?」
「……今宵、出るのか?」
「…ああ。そうだな。」
とても短い言葉で紡がれた、その会話はしかし、その語数以上の意味と決意を含んでいた。
「…少し、話がある。…出る前に少し話そう。」
「…分かった。」
もう一度短い会話を交わして、虎影は小屋から出た。
青い空を、灰色の雲が覆い始めていた。
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夜。
虎影の作った飯を、2人で共に食べる。
最近は源鹿もほとんど食べないようになっていた。だが、虎影が作った飯は、ほんの一口であっても食べていた。
「…」
ズズズッ
虎影は味噌汁の最後の一口を啜ると、箸と共に茶碗を置いた。そして合掌してから、2人のそれぞれの食器を水場へと持っていった。
ちなみに、これらの食器も源鹿の手製であった。
虎影が畳へと戻ると、そこには静かに座る源鹿の姿。目線とオーラが「座りなさい」と呼びかけていた。
虎影は大人しく彼の前に座った。
「…あれから、もう何年だろう。」
その言葉に、虎影は苦笑した。
もし本当だとしたら、源鹿は随分と老いが来ているようだ。
「…あれから、もう8年だな。」
「ああ…そうだったな。…お前が初めて人を殺し、そして…儂の弟子になってから。」
「…ああ。」
あの時の感触は、未だに残っていた。
一心不乱に振り回した刀。切られる右手と心臓。人の体を貫く感覚。そして、2人目の男につけられた、右目の下の切り傷。
今でも、鮮明に覚えている。
「…あの時儂は、宗玄様のお達しによりお前を匿うように言われていた。」
「俺が弱かったからだろ。」
「違う。…あの方は、お前は…お前と寧々だけは何としても生きさせよと命ぜられた。…だが、儂は寧々を止められんかった。…忠誠を誓っていた者として、失格だ。」
それは、何処か懺悔のようにも聞こえるが、虎影は大人しくそれを聞き、そして後悔の念を募らせた。
「…あの方は、お前の優しい心に希望を抱いていた。『いずれは、虎影がこの世を平和に導いてくれるだろう』と…そんなことを希望に満ちた目で言っておられた。…それは、儂も同じじゃ。」
「…買い被りすぎだよ。俺の育ての親は2人ともさ。」
「…いや、買い被ってなどはおらぬ。…儂は、今でも信じておる。…宗玄様と、村の皆、そして寧々が生かしたお前が必ずこの世を平和に導いてくれると。」
冗談など1つも含んでいないような調子で断言されて、それにも虎影は苦笑してしまう。
『本当に、この2人は…』
こそばゆくも、有難かった。
そこまで、信じてくれることが。
そして、申し訳なかった。
そのようなことは、正直どうでもよかったから。
俺の中にあるのは、たった1つ。
《復讐》だけだ。
「…そして、寧々も言っておったぞ。お前は『大切な弟だ』と。…あの二人に恥じぬように、生きろ。最期までな。」
「…分かってるよ。」
源鹿は虎影の返事に頷くと、背後の棚から木製の箱を取りだした。
「…儂からは、これで最後だ。この中に、お前用の飛び道具や火薬を用意してある。」
「悪ぃな。ここまでしてもらって。」
「…なに、大事な弟子の門出なんだ。やらせてくれ。」
「…なあ、
「…え?」
力ない声で、そう呼んだ。
虎影は思わずそれに振り向き、そしてそこにあったのは…
力なく項垂れる、源鹿の姿だった。
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日が落ちて、雲から漏れる月明かりが照らす夜の中。
虎影の前にあるのは、少しだけ大きめの石と小さな石達で作られた墓標。
そこは、山の中故簡単には見つからないだろう。
「まったく…大事な弟子の門出じゃなかったのかよ。ぽっくりと逝きやがって…」
そう苦笑しながら、彼は麓で摘んできた三本の花を添えた。
そして、線香も炊き合掌。
思えば、かつて源鹿の過去を聞いたことがあった。
杉田流忍術の者達は散り散りになり、その中にはかつての源鹿の嫁や息子達もいたようだ。
確か、その中の一人の息子の名が《源海》。
「…最期の最期に、息子の幻覚でも見たのかね。」
それは分からない。
だが、そうあって欲しいと少し願う。
彼は、これまで怒涛の人生を送ってきたのだから。最期くらいは、幸せで会って欲しいと。
涙は流れない。
そんなものは、8年前にとうに枯れた。
だから、彼に出来るのは弔うことだけだった。
「……」
顔を上げて、虎影は墓を離れる。
別れの挨拶はほどほどで良い。
長引けば長引くほど未練が残る。
そう、源鹿に教わったから。
虎影は自分の荷物を小屋から持ち出して、そして小屋へと火をつけた。
すぐに燃え広がり、赤い炎は小屋を侵食していく。
「……」
これは、源鹿からの頼みだった。
「儂が死ねば、お前が小屋を出る時に燃やしてくれ」と。その時は軽く返事をしたが、思えば、あの時既に悟っていたのかもしれない。
自身の死期を。
「…ったく、やっぱり敵わねえなぁ。」
虎影はそう言って笑い、燃え広がり続ける炎を見守る。
崩れていく小屋。
…それを見て、少しだけ込み上げるもの。
それは、これまでの8年間では無い。
その前。
…共に住んでいた少女と城から通った数年間。今でも、鮮明に覚えている。
だが、それが《物》に変わる直前に押しとどめ、ゆっくりと息を吐いた。
もう、涙は流さない。
それを流す時は、全てが終わった時だけ。
彼は瞬時に、その思いを《憎しみ》へと変える。
やがて炎は、小屋の全てをのみこみ、そして崩れていく。それを見て、彼は荷物を背負い歩き出す。
もう、気にするようなことは何もない。
あるのは心の中にある憎悪だけ。
あの日拾った刀と、源鹿から貰った忍道具を身にまとい、虎影は歩き始めた。
影が落ちる彼の着物の中。
懐に仕舞われた2つの金色の光が、月明かりに煌めいた。
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山道の中。
1つの馬車が停まっている。
…その馬車は、所々が壊れ、そして…
馬と人の死体が重なっていた。
「ヒィッ!お情けを!お助け下さい!」
年配の女が叫ぶが、次の瞬間には半裸の男達に首を切り裂かれる。
飛び散る鮮血。
「さて、それじゃ…」
野盗の男達は金品を詰め込む。
そんな中、二人の男が道の脇で震える3人の娘に目を向けた。彼女達はまるで何かを守るように震えている。
「お嬢ちゃん、運が悪かったねー。ここは俺らの支配下だからさ、通ったヤツらは全員皆殺しって決まってんのよ。まぁ、でも…」
グイッ
「俺らの女になるってんなら助けてやらんこともねぇぜ?」
男の言葉に、しかし少女の1人は睨み返した。
その様子がきに入らなかったのか。
男はその少女に真っ先に襲いかかった。
「皆!逃げて!」
襲われる少女は叫ぶと、男に体当たりをして転ばせる。二人の少女はそれに応えて走り出した。そして、片方の少女は1人の少年の手を引いていた。
だが、すぐにもう3人が少女達を追い始めた。
軽装の野盗と、着物の少女達と少年。
そのスピードの差は歴然であった。
すぐさま男達は少女に追いつき、刀で彼女達の体を貫く。そして、少女達はピクリとも動かなくなった。
「チッ…手間掛けさせやがって…」
「ア?おい、このガキまだ生きてやがるぜ?」
「お、本当だ。10歳くらいか?まだ若いのに残念だねぇ。」
そう言うと男達は下品な笑い声を上げた。
少年はそれを見つつも、すぐに足元に転がる少女達の死体に意識を移した。
「…おねぇ、さん…?」
揺らしても、反応は返ってこない。
その様子に気付くことなく、男達は刀を振り上げた。
風が、変わる。
気づくと、男達の三丈程先に人が立っていた。男達はそれを何処か不思議そうな目で見つめていたが、だが、彼らの領域に入ったことは変わりない。
4人のうち3人がその人物に襲いかかった。
「おう、安心しなガキ。お前はすぐに俺が…ッ!?」
そこから先は、話されることは無かった。
何者かが、野盗の顔を掴み喋れないようにしている。野盗はもがくが、その様子にその人物はため息をついた。
「…これだからクズ共は…」
野盗は刀を謎の人物に撃ち込むが、すぐにその刀は弾かれ、そしてその人物の刀で胸を貫かれた。そして、ピクリとも動かなくなる。
少年は、その人物を見上げた後、先程まで彼の立っていたところを見つめる。
月明かりに照らされて、寝転がる3つの人影が見て取れた。
「追い剥ぎか?それとも野盗か…。どちらにしろ、運が悪かったな。少年。」
その人物は、男だった。
声変わりした低い声。
そして、その男性の姿は少年にとって、とても神々しく見えた。
「ま、ひとまず次の町までは送り届けてやるから、そっからは自分で生きろ。分かったな。」
「う、うん…」
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俺は、殺れる。
国も、平安も知らない。
俺は、俺の為すべき
敵は斬る。
…ただ、それだけだーー。
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人を殺す。
それは存外、簡単なことではございませぬ。
たとえ憎しみを持とうとも、人の理性がそれを止めるもの。
…つまり、今の虎影は、憎しみが理性を上回ったということ。
もう、彼を止められる者は誰もいないのであります。
…いま、この状況においてはーー。
1丈が大体3メートルなんで、三丈は大体9メートルっすね。
それではまた次回。