エリカ可愛いヤッターをしたいだけの小説   作:†土鍋†

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第二話

 がしゃこーんと軽い音が夜気を切り裂き、それに驚いた虫ポケモンの鳴き声が一瞬止まる。仰々しく言ったがなんのこっちゃない、ただ俺が自動販売機で飲み物を買った音だ。

 

 三本購入した飲み物のうち二本はサイコソーダ、そして残りの一本は。

 

「……ほらよ」

 

 暖かいココアをエリカへと差し出した。

 彼女は俺から話しかけられたのが意外そうに目を(しばたた)かせたかと思えば、寒そうに指先を重ねるも首をふいっと背けると吐息のようにかすれた声を漏らした。

 

「……いえ、結構ですわ」

「気にすんな。横で寒そうにされていたら俺の気分が落ち込む、だから俺の為にやってんだよ」

 

 その一言とともに彼女の膝にココアを乗っける。返事を求めずにその場から踵を返し、俺とブラッキーとでちびちびサイコソーダを傾けていると……声をかけられた。

 

「……ありがとうございます」

「ん、どういたしまして」

 

 俺の為だつってんのに律儀というかなんというか。

 どうやらココアを飲んだらしい、虫の声に紛れてほうっと息を吐く音が聞こえる。

 

 花樫エリカ、彼女は俺のクラスメイトにして前世でも見たポケモンのジムリーダーだ。ゲームではジムチャレンジャーを待つ間寝息を立てていたり、同じジムリーダーであるミカンをからかったりと天然でおおらかな様子を見せていた。だが、現実ではすこし様子が違っていた。

 

 休み時間も教材を開いて勉強に励み、クラスメイトと交友を持つ様子もない。学校が終われば足早に帰宅。習い事に汗を流しているらしく、何度か表彰されていた。学校きっての才女でありお嬢様、それが俺の印象だ。

 ちらりと姿を伺いみる。学校指定のセーラー服に身を包み、膝をきっちり揃えてブランコに腰掛け、両手で抱えたココアの缶を揺らしていた。

 

 話は変わるが自動販売機で売られている飲み物にはポケモン専用のものがある。普通の缶ジュースとは違い、食品の缶詰のように横に広く飲み口が大きく作られている。勢いよくサイコソーダを飲みほしたブラッキーは缶に手を突っ込んではその手を舐めていた。

 

「端で手をきるなよ」

「ブイっ」

 

 言うまでもなかったようだ。

 

「あー、その、なんだ。お前、ポケモンは?」

 

 腰を浮かせる事なくブランコの方へと振り返ると、俺は彼女に声をかけた。

 声をかけられたエリカは肩を小さく跳ねさせると俺の方を見る事なく声を漏らす。

 

「……家、に」

「おおう」

 

 夜に活動するポケモンの中には危ないものもいる。ポケモンをボールから出していない事に疑問を抱けば、頭が痛くなるような答えが返ってきた。

 そもそも、タマムシシティは決して治安が良いとは言えない。カントー随一の発展した町のせいか町のはずれには暴走族が群れているし、まだ存在が明るみに出ていないポケモンマフィア、ロケット団の存在もある。近日タマムシゲームコーナーが開店すると学校で話題に上がっていたから既に町で暗躍しているのだろう。

 ただでさえ人目を集める容姿だというのに危機感が足りない。忠告の一つや二つでもぶん投げようかと思ったが寸でのところで思いとどまる。

 バツの悪そうな様子から自覚してるだろうし、そもそも様子がおかしいし。なんかあったんだろうな。

 

「あんま遅くなる前に帰れよ」

 

 今まで会話もしたことのないクラスメイトが言える事なんてこの程度のものだ。当たり障りのない言葉でお茶を濁すと尻を浮かせてまたその場で反転する。

 ふわふわ柔らかいブラッキーの首筋を撫でつつ、心地の良い夜気に浸りながらゆっくりと流れる時間を楽しむことに決めた。

 

 

 五分たち、十分たち、そしてまた五分が過ぎた。

 

 

 ……視線を感じる。擬音をつけるのならば、ちらちらとか、そういう類の。

 かといって俺が振り返ればエリカは慌ててそっぽを向いてみせる。居心地が悪い。意を決して口を開いた。

 

「なんだ」

「いえ、その……」

 

 言葉を模索するように口を閉じた彼女の言葉の続きを無言で待つ。

 たっぷり間を取った後、彼女は再び口を開いた

 

「楽しそうだな、と、思いまして」

 

 エリカ自身何を言っているのかわからなくなったのだろう、途中から声はどんどん小さくなり自問するような口ぶりだった。

 ちょいちょいと手招きしながら、

 

「おう楽しいぞ。ブラッキー貸すからちょっと来い」

 

 物扱いされた相棒が不満の声を上げるが聞こえないふりをする。先ほどのサイコソーダで気を静めてくれ。

 俺の言葉を聞いたエリカはブランコから立ち上がりこちらへと歩を進める。ピンと伸びた背筋に気品を感じ、改めてお嬢様だなーっとアホみたいな感想を抱いた。

 きっかり一人分間を開けて所在なさげに立ち尽くす彼女に人差し指で地面をさす。脳裏にジャージの上を地面に敷いたほうが良いかという考えが過るが、今は不必要だろうと自答する。汚すくらいが丁度良いのだ。

 おずおずといった様子で腰を下ろすのを後目に、俺は立ち上がるとブランコへと足を進めた。知らん人が横にいると気持ちが楽になるもんもならないだろう。

 

「わっ」

 

 ブランコに腰を下ろし様子を見遣れば、ぎこちなく距離を測る一人と一匹の姿に苦笑が漏れた。すんすんとエリカの匂いを嗅いでいたブラッキーが頭をこすりつける。どうだ、俺の相棒は可愛いだろう。人の好き嫌いこそ激しいが気に入にいった人には優しいのだ。ワハハ。

 

 ぎーこぎーこ勢いよくブランコを漕ぎながらポケモンと戯れる美少女を眺める。……こういうと変態くさいな、俺。でもまあやっぱいいもんだ。小さく笑い声を零したエリカの姿にそう思った。

 

 

 ●

 

 

「お父様と喧嘩してしまったんです」

 

 気の済むまでブラッキーを愛でていた彼女は人心地ついたのか、ぽつりとそう漏らした。

 

「……なるほどな」

 

 その言葉を聞いて返事を返すまでに間が開いたことを誰か理解してほしい。人と喧嘩する印象がなかったので驚きを隠しきれなった。

 俯いたエリカの表情は窺い知れない。月の光を受けてキラキラと輝くその様はどこか現実感がなく、そのまま夜に溶けて消えてしまいそうだった。

 陽の下じゃ闊達(かったつ)に見えたが、今では驚くほどに小さくか細い。どうやら喧嘩した事が相当応えているらしい。

 

 真面目かよ。

 

「言いたいことは言ったのか?」

「え?」

「言いたいことだよ、言いたいこと。喧嘩する程にため込んだ感情を伝えずに拗れるのが一番良くないし、取返しがつかないもんだよ。思ってる事は伝えたのか?」

「……はい」

「そ。良かったな」

 

 これはガチ。前世での古傷が痛んでうっと苦しくなる。

 心の底から良かったと伝えれば、エリカは驚いた様子で目を丸くした。

 

「父親はクソ野郎で嫌いだったりするのか?」

「――――いえっ! そんなことはありません、尊敬できる人ですっ!」

「んじゃ大丈夫だろ、っつうのも無責任な言葉だけどさ。お前が尊敬できる人って言うなら後で言われた言葉を理解してくれるよ」

 

 今は年頃の娘が飛び出したと死ぬほど焦り、喧嘩した内容にまで気がいかないだろうけども。

 にしても、だ。柄にもない事を言った。気恥ずかしくなって顔をそむける。運動の余韻なんてとっくに消え去ったにも関わらず顔が熱い。

 

「余計な口出しして悪かったな」

「そんなことありません。話をしてよかったと、そう思います」

「……そうかよ」

 

 感情のこもった返事だった。

 

 顔をそむけたまま公園に設置された街灯の胴体を見つめる。妙な圧迫感のようなものを感じてじりじりと()る心を落ち着かせるためにゆっくり息を吸った。

 そんなことじゃ落ち着ける訳もなく、痒いような叫びたいような感情の衝動そのままに口を開く。これじゃ自分の中で消化できない感情の空転(くうてん)に巻き込んだようなものだ。だっせえな俺と思いつつもぽろりと零れた言葉は意味を持ってしまう。

 

「お前、真面目過ぎる」

 

 ガシガシと頭をかきながら言葉を重ねる。

 

「もっと気楽によ、自分に素直にっつーか、気にしすぎっつうか。もっと、悪くなっちまえよ」

 

 エリカの横にいるブラッキー(あくタイプ)が目に付いてしまったのだ。悪くってなんだよ、悪くって。もっと他にあんだろ。

 先ほどとは別の意味で顔が熱を持つ。指先が嫌に冷たい。

 エリカの顔を見ることができずに視線をあっちへこっちへ彷徨わせた後、覚悟を決めて顔を見た。

 

 

 キラキラと、輝いていた。

 瞳が。

 

 

「――秋穂さん」

 

 驚きすぎて空気の塊が喉奥につっかえる。秋穂直樹(あきほなおき)、俺の名前だ。クラスの端っこでひっそり生きてる俺の名前を覚えていたのか。

 

 エリカはその場ですっと立ち上がると胸の前で小さく握りこぶしを二つ作る。ふんっと息を鋭く吐き、むんっと決意をするように口が結ばれた。

 

「かっこいいですわね、悪いっ!」

 

 先ほどまでの焦燥はなりを潜め、花開くように顔がほころんだ。

 

 ……やばいスイッチを押してしまったかもしれない。エリカはドが付くほどの天然である。そして俺たちの今の年齢は14歳、所謂(いわゆる)厨二病と呼ばれるかっけええものにどうしようもなく惹かれて已まない年齢で。

 引きつった笑いをかみ殺すのに必死だった。

 

 俺は、取返しのつかないことを、言ってしまった。のだろう。

 

 

 

 ――その予感は翌日に現実の物となった。




この後エリカは公衆電話で車を呼んで帰宅しました。
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