エリカ可愛いヤッターをしたいだけの小説   作:†土鍋†

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第三話

 やわらかい日差しを一身に受けるように(はぎ)臙脂色(えんじいろ)の頭を垂れている。

 

 鮮烈な緑色と張り合うように実った華々しい花が、夏の終わりと秋の訪れを告げていた。

 放課後の喧騒から真っ先に離れた()()()は校舎に背を向けて歩いていた。先導者は俺。行き先はとりあえずなんか楽しそうな場所。わぁーいふわっふわだあ!

 

 横を歩く同行者は足音軽く鼻歌でも歌いそうなテンションで。

 遠い目で辺りをぼんやり眺めていると、民家の薄ガラスに反射する、覇気のないぼんやりとした印象を受ける黒髪で細見の男。その横を歩く目の覚めるような美少女の姿。

 

 つまり、俺とエリカだった。

 

 悪い事について教えろ。その言葉に拒否を示しきれなかった俺には、お嬢様のエスコートをこなす以外に選べる道はなかった。

 

「お前」

「どうかしましたか?」

「……いや、なんでもない」

 

 父親との喧嘩は大丈夫だったのか、俺と放課後出歩いていいのかよ、浮かんだ疑問を飲み込む。深入りして良いのかもわからんし、下手に水を差すのも悪いだろう。

 ……とはいえ状況に流されっぱなしというのは趣味じゃない。

 ならば精一杯悪い事を教えてこの優等生お嬢様を誑かしてやろう、口の端を歪ませ下卑(げび)た笑みを形作った。

 

「花樫は財布、持ち歩いてる?」

「ええ、ポケモンに何かあった時の為に、常に」

 

 ――よろしい。まずは買い食いだ。

 

 

 ●

 

 

 薄桃色の唇がめいいっぱい大きく開かれる。

 ホクホクと湯気が立つ串カツが口元に運ばれ、俺からすると控えめの量のカツが口の中に消えた。瞬間、エリカの顔全体が蕩ける。新雪のように白い頬は仄かに赤く染まり、串を持たない左手が頬に添えられた。

 

 言葉よりも雄弁に語る表情を見た俺は思わず小さくガッツポーズ。うまいんだよな、この屋台の串カツ。

 

 冷めないうちにと俺もカツをほおばる。わざとらしいほどのソース味が口いっぱいに広がったかと思えば、数瞬遅れてガツンとした肉のうまみが主張を始める。一口食べればもう止まらない。ソースとうまみの黄金比が俺を駆り立て、気が付けばあっという間にカツを食べきってしまっていた。

 

 早々に食い切った俺は口回りについたソースをティッシュでふき取りながら、美味そうにモグモグカツを食べるエリカを見て――敗北感を抱いた。

 

 コイツ、カツを食べてるというのに口回りが汚れていない……だと……。食べ方が綺麗過ぎる。

 

 最後のカツを口に放り込み、満足気にふぅっと息を漏らしたエリカと目があう。

 瞬間、ぼふっと効果音が付きそうな勢いで彼女の顔が染まり、そっぽを向いて唇を尖らせる。

 

「食べられるところをじっと見られるのは、その、は、恥ずかしいですわ」

「――はははっ!」

 

 悪い事を教えろと俺に詰め寄った時の方がよっぽど恥ずかしいだろ。ツボずれてるって。こらえきれなくなって吹き出した笑いが響く。

 

 現在俺たちはタマムシ中央通りにある休憩スペース内の、小型の円形テーブルを囲む椅子に腰かけている。

 右を見て左を見て、通行人の関心を集めている事に気が付いたエリカはその白い肌を耳の先まで赤く染め、ポケットから取り出したハンカチを俺の顔にぐりぐりと押し当ててくる。

 

「笑いすぎですっ!」

 

 と言われても笑いなんて自分でコントロールできるものじゃないし。

 視界を隠すように広げられたハンカチの隙間から見えるエリカはへにょりと顔を崩して本気で恥じているのがわかり、それが余計に面白く感じてダメだった。

 

 波が引いたころにはすっかり拗ねた顔のエリカがいた。

 

「笑いすぎた、悪いな」

「……まだ顔が笑ってましてよ」

 

 謝るには早かったらしい。とはいえ本気で怒っている訳ではないらしく。

 

「次、行くか」

 

 その言葉に彼女は渋ることなく椅子から立ち上がった。

 

 

 悪いこと第二弾と言えば帰宅途中の寄り道。最上級ともなれば、やっぱりゲームセンターだろう。

 

 

 ロケット団が運営しているゲーセンとは別の店へ足を運ぶ。扉を開けた途端に(あふ)れた音の洪水にひるむエリカの姿が微笑ましく、ふつふつと湧く笑いをどうにか誤魔化そうとするもバレて冷ややかな目で見られた。

 

 最先端でありながら懐かしさを感じるドット絵の格闘ゲームを無理やりプレイさせたり、UFOキャッチャーの景品のポケモンぬいぐるみに目を輝かすエリカの為に二人で奮闘したり、音ゲーに触るもワンテンポ遅れてえいっえいっと声を漏らしながらボタンを押す姿に遠慮なく噴き出したり。

 

 ゲーセンに疲れた彼女を休ませるために店から出て、都心から少し離れて自然に満ちた郊外へと足を進めれば挑まれるポケモンバトル。

 ブラッキーvsリザードの対戦中、ほのおのうずに巻き込まれて怒った野生のオニドリルの群れから必死に逃げたり。

 

 二人して疲労感に包まれ小川のほとりで休んだりしていれば、辺りはすっかり夕暮れに包まれていた。

 

 

 

「今日は――楽しかったです」

 

 俺の横を歩くエリカがぽつりと呟く。

 

「そうか、良かったな」

 

 家族やポケモン以外の歩幅を気にして歩くのはなんとも不思議な感覚だった。石畳に伸びる二人の影を見ながら適当に言葉を返す。

 そんな俺の態度が気に食わなかったのか、エリカは足音軽く俺の一歩前に立つと踵を返した。

 

「私は! 楽しかったですわ!」

 

 言外(げんがい)に俺はどうだったのかと力技で聞いてやがる。

 こいつ、口調こそ変わらないがどんどん遠慮が抜けて行ってるな。別に悪かないけどさ。

 エリカの瞳が夕日を受けて眩しそうにそっと伏せられる。それでも体の向きは直さない。

 

「……俺も楽しかったよ」

 

 俺の返事を聞いた彼女は満足げに頷き、くるりと反転した。スカートの裾がふわりと翻る。

 延びる影は先程よりもほんの少しだけ距離が小さくなっていた。

 

「特に花樫がワンテンポ遅れて音ゲーを叩く姿は最高だったな。面白かった」

「失礼なっ」

 

 ぺしんと二の腕を叩かれる。力は入ってなくてこれっぽっちも痛くない。やってやったぜと言わんばかりに満足げに吐息を漏らすエリカの姿にまた声を出して笑う。

 

 ひと際強い風が吹いて、数舜、間が開いた。

 

「……帰るかー」

 

 我ながら随分と気の抜けた声だった。綿を千切ったような雲の狭間に浮かぶ太陽は刻々(こくこく)沈みつつある。

 

「秋穂さん」

「なんだ」

「……なんでもない、ですわ」

 

 何でもないと言うのならば、なんでもないのだろう。口の中でそうかという三文字を転がす。

 先ほどまでの喧騒が嘘のように二人とも口を開かずに帰路を歩く。嫌なものではなく、ゆっくりとして心地よい、ぬるま湯に浸るような静寂だった。

 

「秋穂さん」

 

 真摯で、澄んだ声だった。今日交わした言葉の何よりも感情のこもった声色だが、一言では込められたものを伺い知ることはできない。

 続きを促すように、ん、と言葉を返す。

 

「私――こうやって遊ぶの、初めてでした」

 

 そして、淡く微笑する。

 ただ人と遊んだだけだってのに、彼女はとても嬉しそうに呟いた。

 伸びる影が揺れ動く。

 エリカは指と指を絡ませたあと、大事な物をしまうように胸に手を当てた。

 

「遊んだことだけじゃありません。昨夜の、素直でも良い、悪くなって良いということも。考えたことすら……ありませんでした」

 

 彼女の足が止まり、つられて俺の足も止まる。微かに揺れ動く瞳が俺を見て離さない。

 

「なので、素直になろうと思います」

 

 滔々(とうとう)と流れる言葉こそ変わらず、表情の質が変わった。悪戯気というか、楽しそうというか。

 どこか挑発するようなその表情に喉が鳴る。

 

「私の友達になってください」

 

 ――緊張していた体から一気に力が抜けた。知らず知らず手のひらに汗をかいていたらしい、スラックスで汗を拭う。

 勘違い、しかけていた。空気に呑まれるところだった。危なかった。

 

「……人たらしめ」

 

 呻くように言葉が漏れる。事実上の敗北宣言だ。いや、別に張り合っていた訳じゃないんだけどさ。

 エリカは甚く緊張した面持ちで俺の返事を待っていた。きっと、さっきの俺もこんな感じだったのだろう。小さな笑いをこぼすと、もごもご返事を吟味(ぎんみ)する。

 この感情を言葉で表すにはかなり気恥ずかしいが、しかし、プルプルと小刻みに震え始めたエリカをこれ以上待たすのも酷な話だろう。

 

「これから宜しく。また明日」

 

 ――心底ほっとしたような、満たされたような、そんな笑みが返ってきた。

 

 辺り一面夕焼けに染まっていて本当に良かった。白状すると、俺は彼女の笑顔にどうしようもなく見惚(みと)れたのだ。

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