真実のノート   作:紫 李鳥

1 / 5


 

 

 当時、テレビや週刊誌は、矢口雅子(やぐちまさこ)に〈鬼母〉のレッテルを貼って、毎日のように面白おかしく取り上げていた。

 

「――ミナちゃんの死は、鬼のような母親の虐待によるもので、小さな体に残された無数のアザが、その痛ましさを物語っています」

 

 インタビュアー「ミナちゃんはどんな子だった?」

 

 女子生徒A「……目立たない子だった」

 

 インタビュアー「友だちはいた?」

 

 女子生徒A「……いなかったと思うけど。ね?」

 

 女子生徒B「うん。あまり話さなかったから」

 

 インタビュアー「勉強はできた?」

 

 女子生徒B「……ふつうかな。ね?」

 

 女子生徒A「うん。真ん中ぐらいだった」

 

 インタビュアー「今回の事件を知ってどう思った?」

 

 女子生徒A「……ひどいお母さんだと思った」

 

 女子生徒B「かわいそうだと思った」

 

 

 

 傷害致死で逮捕された雅子は、自らの罪を認めていた。

 

「若い男ができて、子供が邪魔になったか」

 

 辣腕(らつわん)で知られる伊東(いとう)が冷酷無比な物の言い方をした。

 

「そうだって、さっきから言ってるじゃない」

 

 黒ゴムで束ねたボサボサの髪で、雅子は開き直ったように吐き捨てた。

 

「腹を痛めて産んだ子より、男のほうが大事か」

 

「そのとおり。だから、早く死刑にしてよ」

 

 伊東を睨み付けた。

 

「……」

 

 釈然としなかった伊東は腕組みをすると、大きな鼻息を立てた。

 

 取調室を出ると、週刊誌Mの社会面を担当している野上(のがみ)が顔を据えていた。五つ六つ下の野上とは長年の腐れ縁で、情報交換及び飲み友達といった形態だった。

 

「やっぱり、自分が()ったって?」

 

 野上が毛虫のような眉を尺取り虫にした。

 

「ああ。(かたく)なだ。覆しそうもない」

 

 半分諦めたように肩を落とした。

 

「……何か証拠を見付けますよ。今夜、いつもの店で九時に待ってますから」

 

「ああ。少し遅れるかも」

 

 軽く右手を上げると背を向けた。

 

 今回の事件に関しては、二人とも同意見だった。つまり、雅子はシロだと言うことだ。誰のために罪を被るのかは言わずと知れた内縁の夫、岩水学(いわみずまなぶ)だ。

 

 五年前に前夫と離婚した雅子は、女手一つでミナを育ててきた。岩水と同居を始めたのは二ヶ月前。岩水は、パート先のコンビニで知り合った二十五歳のフリーターだった。

 

「――虐待をしてたのは、あんたのほうじゃないのか」

 

「ち、ち、違います。僕はミナちゃんのことを可愛いと思ってました……」

 

 気の弱そうな岩水は狼狽(うろた)えていた。

 

 ……死人に口無しか。岩水に疑いを抱いても物証がない。ましてや、雅子が自白している以上、二進も三進も(にっちもさっちも)行かなかった。

 

 インタビュアー「××さんはどんな人でした」

 

 コンビニ店長「そうですね……。特に愛想がいいと言う訳ではありませんが、これといったミスもなく、仕事はちゃんとこなしてましたね」

 

 インタビュアー「今回の事件を知って、どう思われました?」

 

 コンビニ店長「いやあ……、びっくりしました。えっ、あの人がまさかって感じでした。確かに、ちょっと冷たい感じはしましたけど」

 

 インタビュアー「一緒に働いていた、内縁の夫とされるIさんはどんな人でした?」

 

 コンビニ店長「いやあ、彼はまじめでしたよ。口数も少なくておとなしい感じでした。……しかし、彼もとんだ災難ですよね?××さんと知り合ったばかりに、とんだとばっちりを受けて」

 

 

 ――野上が二杯目のチューハイに口を付けた頃、伊東が慌ててやって来た。

 

「すまん、すまん」

 

 ビールを注文すると、店員からおしぼりを受け取った。

 

「無実だという物証がないと、当然、逮捕ですよね」

 

 野上はいきなり本題に入った。

 

「ちょっと待てよ」

 

 伊東は自分のグラスにビールを注ぎながら野上を一瞥(いちべつ)した。

 

「お疲れ」

 

 野上の手にしたグラスに当てると、伊東はゴクゴクと(うま)そうな音を立てると、あ~、と満足げな声を漏らした。

 

「仕事が終わってからの酒は五臓六腑(ごぞうろっぷ)に染み渡るなぁ」

 

「毎日、染みてるじゃないですか」

 

 野上が嫌味を言った。

 

「たまには抜いてるさ」

 

 そう言いながら、野上が食べ残したゲソをつまんだ。

 

「で、やっぱり、逮捕になるんですか」

 

 野上が話を戻した。

 

「うむ……。仕方ないだろ、本人が殺したと言ってるんだから。無実だという証拠がない限り。直接の死因も、脳内出血によるものだ。雅子の供述どおりだし……」

 

「……どうにかして、無実の証拠を掴みたいな」

 

「……どうして、そこまで熱を入れるんだ?」

 

 伊東が細い目を開いた。

 

「……幼い頃に死んだ姉に似てるんですよ。無愛想だったけど優しかった。(じょう)があって……。なんとなく雰囲気が似てるもんだから」

 

 野上が珍しく神妙な顔をした。

 

「……助けてやりたいか」

 

 ビールを注ぎながら顔を上げた。

 

「……ええ」

 

 真剣な顔を構えた。

 

 伊東は、空咳の後に両肘をつくと前のめりになって、

 

「俺達が見落としている証拠が家の中にあるかもしれない。雅子宅は現在、誰も居ないよね」

 

 そこまで耳打ちすると離れて、また空咳をした。

 

「……銀鱈(ぎんだら)の煮付けを注文していいか?」

 

 伊東が情報提供の報酬をねだった。野上は感謝するかのように口角を上げると頷いた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。