呪霊の天敵、もしくは頭グルメスパイザー   作:泣き虫くん

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虹の実事変、勃発! 高専で何が!?

 五条は最初、ご機嫌だった。

 特級クラスを1体討伐し、1体撃退したのだ。

 それも極ノ番と呼ばれる奥義を凌いだ上での撃退だ。

 学生離れした戦果。

 しかも、その中心に自らが次世代の呪術師として期待する男、トリコと呼ばれる狂人、がいたのだ。

 嬉しくないわけがない。

 あの場にいた生徒たちがその総力を結集して、危機を脱したおかげだろう。

 生徒たちの著しい成長も見てとれた。

 これは一度、トーナメントでも開いてじっくりと彼らの成長具合を確かめてみたかった。

 

「ん? なんかうるさくない?」

 

 ことが全て終わった後の会議にて。

 予想される侵入経路や受けた被害について報告を受けながら、今後の対応を話し合っていた頃合いだった。

 五条は気づいた。

 何か騒がしい、と。

 歌姫も首を傾げる。

 

「本当ね……。生徒たちかしら?」

 

「だろうね。今日の生還は奇跡みたいなもんだから、あいつら浮かれてるんだよ」

 

 実際、あの漏瑚という呪霊の実力はずば抜けていた。

 五条はぶっちぎりで最強だから除外するとして、真正面から対抗できるのはトリコだけだ。

 その極ノ番に至っては、小型の隕石が降ってくるようなもので、トリコでさえ1人では持て余す代物。

 もし、連携がスムーズにいかなかったら、会場丸ごと吹っ飛ばされて、全員死んでいただろう。

 五条がしょうがない、と言わんばかりに立ち上がった。

 

「じゃ、ちょっと行ってこようかな」

 

「五条! まだ会議中よ!」

 

「いいじゃん……別に。

 残ってる議題は交流会を続けるか……でしょ?

 それこそ僕たちが決めることじゃなくて生徒たちが決めるべきことだよ」

 

「そ、それはそうだけど!?」

 

「ま、嫌ならついてこなくてもいいよ。

 僕一人で行くからさ」

 

 もう、議題は出尽くした。

 残っているのは、交流会をどうするか、という一点のみ。

 交流会は生徒のための催し。

 主役である生徒が、交流会を続けるのか、続けないのかを決めるのが道理だろう。

 何人たりとも、若人から青春を奪ってはならない。

 五条はそのポリシーに従う。

 歌姫も、五条の決意が固いと見るや、立ち上がった。

 

「じゃあ、私も行くわ。

 今回は生徒たちに助けられたんだから、お礼も言っておかないとね」

 

「ふむ。儂も付いて行こうかの」

 

「学長自らが!?」

 

 歌姫と楽巌寺は、生徒を助けに、帳の中に潜り込んでいる。

 もし、トリコたちが漏瑚の極ノ番を破壊しなければ、巻き添えで死んでいただろう。

 生徒全員が命の恩人だった。

 それは、宿儺の器・虎杖悠仁であっても、頭グルメスパイザー・トリコであっても変わりはない。

 楽巌寺もそれを認めるほかなかった。

 その改まった様子が面白くなかった五条ではあるが、ともかく、五条は生徒たちの集っている部屋に向かう。

 

「伊地知のやつは何やってるんだろうね〜〜。これは本気ビンタ確定かな」

 

「やめなさいよ」

 

 会議が終わるずっと前。

 補助監督の伊地知に生徒の様子を確認するべく派遣していたため、この騒ぎは伊地知の監督不行きということになる。

 歌姫がそれを窘めた。

 あの問題児どもが伊地知一人の手に負えるわけがない。

 伊地知を責めるのは、酷と言うものだ。

 生徒たちがいる部屋に入った。

 そこには──。

 

「は?」

 

 高専の職員が大勢いた。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 もとより、トリコが食事会を開くことなど、五条にはわかりきっていた。

 しかし、この場には軽く五十人以上はいる。

 生徒全員を集めても、ここまでの人数にはならない。

 明らかに高専職員および関係者も大勢いた。

 

 最初は学生のみのイベントに過ぎないはずだった食事会。

 それが変わるきっかけになったのは、とある1つの食材だった。

 

「さて……メインの時間だ」

 

 呪霊(デザート)をあらかた食べ終わった段階であった。

 頃合いを見計らって出てきたのは黄金に輝く果肉。

 果汁は瞬く間に蒸発し、虹すらも掛かって見えた。

 その存在感は今までに出てきた、極上の呪霊(デザート)群と比しても、頭一つも二つも抜けている。

 

「お待ちかねの花御の果実(虹の実)だ」

 

 静かな地鳴りのように感嘆の声が響いた。

 部屋の底に沈殿するかのような、低くて重い声である。

 すでに虹の実の味は知っている。

 生き延びるために食べたのがこの虹の実だった。

 しかし、あれは緊急時のこと。

 こうやってまじまじと観察をする余裕はなかったし、ゆっくりと味わう時間もなかった。

 

 ──ゴクリ……ッ!

 

 唾を呑む音がやたら大きく聞こえた。

 天にも昇るあの味を、また、味わうことができるのか!?

 全員が期待していた。

 誰しもが心を躍らせていた。

 

 各々がスプーンを手に取り、果肉を掬う。

 まるで、金でも載せているかのような重量感に、一同の興奮はピークに達した。

 そして──。

 

「……うっまぁ」

 

 微かな声が、吐息のように漏れていた。

 口内で広がったのは、どこまでも鮮烈な味。

 一回噛むごとに変化する味は、まるで、七色の虹のよう。

 こうやってゆっくり味わうと、また、改めてこの味の非常識さを思い知るようだった。

 その味わいの中に、また前回とは違うものがあった。

 それは軽く噛んだだけでパリパリと砕けるもの。

 砕けたそれには豊かな甘みがある。

 虹の実に負けないだけの主張をしつつも、それと見事に調和している。

 引き立ててすらいる。

 生徒たちは、その正体に自ずとたどり着いた。

 

 ──極ノ番・隕(ラヴァ・ザラーメ)

 

 漏瑚(マグマシロップ)の豊かな糖分が冷え固まりできた一種の砂糖。

 砕けたそれらが花御の果実(虹の実)に振りかけてあった。

 それは謂わば、花御(森)と漏瑚(火山)のコラボレーション。

 あり得ないはずの組み合わせは、しかし、互いが互いを引き立てており、それは当人同士の関係性をも連想させる。

 彼らはつい、取り逃した漏瑚(マグマシロップ)の心に思いを馳せてしまう。

 

 ──礼をしなければ。

 

 巨大な感情が去来する。

 それは感動をも超えた、感謝の念。

 彼らは感謝していた。

 漏瑚(マグマシロップ)に襲われた。

 逃げた先では、虎杖と東堂が花御(デザートツリー)と戦っていた。

 花御(デザートツリー)を食材化する(祓う)もそれを目撃した漏瑚(マグマシロップ)が激昂した。

 極ノ番・隕(ラヴァ・ザラーメ)を見て絶望しかけるも、トリコによって奮起した。

 花御の果実(虹の実)を食べて力を得た。

 その力を合わせて極ノ番・隕(ラヴァ・ザラーメ)を破壊して、漏瑚(マグマシロップ)を退けた。

 それらの何か一つでも欠けていれば、今、この味を堪能することはできなかった。

 敵であるはずの呪霊も、この味に辿り着くための、欠かせないピースの一つなのだ。

 

 ならば、そこには感謝しか存在せず、敵意など存在しようがない。

 それは口内の味とともに、彼らの全身を巡り、満たす。

 一同は感謝の念に全身を浸しているかのような錯覚を抱いた。

 

「デザート……決まりだ……」

 

 彼らの念により訪れた神聖な静けさ。

 その中で、一同は不思議な感覚を共有していた。

 虹の実と書かれた純白のプレート。

 宙を漂うそれがどこぞへと吸い寄せられていく。

 その先にあったのは──。

 

「花御の果実(虹の実)を俺のフルコースの1メニューに加える!」

 

 万感の思いを込めたトリコの言葉が契機となった。

 カッシャァアアン!

 虹の実と書かれたプレートが大仰な音を立てて収まったのはフルコースと思しきメニュー表。

 前菜、スープ、魚料理、肉料理、メイン、サラダ、ドリンク、そして──デザート。

 空白だらけの一覧。

 その欄が、一つだけとは言え、たった今埋まったのである。

 虹の実。

 その3文字がデザートの欄に燦然と輝いていた。

 

「高専(IGO)の職員を集めてくれ。

 フルコースのメニューの決定をみんなで祝おうじゃないか」

 

 トリコの宣言が会場に響いたのだった。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

 

 

「だからって、なんでそうなるんだよ!!!」

 

 五条が鋭い声でツッコんだ。

 これまでの経緯を聞いている途中だった。

 トリコのフルコースが決定し、高専の職員を集める段まで聞いて、五条はもう我慢できなかった。

 

 ──そもそも、フルコースってなんだよ!? それが決まることの何がそんなにめでたいんだ!?

 

 美食屋にとってフルコースとは人生を賭けて追い求めるものである。

 それを決めるということは、自らの人生を表現することに他ならない。

 故にその決断は重い。

 無数の呪霊(食材)を食してきても、なお、空欄だったトリコのメニューが決まるとなれば、それはニュースにもなり得る一大事件だ。

 しかし、そんな価値観は五条にない。

 というよりも、この世界には存在しない価値観である。

 何故なら、それはトリコを名乗る狂人が、グルメファンタジー漫画の金字塔『トリコ』から拝借した価値基準に過ぎないからである。

 

「そもそも、誰だよ!? こんだけの人数を集めた奴は!?」

 

「それは私です」

 

「伊地知! 嘘だろ!?」

 

 通常業務の報告のような伊地知の返事に、五条は絶叫した。

 意味が分からなかった。

 五条の知る限り、伊地知は常識人だ。

 そして、信頼のできる男でもある。

 常日頃から振り回しているのも、五条なりの甘えであり、決して伊地知を疎ましく思っているわけではないのだ。

 伊地知はこんな大それたことをするような男ではない。

 だから、五条は、事前に伊地知をこの会場に送り込んでいたのだ。

 

 誤算だったのは呪霊(食材)の美味さ。

 それが齎す感動の大きさ、である。

 伊地知は会場でひっそりとことの成り行きを見守っていたため、花御の果実(虹の実)とそれを食べた生徒の反応を間近で見ていた。

 驚いた。

 花御の果実(虹の実)の美しさに。

 生徒たちが美味しさのあまりに涙を流す様子に。

 

 ──ゴクリッ!!!

 

 伊地知は涎を飲み込んでいた。

 一連の流れに心を掴みかけられていた。

 本当ならばご同伴に預かりたいくらいだった。

 あくまで、伊地知は生徒の監視役。

 生徒たちが内輪で呪霊(食材)を楽しむ分には静止に値しない。

 しかし、高専職員にまで勧めるとなれば、止めなければ。

 伊地知は意を決してトリコに声をかけようとしたのだ。

 

「おっと! 悪いな、伊地知さん!

 あんたがいることを忘れていたよ!」

 

「へ!?」

 

 不意にトリコは笑顔を向けてきた。

 息を吸って声を発しようか、という絶妙なタイミング。

 伊地知の言葉は、驚きとなって、霧散する。

 機先を制されていた。

 

「あんたも知っての通り、フルコースのメニューが決まったんでな。

 高専(IGO)の職員たちに花御の果実(虹の実)を振る舞おうと思っているんだが、人集めを頼みたいんだよ」

 

「わ……私が……ですか? し……しかし……」

 

 それはできない。

 かと言って、トリコが詰め寄ってくるのを断るのもまた、難しい。

 会場の異常極まりない雰囲気とトリコの迫力が、凄まじい圧力となって伊地知に乗し掛かっている。

 

「遠慮すんな。

 高専(IGO)の職員にだって、それくらいの役得があってもいいだろ。

 もちろん、あんたにだってな──」

 

「な!?」

 

 差し出されたものを見て、伊地知は驚愕した。

 それは 花御の果実(虹の実)。

 煌びやかに光の粒子を纏っている。

 魅惑的な果実から伊地知は目が離せない。

 飲み込んだはずの唾が再び溢れてくる。

 これを食べたいという欲求を抑えるだけで、伊地知は精一杯だった。

 

「あんたにはうちの五条先生も迷惑をかけてる。遠慮しないで食ってくれよ」

 

「──はい」

 

 伊地知は折れた。

 我慢の限界が頂点に達しようとしていた、その瞬間。

 トリコの労りの言葉が、伊地知の揺らいだ心に突き刺さったのだ。

 伊地知はスプーンを手に持った。

 花御の果実(虹の実)を掬って、それを口に入れた。

 その味は──。

 

「……ッ!? お……おいしぃ……ッ!」

 

 涙が溢れていた。

 極上の味が伊地知の口内はおろか体全体を駆け巡り、多幸感に支配される。

 今までの苦労が報われたかのような感覚に伊地知は息をするのも忘れて、夢中になった。

 

「行ってくれるかい?」

 

「はい。職員を集めてきます。今すぐに……!」

 

 伊地知は駆け出していた。

 花御の果実(虹の実)と極ノ番・隕(ラヴァ・ザラーメ)の甘みという情報の渦により指令が書き換わる。

 この感動を──。

 この幸福を──。

 もっと多くの人に届けること。

 それこそが伊地知の新たな使命となった。

 

 そして、これこそが事態を悪化させる要因だった。

 より多くの人に花御の果実(虹の実)の味を届けられるか否かは、高専職員を会場に連れてこれるかに掛かっている。

 花御の果実(虹の実)を一緒に食べませんか、というわけにもいかない。

 適当な理由を付けて、不審がられないで、会場まで連れてこなければならなかった。

 

 その点、伊地知ほどの適任はいなかった。

 伊地知は優秀な補助監督である。

 補助監督は呪術師が円滑に行動できるように手配するのが主業務だ。

 そのためには、政府の機関や地方自治体などの関係各所に、話を通しておくことは欠かせない。

 提出する書類などには、呪霊などの存在を伏せつつ、現実的にあり得る範囲で事情を書き記す必要がある。

 聞き込み調査などを行う際には、それが顕著となる。

 情報を収集する以上、踏み込んだ話をせざるを得ない場合も多いが、それで呪霊などの存在が露呈しては本末転倒。

 詳細な話をする場合、呪霊などに関することは秘匿した上で説明を行い、納得してもらわなければならない。

 

 説明し納得させること。

 それは補助監督として、求められる能力の一つだった。

 伊地知がこの能力に長けていないはずがない。

 現場で培った能力と技術を駆使して、伊地知は高専職員を集めたのだった。

 

「しかし、トリコさんすいません。

 本当はもっと人を集めたかったのですが、私ではこれが限界でした」

 

「伊地知さんは十分頑張ったさ。

 花御の果実(虹の実)はまだまだある。

 楽しんでいってくれ」

 

「……トリコさん!」

 

「なにこれ?」

 

 目の前で繰り広げられる会話に、五条はめまいがした。

 確かに、みんなには強くなって欲しい、とは思っていた。

 親友を置いてきぼりにしてしまった過去。

 悔やんでも悔やみきれない過ちを、もう2度と繰り返さないために──。

 最強たる自分自身に置いていかれない位、みんなには強くなって欲しかった。

 

 だからと言ってこれはないだろう。

 五条はあくまでみんなに付いて来て欲しかっただけ。

 五条を置いてきぼりにして、茶番をやってくれなどと、頼んだ覚えはない。

 

「五条先生……祝ってくれるかい? 俺のフルコースのデザートの決定を」

 

「トリコ……」

 

 元凶のトリコが微笑んでいる。

 憎たらしいほどに澄み渡っている微笑がそこにはあった。

 五条は釣られて笑い、トリコが差し出してきた花御の果実(虹の実)を受け──。

 

「──そんなわけないだろ! 蒼! 黒閃!!!」

 

「ぎゃぁぁああああああ!!!?」

 

 取らなかった!

 制裁の一撃がトリコに放たれた。

 ちなみにこの出来事は後に虹の実事変として、吹聴されることになる。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 そして、五条による制裁でトリコが吹っ飛ばされたその翌日。

 交流会2日目。

 高専生たちは運動場に集まっていた。

 種目は──。

 

「チキチキ呪術トーナメント!」

 

 個人戦、すなわち、1対1の戦いである。

 もとより、ルーチンワークが嫌いな五条は2日目を野球にしようと画策していたものの、人知れずそれを取り下げていた。

 理由は1日目に起きた乱入騒ぎにより、呪霊を食したものたちの経過観察。

 図らずとも起きたパワーアップイベントの後で、その力を試す機会がないというのはあまりにも勿体無い。

 この機会をもっと活用するべき。

 裏で何らかの謀を仕掛けている連中のことを思えば、なおさらだった。

 

「よーっし、じゃあ一回戦、行ってみよう! 歌姫、なんか挨拶して!」

 

「何も用意してないわよ! このバカ!」

 

「えーノリわるっ!」

 

 生徒たちに成長の機会を与える僕って最高の教師だよね、という自画自賛の感情を隠すことなく五条はハイテンションでテキパキと準備を行った。

 ときおり、歌姫をからかうのも忘れない。

 

 そんなこんなで始まったトーナメント。

 五条は、否、五条以外の先生たちもその成長具合に目を見張ることになる。

 

「はーい、一回戦、トリコ対加茂憲紀……いやーご愁傷様だね」

 

 よりにもよってトリコと一回戦から当たってしまった糸目の青年、加茂。

 誰もが加茂が見せ場なく敗北することを予想した。

 

 そんな予想に反し、彼は進化した術式によって躍動した。

 術の精度が上がったことにより、血液でできた複数の円刃を同時に飛ばしていたのだ。

 驚くべきはその血刃の出どころだ。

 加茂の赤血操術は自身の血液を操作する術式。

 自身の血液を操る以上、体外に放出できる血液の量には限りがある。

 それを補うために加茂は自身の血を輸血パックに入れて持ち歩き、いざという時にそれを使っていた。

 しかし、加茂は輸血パックなど微塵も使っていなかった。

 自前の血を用いて、血刃を飛ばしていたのだ。

 そんなことを可能にする呪術は──。

 

「反転術式使ってるよ」

 

「嘘でしょ! だって、反転術式は……」

 

「確かに、やろうと思ってやれるもんじゃないけど、できてるんだからしょうがないでしょ」

 

 歌姫の甲高い声を払うように五条は言った。

 反転術式は呪力と呪力を掛け合わせ、正の力を生む高等技術。

 欠損した肉体すら復元できる反転術式ならば血液も生み出せるだろう。

 しかし、それは五条ですら死に際にギリギリで掴んだもの。

 確かに加茂は死を強く意識する状況で反転術式を会得したが、呪霊(食材)の効果を勘定に入れたとしても、信じられるものではない。

 

 事実、反転術式を会得した裏側には発想の転換があった。

 鍵は赤血操術の仕様にある。

 赤血操術とはその名の通り、血を操る術式。

 その使い手である加茂にとって、血に意識を這わせること自体は造作もない。

 血液を1つの臓器として捉えることは、赤血操術を使う上での初歩だからだ。

 であるのならば、可能であるはずだった。

 骨髄で血液が造られている感覚を掴むことは。

 

 そして、これこそが反転術式へと至る道筋だった。

 反転術式において、身体を復元する際に血は自動的に補填される。

 つまり、逆を言えば、造血の感覚から逆算すれば、反転術式かそれに近いものに辿り着くことも可能なはず。

 そのひらめきに加茂は全てを賭けた。

 

 加茂の賭けは功を奏した。

 呪霊(食材)により向上した術式性能、および、死に際により研ぎ澄まされた感覚の相乗効果により、加茂は造血の核心を掴む。

 見事、呪力で血液を補填することに成功したのだった。

 

「勝者! トリコ! いやぁー憲紀も残念だったね。でも、反転術式を習得してたなんて、僕びっくりしちゃったよ」

 

「いえ、まだまだです。呪力の消耗も激しいですし……そもそもの練度が全然足りません。血を造ることにしか使えないですから」

 

「真面目か!」

 

 試合はトリコの圧勝で終わるが、加茂にとっても得るものがあったのだろう。

 五条の称賛に対して、謙遜しつつも、どこか満足げに応えて試合場の外に出ようとした。

 のだったが──。

 

「そういえば、トリコ。お前に聞きたいことがある」

 

「なんだい?」

 

「あのとき俺たちと一緒にあの隕石に立ち向かったのは何故だ?

 お前の実力なら1人で逃げても助かる可能性は十分にあったはずだ」

 

 去り際に加茂は訊いた。

 トリコほどの実力があるなら直撃さえ免れれば助かる可能性は十分にあったように、加茂には思えた。

 敢えて立ち向かった理由。

 それを聞いておきたかったのだ。

 トリコはあっけらかんと答える。

 

「その方が美味い飯を食えるからに決まってるだろ」

 

 ただ美味い飯を食いたい。

 額面通りに受け止めれば、自分のことしか考えていない台詞だ。

 それでも、加茂はそれ以上の響きがこの言葉にあるように思えて仕方なかった。

 現に、トリコが奮起を促したおかげで、特級の攻撃を凌いだ今がある。

 トリコは決して皆のために頑張ったなどとは言わないだろう。

 どこまでも自分本位な理由を糧にこれからも動いていくはずだ。

 それでも──。

 

「そうか、それは良い理由だな……」

 

 その過程の中で救われる命があることはすでに実証されている。

 そうである以上、トリコを認めない理由は何処にもなかった。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 初っ端から反転術式の会得というインパクト。

 続く生徒たちの成長っぷりも教員を満足させるものだった。

 

 虎杖は逕庭拳と通常の打撃をものの見事に使い分けられるようになっていた。

 釘崎は『繋がり』という概念を拡張し打ち出した釘を遠隔で、制約付きではあるものの、操作してみせた。

 順平に至っては、澱月の触手を地面に突き刺して移動するという、どこぞの立体起動にも発展しかねない応用を披露したのだった。

 伏黒も、一度に出せる式神の数と種類が増えており、その組み合わせが増えることにより戦術の幅が増していたのだが。

 

「別にこれが見たいわけじゃないんだよなぁ……いや、悪くはないしむしろいいんだけどさぁ……もっとできるだろって……」

 

「はぁ? なんですか、先生?」

 

 五条は、伏黒に対して思うところがあった。

 そのつぶやきは小声ではっきりとは届かなかったものの、伝わるものはあったらしい。

 伏黒が怪訝な顔で尋ねてくるも、敢えて、ここでは何も言わなかった。

 なお、後日、伏黒は自らの殻を破り、不完全ながらも領域展開を会得するのであるが、それはまた別の話である。

 

 不満を抱いた生徒は一部いたが、その他の生徒の成長具合には満足していた。

 特にこの2人には五条も舌を巻いた。

 その2人とは──。

 

「おいおい、そんなに連射しちゃあ銃が熱くて仕方ないんじゃねぇの……ッ!」

 

「そっちこそ無理な動きをするじゃない……ッ! 身体を壊しても知らないわよッ!」

 

 真希と真依であった。

 

 真希の動きはもはや2級術師どころか1級術師をも凌駕するほどにまでなっている。

 身体能力どころか五感も強化されているらしく、妹の放つ弾丸を、真正面から弾いている。

 対して、妹・真依も呪力の上昇により動きは冴えており、さらにはリロードなしで銃弾を連射し続けている。

 構築術式で銃弾を作っているが、以前なら1発で限界だったはず。

 それが今日は限界などまるでないかのように、弾丸を放っている。

 一体、なぜ、ここまでの変化が起きたのか。

 五条はとある仮説を立てた。

 

「……双子って要素がプラスに働いたんだろうね。

 同じ食材を食べることで、効果を互いに増幅し合うってところかな?」

 

 仮に食材によって呪力が増幅したとして、真希は天与呪縛ゆえにその効果は低くなる。

 現に真希の呪力は増えてはいるが、他と比較すれば物足りない。

 しかし、それは単に効きが悪いというだけの話ではなかった。

 本来ならば、増えるはずだった呪力。

 それは天与呪縛の効果の底上げをしているはずだった。

 

 そしてそれだけに終わらない。

 真希は双子だ。

 本来、天与呪縛により消えるはずだった呪力。

 それはあろうことか呪術的には同一人物とされる双子の妹、真依に還元されたのである。

 さらに天与呪縛の効果は真依に流れた呪力だけではなく、真依が呪霊(食材)を食すことによって増えた分も、強化されるというおまけつき。

 おそらく、真依に流れた呪力と、真依が自前で増やした呪力も、天与呪縛は区別できていない。

 真衣の呪力=処理した呪力とシステムは誤認しているのだ。

 平たく言えば、真希が呪霊(食材)を食べれば食べるほど真依の呪力は増すし、真依が呪霊(食材)を食べれば食べるほど、真希の身体能力は増すという、寸法だった。

 

 本来ならば呪術的に同一人物とされる双子はデメリットである。

 もし、仮に、真希だけならばフィジカルギフテッドの効果は完全だったはずだし、真依だけだとしても構築術式を十全に扱えるだけの呪力を備えていただろう。

 そこに呪霊(食材)という想定外のリソースが投入されることでバグが発生。

 同一人物として扱われる前提により、効果が重複して作用し、増幅しあうという好循環が生まれたのである。

 それは一重に仲違いしていた姉妹が、花御の呪力(虹の実)の感動を共有することによって生まれた奇跡に違いなかった。

 

「ふぅん、これは楽しみだね」

 

 五条はかつて、完全なるフィジカルギフテッドに遅れを取ったことがある。

 果たして、真希がどういう経路を辿って成長していくのか。

 真依もまたその前途は未知数である。

 五条をして、この2人は興味深かった。

 

 トーナメントは進んでいく。

 決勝戦。

 トリコは東堂と激突。

 東堂の戦闘IQに翻弄されるも、トリコは持ち前のタフネスを生かしたゴリ押しを駆使し、東堂を撃破する。

 

 事前の予想通りに優勝を掴んだトリコ。

 これにてトーナメントは終わりだ、と誰もが思ったそのときだった。

 

「さぁてと、トリコは随分と好き勝手してくれたからさ……少し痛い目を見てもらおうかな」

 

 五条が立ち塞がっていた。

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