呪霊の天敵、もしくは頭グルメスパイザー   作:泣き虫くん

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直哉=ブランチ説。

直哉の投射呪法は、事前に動きを決めてから秒間20で再現する最速の術式(五条悟除く)。
ブランチの雷撃は、先駆放電「ステップトリーダ」で電気の通り道を作ってから帰還電撃「リターンストローク」でマッハ30000のスピードを発揮する。
直哉は呪術界の御三家が一つ、禅院家の次期当主(未定)。
ブランチは妖食界を代表する三戦士の一人、妖食三獣士のメンバー。
直哉とブランチの口調は似ている……似てない?

トリコを名乗る転生者「お前、天狗のブランチだろ!」

直哉「こっわ~~。誰やねん」


トリコ死す! デュエルスタンバイ!

 補助監督官、伊地知。

 メガネをかけたいかにも几帳面な男は口を開いた。

 

「経緯はこうです」

 

 場所は西東京市、英集少年院。

 突如、受胎した呪霊を在院者が目視で確認。

 緊急事態により高専関係者が施設および周囲5キロ圏内の住民を避難誘導した。

 今も封鎖中である。

 

 高専1年4人組に下された任務は取り残された在院者の生存の確認と救出。

 任務を下された1年の空気は重い。

 それは伊地知の口から、院内部の呪霊が変態するタイプの場合、特級呪霊へとなる可能性が示唆されたからだ。

 

 分類の上では最高位に位置する呪霊。

 それが特級だ。

 その力は強力で並の術師では歯が立たない存在。

 学生である彼らが勝てるわけがない。

 

 そんな勝てるはずのない呪霊と接敵し、最悪命を失うかもしれないのだ。

 在院者の生存が危ぶまれる状況でもある。

 目に見えない不安のようなものが辺りに漂っていた。

 

 それこそが呪術師にとっての普通だった。

 人の負の感情が凝り固まり生まれるのが呪霊であり、それを祓うことこそ呪術師の存在意義。

 不快な仕事だ。

 呪霊の目撃あるいはそれらによる被害があって初めて呪術師が動く以上、人死には避けられない。

 身体の一部でも見つかれば御の字という凄惨な現場。

 そんなものを好むものがいるはずもない。

 多かれ少なかれイカれが多い呪術師であっても、大抵は任務の前には気が重くなる。

 

 彼らにとってもそれは変わりない。

 自分や仲間の死を意識している。

 そんな風に任務の準備を整えていく1年4人組。

 

 しかし、その中にはぶっちぎりでイカれた男がいた!

 

「今日も絶好の狩り日和だぁ!」

 

 男はトリコ。

 本名不明、トリコを自称する転生者だ。

 前世では誰もがご存知、グルメファンタジー漫画『トリコ』を愛読していた男である。

 イカれ具合が全身に刻まれたかのような術式により、呪霊を美味しくいただくことも他者に振る舞うこともできるこの男。

 彼にとって任務とは呪霊(未知なる味)との出会いに過ぎないのだ。

 

「よく分からないけど、あれが呪術師の普通なのか?」

 

「んなわけねえだろ」

 

「あれが普通だと思われるのは、全呪術師にとっての侮辱よ」

 

 この様子に残りの3人は苦笑。

 他の高専関係者も彼から露骨に距離を取っている。

 

「しかし、いいのかい、伊地知さん。

 いきなり高専(IGO)の秘部に案内しちゃって」

 

「え? 何のことです?」

 

「とぼけても無駄ですよ。

 だってここは高専(IGO)の超重要施設の一つ、ビオトープガーデンなんだからな」

 

「何だよそのビオトープガーデンってのは?」

 

「通称『庭』。

 高専(IGO)呪霊(動植物)の生態研究や繁殖とかの目的で建設したビオトープさ。

 グルメ時代の発展を大義に掲げちゃいるが、その研究内容は表に出すのをためらうようなものも多い。

 ここは他の施設より随分と小さいしな。

 扱っている呪霊(動植物)が大したことないのか、外部からの注目を避けるためにあえて目立たないように偽装したのか、だとしたらどれだけ後ろ暗いことをしてきたのか。

 どっちかだろうな」

 

「へ~~。高専(IGO)もあながち真っ白とは言えねぇわけか」

 

「ちょっと!? 虎杖くんにでたらめ吹き込まないでくださいよ!

 そんな事実存在しません!」

 

 人目も憚らずに、口を開けば脳内設定のオンパレード。

 そんなトリコとのコミュニケーションが捗るはずもなく、かといって放置するわけにもいかない。

 用語を解読するだけでも大変なのに、円滑に任務を行うための手配をしなければいけないのだ。

 こんなんで任務を全うできるだろうか?

 そもそも、任務を理解しているのだろうか?

 伊地知は胃が痛かった。

 

「あの……ッ! 息子の正は大丈夫なんでしょうかッ!?」

 

 そんな混沌とした空気の中で、女の声がした。

 視線が施設の正門へと集まる。

 中年の女性。

 それは取り残された在院者の保護者、つまりは母親らしい。

 かなり切羽詰まっているのか、院の正門で高専関係者に制止されている。

 

 伊地知が対応した。

 その口から出るのは院に毒物が撒かれたという、カバーストーリー。

 息子の生存が不明、あるいは絶望的であることを悟り、母親は崩れ落ちて、泣き出した。

 

「……ッ!」

 

 その光景を遠巻きに見ていた虎杖の瞳が揺れる。

 自らの両肩に人の命が掛かっているのだという実感。

 プレッシャーは大きい。

 けれども、虎杖とて、人の命を救いたいと願う、1人の人間。

 未熟なれども自らの決意に嘘偽りなどあるはずもない。

 虎杖は勢いよく拳を組んだ。

 

「お前ら、助けるぞ」

 

「……」

 

「当然!」

 

 虎杖の呼びかけに、伏黒は無言を貫き、釘崎は意気揚々と応えた。

 ただ、1人返事をしなかったトリコも思案げに施設を見つめている。

 

「トリコも分かってるよな?」

 

「ああ、分かっているさ――」

 

 流石に状況を理解しているのだろうか。

 先ほどまでのウキウキわくわく具合が嘘であったかのように、トリコは静かに虎杖と言葉を交わそうとしている。

 なんとなくまとまりが出てきた4人の様子。

 最初のギクシャクしていた空気をハラハラしながら見ていた伊地知は、それで一安心して。

 

「喰うぜ」

 

「真面目にやってくんねぇかな」

 

「こいつだけ置いてく?」

 

「……」

 

「あ、そうだ。伊地知さん。呪霊(獲物)はその場で仕留めていいのか? それとも生け捕りの方が良い?」

 

「……自身の生存優先でお願いします」

 

 謎の太々しさを見せるトリコにやっぱり不安になった。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 入り組んだ道に、薄暗い雰囲気、複雑に絡み合った配管。

 異界と化した少年院。

 そのおどろおどろしい雰囲気に一同は驚愕した。

 

 建物の外観から考えてもあり得ない規模の空間が施設内部に広がっているのだ。

 虎杖と釘崎が混乱する中、伏黒はこの現象に心当たりがあった。

 生得領域。

 呪霊が呪力により作り出したある種の結界である。

 それだけならなんの問題もない。

 ただ、伏黒たちが踏み込んだ領域は複雑で、先が見えない。

 これほどまでの規模の領域は初めてであり、それがそのまま呪霊の実力だと考えれば生きた心地がしなかった。

 

 混乱する虎杖と釘崎を横目に見ながら、伏黒はひと知れず冷や汗を流した。

 しかし、伏黒の目を引いたのはある1人の男の反応だった。

 

「こ……この雰囲気は……まるでッ!」

 

 一歩後退り、瞳を揺らす、トリコ。

 狼狽や驚愕。

 あらゆる負の感情を一挙動で表現している、ように見える。

 領域を広げるにまで至った特級呪霊。

 そんな存在の前ではトリコもまた単なる学生の域を出ないのだろうか。

 俯いた顔から表情は見えないが、身体の震えは明らかだった。

 トリコの今更な反応に伏黒は首を傾げた。

 

「テーマパークに来たみたいだぜ。テンション上がるな~~」

 

「「「こんなテーマパークがあってたまるか!!」」」

 

 伏黒は虎杖たちと息の合ったタイミングでツッコんだ。

 震えたかと思えば、涼しい顔でこの台詞。

 伏黒も突っ込まざるをえなかった。

 

「このいつ食われてもおかしくない雰囲気。グルメ界を思い出すな」

 

「紛らわしいって。

 ていうか、なんだよその魔境。日本にそんな場所はねぇよ。

 海外か?」

 

「人間界の外側に広がる世界。そこが俺の故郷さ」

 

「外国どころか、地球ですらねぇ……」

 

「あほくさ。そんなわけないでしょ」

 

 伏黒は無視した。

 何故ならトリコの言った言葉だから。

 頭グルメスパイザーの名に恥じない逸材っぷりに翻弄されている虎杖を見れば、それがどれだけ愚かなことか言うまでもない。

 伏黒は両手を組んで、術式を発動させた。

 

「玉犬!」

 

 犬を象った影絵が立体的なシルエットになると、それはたちまち白い狼となった。

 これこそが伏黒の式神の一つ。

 玉犬・白だ。

 トリコが息を呑む。

 白い毛並みは美しく、手触りはタオルのようにふわふわのようだった。

 トリコは玉犬・白をマジマジと見つめた。

 

「あの誇り高い絶滅種、バトルウルフを手懐けるとは……。

 新進気鋭の美食屋の名に恥じない天才っぷりだな」

 

「ちげぇよ」

 

「流石、伏黒。お前はできる美食屋だと思ってたぜ。ところで美食屋ってなに?」

 

「海原雄山みたいなもんじゃないの?」

 

「釘崎さぁそれは美食倶楽部じゃないっけ?」

 

「この新品のタオルみたいにふわふわな手触り……そうだ、お前はテリー、テリークロスだ!」

 

「いつまでやってんだ。置いてくぞ」

 

 伏黒が呼び出した式神は白い狼。

 バトルウルフもまた白い狼。

 玉犬・白=バトルウルフという図式ではしゃぐトリコと賞賛する(ボケる)虎杖。

 投げやりな釘崎。

 伏黒の術式が本当に賞賛されて然るべき相伝であることは若干の皮肉か。

 感動の再会といった様子で玉犬を撫で回すトリコを無言で引き剥がすと、伏黒は歩を進めた。

 

「道案内は俺と伏黒の式神(バトルウルフ)の嗅覚に任せろ」

 

「犬なみの嗅覚かよ?」

 

「俺の鼻はダムにたらした一滴の薬品すら嗅ぎ分ける」

 

「警察犬じゃん。呪力って嗅覚も強化できるもんなのか?」

 

「いや、こいつが化けもんなだけだ」

 

「ワォーン」

 

 本格的に始まった探索は思いの外、順調に進んだ。

 玉犬に加えて、嗅覚が優れたトリコが先導したおかげだ。

 最初は半信半疑だったものの、実際、トリコのルート選択は玉犬・白の意見と一致している。

 式神と簡単な意思疎通が取れる伏黒にはそれが理解できた。

 

「しかし、生得領域(裏のチャンネル)を作り出すとは。

 流石は特級(捕獲レベル30オーバー)。腕がなるぜ」

 

「なあなあ、さっきから何言ってるのか全く分かんないんだけど」

 

「一から十まで説明する時間はないから、基本的なこと、捕獲レベルだけ押さえておこう。

 捕獲レベルとは獲物の手強さを示す一つの指標。

 レベル1の獲物を仕留めるためには、猟銃を持った腕っこきのハンター10人がいる、と言われている」

 

「何だそれ!? 捕獲レベル30ってハンター300人分ってこと!?」

 

「捕獲レベル30じゃ戦車も通用しないだろうぜ。

 伊地知さんがクラスター爆撃でトントンって言っていたが、俺の見解も概ね同じだな」

 

 先頭を行くトリコとその後ろを歩く虎杖の会話。

 その様は虎杖(呪術初心者)に有る事無い事吹き込むトリコ(狂人)という悪夢のような光景。

 虎杖が染まってしまう前に横槍を入れるべきだが、イカれた会話にも巻き込まれたくない。

 迷った結果、伏黒は放置した。

 

「このアホどもめ……」

 

 釘崎は基本、トリコと積極的に関わる気はないらしい。

 2人に聞こえないように愚痴ってる。

 特級呪物を呑み込んだ虎杖にさえ若干引いていたのだ。

 呪霊を常食している上に他人にも薦めてくるトリコに生理的嫌悪感を覚えるのは、女子として当たり前の感覚であったかもしれない。

 が、これから任務を一緒にこなす仲間としては少々不穏である。

 

「ま、だから、伊地知さんが遭遇したら撤退あるのみ、と言ってたのもあながち間違っちゃあいない。

 厳しいだろうしな」

 

「……やっぱり仕留めるのは難しいのか?」

 

「まさか。

 難しいってのは捕獲するのは骨が折れるってだけさ。

 仕留める程度わけないだろうが!」

 

「スッゲェ! やっぱりお前頼もしいな!」

 

 トリコと虎杖。

 2人の相性はいいのだろう……か?

 会話を弾ませている。

 が、その内容には一つどうしても看過できない部分があった。

 

「ちょっと、虎杖? あんたは良いかもしれないけど、私たちを巻き込んでんじゃないわよ」

 

「え? でも、特級の呪霊だぞ? 祓えるのなら祓うに越したことはないだろ?」

 

「そいつの言うことを真に受けるなよ。伊地知さんから聞いた通り、特級からは逃げるのがセオリーだ」

 

 特級からは逃げるのが基本。

 伏黒はトリコを信用していない以上、このセオリーを破るつもりはない。

 釘崎が釘を刺すのと同時に、伏黒も指摘した。

 こんな任務で無駄に命を落とす必要などない。

 

「おいおい。何言ってるんだ? 美味そうな獲物がいるんだ。

 みすみす、見逃すわけないだろう」

 

「てめぇの趣味に付き合う気はないぞ」

 

「心配するな。

 俺たちはチームを組んじゃいるが、各々が獲物を狙うライバルでもある。

 獲物を先に仕留めるのも、獲物を横取りするのも、そして、撤退するのも自由さ。

 もっとも、お前ほどの呪術師(美食屋)が獲物を見逃すだなんて信じられないがな」

 

「俺にはもうお前の言動が信じられねぇ」

 

 トリコの呪術師(美食屋)としてのスタンスが浮き彫りになったところで、開けた場所に出た。

 打って変わって広くなった空間には死体が転がっている。

 2つの死体だと辛うじて分かる丸い物体と上半身だけ残った死体。

 合わせて3人分だ。

 虎杖は上半身だけの死体に駆け寄って、死体が着ているジャージの名札を見た。

 そこには『岡崎 正』……あの母親の息子の名前がある。

 

「この遺体を持って帰る」

 

「え?」

 

「何もなしに、息子が死にましたじゃ、母親としては納得できないだろ」

 

 虎杖は少し考える素振りを見せてから、死体を運ぼうと言い出す。

 けれど、今いるのは特級呪霊の生得領域の中。

 人という大きな荷物を運ぶ余裕はない。

 伏黒は虎杖のパーカーを掴んで引っ張りあげて、そう主張した。

 母親の心情に寄り添う虎杖はそれでも譲らない。

 

「自分が助けた人間が将来人を殺したらどうするッ!」

 

「だったらなんで俺を助けたんだよッ!」

 

 助ける人間を選ばない虎杖と善人だけを救いたい伏黒。

 主張が異なるゆえに、遅かれ早かれ両者はぶつかり合っていただろう。

 それは仕方がない。

 だが、今は時と場合が悪すぎた。

 

「ちょっと、時と場合を――」

 

「ダメだ。遺体を運ぶ余裕は俺たちにはない。

 大勢の人を助けたいのなら、なおさら、捜索を優先するべきだぜ」

 

「「「は?」」」

 

 トリコが2人に割って入ろうとした釘崎もろとも口論を断ち切った。

 先ほどまでのイカれた言動は何処へやら。

 そのまともすぎる内容に、一同唖然。

 興奮状態にあった虎杖も伏黒も冷や水を浴びせられたように冷静になった。

 

「それに、もはや、そんなことを論じている暇は俺たちにはねぇ」

 

「トリコ、お前一体何を言って――」

 

「ウゥゥワオオオォォンッ!」

 

 玉犬・白が吠えた。

 玉犬の役割は呪霊の気配を察知して、知らせること。

 それは、すなわち――。

 

「来るぜ。呪霊(獲物)が……ってあれ?」

 

 特級呪霊の接近を意味する!

 玉犬の唸るような吠え方からして、もはや、逃亡は不可能な距離まで近寄っていると判断。

 虎杖たちは思い思いの構えを取ったりはーーしなかった!

 特級呪霊と遭遇した場合、逃げるか、死ぬかのどちらかである。

 伊地知の助言に忠実に、玉犬の先導に従い、逃げる虎杖、伏黒、釘崎。

 取り残されたトリコ!

 

「えええ!? なんで逃げねぇのあいつ?」

 

「えええ!? なんで逃げるのお前ら?」

 

 流石にトリコが突っ立ってるとは思っていなかった一同。

 虎杖とトリコが互い違いのツッこみを披露する刹那。

 特級呪霊は先頭を走る玉犬の行く手を遮るように現れた。

 その実力は圧倒的。

 虎杖たちが反応する間もなく、特級は玉犬に拳を打ち据えて、その頭部を広い空間の壁へとめり込ませた。

 インパクトの衝撃により震える空気。

 爆音。

 耳鳴り。

 その衝撃たるや余波だけで1年たちの動きを止めるに十分すぎた。

 1年たちは蛇に睨まれたカエルのように身動きできない。

 特級の特級たる所以を前にして死の予感に襲われた。

 特級はそんな3人の反応を楽しみながら、手を伸ばして――。

 

「させるかッ!」

 

 3人を庇うように右頬で打撃を受けるトリコ。

 打撃により軽く上半身をのけ反らせるものの、ダメージ自体は大したことないのか。

 しかし、どこか焦っているのか。

 声を張り上げた。

 

「ここは俺に任せて早く行け!」

 

「トリコ!? なんで!?」

 

「今はこいつを仕留められん!

 生得領域(裏のチャンネル)が閉じたら残りの生存者の生死を確認できんだろうが!」

 

「虎杖、釘崎! 行くぞ!」

 

「で、でも……ッ!」

 

「今の俺たちじゃ足手まといだ。

 残り2人の生死を確認し次第、合図をする!

 トリコ、死ぬなよ!」

 

 特級はトリコを警戒しているのか、一旦、距離を取って様子を窺っている。

 その様子から伏黒はトリコの実力は特級と互角だと見た。

 だとしても、今はまだ祓えない以上、トリコの方が不利。

 脱出するのも手だが、イカれ扱いしたトリコが任務を全うしようとしている。

 それをほったらかして逃げるのは仲間が絶対に許さないだろうし、何よりも矜持に関わる。

 今できる最善は、取り残された人間の一早い生死確認と救出。

 その判断の意外なまともさに、伏黒はトリコを見直した。

 

「早くしろーー!

 お前らが任務を完了する前に俺がこいつを喰っちまっても知らんぞーー!」

 

「……やっぱり、お前はイカれてる」

 

 見直したことを後悔させる台詞だった。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

 

 

「うっひょーー! 流石は特級!

 このプリプリとした食感と凝縮された旨味は堪らんなぁーー!」

 

 トリコと別れてから、虎杖たちは迅速に生得領域を探索。

 残りの生死を確認してから脱出したのであった。

 伏黒は玉犬・黒の吠え声で合図を送る。

 すると、どうだろう。

 瞬時に生得領域は閉じて、院の内部は元の姿を取り戻している。

 上記の台詞はトリコが特級の亡骸と共に帰還した瞬間に発したものである。

 

「なあ、一つ聞いてもいいかトリコ?」

 

「うん? どうした虎杖?」

 

「お前はどうしてそんな顔ができるんだ?」

 

 在院者の死体とそれを見るたびにチラつく息子を心配する母親の顔。

 虎杖は締め付けられる思いとともに無力感を感じていたらしい。

 現に、伏黒もそうだった。

 やったことと言えば、式神を頼りにした領域内の探索と特級からの逃亡であり、呪術師としての使命を果たしたとはとても思えなかった。

 それに引き換えトリコの呪霊(食事)を前にした時の喜びようといったらどうだろう?

 人死になんてなかったと言わんばかりのトリコの態度に疑問を抱いたのは、伏黒も一緒だった。

 

「そうだな。虎杖、お前は腹が減るのを止められると思うか?」

 

「はぁ?」

 

「例えば、胸が張り裂けるほどの悲しいことがあった時、人から食欲は失せるものなのか?」

 

 トリコは佇んでいる。

 虚を突かれて戸惑う虎杖へとトリコは言った。

 

「答えは消えない。

 どんなに悲しいことがあっても、例え、それで一時食う気がしなくなっても、いずれ腹の音とともに人は食欲に屈する。

 生きてる以上、腹が減るのを止めることはできないんだよ」

 

「……」

 

「だったら、俺たちにできることはただ一つ。

 食材に感謝して、最大限美味しくいただくことだけ。

 俺はそう思っている」

 

「トリコ……、お前……」

 

 生前。

 トリコが読んでいた原作『トリコ』の誰を思い出しているのだろうか。

 それは三虎か、アカシアか、あるいは他の誰かか。

 そんなことはトリコ以外の誰にも分からない。

 ただ、普段のイカれた態度からは想像もつかない態度に、この男の葛藤を、垣間見たような気がした。

 

「それに見てみろ! この呪霊(食材)に溢れる旨味を!

 今日、期待して腹すかせてきた甲斐があったもんだぜーー!」

 

「あーー、やっぱりこいつイカれてた。

 少し見直して損したわ」

 

「ハハッ! まあまあ釘崎。これでこそトリコなんだろうな!」

 

「はぁーーッ」

 

 伏黒はガシガシと頭をかいた。

 同期の印象がジェットコースターのように乱高下した挙句、低めに軟着陸したのだ。

 その挙動に感じたそこはかとない疲労。

 それをため息として吐き出しながら、伏黒はひとまず安堵することにした。

 特級相手に誰1人欠けなかったという幸運に変わりはないのだから。

 

「それよか、お前らも食わないか?

 特級料理?」

 

「お、いいねぇ。伏黒と釘崎はどうする?」

 

「パスだパス」

 

「私もパスよ。悪食同士、どうぞご勝手に」

 

 いつの間にかできていた料理のうまそうな匂いが辺りに漂った。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 任務報告書。

 2018年7月。

 西東京市、英集少年院の複数の在院者が運動場上空に特級仮想呪霊を目視。

 緊急事態のため高専1年生4人が派遣され――。

 

 1名死亡。

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