呪霊の天敵、もしくは頭グルメスパイザー   作:泣き虫くん

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WoW! WOW! 釘パンチッ! WoW! WOW! 釘パンチッ!

 トリコを名乗る、トリコと瓜二つなだけの転生者。

 略してトリコ。

 彼は高専の1年生のメンバーとして、任務をこなしながら、呪霊を仕留めては食べるという日々を送っていた。

 おおむね、高専の生徒となる前と変わらない日常を送るトリコだった。

 そんな彼を不幸が襲っていた。

 

「……そうか……死ぬんだな……俺は……」

 

 トリコの胸に穴が空いていた。

 向こう側が見えるほどにぽっかりとした穴だ。

 当然、人体にそんな穴が空いていればタダでは済まない。

 血がどくどくと溢れ出して、足元には血の水溜りができている。

 その命は残りあとわずか。

 しかし、トリコの顔は澄んでいた。

 己の死を確信しているはずなのに、そこには本来あるべき恐怖や後悔といった負の感情は一切ない。

 自嘲気味な笑みこそ浮かべてはいるものの、その顔は晴れやかだった。

 

呪霊(美味いもん)……いっぱい喰ったなぁ……」

 

 トリコは呟いた。

 己の人生に満足しているかのようであった。

 現に、トリコは走馬灯として自身の人生を振り返っていた。

 記憶を巡るたびに想起する、食の記憶。

 呪霊(食材)の調達は苦労の連続だ。

 危険地帯の探索、もちろん、事前の情報収集は欠かせない。

 それだけに呪霊(食材)をゲットしたときの感動は大きかった。

 全ての狩猟が特別。

 そして、全ての呪霊が美味かった。

 

「この世に存在する全ての呪霊(食材)に感謝を込めて……」

 

 そんな思い出を前にしてトリコが取るべき姿勢はただひとつ。

 合掌だ。

 死の間際。

 トリコは怯えるでも、恐怖するでもなく、ただただ静かに手を合わせていた。

 

「ごちそう……さま……でした……」

 

 そこに込めるのはありとあらゆる感謝。

 自身を育んでくれた呪霊(食材)への感謝。

 呪霊(食材)に関わってくれたものへの感謝。

 こんな自分と食を分かち合ってくれた仲間への感謝。

 惜しみない感謝の念を込めたごちそうさまのあいさつ。

 それによってトリコの死は完成する。

 もはや、その魂に揺らぎひとつない。

 完成された死がそこにはあった。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

 

 

「トリコが死んだって……マジ?」

 

「……マジです」

 

「嘘だろ……?」

 

 五条悟。

 トリコを見出して高専へとスカウトした男である。

 最強の呪術師としても名高い。

 そんな男も生徒の前では、悩める教師の1人に過ぎないのか。

 伊地知の報告を聞いて、五条が天を仰いだ。

 

 死。

 それは呪術師をやっていれば避けられないものである。

 死は呪術師の周りに溢れている。

 呪いの被害者の死はもっともありふれているものだろう。

 そして、当然、その中には呪術師の死も含まれている。

 呪霊への対処法を持っている呪術師は、通常、呪霊に負けることはない。

 同じ等級の呪霊に勝って当たり前、という等級制度に基けば呪術師が任務に失敗して死ぬということはない。

 しかし、それでも呪術師は死ぬ。

 呪霊が想定以上に強かったり、術師の実力以上に高難易度な任務が割り振られたり──。

 ともかく、死ぬ。

 それは決して珍しいものではない。

 

 呪術師を長く続けていれば必ず遭遇するもの。

 それが仲間の死だ。

 当然、それは痛ましいものだった。

 何度繰り返しても慣れることのできないものだった。

 自身が受け持つ生徒の死。

 それは辛くて悲しいものだった。

 

「──どういうことだよッ!?」

 

 しかし、ここにそんな痛ましさを吹き飛ばす例外が存在した!

 冒頭で流れたトリコの死!

 やたらいい感じにトリコは逝った。

 しかし、その真相は実に下らないものだった。

 そこには感動的な要素なぞ微塵も存在しなかった。

 

「なんで、宿儺の指なんて喰ったんだよ!?」

 

 五条は呆れていた。

 困惑していた。

 

 もとより、この任務自体がおかしかった。

 特級相手、しかも、生死不明の被害者の救助に1年生が派遣されることなどありえない。

 1年生が特級と遭遇すれば、待っているのは確実な死だ。

 行方不明者が生きている可能性も低いくせに、難易度だけは不相応に高い。

 この任務の割り振り自体に悪意があった。

 

 虎杖悠仁は呪いの王・両面宿儺をその身に宿している。

 呪術規定に基づけば、秘匿死刑の対象だ。

 虎杖が死刑になっていないのは、宿儺の指を20本すべて取り込ませてから、死刑にすればいいと、五条が提案したから。

 実質、無期限の死刑延期。

 それを面白くない上層部が虎杖を始末するために、今回の件を仕組んだ。

 

 仮にこの任務が上層部の陰謀だったとして、宿儺の指と関係しているのかどうか?

 あるいは別の第三者が指を仕込んだのではないか?

 その第三者は上層部とつながりを持っているのではないか?

 考えるべきことは多い。

 だが、そんなまじめな思考を始めようとするたびにトリコの死因(まさかの食中毒)がちらつくせいで集中できない。

 

 うっとおしい死に方したなアイツ、などという不謹慎な感想さえ浮かんでくる始末。

 これならまだ虎杖をかばって命を落とした、と言われたほうがまだ納得できる。

 

 任務に仕掛けられた罠をいったん切り抜けておいて、予想とは違う形で自爆。

 その死にざまはある意味では芸術点が高かった。 

 否、高すぎた。

 

「うおおおおッ!」

 

「……ッ!? くそ!」

 

「どうしたぁ! 一年坊主どもぉ!」

 

「私は坊主じゃないんですけど!」

 

 釘崎と伏黒。

 彼らは高専所有のグラウンドで特訓をしていた。

 同じ高専の2年生の先輩からしごきを受けていた。

 2年生から京都姉妹校交流戦なる対抗戦への参加をお願いされた、というだけではない。

 トリコの死に様が、いや、トリコと赴いた任務は、彼らが特訓をする大きな動機になっていた。

 当然、強くなる動機を抱いたのは彼らだけではない。

 

「珍しいこともあるもんだな。君が感情的になるなんて」

 

「しょうがないだろ?

 教え子が呪殺される覚悟はできても、食中毒で死ぬ覚悟なんてできるわけないだろ?」

 

「なるほどね。でも、君には取り乱している暇なんてなさそうだぞ」

 

「どういう意味だよ? それ?」

 

「こういう意味さ……入っておいで」

 

 高専専属の医師、家入硝子。

 トリコの解剖のために解剖室へとやってきた彼女は、扉を開けたまま呼びかけた。

 すると1人の少年が入ってきた。

 

「五条先生!」

 

「……悠仁か」

 

 虎杖悠仁。

 上層部の抹殺対象である。

 

「ごめん! 俺、トリコを止めることができなくて」

 

 虎杖は部屋に入るなり、平謝りする。

 自分が先に宿儺の指を食っていればこんなことにはならなかった、という意味の謝罪だった。

 あるいは解剖室の陰気な雰囲気に呑まれて、弱気になったのかもしれなかった。

 

「悠仁は何も悪くないよ。君をここに呼んだのはすぐに安全を確保するためさ」

 

「安全?」

 

「ああ、君の存在を危惧する上の連中のなかに、君の抹殺を企てている輩がいる」

 

「もしかして……」

 

「ああ、今回の一件は君の命を狙った連中が仕組んだものだ」

 

「じゃあ、まさか、トリコも──」

 

「それはただの自業自得」

 

 五条は包み隠さず虎杖に事情を説明する。

 本当なら生徒に話すことではないが、虎杖悠仁は宿儺の器。

 生徒だからといって今回の一件をひた隠しにしたところで、本人のためにはならない。

 なにせこれから虎杖は自分の身を自分で守れるようになれなければいけないのだから。

 

「じゃ、行こうか。とりあえずは高専の地下室に君を匿うから、付いてきて。

 硝子。あとは頼んだよ──」

 

「ちょっと待って、五条先生。

 せっかくだからさトリコの死に顔でも見物していきたいな」

 

「見物!?」

 

 しんみりとした空気に虎杖が投じた一石はでかかった。

 唖然とする五条を尻目に、家入から承諾を得て、トリコにかけられていた青いシートをひっぺがす。

 そこには死人とは思えないほどに綺麗なトリコの顔があった。

 

「やっぱり綺麗な顔してんなー」

 

「あれ? 悠仁、なんかノリ軽くない?」

 

「五条先生。それがさぁ、なんか、あんまり悲しくならねえんだよな」

 

「なんで?」

 

「いやぁ、あいつ死ぬ直前だってのに、合掌なんかしてさ。

 こう言うんだ、ごちそうさまでしたって、さぁ……いや、食後ではあったけども!

 だからさ、なんかあんまりしんみりはしないっていうか……」

 

 虎杖が語るトリコの最期に、五条は報告書の内容を思い出した。

 報告書には、トリコが両手を合わせて大往生した様子がまとめられていた。

 簡潔な文章からは、細かい情景だとかが抜け落ちている。

 しかし、トリコが誰も呪わず、感謝の言葉だけを告げて逝ったことは虎杖の様子からも想像できた。

 

「……でも、先生。俺、悔しいんだ。

 俺はこの任務で何にもできなかった。

 誰かを助けることも、誰かの役に立つことも、自分の命を守ることも……」

 

「……」

 

「自分のことを強いって思ってた。死に方が選べるくらいには強いって思ってたんだ。

 でも、違った。俺は……弱い!」

 

 トリコは笑って逝った。

 だから、悲しみはあまりない。

 代わりに悔しさが虎杖の中に残った。

 それは強烈なものだ。

 トリコの死は間違っている。

 愚かと言ってもいい。

 しかし、トリコは間違いなく自分の意思で選択した上で、死んだ。

 その結果が不本意なものであったとしても、自らの死に方も死に場所を選んだことに変わりはない。

 

「俺は強くなりたい。

 せめて自分の死に方を選ぶくらいには強くなりたい……!

 伏黒も、釘崎も、強くなるために先輩たちと訓練してるんだ!

 俺だけ何もしないで匿われているだけじゃ、あいつらに合わせる顔がねぇ!」

 

 せめて、死に方を自分自身で選べるように。

 我を通せず命を奪われるのではなく、たとえ死んだとしても我を通せるようになりたかった。

 そんな他の2人にも通じる動機を虎杖は語り終えた。

 

「よく分かったよ、悠仁。この僕にまっかせなさい!」

 

 五条のほほが緩む。

 呪術師として多くの死を見てきた。

 悲惨なものも多い。

 そうであるが故に、その死に様がいかに幸せなものであるのかを深く実感していた。

 虎杖があまり悲しくない、と言っていたのを聞いて五条は気が付いた。

 五条もまたトリコの死を知ってもあまり悲しくはなかったことに。

 虎杖から話を聞く前から、きっとトリコは悔いを残さないで死んだんだろうな、という確信を持っていたのだ。

 

 トリコの死は悪いものを残さない。

 呪いや後悔さえも。

 ある種、清涼的な死に方だった。

 まあ、それはそれとして。

 落胆もでかいし、腹が立つことに変わりはないのであるが……。

 

「おい、君ら。死体鑑賞とはいい趣味してるじゃないか?

 どうだ。このまま、解剖するとこまで見ていくか」

 

 死体を前に熱い展開を繰り広げる虎杖と五条へと言外に苦言を呈する家入硝子。

 その含みに気づかないほど鈍感でもない虎杖と五条は解剖室から出ようとする。

 

「俺ってずっと高専の地下室にいなくちゃいけないの?」

 

「そうだねー。

 上層部の連中も直接手は出してこないとは思うんだけど、やっぱり、あんまり居場所は知られたくないからね。

 今、いくつか候補を探している段階。

 ずっと地下においておくつもりはないから、安心しなさい」

 

「うっす」

 

 2人の話題は、今後の潜伏場所へと移った。

 虎杖としても、薄暗い地下室にとどまり続けるのは、遠慮したい。

 五条も上層部の手が及ばない場所を用意するとなると、場所はだいぶ絞られる。

 そう五条が頭を捻っていると、背中の後ろから声が響いた。

 

「だったら、俺と山籠りしないか?」

 

「山籠りって、ベタだねぇ──え?」

 

 男が会話に割り込んできた。

 筋骨隆々で全裸の男。

 そいつは股間を隠すことなく堂々と五条の前にやってきていた。

 一同は唖然とする。

 

「山籠りはいいぞ。

 豊かな自然の中で食べる飯ほどうまいもんはない!

 呪霊も狩り放題だしな!」

 

 宿儺と縛りを設けて復活したのか、あるいは、元々、別の呪いを宿していたのか。

 トリコはある意味で宿儺の器以上に未知の存在だ。

 五条の六眼でも分かりようがない。

 

「ねえ、トリコ? それよりもまず謝らなくちゃいけないことがあるんじゃないの?」

 

「ああ、ごめんな!

 宿儺の指(GOD)を独り占めしてしまって──」

 

「そうじゃないだろぉ!」

 

「あ゛き゛ゃー!」

 

 見当違いの謝罪に五条はキレた。

 最強の術師による本気のマジビンタが炸裂した。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 トリコが生き返ったのを目撃してから、()()と世話を焼いた五条悟。

 そんな彼が地下室から外に出たときには、もう日が傾いていた。

 それから打ち合わせの料亭まで車で移動している間にすっかり夜になっていた。

 コンクリートで舗装された夜の山道。

 何かの気配に気がついた五条が車を降りて先に行かせれば、上空から降ってきたのは、未登録の呪霊だった。

 

「キミ、なにもの?」

 

「ヒャア!」

 

 そいつは返答の代わりに追撃をかましてくる。

 その名は漏瑚。

 その力量は特級、それも特級の中でも上位に位置するものである。

 そんな漏瑚には目標があった。

 人類の時代を終わらせて、呪霊が大地を闊歩する時代を築きあげることだった。

 前哨戦として漏瑚は最強の術師である五条へと襲撃を仕掛けたのだ。

 だが──。

 

「弱いねキミ」

 

「小童め!」

 

 自慢の炎も五条には届かない。

 五条のあやつる無限の防壁が突破できないのだ。

 対抗手段はある。

 自らの領域に引きずりこめば、無限を中和できるはずだった。

 だが、そんな漏瑚の前に、五条は、自身の生徒を2人引き連れてきた。

 

「紹介します! 見学の虎杖悠仁くんです!」

 

「え、なに? ここどこ!?」

 

(なに? 宿儺の器だと!?)

 

 宿儺の器の情報を協力者から得ていた漏瑚は、虎杖悠仁が宿儺の器であることをすぐさま看破した。

 宿儺を自身の陣営にひきこむつもりの漏瑚は、計画がバレているのではと内心で動揺する。

 だが、本番はここからだった。

 異常な存在感を示すもう1人の存在。

 彼こそが問題だった。

 

「で、本日、実践を担当します、トリコくんです!」

 

「なに──ッ!?」

 

「これから彼には君と戦ってもらいます!」

 

(トリコ? トリコだと!? 馬鹿な! 話によれば奴は死んだはずでは!)

 

 五条はトリコの肩を叩く。

 協力者からは、トリコについては少年院の騒動で亡くなった、と軽く触れられている程度だった。

 それが生きて目の前にいる。

 仮にそれが宿儺の器だったのなら、呪いの王が何かやったのだろう、と軽く流せていただろう。

 だが、トリコにはそんな目に見える背景はない。

 ただの狂人である。

 そんな狂人が生き返るなどという、あり得ない事態に漏瑚は混乱した。

 そして──。

 

「おいおい……戦闘中に余所見とは、感心しないぜ、 漏瑚(コンソメマグマ)よ」

 

「ッ!?」

 

 それは油断だった。

 五条の言葉には言葉以上の理由などなく、自称トリコの転生者はいきなりの展開にも関わらず、言葉を言葉のまま受け入れている。

 いや、トリコは漏瑚を視界に収めた瞬間から戦いの算段を立てている。

 である以上、漏瑚の邪推は致命的な隙であった。

 トリコは漏瑚が反応する間もなく、間合いを詰めていた。

 

「オラァッ!」

 

「ガハッ!?」

 

 トリコの右拳が腹を打ち、漏瑚の口から紫の血液が飛び散った。

 

(コンソメマグマとは何だ? 儂のことか!? そもそもなんなんだこいつ!?

 分からん! 分からねばッ!)

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 そうして、始まった戦い。

 先手を取られた漏瑚であったが、有利に戦いを運んで行った。

 岩と炎と蟲。

 多彩な手段の遠距離攻撃。

 これにより漏瑚は優位に立ったのだ。

 

「その程度で儂を喰おうなどと……百年早いわ!」

 

「グワァッ」

 

 漏瑚の炎がトリコを吞み込んだ。

 炎のかたまりとなって吹き飛ばされたトリコは、数百メートル先の大地へと着弾して、派手な音と振動を響かせた。

 

「すぐに教え子と同じ場所へと送ってやる……五条悟!」

 

 トリコの死を確信すると、漏瑚は五条へと向き直る。

 けれど、教え子が死んだはずの五条は平然としていた。

 

「……ふっふっふ……はっはっは……はははははは!」

 

「何がおかしい!」

 

「いやはや、2度も敵の生死を誤るなんて、君の立派なお目々はお飾りかな?」

 

「なんだと~~~、馬鹿にしおって」

 

「僕に構っている場合じゃないだろ……あの馬鹿を、僕でも読みきれないあの大馬鹿を……お前程度が舐めるなよ」

 

「騙されるものか──ッ!?」

 

 漏瑚の背筋がぞくりとした。

 凄まじい呪力の奔流を背後に感じたのだ。

 五条から目を離し振り向いた先には、男が立っていた。

 

「なッ! 生きているだと! ど、どうやって?」

 

 それはトリコ。

 彼は全身に軽度の火傷を負っていたが、確かに生きていた。

 

「フォークシールド……これがなければやばかったぜ……」

 

 フォークシールド。

 鋼鉄と同等の硬さと耐熱性を兼ね備えた大型のフォークを展開し炎をガードしたのだ。

 それで炎の全てをガードし切れたわけではないものの、トリコを騙るだけのことはある。

 威力の減衰した炎の火力ではトリコの屈強な肉体を焼け切れはしない。

 

漏瑚(コンソメマグマ)

 流石は捕獲レベルが測定不能なだけはある。

 甘い相手じゃない……、こちらも人類の武器をお見せしよう」

 

 そして、その身に漏瑚の本気の一撃を叩き込まれたトリコは、本領を発揮するべく呪力をたぎらせる。

 解禁する武装はナイフとフォーク……そして、釘パンチ!

 漏瑚は本気になったトリコの背後にとある怪物の姿を幻視した。

 

(な、なんだ……? これは……鬼……!?)

 

 視界に浮かび上がる、巨大な鬼。

 その光景を目の当たりにした漏瑚はトリコの力量を認め、切り札を切ることを決意する。

 

「ならば……貴様ら全員焼き尽くしてやる!」

 

 漏瑚は自身を中心に領域を展開した。

 それは五条と虎杖も含めて呑み込んでいった。

 

「領域展開、蓋棺鉄囲山(がいかんてっちせん)!」

 

 周囲はマグマが満ちた灼熱地獄へと変貌していた。

 

「な、なんだよ!? これ!?」

 

 巻き込まれた虎杖には何が何だか分からない。

 先ほどまで山奥にいたはずが、いきなり、周囲が別の地形へと変化していたのである。

 静かな山中が火山の火口のような場所へと変貌するというあり得ない光景。

 虎杖には想像も付く筈がなかった。

 まさか、これが呪術であるなど、と。

 

「これぞ、現代呪術における最終奥義、領域展開だね」

 

「領域展開!? これが呪術だっていうのかよ!」

 

「そう。術式を付与した呪力で空間を構築する一種の結界術さ。

 これはすんごい疲れるんだけど、それだけに戦闘におけるアドバンテージもめちゃくちゃでかいんだよね!

 有利な地形によるバフの効果。

 そして、なにより、領域内で発動した呪術は絶対当たる」

 

「絶対!?」

 

「絶~~~~対ッ!」

 

 そう。

 『必殺』の呪術を、『必殺必中』へと昇華することこそが領域の真髄。

 一応、領域への対抗手段も存在する。

 

 敵の呪術に呪術をぶつける。

 領域からの脱出。

 そして、領域の展開。

 より洗練された領域で敵の領域を塗り替えれば良いのだ。

 ただ、これには1つ問題がある。

 

「ま、困ったことにトリコは領域展開を習得していないんだけどさ」

 

「え? やべえじゃん!」

 

 トリコは領域展開に至っていない。

 それを聞いて虎杖は大丈夫か、とトリコを見る。

 さっさと五条が加勢した方が早いんじゃ?

 そう思う虎杖であったが、五条が動く気配はなかった。

 

「よく見てなよ、悠仁。

 呪術師として強くなりたいのならトリコの戦いを見ておいて損はない」

 

 虎杖は五条の言葉に頷き、戦いへと意識を集中させた。

 

「はッ! 大した信頼だな……だが、領域展開もなしにわが領域に対抗できると思ってるのか?」

 

 漏瑚はトリコに嘲笑を投げかける。

 もはや、勝負は決した。

 領域内に引きずり込んだ以上、こちらの負けはない。

 

「やってみなければ分からないだろう? それに俺は今ワクワクしてるぜ」

 

「ワクワクじゃと?」

 

「この空間に満ちるコンソメの香りのなんと芳醇なことか!

 流石は 漏瑚(コンソメマグマ)! 

 さぞや濃厚な味なんだろうな……喰ってみてぇ!」

 

 だというのに笑みを深めるトリコに漏瑚は警戒心を強めた。

 領域に引きずり込まれても、なお美味そうだからなどとほざく姿が不敵に映ったからだ。

 トリコは漏瑚に向けて手を合わせて、合掌した。

 

「この世の食材の全てに感謝を込めて……いただきます!」

 

 この状況に至ってもなお、トリコを騙る異常者にとっての最優先事項は変わらない。

 目の前にある漏瑚(美食)を喰らうこと、ただそれだけだった。

 

「この異常者め……!」

 

 漏瑚は感謝を向けてくるトリコを見てようやく気がついた。

 ああ、こいつはとんでもなくイカれてやがると。

 同時に──。

 

(この男は今この場で抹殺しておかねばならん! 儂の勘がそう言っておる!)

 

 そう思った。

 自身を食材と見做す、男への嫌悪感だけではない。

 本来なら毒でしかない呪霊を美味と感じる感性。

 領域内でも自らのペースを崩さない図太さ。

 この2つを兼ね備えているトリコは呪霊にとっては相性の悪い相手であるに違いない。

 漏瑚はそう推測した。

 しかも、まだその戦闘能力は発展途上。

 トリコに感じた鬼の気配のことを思えば、その伸び代は計り知れない。

 

「そうか、ならば儂の炎を味わうがいい……! 骨の髄までなッ!」

 

 殺すのなら今をおいて他にない。

 漏瑚は術式を発動。

 必中の効果が付与された炎がトリコへと迫った。

 

「おっとぉ!」

 

「あちぃッ!」

 

 ついでに五条と虎杖へも炎が迫るが、五条は片手で逸らし至近距離を通過する炎の熱は虎杖にも容赦がない。

 炎はトリコへも迫る。

 しかし、トリコは無事だった。

 炎がトリコを避けるように左右に割れたのである。

 

「フライングナイフッ!」

 

「なに!?」

 

 この技こそフライングナイフ。

 トリコが右手に纏った呪力の刃を飛ばす、遠距離技。

 宙を飛ぶ刃が炎を切り裂き、ついには漏瑚に1文字の切り傷をつけた。

 漏瑚は驚愕した。

 ナイフで切られたことにではない。

 必中の効果を与えていたはずの炎が、トリコに当たらなかったことにだ。

 

(馬鹿なッ!

 いくら奴の飛ぶ斬撃が呪術だったとしても、ここは領域の中だ。

 切り裂かれたとして、炎は奴へと向かうのが道理のはず!)

 

 さらに飛んできた斬撃を避けながら、漏瑚は反撃。

 領域内のマグマを煮立たせてトリコと五条へと攻撃を行う。

 が──。

 

「フライングナイフ! フライングフォークッ! フライングナァアイフッ!」

 

 トリコの呪力の刃がその全てを迎撃し、炎をかき分けていく。

 呪術であれば呪術を受ける事は可能。

 だが、しかし、必中の攻撃が一つも当たらないのは一体どういうことだろうか?

 漏瑚は斬撃が岩盤に傷をつけたのを見て、ついに気がついた。

 

(奴の斬撃が儂の領域そのものを切り裂いておるのか!?)

 

 フライングナイフに、フライングフォーク。

 それらは単に炎を切り裂いていたのではない。

 術式が付与された領域ごと切り裂いていたのだ。

 

 これは尋常なことではない。

 呪力の刃を振り回したところで領域そのものに干渉できるわけがない。

 何かカラクリがあるはず。

 だが、考えている暇などなかった。

 何故なら──。

 

(五条悟も無傷だと!? まずい!)

 

 五条もまた無傷。

 呪術で呪術を受けることで攻撃を弾いている。

 トリコに加えて、いまだに実力未知数の五条が無傷であることの精神的ショックは大きく。

 そして、そんな隙を見逃すトリコではなかった。

 

「次はこっちの番だ……5連!」

 

「し……しまった!」

 

 腰だめに拳を構えたトリコがもうすぐそこにいた。

 漏瑚は戦慄する。

 トリコが纏う呪力。

 それはこちらを一撃で倒すには足りない。

 受け止めることも十分に可能。

 だが、そこに不吉な予感を抱いたのだ。

 その予感は現実のものとなる。

 それはトリコの持つ大技の一つ。

 ナイフとフォークときて何故これが来るのか分からない、とファンの間でも語られることがある技だ。

 その名は──。

 

「釘パンチッ!」

 

「甘いわッ!」

 

 拳は漏瑚へと命中する。

 しかし、漏瑚もまた特級呪霊。

 咄嗟に腹に呪力を集中して防御。

 トリコの一撃を耐えきったかに見えた。

 しかし──。

 

「ガハッ!?」

 

 被弾箇所で炸裂した2つ目の衝撃に漏瑚は口を広げた。

 その威力は初撃の倍。

 しかも、まだ終わらない。

 

「アギィッ! ウゲェッ!」

 

 連続して炸裂する衝撃は漏瑚に踏ん張ることすら許さず、漏瑚の吹き飛ばされる勢いは加速されていく。

 5度目の衝撃に漏瑚は断末魔の叫びを上げた。

 

「アギャァァァアアアッ!」

 

 身体は内側から捲れるように破裂し、頭部だけが首の根本から吹き飛んでいった。

 トリコの勝利。

 それを示すかのように、領域は崩れ落ちる。

 4人は再び元の山中へと帰還した。

 

「今のを見たかい?」

 

「ああ、スッゲェ……!」

 

 五条は虎杖へと向き直った。

 釘パンチ。

 これこそが今日ここに虎杖を連れてきた目的だった。

 

「打撃ってのは一度きりで終わり。

 それは呪術であっても基本的に変わりはない。

 けど、何事にも例外ってものはある……。

 悠仁、トリコは技を当てた瞬間なにをした?」

 

「呪力が瞬いてた……?

 何回もトリコの呪力が膨れ上がった気がした」

 

「ピンポンピンポ~~ン! 大正解!

 トリコは最大値の呪力を瞬間的に何度も練れるんだ!

 特異体質って奴だね!」

 

 全力で呪力を放った場合、当然ながら、インターバルを置く必要がある。

 並の術師ならば一呼吸程度か。

 それは術師の練度が上がるにつれて短くなっていく傾向にある。

 そして、トリコのそれは打撃のインパクトの瞬間に何度も呪力を叩きつけられる程に短縮されていた。

 

「もちろん、1度に込められる呪力の量は据え置き。

 それ単体だけなら大して意味のある特技には見えないかもしれないけど、そうじゃないことは悠仁にも分かるだろう」

 

「ああ……釘パンチ、恐ろしい技だぜ!」

 

「一応言っておくと、釘パンチはトリコだけしか使えない。

 だけど、呪力操作のいろんな可能性は理解できたと思う。

 あれも参考の一つとして覚えておいてね!」

 

「押忍ッ!」

 

 その特技が恐ろしい必殺技へと昇華されたのは、今、見た通り。

 無論、その技を虎杖が習得するのは不可能だとしても、その原理は勉強になる。

 術式を使えない虎杖に呪力操作の可能性を教えるのに最適だったのがトリコであった。

 

「さてと、お楽しみの時間だ」

 

 トリコがよだれをじゅるりと垂らした。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 胴体から頭部を切り離された漏瑚。

 しかし、彼はまだ生きていた。

 頭部が潰されない限り死なない不死性はさすがの特級。

 そんな漏瑚はこんなはずではと憤っていた。

 領域を乱されはしたものの、炎とマグマの遠距離攻撃に徹していれば、あそこまでの接近を許すことはなかったはずだった。

 

「さて。誰に言われてここに来た?」

 

「ぐ……。五条悟……! 貴様さえいなければ──」

 

「勝っていたのは自分の方だったとでも言うつもりかい?」

 

 だが、戦場には五条がいた。

 五条は静観の構えを見せてたとはいえ、生徒が危険に陥れば乱入してくるかもしれない。

 漏瑚は五条への警戒を完全には解くことができなかった。

 そんな状態で勝てるほどトリコは甘くはない。

 

「ま、それは否定しないさ。

 それよりも五条先生、俺は早くその漏瑚(コンソメグルメ)のコアを捕獲したいんだが?」

 

「ああ、ごめんごめん。今はこいつに色々と聞かなきゃいけないからさ。

 安心しなよ。用が済んだら、君にプレゼントしてあげるから」

 

「ふざけるな!」

 

「仕方ない。一足先に、ボディの方を味見するか」

 

「聞け!」

 

 漏瑚の首から下が完全に揃っている。

 トリコは手早く漏瑚の身体を処理し、持参のグルメボックスへと保存。

 味見用の肉を1切れ手に取った。

 

「この世の食材の全てに感謝を込めて……いただきますッ~~~~!? おぼぼぼぼッ!?」

 

「えッ!?」

 

「えええぇぇぇえええ……? なんで、食べた量以上の肉汁が出てるわけ?」

 

 噛みちぎられた肉から肉汁が溢れてきた。

 その量たるや尋常なものではなく、口に溢れる肉汁で溺れそうになる教え子、という光景には流石の五条も興味津々だった。

 

「ぅんま~~~いッ!」

 

「おい! 俺にも分けてくれよ……おぼぼぼぼ!」

 

 肉汁のキラキラとした輝きとあまりにうまそうに食べる姿、そして、コンソメの香りに虎杖は我慢できない。

 口の中を満たす肉汁という名の暴力に虎杖は舌鼓を打った。

 

「すげえぜ! トリコ! こんな濃厚なコンソメスープは初めて飲んだ!」

 

 噛めば噛むほど溢れる肉汁はまさにコンソメスープ。

 トリコは味の分析を進めていく。

 

「なるほど、な。

 漏瑚(グルメマウンテン)という天然の大火力で、複数の呪力(食材)が煮込まれ続けた結果が、 漏瑚(コンソメマグマ)というわけだ」

 

「え、そうなんか?」

 

「ああ。これほど濃厚な味はそうじゃなきゃ出ない。

 これを人間が再現しようとするのなら、よほど良い食材を使っても、食材を継ぎ足しながら煮込むほかないだろう。

 もっとも、どんだけ煮詰めなくちゃいけないのかは、俺にも想像がつかんが」

 

 漏瑚のマグマと炎によって熱せられた食材。

 悠久の時を生きる漏瑚だけにその旨味は極限まで熟成している。

 その旨味を含んでいるスープこそが漏瑚(コンソメマグマ)だった。

 しかも、それだけではない。

 

「これだけ濃い汁なら少しくらいエグみがあってもおかしくないよな?

 なんで、こんなに澄んでる味をしてるんだ?」

 

「灰汁だとかそういうのは漏瑚(グルメマウンテン)の体外に排出してたんだろうな……」

 

 濃厚な上に、濁りが全くない、漏瑚(コンソメマグマ)

 それを味わい、その秘密を解き明かしたトリコは上機嫌だ。

 それだけではなかった。

 トリコの身体が光り輝いていた。

 

「おい! トリコ、お前光ってるぞ!」

 

「お前もな」

 

「え? こわっ……」

 

 トリコに指摘されて虎杖が自分の身体を見ると、なんか光っている。

 嫌な感じは全くないが、自身に未知の現象が起きている事実はちょっと怖い。

 

「心配するな。

 この光は俺たちの細胞が進化している証だ。

 何も怖がることはないんだぜ」

 

「なら、いいんだけど」

 

 虎杖はトリコの言葉にひとまず安心。

 正直、言っている言葉の意味は分からないが、まあ、それは今さらなので、追究するのはやめた。

 それよりも残りの漏瑚(コンソメマグマ)を味わう方が先だった。

 手に残った肉を口に運ぼうとする。

 その肉が突如消えた。

 虎杖の手に現れた宿儺の口が肉を飲み込んだのだ。

 咀嚼する音とともに声が響く。

 

「なかなかの美味だったぞ♪ 約束に違わぬ、働きご苦労」

 

宿儺(GOD)に褒められるとは、光栄だな」

 

「あーー! 横取りすんなよ!」

 

「哀れだなぁ。小僧!」

 

「はっはっは! まだまだ、漏瑚(コンソメマグマ)は残ってるぜ!」

 

「もー!」

 

「え、ちょっと待って? 約束ってどう言うこと、トリコ?」

 

 虎杖が持っていた肉を横取りする宿儺と笑うトリコ。

 なんとなく、流れる良さげな雰囲気。

 その中で完全に沈黙している呪霊がいた。

 

(儂を喰ってる……ッ!?)

 

 自身の胴体にすっかり夢中なトリコを見て、漏瑚は己の末路を悟った。

 自分はあのトリコという男に食われてしまうのだろう。

 きっと、肉も、骨も、血の一滴さえも無駄にされることなくあの男に取り込まれてしまうのだ。

 

(いっそ殺せッ!)

 

 あまりの屈辱に漏瑚は声も出ない。

 これなら、まだ、祓われた方がマシだった。

 しかし、漏瑚の命運はまだ尽きてはいない。

 トリコと虎杖は喰うことに夢中で、五条も宿儺の『約束』という台詞に気を取られている。

 息をひそめ、漏瑚の奪還を狙っている呪霊。

 彼にとって絶好のチャンスだった。

 突如飛来した、巨大な棘が漏瑚の近くへと刺さり、花が咲き誇る。

 

(花御かッ!?)

 

 それは同志、花御による救出。

 花御は自らの術式で敵を翻弄するとともに、自ら漏瑚の首を抱えて逃走。

 森に姿を眩まして気配を隠したのである。

 無論、いくら油断していたとはいえ、五条悟も、トリコも、花御の乱入には気がついた。

 しかし、それでも反応は万全時のそれと比べれば幾分か遅い。

 花畑の精神を強制的に落ち着かせる効果と見惚れるような美しさも相まって、隙はさらに大きくなる。

 それらの要因もあり、花御は漏瑚の奪取に成功した。

 

「え? 嘘!? 早ッ!」

 

「あちゃ~~、逃げられちゃったね」

 

 あまりの早業に驚く虎杖と呑気に感心する五条。

 

漏瑚(コンソメマグマ)! そして、まだ見ぬ呪霊(美食)たちよ!」

 

 そして、なぜか上機嫌なトリコは目をギラギラと光らせてこう言った。

 

「次こそが本当(野生)の勝負だ!

 タイマンで決着をつけようぜ!」

 

「……ッ!?」

 

 花御に抱えられた漏瑚は、その言葉に自らの心情を思い出す。

 人間は裏も表もある生き物。

 嘘もつくし、隠し事もする。

 であるのなら、負の感情から生まれた我ら呪霊こそが本当の人間だ。

 ならば、トリコは──。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 漏瑚が思考の海から現実へと戻るとそこは砂浜だった。

 部屋の一室だというのに壁も天井もなく、海と空がどこまでも広がる砂浜がそこにはあった。

 

「やぁ、漏瑚。無事で済んでなによりだよ」

 

 根城への帰還を果たした、漏瑚を待ち受けるのは、袈裟の男の皮肉の言葉。

 夏油と名乗る協力者だった。

 そんな彼の皮肉の言葉も漏瑚の耳には印象に残らなかった。

 トリコが最後に放った言葉が全てを上書きしていくのだ。

 

「おい、夏油! あのトリコとかいう異常者は、何者だ?」

 

「さあね。呪霊をどっかの市場で売りさばいていた奴がいるっていう話は聞いたことはあったけど、根も葉もない噂だとばかり思ってたよ」

 

「えぇ……?」

 

 野生。

 トリコから出てきたその単語を漏瑚は反芻する。

 人間の悪意が野に放たれて誕生した生き物。

 それこそが呪霊。

 だとするのなら、()()という単語にもっとも相応しい生き物こそが呪霊のはずだった。

 

(認められぬ……ッ! あのような異常者が我らよりも真に人間らしいとほんの少しでも思ってしまったなど……!)

 

 漏瑚は歯を噛み締めた。

 

 人間は嘘をつく。

 しかし、人間から生まれた負の感情に嘘偽りはない。

 そんな嘘偽りのない感情から生まれた呪霊こそが真の人間。

 漏瑚はそう思っている。

 だから、だろうか。

 漏瑚は思ってしまった。

 感謝も、欲望も、全てが嘘偽りのないトリコ。

 彼がなんと人間らしい生き物なのだろうか、と。

 

 あのような男が地上を闊歩し、呪霊を相手に食欲の限りを尽くしている。

 真の人間たる呪霊を差し置いてだ。

 それを思っただけで、漏瑚は屈辱に支配される。

 

「五条悟は殺す! その前に、あの異常者を滅してくれよう……!」

 

「漏瑚。その話だが、トリコには手を出さないでくれよ」

 

「な……!? 何故だ……!?」

 

「彼は宿儺の器ではないにも関わらず、宿儺の指を喰い生還した男だ。

 ……ひょっとしたら宿儺にとっての地雷が彼かもしれない……」

 

「だからと言って、我慢しろというのか!?」

 

「キミだっていやだろう?

 宿儺の不興を買って全滅するのはさ」

 

「ぬぅうううッ!」

 

 漏瑚は真っ当な言葉に反論などできない。

 夏油はその様子に満足したのか、彼らが頭に据えた呪霊の意見を確認した。

 

「五条悟は然るべき時、然るべき場所で封印を行う。

 計画の詳細は後ほど説明するよ。それでいいね? 真人」

 

 全身つぎはぎだらけの優男。

 呪霊にしてはあまりにも人間に近しい形をした呪霊は答えた。

 

「異論ないよ。

 狡猾にいこう。呪いらしく、人間らしく……」

 

 爽やかで、邪悪な笑顔だった。




釘パンチ。

1度のパンチで何発ものパンチを打ち込むという、原作トリコの必殺技を再現した技。
インパクトの瞬間に何度も呪力の流れを叩きつけることにより、その回数分の衝撃を敵に与えることが可能。
単純な威力では黒閃に劣るものの、敵の内部にダメージが浸透する、複数の衝撃により敵が硬直する、安定的に出せる、といった利点がある。
また、衝撃の度に威力が倍になっていくため、その回数によっては黒閃をも超える威力を叩き出す可能性もある。
ただし、一瞬で呪力を複数回練るというトリコの特技により成立しているため、伝授することは現状不可能。
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