呪霊の天敵、もしくは頭グルメスパイザー   作:泣き虫くん

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いざ、真人の寝ぐらへ!

 某日某所。

 映画館キネマシネマにて、高校生3人が殺害されるという事件が発生した。

 特筆すべきはその死体。

 死体の全ての頭部が倍以上に膨らみ変形し、それは破裂寸前であったという。

 明らかに呪術が関わっている。

 そう判断した高専により派遣された呪術師、七海建人は、現場に着くなり、疲労感を感じた。

 

 犯行現場が陰惨であるというのは大きな理由の一つであろう。

 血で真っ赤に染まったシート。

 ツンと鼻をつく死体のものと思われる匂い。

 どこか澱んだように感じられる空気。

 死体が取り除かれていようとも、ここで人が死んだという痕跡はあまりにも濃く、それが負の気配をばら撒いている。

 それは呪術師として経験が豊富な七海からしてみても、気が滅入るほどだった。

 

 しかし、七海が感じている疲労のほとんどは、そう言った事件の悲惨さから来るものではなかった。

 視線の先には、疲労の元がいた。

 

「うっひょー! 溜まらないぜ、この匂い!

 今日は一体、どんな呪霊(食材)と出会えるんだろうな!」

 

 そこにいたのは、トリコを名乗る男。

 グルメファンタジー漫画『トリコ』をこよなく愛し、トリコとは無関係のくせにトリコを名乗る、トリコと瓜二つの転生者である。

 呪霊さえも捕食対象と見定めているこの男にとっては、任務もまた未知なる美味との出会いにすぎず。

 だから、こうしてはしゃいでいるわけである。

 

 困ったのは七海だ。

 そもそも、トリコが同行しているのには訳があった。

 七海の脳内では五条と交わした言葉が蘇った。

 

「……トリコくんは亡くなったと聞いているのですが」

 

「あいつは頭グルメスパイザーなんだ。今日のインチキ呪詛師なんぞとはイカれっぷりが違う」

 

 時は遡り、札幌。

 そこに七海はいた。

 『死者を蘇らせる人形』を売り捌いていたインチキ呪詛師を任務で祓呪(・・)した帰り。

 バーカウンターで五条から受け持っている生徒を引率して欲しいと頼まれたところまでは良かった。

 が、五条の口からはトリコという名前が出てきた。

 彼は任務中に宿儺の指(特級呪物)を呑んで死んだはず。

 七海は眉を顰めたが、さすがに生徒の話で意味のない冗談は言わないだろう、と口を挟むのをぐっと我慢した。

 

「分からないって顔してるね。

 トリコを蘇生したのは宿儺だ」

 

「しかし、トリコくんは器では──」

 

「トリコは器じゃない。

 指がトリコのそばに転がっていたことからもそれは明らかだ。

 だけど、トリコは即死はしなかった。

 今際の際に言葉を残す程度の猶予は有ったんだ。

 宿儺とトリコの間に特殊なリンクが発生したとしても不思議じゃない。

 たった一度きりの奇跡みたいなもんだよ」

 

 人が死んで生き返るのならそれは奇跡と呼んで差し支えないものだろう。

 呪いの王が起こした事象をその名で呼ぶことはかなりの皮肉だったし、五条の説には矛盾がある。

 トリコが死んだのは指を呑んだからだ。

 その死因は呪いの毒に身体が耐えられなかった毒死と考えられるが、それは呪いに止めを刺されているのと同義。

 呪術師が死後呪いに転じるのを防ぐためには呪術で止めを刺さなければならない。

 五条の説はこの法則に則っていないのだ。

 呪術に精通しているはずの五条がそんな初歩的なことに気づいていないわけがない。

 七海は妙だと思った。

 そして、気づいた。

 トリコが呪死したのであれば生き返るはずがない。

 逆に言えば、トリコの死因が呪死以外の何かであれば──。

 

「気づいたようだね。そう、僕が分からないのは蘇生した方の理由じゃない、トリコの死因だ」

 

 死因が呪死以外の何かだとしたら、トリコの身体は宿儺の毒には耐えたことになる。

 ならば、一体全体どうしてトリコは死んだのか?

 宿儺の器がすでに虎杖悠仁という形で存在していたからトリコが弾かれたか。

 あるいは、トリコの術式と宿儺の指という組み合わせがバグを起こしたのか。

 

「ま、ともかくどんな理由があれトリコは生きていたんだ。

 実力はめちゃくちゃあるけどイカれてるから気をつけてね!」

 

 閑話休題。

 

 そうやってトリコを押し付けられた。

 トリコがイカれていることなど知っているつもりだった。

 しかし、まさか、これほどとは──。

 熟練の呪術師だって眉を顰めるような陰惨な事件。

 だというのにトリコは全く気に病んだそぶりすらなく、はしゃいでいるのだ。

 七海はトリコのイカれ具合に戦慄した。

 

「今日ここに来たのは事件を解決するためです。

 あなたは呪霊を喰べるようですが、そもそも、犯人が呪詛師の可能性もゼロではありません。

 趣味を優先するようならこの任務から降りてもらいますから、そのつもりで」

 

「分かってるさ。

 呪霊(獲物)を独り占めする気はないし、仮にもこの仕事を引き受けたんだ。

 犯人が人間でも逮捕にゃ協力するさ。

 もっとも、俺の推測がただしけりゃあこれは呪霊(猛獣)の手による犯行だろうけどな!」

 

 果たしてその言葉がどれほど信用できるのか。

 事件解決に協力的な姿勢を見せていることは僥倖。

 それにしたってトリコがイカレていることに変わりはない。

 

「ごめんな。七海先生。トリコって飯のことになると制御が効かなくなるからさぁ。

 別に人が死んでも平気ってわけじゃないとは思うんだけど──」

 

「虎杖くん。あなた常識人ぶっていますけど、普通は呪霊を食べるなんてあり得ませんからね。だいぶ毒されていますよ」

 

「……ッ! うっわ本当だ! 俺もいつの間にか呪霊は喰うもんだって刷り込まれてた! いや、でもあれすっげぇ旨いんだって!」

 

「ははは! お前ら何言っているんだ? 呪霊(獲物)は喰うもんだろ?」

 

 宿儺の器、虎杖悠仁。

 トリコと共に七海が引き受けている訳だが、比較的には常識人っぽい立ち位置の彼ですらこの始末。

 つまりまともな人間は自分以外には存在しないということだ。

 七海は不安を募らせた。

 

「虎杖くん。見えますか? これが呪力の残穢です」

 

「見えないけど……お前は? トリコ」

 

「俺なんてこの建物の外にいる段階で、匂いをとらえていたぜ」

 

「虎杖くん。それは見ようとしないからです。呪力の残穢は呪霊や呪術などと比べて薄く見えづらいため、注意してみる必要があります。

 もう一度、目を凝らしてよぅく見て下さい」

 

 嗅覚で呪力を、しかも、ただでさえ薄いとされる残穢を認識するなどありえないことだが、事前情報では嗅覚が優れていると聞いている。

 あるいは呪霊の体臭を嗅いでいるかもしれないし、呪力を匂いとして感知できるのかもしれない。

 が、今は犯人を追わねばならず虎杖の指導もしなければならない、と少々立て込んでいる。

 トリコは狂人だ。

 そんな狂人に構う暇などないため、七海は黙殺し本格的に犯人探しを開始することにした。

 前述の残穢をたどることで、犯人を追跡するのだ。

 

「……この匂いからして、犯人(獲物)は……」

 

「何か気づいたんですか? トリコくん?」

 

「極上の肉を持っているな……匂いから中々のポテンシャルを感じる」

 

「は?」

 

 トリコの意味深な呟きに反応するも、その意味深さはただ喰うべき呪霊(獲物)を吟味した結果生まれたものなのか。

 返ってきた予想外の答え。

 激しくどうでも良かった。

 

「へぇ。肉か……美味しく喰うんなら焼肉とかか?」

 

「ステーキも捨て難い……ハンバーガーにするという手もある」

 

「悪くないな……絞りきれねぇ……ッ!」

 

「まあ、こういう手合いは量も十分あるってのが通説だから、あまり気にすんな。

 まずは捕獲してからだ」

 

「……締まらない会話ですね」

 

 追跡は現場となった劇場から始めて、階段を上り、屋上へと向かう。

 その途中の会話ときたら、昼食の品定めをしている高校生の会話である。

 一応、ある程度の緊張感を保ってはいるが、会話の内容には面食らった。

 陰惨極まりない事件。

 にも関わらず、その会話のせいで、場に流れる空気にはどこか日常の延長線上のような雰囲気があった。

 これをどう評価するかは迷うところだ。

 呪いを扱う事件だ。

 呪術師は人の負の感情と向き合っているうちに自然と己の内に呪いを溜めることとなる。

 己に溜まった呪いをどう処理するか?

 それは呪術師の人生を大きく左右する問題であろう。

 

 その点、トリコはずば抜けている。

 なにせこれほど陰惨な事件だというのに、その顔に暗い影が落ちていなかったのだから。

 ひょっとしたらこのままのテンションでトリコは事件を解決してきたのかもしれない。

 だが、しかし、残念ながら今回の事件は、今までのように済むような事件ではなかった。

 

 きっかけは屋上へとたどり着いた彼らの前にふって湧いてきた呪霊と思しき、3体の異形。

 そいつらは一行と対峙する。

 敵の呪霊が差し向けてきたのか、それとも、呪いの気配に誘われてきたのか。

 いずれにせよ、祓うしかあるまいと臨戦体勢を取る七海と虎杖に対して、トリコは表情を険しくする。

 任務にやって来てから呪霊の味を想像してご機嫌だった、あの(・・)トリコがである。

 付き合いがまあまあ長い虎杖は、その異常事態に感づいた。

 

「どうしたんだよ? 呪霊が出てきたんだぞ? なんでそんな不機嫌そうなんだ?」

 

「不機嫌ってわけじゃねぇ……ただ、こいつらから腐臭がしたからな」

 

「腐臭?」

 

 そのただならぬ様子に不吉なものを感じたからか。

 トリコ以外の面々は、その理由を話すまでのわずかな間を、長く感じた。

 

「死体の臭いだ。それも人間のな──」

 

「……ッ!?」

 

 それは想像以上に胸糞な事実だった。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

 

 

「ああ人間だよ」

 

 現場付近の雑居ビル。

 高専が用意した仮の拠点にて、一同は報告を受け取っていた。

 内容は、屋上で襲いかかってきた呪霊と思われる存在の正体について。

 捕獲した異形の解剖を高専の医師、家入に頼んでいた。

 結果、判明したのは、彼らが元は人間であったこと。

 事件で被害にあった3人と同じく無理やり形を変えられていたらしい。

 

「しかし、彼らには呪力が漲っていた。

 一般人を作り替えて呪力で漲らせるだなんて、そんなことが可能なんですか?」

 

「そればっかりは犯人に聞いてみないと分からない。

 ただ、解剖した3人の脳幹に弄られた形跡があった。

 犯人は脳をいじることで呪力を扱えるようにできるのかもしれないな」

 

 七海の疑問に家入は答える。

 事実、呪力と脳の関係はいまだに解き明かされていないブラックボックス。

 いまだに犯人との接触はないため、そこから先は想像でしかないが、否定できる材料もなく、七海は沈黙した。

 

「それと、虎杖……あと一応、トリコも聞いているか?」

 

「……うっす」

 

「ああ」

 

「こいつらの死因は身体を無理やり変えられたことによる、ショック死だ。

 君らが殺したんじゃない。その辺りを履き違えるなよ」

 

「はい」

 

「……」

 

 家入の報告が終わった。

 スマフォから目を離した七海が虎杖に視線を向けた。

 告げられた残酷な事実に虎杖は瞳を揺らしていた。

 打ちのめされてはいるものの、それでも、怒りの方が大きいらしい。

 虎杖は拳を震わせている。

 

「これは趣味が悪すぎだろ……ッ!」

 

 見ず知らずの他人のために本気で怒ることができる。

 それはきっと好ましい性根だろう。

 しかし、七海はそんな虎杖の善性にどちらかといえば危うさを感じた。

 呪術師として呪いを扱う以上、悲惨な死と無縁ではいられない。

 そういった死を間近で見るたびに呪術師の心は傷つき、いつの日にか限界を迎えてしまうものなのだ。

 特に虎杖はまだ子供だ。

 心に傷を負いやすい。

 七海はフォローすべく、声をかけようとし──。

 

「とりあえずこれでも喰ってな」

 

「%&$#&¥*……ッ!」

 

 ここでトリコの奇行が炸裂。

 口の中に何かを突っ込まれた虎杖は形容し難い奇声を上げた。

 

「もぐもぐ……いきなり何すんだよぉ!」

 

「おう! この俺特製、トリコバーガーだ。美味しいだろ?」

 

「だからって人の口に突っ込んだらいかんでしょッ!」

 

 トリコバーガー、つまりはハンバーガーを咀嚼して口を開けてから、虎杖は抗議する。

 部屋を見回せば机の上に、トマト、レタス、玉ねぎといった各種具材とホットプレートの上で焼かれているパティがある。

 普通、こんなものが部屋にあったらすぐに気づくだろうに、トリコがどんな手段で持ち込んでさらには調理したのか。

 はたから見ていた七海にとっても謎だ。

 

「さっきよりはマシな顔になったな。お前、ひどい顔してたぜ。ネオに食われる直前の獲物みたいだった」

 

「……え?」

 

「忘れるなよ、俺たちが任務にきたのは生まれてしまった犠牲に心を痛めるためじゃない。

 美味い呪霊(獲物)を食するためだ。

 だから、さっさと捕まえて喰っちまおうぜ! もう、俺腹ぺこぺこでさぁ!」

 

 トリコが自分の分を頬張りながら満面の笑みでいった。

 どれだけ、悲しかろうと、怒りに震えようと、生きている限り腹は減る。

 少年院でのトリコの言葉が思い出される。

 

「トリコ……お前ってさぁ……本当に何考えて生きてんだ……」

 

「ん、どうした? 食わねぇのか?」

 

「いや、食べるけどさぁ……」

 

 これがトリコなりの気遣いなのかも分からない。

 雰囲気を良くするだなんて真っ当な配慮があったと断言するには、トリコはイカれ過ぎている。

 ただ、場を包み込んでいた陰鬱な気配は消え去っていて。

 七海はそこに呪術師としての適性を見た気がした。

 

「じゃ、行こうぜ」

 

「待ってください。行くってどこに?」

 

「そりゃ当然、呪霊(獲物)の住処にさ」

 

「なんですって?」

 

 が、やはり狂人は狂人。

 そうそう制御できるはずもなく。

 あの(・・)五条が苦労している理由を、七海が本当の意味で知ることになるのはこれからだった。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 映画館で高校生3人が怪死したこの事件には目撃者がいた。

 吉野順平。

 事件の被害者からはいじめを受けていた。

 当然、関係は険悪で、殺されてもざまぁみろと思うほどには彼らを嫌っていた。

 そんなクラスのいじめっ子が殺される光景を目の当たりにした吉野順平。

 彼はその異常な手口に惹かれ、その下手人である呪霊に接近することになる。

 真人と名乗った全身ツギハギだらけのフードを被った優男。

 彼は自らを人が人を憎み畏れる胎から生まれた人間の呪霊だと語ってみせた。

 順平はたちまち真人に魅了された。

 真人は世間や一般常識などを歯牙にもかけていなかった。

 勝手気ままに行動し、一般人を蹂躙するその様は、ある種の自由を体現していた。

 学校でいじめられて不登校になってしまった順平はあこがれを抱かずにはいられない。

 

「僕は順平のすべてを肯定するよ」

 

 そんなあこがれの存在が自分を肯定してくれている。

 そのことに順平は舞い上がった。

 真人のアジトから自宅へと帰る途中、順平は奇妙な満足感を感じていた。

 そして──。

 

「今度の呪霊(獲物)どんな味がするのかなぁ……楽しみだぜッ!」

 

 再び真人のアジトへとトンボ帰りするはめになっていた!

 原因は言わずもがな。

 トリコを名乗る狂人である。

 

「だいぶ、匂いが濃くなってきたかな……お! おい、お前美食屋(同業者)だろ!」

 

「……へ? 僕のこと? 同業者って? いや、そもそもあなたは誰なんです?」

 

「俺か! 俺の名はトリコ! 呪術師(美食屋)さ!」

 

「美……食……屋……? 美食……何……? 同業者って僕のこと?」

 

「ははは! 照れるなよ! お前の身体に染み付いた呪霊(食材)の香り! 俺が追っている呪霊(食材)とおんなじ匂いだぜ!」

 

「……はぁ……匂い……?」

 

「よし! 付いてきな! えーっと、お前名前は?」

 

「よ……吉野順平」

 

「同じ呪霊(食材)を狙っているもののよしみだ。ご馳走してやるぜ!」

 

「えぇ!? 待ってください! 何のことですか!?」

 

「おーっし。手がかりも見つけたし、あいつらに連絡してやらなきゃぁ……っと。ああ、こちらトリコ。呪霊(獲物)の手がかりが──」

 

 そうして、何故だかトリコと一狩り行くことになってしまった。

 それもこれも順平がわざわざ真人に興味を持ってしまったが故。

 自業自得と言えばそれまででもあるが、それでも、このタイミングでトリコという特級の爆弾に出会ってしまったのは同情すべきポイントだろう。

 おかげで順平はトリコから真人を狙う美食屋(同業者)という、理解し難い勘違いをされてしまう羽目になったのだから。

 

「ふーん。ここが呪霊(獲物)のハウスか」

 

「ハウスって……」

 

「ここに住んでんだからハウスで間違いじゃないだろ……。位置情報の送信ヨシ……っと!」

 

 ともかく、そんなこんなで巻き込まれてしまった順平は、再び真人のアジトである地下水道へと戻ってきたのであった。

 そこで待っていたのは異形、すなわち、改造人間の襲来。

 いくら見知った顔があるからと言っても、それがトリコと一緒なら警戒もするだろう。

 あるいはこの地を訪れたものを基本的には無差別に襲っているのかもしれなかった。

 拠点にしているということもあり、改造人間の数はまあまあ多い。

 しかし、その実力は高くとも2級が精々。

 特級(漏瑚)ともやりあえるトリコが相手ではちょっとした時間稼ぎにもなりはしない。

 無造作に振るうトリコの拳で退けられる改造人間たち。

 が、ここで異変が起こる。

 

「う……うぅ。なんでこんな目に遭わなくちゃいけないんだ?」

 

 順平が口元を押さえて、うずくまったのだ。

 順平は美食屋などではない。

 荒事の経験などもなく、ましてや、人の死に様を見るなどというショッキングな出来事への耐性などあるはずもない。

 以前に、真人から改造人間を見せられても感じなかった恐怖を、順平は今更ながらに感じていた。

 

「ふむ……新人(ビギナー)にはちょっと刺激的な光景だったか。

 まあこれ喰って元気でも出せよ」

 

「何それぇ。もごぉ……ッ!?」

 

 そんな順平を不憫に思ったようで、トリコは蝿頭を取り出すと、それを口へと突っ込んだ。

 順平は突然、気味の悪い生物を口に放り込まれ大混乱。

 抵抗することも出来ず、かつて、バッタを無理やり食わされたときの記憶がフラッシュバックする。

 いじめのトラウマに襲われるかに思えた。

 しかし──。

 

「うっま! なにこれ!?」

 

 口に広がる、強烈な旨味。

 まるで、豚肉のコッテリ感、牛肉の旨み、鳥の淡白さ。

 それらが矛盾なく融合した味に順平は恐怖を忘れた。

 

「だろぉ! 捕獲レベル1にも満たない低級の呪霊(グルメ食材)だけどよぉ、案外悪くないんだぁ!」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「ああ、俺たちが今追っている呪霊(獲物)の捕獲レベルは特級(30オーバー)

 味のポテンシャルは捕獲レベルに見合ったものだろうぜ」

 

「は、はあ……え、あの、トリコさん……今更なんですが、追っているものをどうするつもりなんです?」

 

「何って、喰うに決まっているだろ?」

 

「へ……喰うって……ひょっとして、それって食べるってことですかぁ!?」

 

「ははは! おかしなやつだな! 他に何があるって言うんだ?」

 

 そして、順平は、ようやくトリコの言葉の真意に気がついた。

 トリコにとって呪霊とは、祓うものではなく喰うものなのだ。

 トリコが頻繁に口にする獲物や食材といった単語が真人を指していることにはもはや疑いようはなく、真人を食すつもりなのである。

 順平は驚愕した。

 真人は優男といった外見である。

 それを食するということは、明らかに一線を超えた行為であるように思えた。

 順平は忌避感を覚える。

 

「腹拵えも済んだことだし、じゃあ、行くぞ!」

 

「は……はい」

 

 しかし、順平の口から意に反した言葉が出てくる。

 トリコに阿ったのか、あるいは、先ほどの蝿頭の味が忘れられなかったからなのか。

 それは順平にもわからなかった。

 散発的に起こる襲撃を切り抜けながら2人は奥へ奥へと進んでいき──。

 

「へぇ、まさかこんなに早く辿り着くとはね。

 色々と実験をやりたかったからちょうど良かったかな」

 

「……なかなか、美味そうじゃないか」

 

 トリコは真人と出会った。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 アジト深奥の開けた空間にて、始まったトリコと真人の激突。

 真人は変形や改造人間を駆使して戦い、時折、手のひらで触れることにより発動する無為転変による決着を狙った。

 

「オラァ!」

 

「効かないよ」

 

 対するトリコは正面からそれらを切り抜けパンチをお見舞い。

 空間がシェイクされるほどの一撃。

 真人の胴体を大きく凹んだ。

 が、その傷は瞬時に癒えた。

 

「なるほど、ならば……」

 

 それを見てトリコはさらなる技を繰り出す。

 生半可な、それこそ、腕一本切り飛ばした程度じゃ効かないであろうことを、真人の回復から予見したらこその決断。

 消費呪力(カロリー)は多いものの大抵の相手なら決定打になる必殺技。

 その名も──。

 

「釘パンチ! ひとまず、3連!」

 

「ッ!?」

 

 一度のパンチで解き放たれた、呪力は3つ。

 喰らってから発生した3回の炸裂は、真人の身体を容赦なくバウンドさせ、さらには真人の五体を破裂させた。

 胴体を中心に四肢が吹き飛んだ。

 が、あり得ないことが起きた。

 無くなった四肢の各断面がウネウネと蠢き、肌色が埋め尽くしたかと思うと、そのまま、肌色のウネウネが膨れ上がった。

 ウネウネは不定形だったが、それらは手や足の形を取り戻した。

 さらには、胴体を貫通した穴も、同じ要領で肌色のウネウネが覆い尽くし、完治。

 真人は完全に元通りの姿になっていた。

 

「いつだって魂は先にあるからね。

 肉体の形は所詮、魂の形に引っ張られるものに過ぎない。

 だったら、己の魂さえ無事なら、肉体が滅びないのは道理だよね。

 それが俺の術式、無為転変だよ」

 

「合点がいったぜ」

 

「へぇ。理解が早い」

 

(食欲)は宇宙が始まる前にそこにあった。お前はそれを体現していると言うわけか」

 

「……ほんとにわかってる?」

 

 真人は得意げになって自身の術式を語った。

 魂さえ無事なら肉体は不滅という術式(俺ルール)ゆえの不死性。

 堪えた様子は全くない。

 攻撃が通らないのは明確なピンチだろうに、トリコは真人の発言をグルメ漫画『トリコ』の世界観へと落とし込んでみせる呑気ぷりだ。

 そんなトリコに真人は苦笑しつつ、早くも関心を失いつつあった。

 最強格の漏瑚を五体不満足に追い込む戦闘能力。

 どれほどのものかと思って相手をしてみれば、相手はこちらにダメージを与えることすらできないのだ。

 魂ごとぶん殴られる事態をも想定していた真人からすれば拍子抜けでしかない。

 だから、真人はその矛先を変えることにした。

 

「ま、いいや。ところで順平、君はどうするつもり?

 俺とそこの狂人のどっちの味方なわけ?」

 

「へ!?」

 

 後方で待機していた順平は話を振られてしどろもどろになった。

 真人は親身になった話を聞いてくれた人という印象はある。

 一方、改造人間が死ぬところを目の当たりにしてその所業の残酷さを思い知ってもいる。

 端的に言えば、順平は真人に対していくらか幻滅していた。

 では、トリコにつくのかと問われれば、順平は素直に頷けなかった。

 トリコは自分のような素人を捕まえて鉄火場へと連れ出すような男である。

 最初はちんぷんかんぷんだった動機も今ならわかる。

 ようするに、『同じ真人(獲物)を狙っているもののよしみで真人()をご馳走してやるよ』である。

 イカれてる。

 真人のアジトに長居していたことは勘違いの原因なのだろう。

 実際、真人のような呪霊の住処へとお邪魔して、ただ話をして帰るなど想像しづらい。

 それなら侵入して命からがら逃げた、というシナリオの方がまだ想像はしやすいかもしれない。

 だからと言って、自分に呪術師としての技量は微塵もないし、そんな素人を呪術師、いや、美食屋とやらと勘違いして同行させるなど、多分呪術師としては論外だろうに。

 考えれば考えるほど、順平は真人の方がまだマシとすら思えてきた。

 

「変なことを聞くんだな? 真人(チューインミート)?」

 

「……それって俺のこと!?」

 

呪術師(美食屋)が一度狙った獲物を諦めるなんてことはありえない」

 

「ちょっと待ってくださいよ! 美食屋ってなんですか!? 僕のこと!?」

 

「未知の味を追求する探求者。お前もご存じの通りだ」

 

「存じてないんですけど!」

 

 勝手に話が進んでいく。

 このままではトリコ主導で自分が本格的に美食屋の仲間にされかねない。

 それだけは断じて阻止しなくてはならなかった。

 

「あははは! なんだ、そういうことか。妙に乗り気じゃないと思ったら、そこの狂人に勝手に連れてこられたってわけか」

 

「そうなんです。なんか、僕に真人さんの匂いが付いていたらしくて……」

 

「……まさか、素人を無理やり連れてくるとは。ひょっとして、トリコって呪霊より頭おかしいんじゃない?」

 

 そんな必死の弁解のおかげか、真人は朧げながらに事情を察知した。

 なるほど、道理で順平がおろおろしているわけだ。

 だったら、順平を誘き寄せるのは容易なはず。

 目の前で無辜の人間が、それも自分が一方的に巻き込んだ人間が死んだら、嘲笑(わら)えるリアクションの一つでも見れるかもしれない。

 邪悪な考えをめぐらす。

 

「当たり前だぜ! この世に、呪術師(美食屋)以上に食欲に取り憑かれた馬鹿は存在しないんだからな!」

 

「は?」

 

「順平だってそうだろ。真人(チューインミート)を見た瞬間にこう思ったはずだ。

 こいつを喰いてぇ……って。

 だから、わざわざこの寝ぐらまで侵入したんだろ!」

 

「えぇ!? そんなわけないよ!」

 

 トリコは胸を張ってそう主張した。

 順平=美食屋の図式は未だ健在。

 自身の世界観を完全に信じているそのイカれ具合には、順平だけでなく真人も困惑せざるをえない。

 誰しもが妄言と切り捨てるだろうトリコの言葉。

 だが、果たしてそれは本当に一切根拠のないものなのだろうか?

 トリコはイカれている。

 しかし、トリコにもトリコなりの根拠というものがあった。

 それも目に見える形で現れていたのである。

 

「だったら、順平よ。その口から垂れているよだれは一体何なんだ?」

 

「え?」

 

 口をとっさに抑えた順平の手に付着していたのは透明で粘性のある液体。

 すなわち、よだれだ。

 美食屋、いや、人間やその他の幅広い生物の口内にはよだれが溜まっている。

 それが溢れるシチュエーションの中で一番メジャーなものは、好物を目の前に食欲が限界を迎えたとき、とは言うまでもない。

 

「そんな……嘘でしょ……? そんなわけが……」

 

 順平はその意味を理解し愕然とする。

 トリコに無理やり喰わされた蝿頭(グルメ食材)の味。

 あれは鮮烈な味だった。

 食べた瞬間に感動で胸が満たされ、恐怖が消え去っていくほどだった。

 そして、真人(チューインミート)は蝿頭よりも捕獲レベルが高いのだと、トリコは言う。

 真人(チューインミート)の味はレベルに見合ったものだろう、とも。

 真人(チューインミート)のレベルは30オーバー。

 蝿頭(レベル1)であれなら真人(レベル30超え)の味はどれだけ凄いのだろう?

 期待するなと言う方が無理な話だった。

 蝿頭(グルメ食材)により眠っていた感覚が覚醒したのだろうか。

 順平の身体は真人(チューインミート)という特級呪霊(極上の食材)に否応なく反応していた。

 

「……違うよ真人(チューインミート)さん……ジュル。僕はあなたを食べたいだなんて……ジュル、微塵も──」

 

「チューインミートって言ってるじゃん……よだれを拭きながら話すのやめなよ。

 トリコ、お前の仕業ってわけか……こうなったら、潮時かな」

 

 真人にとって順平はまあまあ、遊べるおもちゃだった。

 こちらの一挙一動に面白い反応をし、ひょっとしたら、虎杖悠仁(宿儺の器)に縛りを結ばせる可能性さえあった。

 そんな、暇つぶしにも計画にも都合のいい傀儡みたいなものであった。

 だが、そんな順平はもういない。

 いるのはおもちゃの分際でこちらを食い物(・・・)として見る、身の程知らずだけである。

 

「いつの間にか狂人に染まってる君ってさぁ……君が馬鹿にしていた奴よりもずっと馬鹿だったんだね!」

 

 呪霊としての本能が舐められることを忌避しているのだろうか。

 およそ矜持とは無縁の真人でさえあっても食い物として見られることに抵抗がない訳がない。

 真人は10センチほどの干からびた物体を順平の側へと投擲。

 それらは、いわば小型化していた改造人間だ。

 携帯もでき、命令を与えてやれば、形を変えて命令を実行する使い捨て(・・・・)の手駒。

 投げる直前に時間差で動き出すように命令を出していたのだろう。

 着地と同時にウネウネと蠢き、先ほどまでの小ささが嘘のように大きくなり、どこか人間の姿を彷彿とさせる醜い異形へと姿を変えた。

 

「ひっ!」

 

 呪力をたぎらせて順平へと襲いかかる異形。

 その爪が順平へと迫った。

 

「へぇ! 順平が死んでも構わない……ってこと?」

 

 真人は驚いた。

 自分の都合で連れ出した非戦闘要員が危機に陥れば、普通は守るはずだ。

 しかし、トリコには順平を守る気配など全くなく、むしろ、そのまま戦闘続行の構えである。

 あの口ぶりからしてトリコは順平に目を掛けているように見えたが、まさか、こうもあっさり順平を見捨てるとは。

 そういう意味の驚きもあった。 

 

「別にあの程度、俺が何かする必要はないってだけのことさ」

 

 で、この返答。

 順平が無事に助かるという確信に満ち溢れているが、順平は咄嗟に逃げようとするも反撃する様子はない。

 どこに助かる要素があるのか分からなかった。

 順平は逃げ道を塞がれて追い詰められた。

 改造人間が爪を振り下ろす。

 

「させるかよ」

 

 爪が届く寸前。

 順平と改造人間の間に割り込んだのは、虎杖悠仁だった。

 虎杖が腕を掴み、改造人間をその場に釘付けにする。

 

 ──ドシュバッ!

 

 さらに、横から割り混んできたサラリーマン風の男がマダラ模様の呪符で巻いてある鉈を振り下ろせば、改造人間の腕の肘から先がなくなった。

 綺麗な切断面が、その武器の切れ味を物語っていた。

 

「後で説教ですね……」

 

 改造人間にトドメを刺しつつそのサラリーマン風の男、七海建人は言った。

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