呪霊の天敵、もしくは頭グルメスパイザー   作:泣き虫くん

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順平、気張る・真人サイアクの一日・七海の特に孤独ではないグルメ

 時はトリコを名乗る転生者、略してトリコが高専の拠点を出発する前。

 呪霊の寝ぐらへと踏み込む、というトリコの宣言に対して七海は懐疑的だった。

 まだ、捜査は始まったばかりなので、手がかりはない状態。

 行き当たりばったりでどうにかなるほど、甘い事件ではない。

 

「俺の嗅覚は警察犬のそれを大きく上回る。呪霊(獲物)の匂いは映画館で覚えたから、楽勝さ」

 

 トリコに意見を曲げる様子はない。

 かと言って、全員がトリコに付いて行って空振りになってしまえば、大きな時間の無駄だ。

 だから、七海は情報収集に専念し、その間、トリコに手掛かりを集めながらの追跡を許可した。

 トリコがアジトを見つければ良し。

 そうじゃなくとも、トリコの嗅覚でしか発見できない情報が加われば、精度も上がり損はない。

 

 だが、トリコはそんな予想を飛び越えてきた。

 調査を始めてから1時間もしないうちに連絡があった。

 トリコから送られた印の位置。

 それは、七海が現時点で割り出していた場所と、ほとんど差はなかった。

 七海は犯人の潜伏場所をすぐに特定したトリコの能力には舌を撒く。

 これなら、思っていたよりも早く、犯人を追い詰められるかもしれない。

 そう思っていた矢先に、トリコから思いもよらぬ言葉が出てきた。

 

「あと、吉野順平っつう同じ呪霊(獲物)を追ってる美食屋(同業者)に会ったんでな。

 一緒に連れてくことにした」

 

「!? 今、吉野順平って言いましたか?」

 

「じゃあな、報告はそれだけだ」

 

「ちょっと話はまだ終わって──」

 

 そのふざけた内容に問い詰めようとするも、一方的に電話を切られてしまう。

 こちらから折り返しても、出る気配がなかった。

 

 吉野順平。

 彼は被害者と偶然同じ映画館の館内に居合わせた少年だ。

 映画館の監視カメラには少年の映像が残っていた。

 七海の見立てでは、呪詛師でもなければ荒事への耐性もなさそうだった。

 そんな彼がなぜトリコに目をつけられたのか、七海には見当もつかない。

 あるいは、今回の事件でかなり核心に近い位置に吉野順平がいたのかもしれない。

 いずれにせよ、このまま放置するわけにはいかない。

 本来なら子供を現場に連れて行くつもりなどなかったが、素人が巻き込まれたのだ。

 そんなことを言っている場合ではない。

 七海は虎杖を伴って現場へと急行したのだった。

 

「……後で説教ですね」

 

 改造人間から間一髪のところで順平を救った七海はつぶやいた。

 その静けさは嵐のまえを思わせるほど、怒りに満ちている。

 事実、七海の顔面には青筋が立っていた。

 

「だってよ、順平」

 

「僕ッ!?」

 

 しかし、トリコは罪悪感を微塵も見せない。

 しれっと罪をなすりつけられた順平は抗議の声を上げるも、トリコはそれを黙殺し七海の横へと並び立った。

 

「……気をつけろよ、お前ら。敵はなかなか手強いぜ」

 

 そう言って、トリコは注意を促した。

 程よい距離で相対するのは、今回の犯人。

 ツギハギの縫い目が顔面にある優男という風情だが、歴とした呪霊である。

 七海が油断なく構えながら、トリコに言った。

 

「状況を簡潔に説明してください」

 

「敵の攻撃手段は2つ。

 変形を用いた体術と身体に仕込んだ改造人間を使った不意打ちだ。

 こちらの攻撃は基本通用しないと考えた方がいい。

 一回釘パンチでバラバラにしてやったが、奴は瞬時に復元した。

 これを突破するにはこちらも魂を観測する必要があるらしい」

 

 トリコは七海と1歩後ろに控える虎杖たちにしか聞こえないように、声量を抑えて答えた。

 魂はいつだって肉体の先にある。

 魂には決められた形があり、肉体は魂に追随するのである。

 それこそが真人の術式、無為転変の真髄。

 魂を観測しなければ、攻撃はいたずらに肉体を傷つけるだけであり、魂に攻撃を加えることはできない。

 そして、魂がある限り、真人が消滅することなどあり得ないのである。

 

「魂……奴の術式ですか?」

 

「ああ、それに触れて形を変えるのが術式(能力)らしい」

 

「術式による修復……ならば、術式が発動できなくなるまで消耗させるほかありませんね」

 

「……ああ、だが、それは相当分の悪い賭けだぜ」

 

 確かに、真人の無敵が術式由来のものであるのなら、呪術の源である呪力を無くせばいい。

 七海の提案は理にかなっている。

 しかし、トリコは静かに首を振った。

 

「俺は長期戦が苦手だからな……奴の呪力(カロリー)が枯渇するよりも俺が力尽きる方が先かもしれんぞ」

 

 問題は消費カロリーだ。

 原作『トリコ』の主人公トリコが莫大なカロリーを日常的に消費していたように、今作のオリ主の方のトリコも燃費は悪い。

 特に釘パンチにおいてそれは顕著で、一瞬で何度も呪力を練り一気に叩き込むという、体力的にも技術的にもかなり無茶のある仕組みゆえに、呪力の消費量はあまりにも大きい。

 現在のトリコが1日に放てる回数は最大連数ならば5回。

 そして、トリコは5回の内の1回を使っている。

 大袈裟な言い方をするなら、七海が到着するまでの短い時間で、すでに体力の5分の1以上を消費してしまっているのだ。

 果たして、そんな有り様で真人を抑え続けられるのだろうか?

 トリコが懸念を口にするのは妥当なところであった。

 

「魂を観測できないから奴にダメージを与えることができない。

 なら、単純に魂を観測できるやつがこっちにいれば問題ないってわけだ」

 

 魂を観測できる呪術師など存在しない。

 真人はそう言っていた。

 しかし、何事にも例外はある。

 トリコには心当たりがあった。

 

宿儺(GOD)という別の魂を宿し、会話ができるまでに目覚めさせている悠仁なら、攻撃も通るだろう」

 

 虎杖はその身に宿した宿儺(GOD)をそれと認識して、会話もできるのだ。

 自身に存在する別の魂を観測している状態。

 ならば、攻撃は可能。

 そういう考えであった。

 そして、トリコのこの推察に間違いはない。

 虎杖こそが真人の天敵であった。

 

「ダメです」

 

 七海はそれを却下した。

 ここには順平という非戦闘員がいて、ここは呪霊のアジトの最奥だ。

 ならば、誰かが順平を安全な場所に送り届けなければならない。

 その役目を虎杖にやってもらうつもりだった。

 

「なんでだよ! 俺は戦えるぜ!?」

 

「ダメです。虎杖くん。誰かが吉野くんを避難させなければいけない。

 それに、あいつと戦うのはあなたにはまだ早すぎる」

 

 虎杖は七海に抗議するも、七海は跳ね除けた。

 真人が改造した人間は、もう元には戻れないが、死んではいない。

 つまり生きてはいるのだ。

 それに止めを刺すことが殺人に含まれるかは否かは意見が分かれるところではあるだろう。

 改造された時点で死んだも同然なのだから介錯をしているだけだと割り切ることも可能。

 しかし、疑いようもない善人である虎杖が。

 他人のために怒ることのできる善性を持った虎杖が。

 改造人間に止めを刺して平気でいられるのだろうか?

 

 呪術師を続けていればいつかは人を殺さなければいけなくなる。

 しかし、それは今ではない。

 

「おいおい! そんな堂々と内輪揉めされたらちょっかいかけたくなるだろぉ!」

 

「虎杖くん! 吉野くんをッ!」

 

「お、おう!」

 

「うわぁあああッ!」

 

 そんな葛藤が許されるほど甘い戦場などない。

 距離を保っていたはずが、真人はその場所にいながらにして攻撃を仕掛けてきた。

 真人が前方に突き出した腕が、不定形の肉の塊として伸びたのだ。

 爆発的な勢いで質量を増し一行を押し潰さんと肉塊が迫る。

 虎杖は順平を抱え、七海は咄嗟に2人を庇うように一歩前へと出た。

 そして──。

 

「やるじゃねぇか。真人(チューインミート)

 

 トリコがさらにその前で、肉塊を止めた。

 先ほどの勢いが嘘のように肉塊はぴくりと止まる。

 

「……悠仁。順平をつれて逃げな。もっとも、お前ら2人が戻って来なかったら、俺たちだけで真人(チューインミート)を独占するかもしれんがなぁ」

 

「私は遠慮します」

 

 トリコはそう言った。

 言葉に持たせている含みは嘘ではなさそうだが、だからと言って、適当なわけではなさそうだ。

 2人の判断をいくらかは尊重する構えだった。

 虎杖はいくらかの逡巡ののちに──。

 

「……ごめん!」

 

 後ろ髪を引かれるように、順平を抱き抱えたまま引き返していった。

 2人が去っていく。

 トリコは獰猛に笑った。

 

「さてと……じゃあ、喰うか!」

 

「祓うの間違いでは……そもそも、攻撃が効かないという話ですから。

 私たちでは敵を一時的に行動不能にするのが関の山でしょう」

 

「一応、手はあるんだよ。ちょいと時間がかかるがね」

 

 そして、トリコは自らの考えを七海に話した。

 その策とすらも呼べぬ稚拙なプランに七海は呆れずにはいられない。

 本当なら断りたいくらいだった。

 しかし──。

 

「どうせ、何を言っても聞かないんでしょう。

 こちらの戦力が多いうちに相手の手の内をできるだけ明かすのも悪くはないでしょうし……」

 

「そうこなくちゃ」

 

 トリコは肉塊を放り投げた。

 その顔面には獣のような笑みが張り付いており、発する言葉には有無を言わせぬ迫力がある。

 立ち上る呪力も、消耗しているとは思えないほどに、濃厚。

 タイプは違えど、立ち振る舞いの節々に五条悟を感じさせる。

 この男を、コントロールしようという気はもはや失せている。

 七海は鉈を握る手に力を込めた。

 

「宿儺の器と順平は……逃げたか。まあ、いいや。

 ここで君らを殺せば、ちょうど良い因縁になるでしょ!」

 

 真人が飛びかかってきた。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 一方、トリコたちと別れた順平は虎杖と共に外を目指していた。

 もっとも、目指すといっても自らの足で走っているわけではない。

 順平は虎杖に抱き抱えられていた。

 下ろして欲しいと頼んだが、この方が速いのだと断られたのだ。

 現に、人一人抱えていることが嘘だと思えるほどの速度で虎杖は走っている。

 息一つ切らさずにだ。

 順平も従うほかなかった。

 

「……ごめんね」

 

「なんで、順平が謝るんだよ?」

 

「いや……なんか僕がみんなの邪魔をしちゃったみたいで……」

 

 順平は見ていた。

 出口へと引き返す直前、虎杖がまるで未練でもあるかのように顔を歪めるのを。

 きっと、あそこでみんなと戦っていたかったんだろう。

 順平が虎杖の想いを察するには十分だった。

 

「順平は悪くないって。こっちこそごめんな、うちのトリコが迷惑かけちゃって」

 

「それでも、僕は──」

 

「?」

 

「いや、なんでもない」

 

 危うく口を滑らせかけた。

 そもそも、順平は自分の意思で、このアジトにへと足を踏み入れている。

 映画館でクラスのいじめっ子が殺されるのを目撃して、真人が操る摩訶不思議な術に興味を持ったのだ。

 

 自分も同じことができないか、と。

 

 実際、順平には通常は見ることのできない呪霊を視認できるほどの才能があり、それは真人が術式を授けることができるほど大きなもの。

 順平は眠っていた才能を目覚めさせていた。

 

 ともかく、そういう事情がある以上、トリコだけが悪いとは言いづらい。

 少なくとも、自分がトリコに連れて行かれるきっかけを作ったという罪悪感はある。

 だからといって、そんな事情が知られたいわけでもない。

 もはや真人が思っていたような良い人(・・・)ではないと思い知らされている。

 真人は所詮、人間を替えの効くおもちゃくらいにしか見ていないのだ。

 今となってはあの男に自分が心酔していたことがひどく滑稽で、恥ずかしかった。

 

 いや、それだけじゃない。

 順平は真人のことを旨そうだと思った。

 いまだに真人に心酔している段階であったにも関わらず、だ。

 

 よくよく考えれば怖いことだ。

 真人へと向けていた感情が、その強さはそのままに食欲へと変化していたのだ。

 その価値観の移り変わりは指摘されるまでは順平自身でも気づかないほど。

 もしや、自分は最初から真人のことを食物として見ていたのでは、そう思うほどに自然だった。

 

 真人との出会いは本来ならば自分を破滅に導いていただろう。

 その確信はある。

 ならば、トリコとの出会いは一体、自分をどこへ連れて行くのだろうか?

 分かっていることは理解を超えた変化が自身に起こったこと。

 そして、食欲が熾火のように燻っていることである。

 現に別れ際の『俺たちだけで真人(チューインミート)独占するかもしれんぞ』という台詞がフラッシュバックしている。

 

「まあ、そんな心配すんなよ。絶対安全な場所まで送り届けるからよ」

 

 虎杖の声が響く。

 状況が状況だけに極端に明るいというわけではないが、聞くものを安心させる柔らかさがあった。

 それだけで順平の不安がやわらぐ、そんな声だった。

 

「すごいね、虎杖くんは」

 

「そうか?」

 

「うん。怯えてばっかりいる僕とは大違いだ」

 

 順平は言った。

 本音だった。

 こんな状況でも他人を思いやれる虎杖を見て、感心していた。

 しかし、虎杖は順平のそんな称賛を受け取れないのか。

 首を振る。

 

「いや、俺だって怖いよ。順平と何にも変わらないって」

 

「そうは見えないけど」

 

「隠してるだけだよ。こう見えて、俺だってほっとしているんだ」

 

「ほっとしている?」

 

「ああ……これで人を殺さなくても済むって」

 

 初めて改造人間を見せられたとき、順平には何の感慨もなかった。

 それが一体どういうものであるか知りつつも、順平は無関心をつらぬいた。

 トリコによって思い知らされるまでは、それが正しいと信じていた。

 しかし、虎杖は改造された人間の重みをちゃんと分かっている。

 自分とは違う。

 順平の内部でふつふつと疑問が湧き上がった。

 

「虎杖くんって人を殺したことがないんだよね? 悪い呪術師と戦う時が来たら、それでも、殺したくないの?」

 

 かなり、際どい質問だ。

 呪術界隈の知識は真人から聞いたものだけだ。

 トリコからはまともなことを聞いていない。

 そして、そんなトリコの人となりを虎杖は知っているはず。

 トリコ以外の人物から吹き込まれたのではないか。

 そう疑うには十分かもしれない。

 

 順平がそれでも質問をしたのは、知りたかったからだ。

 聞いた限り、呪術の世界では人を殺すことと殺されることが、日常の延長にある。

 人を殺さなくてはならない場面に遭遇することはあるかもしれない。

 それでも、人を殺したくない、と思うのか?

 あるいは、仕方ない、と思うのか?

 もし、そうだとしたら、何故、そう思うのか?

 順平は知りたくてたまらなかった。

 

 本来なら、長々と話をするシチュエーションではない。

 が、無機質に伸びる通路を延々と駆けていくだけという状況には、それなりに会話をする余裕もある。

 虎杖は一瞬考えてからつぶやいた。

 

「……どんだけ悪い奴でも殺したくはないかな。

 なんつーか、上手く言えないけど、一度でも人を殺すと、『殺す』って選択肢が日常に入ってきそうでさ。

 命の価値が曖昧になって、大切な人の価値まで分からなくなるかもしれないって思うとさ……俺は怖い」

 

 虎杖はそこまで言い切ってから、しかし、深刻に顔を歪めた。

 人を殺すのが怖い。

 話はそこで終わらない。

 

「でも、いつかは人を殺さなくちゃいけないんだ」

 

 順平は唾を呑み込んだ。

 いつかという言葉が、まるで今日であるかのような響きを持っている。

 人を殺すことになるのは、きっと今日になる。

 虎杖はそう確信しているようだった。

 それを順平は察して、唾を呑み込んだのだ。

 

 覚悟を決めている段階であるにも関わらず相当な悲壮感がある。

 もし、虎杖が自分の手で改造された人間に止めを刺すようなことになったら、どうなってしまうのか?

 

 虎杖の足が止まった。

 

 ──グルゥルル。

 

「クッソ」

 

 改造人間がいた。

 それも数体の改造人間が道を塞ぐようにして、歩いている。

 その後方からも改造人間がウジャウジャと出てきている。

 

 そこを通らなければ外には出られない。

 通るためには改造人間たちを退けなければ。

 

 その光景を見て順平の息は止まった。

 虎杖を見る。

 顔面は蒼白で、しかし、それでも前へと出ようとする決意は鈍ってはいないらしい。

 

「順平、ここで待っててくれ、すぐに片付けるから」

 

「虎杖くん……」

 

 虎杖が順平を下ろした。

 下ろして、前へと行く。

 その背中を順平は見た。

 決意が背中を漲っている。

 しかし、その決意は悲壮的で、背中は今に泣き出しそうなくらいに震えている。

 それでも決意だけは揺るがないのか、虎杖は前へ前へと出ていく。

 

 人を殺したくない。

 順平の中で虎杖のその台詞がフラッシュバックした。

 本当に殺してしまっても良いのか?

 そんな疑問が点る。

 いや、正確には違った。

 もっと正確に言うのならこうだった。

 

 このまま、虎杖に人を殺させてしまっても良いのか?

 

 順平がそう自問自答している間も虎杖はグングンと改造人間たちに近づいていく。

 改造人間たちも虎杖に気付き臨戦体勢に入った。

 戦いはもう避けられない。

 虎杖が拳に呪力を込めて、先頭の改造人間に殴り掛からんとする。

 そのとき──。

 

 虎杖の後ろから伸びた、半透明の触手が伸びてきて、その先端の針で改造人間を刺した。

 刺された改造人間はその場で倒れ悶絶し、動かなくなった。

 

 虎杖が振り返ると、そこには順平が巨大なクラゲの式神、澱月を背後に侍らせていた。

 

「ダメだよ、虎杖くんみたいな善人が人を殺しちゃ」

 

「順平、お前──」

 

「どうせ、僕を送り届けたら彼らの元に戻るつもりだったんでしょ?

 僕は大丈夫だからトリコさんたちの所に行って」

 

 澱月を操作しながら、順平は言った。

 澱月は最初、目覚めさせたときはほんの小さなクラゲに過ぎなかった。

 しかし、今はそれよりもはるかに大きく、そして、強かった。

 

 その半透明の身体の中に隠れれば、改造人間ごときの攻撃では破れない要塞となってくれるだろう。

 触手の手数は多く、しかも、伸ばせば遠距離攻撃も可能という優れもの。

 雑魚ちらしにはもってこいだ。

 

 本人が気づかないうちに遂げていた力の成長。

 果たしてそれが、精神的な高揚によるものなのか、トリコによって喰わされた呪霊によるものなのか。

 順平には分からない。

 ただ、改造人間たちに遅れをとることはなさそうだった。

 

「大丈夫なんだな?」

 

「この程度なら問題ないよ。あのツギハギ呪霊を仕留めたら一緒に食べよう」

 

「へ?

 ……お前、やっぱりトリコに何かされただろ?

 って、まあいいや。

 そいつら仕留めたら俺たちのことは気にするな……逃げてくれよ」

 

 どこまでも他人の心配ばかりしている虎杖の様子に順平は微笑んだ。

 

 虎杖が再び、彼らのもとへと戻っていく。

 真人と戦えば、虎杖は今度こそ人を殺さなくてはいけなくなるかも知れない。

 それでも虎杖が人を殺すことを先延ばしにできた。

 それだけのことなのに、順平は満足感を抱いていた。

 とはいえ、ここで順平が死んでしまったら虎杖はどうしようもなく己を責めるだろう。

 決して死なないように、遅れを取らないように気を引き締めた。

 改造人間はまだウジャウジャといた。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 トリコと七海、そして、真人。

 2対1の戦い。

 序盤はやはりトリコと七海が戦いを優勢に進めていた。

 七海は一級呪術師で、それと組んでいるのはトリコなのだ。

 一級ですら基本的に相手にならないほどの戦力が、一級と組んでいるのだ。

 いくら真人が特級でも、戦力比で考えるならトリコと七海の方がよほど有利だった。

 しかし、それは単純な数値上の話。

 ご存知の通り、真人の術式は魂に触れその形を変えるというもの。

 その極意は、魂の形へと肉体を追随させる法則だ。

 魂が形を保ってさえいれば、肉体は欠損しても魂の形に戻るのだ。

 真人を倒すためには、なんとかして、真人が魂の形を保てない状態に追い込む必要があった。

 

「いやー、さすがは一級呪術師。勉強になったよ」

 

 真人が憎たらしい顔で言った。

 その正面にはトリコと七海が立っていた。

 

 最初はめった打ちだった。

 七海の呪符でぐるぐる巻になった鉈が穿ち、トリコの一撃が粉砕する。

 そのコンビネーションは様になっていて、交互に攻撃が打ち鳴らされるたびに、真人はそれっぽく(・・・・・)苦悶の声を上げる。

 魂を操るのが術式によるものならば、呪力を枯渇させて、魂を維持できなくすればいい。

 呪力の枯渇。

 真人は2人の狙いをそう読んだ。

 

 現に、繰り返される攻撃で、肉体が欠損するたびに真人は魂の形を保つために、強く念じている。

 呪力を込めて、魂が崩壊しないように強度を保っているのである。

 呪力の消費は避けられない。

 しかし、言ってしまえば、それだけだ。

 自身の魂を保つために消費する呪力の量など高が知れている。

 さすがにこのまま棒立ちで攻撃を受け続ければ話は別だった。

 しかし──。

 

「おいおい、いくら効かないからって俺が反撃しないと思ったかい!」

 

「気をつけろ! 改造人間だ!」

 

「な!?」

 

 いくら効かない(・・・・)攻撃だからと言って、いつまでも棒立ちでいるほど真人はお人よしじゃなかった。

 袖やポケット、あるいは体内など、体中のあらゆる部位に仕込んである改造人間のうち一体に呪力を込めた。

 解放された改造人間は小規模な肉の巨大槍となって2人を襲う。

 2人は距離を取り、肉の槍が壁や床を抉った。

 発生する土ぼこり。

 それに乗じて真人は内1人に接近を試みる。

 ターゲットは一級術師、七海。

 狙いは無為転変による改造。

 一瞬で背後に回り、手のひらで触れようと──。

 

「5連! 釘パンチッ!」

 

「〜〜〜ッ!?」

 

 寸前でトリコが割り込んだ。

 釘パンチはダメージにはならない。

 しかし、複数回炸裂する技の性質上、どうしたって動けなくなる。

 5度の衝撃を受けて、真人は吹っ飛ぶ。

 

「奴は今、わざわざ手のひらで触れようとした」

 

「原型の手のひらで触れる。それが発動条件で間違いないでしょうね」

 

 トリコたちは無為転変の発動条件を見切る。

 身体をすぐさま修復しながら、真人もそれを察した。

 しかし、それでもなお、真人は余裕だった。

 

「やるじゃん。ひょっとして、今ので無為転変の発動条件、分かっちゃったんじゃないの?

 その調子で、俺を倒す方法も見つけてみろよぉ!」

 

 真人は復活。

 さすがに全身粉々ともなれば呪力の消費量は馬鹿にはならないものの、呪力を枯渇させるには程遠い。

 むしろ、トリコの方が釘パンチを放つたびに消耗しているようにも見える。

 真人は調子づいた。

 そして、その結果、トリコと七海はじわじわと追い詰められていた。

 

「こんなもんか。案外、大したことないね。

 一級術師とそこのイカれやろうの2人がかりだったから、少しはやるかと思ったけど……。

 期待はずれだね」

 

 少しは勉強になった。

 しかし、それだけだ。

 コンビネーションも悪くはない。

 そこらの特級程度じゃあ瞬殺だろう。

 それでも突破できないのが、無為転変の厄介さだった。

 

「良いのかよ? そんな呑気にしていて」

 

「はぁ?」

 

「俺の食欲を見くびるなよ」

 

「……意味がわからないね」

 

 にも、関わらずだ。

 攻撃が通用しない、そんな絶望的な状況にあって、トリコは笑った。

 あまりにも太々しい笑みだ。

 真人はその笑みの意味がわからず、本気で戸惑う。

 トリコの笑いはハッタリにしては真に迫っている。

 

 本当に現状を打開する手段を残しているのか。

 あるいは、トリコがそう思っているだけで、それは見当違いの方法に過ぎないのか。

 トリコのイカれ具合がノイズになっていた。

 

 いずれにせよ、トリコたちに何かを仕掛けてきている様子はない。

 ならば、と気を取り直そうとした真人に対して、トリコは畳み掛けるように言った。

 

「それにだ……お前の天敵がもうすぐそこまで来ているぜ」

 

「なんのこと……ッ!?」

 

 そこで、真人は気づいた。

 何かが近づいてくる気配に。

 その正体は──。

 

「宿儺の器!」

 

「オラァッ!」

 

 順平を連れて外へと脱出したかに思えた、虎杖がそこにはいた。

 トリコの異様な気配に呑まれて反応が遅れたために、真人はその顔面にドロップキックを貰ってしまう。

 順平を連れて脱出しているはずの虎杖が、何故、ここにいるのか。

 理解の追いつかない真人に対し、トリコだけがすべてを理解している風情で言った。

 

「ふっ! おせぇぞ! 悠仁!」

 

「誰のせいでこんなことになったと思ってるんだよ……」

 

「その様子だとどうやらお前らも食欲を抑えきれなかったようだな。

 順平も……なるほど、その様子だと呪術師(美食屋)の端くれだったというわけか」

 

「それっぽいこと言ってごまかすなよな……」

 

 計算通りと言わんばかりのトリコ。

 虎杖は呆れつつも、そんなトリコを強くは否定しきれないでいた。

 振り返ってみればトリコは順平を完全に呪術師(こちら)側として扱っている。

 それ自体はある意味では合っていたわけで、七海ですらもスルーしてしまった、順平の秘めていた力にトリコだけは気づいていたことになる。

 そういう洞察力の片鱗のようなものを見せつけてくるたびに、イカれた言動の裏に、実はまともな考えがあるのではないか、と勘繰ってしまうのだ。

 無論、本当に意味もなくイカれた台詞を話すことが圧倒的に多いため、扱いにくさに拍車がかかっているようなものであったが。

 

「……聞きたいことは色々とありますが、ひとまず、集中しましょう」

 

 七海は真人に視線を移した。

 真人は身体を変形し壁を蹴ることで、空中にいながらにして器用にトリコたちから程よく離れた場所に着地したのだ。

 トリコは合流した直後こう言っていた。

 『虎杖ならば、真人にダメージを与えられる』と。

 その理屈はとんちんかんそのものであるが、もし、本当ならば真人にも何らかの変化があるはず。

 それを見逃すまい、と注意深く観察した。

 

「面白い打撃だ。でも、無駄だよ。魂に触れられない君たちじゃ……ッ!?」

 

 余裕の表情で肉体を修復する真人。

 しかし、様子は一変。

 真人は片手で頭を抑えると足がガクガクと痙攣させた。

 脂汗が額に浮き上がり、顔面を流れ落ちる。

 明らかに虎杖の攻撃が効いて(・・・)いた。

 

「たたみかけますよ」

 

「押ッ忍!」

 

 なんにせよ、千載一遇のチャンス。

 これを逃す手はない。

 虎杖と七海の攻撃が交互に炸裂する。

 

 真人もこれには参った。

 なにせ、七海はともかく虎杖の攻撃は効く(・・)

 虎杖に頭部を殴られるたびに呪霊には脳が存在しないはずなのに、文字通り脳が揺れるように全身の感覚が途切れるのだ。

 攻撃力も、トリコの次くらいには高い。

 コンビネーションにも穴はなく、抜け出すための隙など皆無。

 このままでは、殴り殺される。

 明確な死が、すぐそこまで迫っていた。

 

「くっくっく……ありがとう……最高のインスピレーションを!」

 

「なッ!?」

 

「離れてください! 虎杖くん!」

 

「領域展開、自閉円頓裹!」

 

 だからこそ、真人は目覚める。

 死に際とは、呪力の核心にもっとも近い時間。

 それは非術師が呪霊を認識可能にするほどのもの。

 ならば、ただでさえ呪力を感知し、魂の世界を見ることのできる真人ならば、死の間際に次のステージに進むことも可能だろう。

 領域展開という、呪術の極地へと!

 

 真人の口の中で結ばれた印により、空間が構築されていく。

 呪力で満ちた空間が暗黒を広げていく。

 2人は急いで離れようとするも、空間は容赦なく彼らを飲み込みかけた。

 

「今はただ君に感謝──」

 

「フライングナイフ!」

 

 その発生しかけた空間を呪力の刃が切り裂いた。

 刃が飛んできた先にはトリコがあの太々しい笑みを浮かべて、腕を振り切っている。

 

「俺の呪力(食欲のエネルギー)は完成した漏瑚(コンソメマグマ)領域(裏のチャンネル)にも傷をつけたんだぜ。

 展開途中のものを切り裂くなんてわけないことさ、真人(チューインミート)よ」

 

「本当になんなんだよお前はッ!」

 

 畳み掛けるようにイカれた単語を並べ立ててくるトリコ。

 その様に、真人、激昂。

 さんざんコケにしてきやがったこいつだけは何があってもぶっ殺す!

 溢れんばかりに負の感情をたぎらせて呪力へと変換する。

 不幸中の幸いともいうべきか、領域展開が途中で終わったことにより、呪力の消費は本来よりも少なくて済んでいる。

 負の感情も相まって、真人のコンディションは最高。

 そのステータスは生まれ変わったと言っても過言ではないほどに向上していた。

 誰にも追いつけない速度で駆け、真人はあっという間にトリコの元へと辿り着く。

 狙うは無為転変による確殺。

 腕を伸ばして、トリコに触れようとする。

 

「いいのかよ。そんなあっさりと俺の間合いに近づいてしまって。

 今の俺はさっきよりもずうっと腹がぺこぺこ(・・・・・・)なんだよ!」

 

 その寸前、真人は見た。

 両の手を合わせて、合掌するトリコの姿を!

 

「この世の全ての呪霊(食材)に感謝を込めていただきます……10連!」

 

 トリコはそこからシームレスに釘パンチへと移行。

 呪力が一瞬で倍以上に膨れ上がる。

 

「釘パンチ!!!」

 

「ぐお!」

 

 真人の胸に拳が吸い込まれた。

 その威力たるや特級すらも容易く粉砕するほどだ。

 が、今の真人は最高のコンディション。

 怒りによって引き出された潜在能力と溢れる呪力のある真人ならばその場に踏ん張ることも可能。

 流石にのけぞりはしたが、それでも、トリコは間合い。

 打ち込まれた打撃が弾けるのにも構わず、手を伸ばした。

 

「なッ!?」

 

 真人の顔色が変わる。

 胴体で炸裂した打撃。

 それが魂まで響く(・・)のである。

 虎杖の打撃同様、本物の痛みがある。

 さらに、その威力は先ほどまでの釘パンチよりもさらに上。

 本当の本当に出し惜しみなく放たれたのであろう。

 しかし、だとしても何故、今まで受けても平気だった攻撃が、いきなり魂にまで届くようになったのか?

 そんな疑問に答えるようにトリコは言った。

 

「俺の攻撃がお前に届かないのならば、高めればいいだけの話だ。

 俺の(食欲)がお前の魂に届くレベルにまでなッ!」

 

 意味不明な理屈。

 空腹による食欲の活性化が術式の効力を高めたのではないか、という考えがよぎるが、もはや、そんなことを考えているときではない。

 一撃。

 二撃。

 三撃。

 炸裂するごとに威力を増しながら、内側に叩き込まれていく衝撃に、真人は血反吐を吐き、撒き散らしていく。

 

「うぎぃッ! うぎゃあッ! がはぁッ!」

 

 壁面に叩きつけられて、穴を開け、なおもその中にめり込んでいく。

 炸裂した衝撃が通路を揺らした。

 もはや、この巨大な力を前にどうしようもない。

 それは分かった。

 だからこそ、真人は決断した。

 自身を切り離す選択を──。

 

「ぬわあああッ!」

 

 魂ごと分離し、真人は奥へ奥へと逃げていく。

 壁面を突き破ることにより発生した土ぼこりと地震のような振動に紛れて真人は地面を滑るように移動した。

 目指すは壁面にある穴の一つ。

 そこへと手を伸ばして、滑り込んだ。

 

「追いますよ!」

 

 七海の鉈が真人の足をかすめた。

 ここは真人のテリトリーだ。

 その構造を熟知しているはず。

 逃げに徹した真人に果たして追いつけるだろうか?

 指示を飛ばしながら、しかし、七海にはそれが途方もないことのように感じられた。

 

「この匂いは、まさか!?」

 

「どうしたんですか、トリコくん」

 

「驚いたぜ、こいつを見てくれよ」

 

「それは……宿儺の指?」

 

 七海の懸念通り、必死の捜索にも関わらず真人を発見することは、終ぞできなかった。

 アジトで発見できたのは、封印状態の宿儺の指だけだった。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 死人は異形に変えられ、生きたまま使役された人間が大勢いるであろうことが判明した胸糞悪い事件。

 犯人を取り逃してしまった一行の間には暗い空気が蔓延して──。

 

「うっひょぉおおお! うめぇえ! 真人拉麺(チューインミートラーメン)!」

 

 いなかった!

 秘密裏に高専へと戻ったトリコが行ったのは、何よりもまず飯だった。

 信じられない量のものを喰ってから、ようやく、トリコは本日のメインとして、真人が残していった肉体を喰っているのである。

 舌鼓を打つトリコは、任務の失敗など無かったかのように明るく振る舞っている。

 それは、もはや、飯を食ってその喜びに身を震わせなければ正気じゃない、とまで思えるほど周囲を自分の空気で染め上げている。

 狂気の世界は正気のものが普通ではないのと同じことだ。

 トリコの狂気はもはやそれ単一でひとつの世界とでも言えるほど大きかった。

 

「うわ! 真人さんってこんな味だったんだ!」

 

「肉なのに小麦でできた麺みてぇな、いや、それ以上の弾力だ!」

 

 最初は事件の後味の悪さに暗い顔をしていた順平と虎杖も、トリコの狂気に当てられてこのザマ。

 真人拉麺(チューインミートラーメン)を味わっている。

 

 真人の肉を麺にするという、聞いただけならば狂気しか感じないこの料理。

 意外にイケた。

 細長く切り出された真人の肉は、喉越しと弾力を併せ持っている。

 さらにはその旨みも絶品そのもの。

 麺は噛み切られるたびに旨みを含んだ透明の液が口内を満たすのだ。

 それを幸せそうに食べる彼らの姿は、任務を達成できなかったものがするものとは程遠いものだった。

 

「ゲラゲラゲラ! いいぞぉ! 流石に手つきも手慣れてきたなぁ! もっと寄越せ! 小僧!」

 

「まだいっぱいあるんだからそんなに焦るなよ。ほら」

 

「あ、これとか気にいるんじゃないかな」

 

「ああ、いいなそれ。トリコ、分けてくれるか?」

 

「いいぞ、もってけ」

 

 宿儺は虎杖にそれらを分けてもらい、ご満悦。

 トリコは自身の料理を分け与え、虎杖は頬に生えた宿儺の口と自分の口に交互に箸を運んでいる。

 呪いの王と呪術師が一緒のテーブルを囲んで、食物を分けあっている。

 本来ならばあり得ない光景に七海はめまいがした。

 

「七海さん。あんたも喰うだろ!」

 

「いえ、私はいいです」

 

「遠慮するな。あんたの分もしっかりと用意してあるんだからな!」

 

「……」

 

 事情聴取により、順平の事情はだいたい把握している。

 トリコのイカれた台詞もそれらの事情と照らし合わせれば、辛うじて理解できる部分も少なくなかった。

 が、それでも、問題行動は問題行動。

 結果的に1人の人間を救っていたのだとしても、言っておきたいことは山ほどあった。

 

「トリコくんそういえば、まだ、あなたには説教をしていませんでしたね」

 

「あ……」

 

 七海がそう言うと、トリコの箸が止まった。

 トリコは説教の件を忘れていたかのようだった。

 

「何故、呪いの現場に吉野くんを連れて行ったんですか」

 

「あ、七海さん、悪いのは僕なんです」

 

「まあまあ、順平ここは様子を見ようぜ。トリコはちゃんと叱られるべきなんだよ」

 

「虎杖くん。吉野くんを放置した件で話があるので、虎杖くんもひと事じゃないですよ」

 

「あ……」

 

 罪悪感を感じる順平、流れ弾を喰らう虎杖。

 そんな2人をよそにトリコは考える素振りを見せてから言った。

 

「だって、順平はよぉ、俺と会う前に真人(チューインミート)の巣に自ら侵入してたんだぜ?

 放っておいたところでまた侵入することは目に見えていた。

 ひょっとしたら、俺に獲物を横取りされまいと余計なことをしてきたかもしれない」

 

「だから、目に届く範囲内に吉野くんを置いておきたかった、と?」

 

「見ただろ、あの澱月(クラゲ)を。

 高専(IGO)職員に任せても良かったが、手に余る可能性もあった。

 あいつをどこかに預けるにしても、真人(チューインミート)は時間をかければかけるほど、被害が拡大する。

 俺が連れて行けば、順平の監視と観察を兼ねることができる。

 その上、獲物を捕まえるまでの時間を短縮できるんだから、連れて行かない選択肢なんてないだろ?」

 

 予想以上に理性的な物言いに七海は眉を抑えた。

 イカれているくせにある種の合理性を兼ね備えているが故に、厄介な男だと思った。

 この男を矯正することは、あの五条ですら不可能だろう。

 

「今となってはあなたの考えにもある程度、理解が及びます。

 だからと言って、素人を呪いの現場に連れていくというのはあまりにも非常識です。

 いくら、事態が急を要するとはいえ、もう少し丁寧に相談するくらいのことはできたでしょう」

 

「……むぅ」

 

「もう無茶をするなとは言いませんが、せめて、味方に伝わるように話してください。

 まあ、それこそ無茶な話なんでしょうけど……」

 

 七海は言いたいことを言って、そして、思い出した。

 そう言えば、昼食を摂ってから、まだ何も食べていないということに。

 思い出したら急に腹が減ってきた。

 

「ひとまず、食事にしましょうか。今日は本当に疲れました」

 

「ああ、喰いな」

 

「遠慮しま──いえ、ここはいただいておきましょうか」

 

 呪霊の肉が発する旨そうな匂いと空腹の波状攻撃に、流石の七海も耐えきれなかった。

 トリコの術式に晒された呪霊を喰った人間は何人かいるらしいが、それで死んだという話は、トリコが宿儺の指を喰って死んだ事例以外では聞いていない。

 それに食の歴史は探究の歴史だ。

 普段食べているもので、昔は食べることなんて考えられなかったものなど無数にある。

 それに真人拉麺(チューインミートラーメン)は麺がほのかな光を放っており、その見た目は元が呪霊とは思えないほどに旨そうだ。

 そんなことを考えながら、七海は席についたのだった。

 

「……意外にイケますね、この真人拉麺(チューインミートラーメン)とやら」

 

 事件は終わった。

 

 そして、時は9月。

 京都姉妹校交流会(グルメフェスティバル)のときが近づいていた。

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