呪霊の天敵、もしくは頭グルメスパイザー   作:泣き虫くん

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グルメレース終了! メインステージ開始!

 京都姉妹校交流会。

 その第1種目。

 チキチキ呪霊討伐猛レース(チキチキグルメレース)はついに始まり、そして──。

 

「ひゃあ、美味い!」

 

 終わった!

 競技を終わらせたのはこの男。

 呪霊を食材とみなし、他人に振る舞うことも可能な術式を持っている。

 トリコを名乗っているくせにトリコとは無関係の転生者。

 略してトリコである。

 

 トリコは競技が終わった後のフィールドで、気持ちよく飯を食っていたのだった!

 さらに、その周囲にはトリコを挟むようにして、東京校と京都校のメンバーがいる。

 欠けているメンバーは虎杖と東堂だけというほぼフルメンバーである。

 

 何故、トリコは彼らの中央で悠々と飯を食っているのか?

 そもそも、どうして、トリコは競技が終わった後のフィールドでわざわざ飯を食っているのか?

 それを説明するためには、少し時間をさかのぼる必要があった。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 そもそもの発端となったのは、京都校の楽巌寺学長の放った指令であった。

 宿儺の器である虎杖悠仁。

 そして、呪術の枠さえも超え始めた狂人トリコ。

 交流会に乗じてこの2人を殺せとのことだった。

 で、京都校はどうしたのかといえば──。

 

苅祓(かりばらい)ッ!」

 

付喪操術(つくもそうじゅつ)……鎌異断(かまいたち)!」

 

「死になさい! 異常者!」

 

 初っ端からトリコに集中砲火を仕掛けることにしたのだ。

 いくら、トリコが格上だろうと、初っ端から全開で技をぶつければ殺せる。

 そう踏んだのだった。

 

 加茂からは血液で作り出した切れ味の鋭い輪刃が。

 西宮からはまたがる箒を器用に扱って生み出された鎌鼬が。

 真依からは拳銃から放たれた銃弾が。

 トリコへと殺到した。

 

三重大祓砲(アルティメットキャノン)!」

 

 トドメとばかりにメカ丸から放たれた眩い光が帯状に拡がり、軌道上に存在する木々を大地ごと抉り取りながら薙ぎ倒しながら、トリコを呑み込んだ。

 そして、爆発。

 渦を巻きながら勢いよく巻き上がる炎は、着弾地点を大きく吹き飛ばした。

 その威力はまさに圧巻の一言で。

 直撃すれば、生存は不可能であるかのような一撃。

 遠距離へと攻撃手段がなく、集団から1人ポツンと離れて成り行きを見ていた三輪は、その光景に冷や汗をかく。

 いくら相手が格上とはいえなりふり構わず殺しに行く一同を見て、えげつねぇな、と女子らしからぬ感想を呟く。

 

「意外にあっけなかったナ」

 

「そうだな。どうやら、東堂の買い被りだったようだ」

 

 大技の余韻に浸るように、メカ丸は勢いよく放熱した。

 眼前に広がるのは自然災害もかくやという破壊の跡。

 大地が帯状にえぐられている光景を目にすれば、もはや、トリコが生きているとは思えない。

 過去に百鬼夜行で遭遇した特級ですら屠れるかもしれない威力だった。

 加茂は一仕事終えたような風情でメカ丸に応じる。

 

「最優先で狙うべき標的を真っ先に暗殺できたのは幸先がいい」

 

 京都校のリーダー格たる加茂。

 彼は暗殺指令のターゲットの2人、トリコと虎杖を天秤にかけて、トリコを最優先で仕留めに来たのである。

 トリコが呪術師として活動すればするほど、呪術師の品格が損なわれる。

 ぐうの音も出ない正論で、虎杖よりも優先してトリコを狙ったのであった。

 

「フライングナイフッ!」

 

 しかし、トリコは死んではいなかった。

 突如飛んできた呪力の刃は、京都校の弛緩した空気をいとも容易く切り裂いた。

 誰にも当たらず大地に直撃したそれは、およそ3メートルはあるかに見える、深い亀裂を地面に刻み込む。

 

「今はまだ、薄皮一枚、切り刻む威力しかない……だが、その内、お前らの命にも届くようになるぜ!」

 

「もう十分命まで届いているんですけど!?」

 

 土煙が開けて露わになった爆心地にはトリコが立っていた。

 全くの無傷である。

 そして、先ほどの空を飛ぶ呪力の刃。

 油断していたとはいえ誰も反応することのできなかったその速度と、何より、大地を割る威力に一同は戦慄を覚えた。

 見せつけられた戦闘能力の一端は、何気ない一挙動が死に直結するかのような緊張感を与えた。

 

 勝てるはずがない。

 暗殺は不可能であることを察した一同は撤退を選択。

 ひとまず、ゲームに専念することにしたのであったが、そうは問屋が卸さない。

 東京勢が立ち塞がったのである。

 トリコを攻める際に大技を連発したのが仇となった。

 特に三重大祓砲(アルティメットキャノン)が生み出した音と振動は会場に大きく響き渡り、京都校の狙いを東京校に知られる原因になっていたのだった。

 仲間が暗殺されるのを防ぐためにやってきたのか。

 そう身構える京都勢に、伏黒たちは言った。

 

「あんたら……トリコに殺されるつもりですか?」

 

「誰も殺されていないわよね?」

 

「普通逆じゃないッ!?」

 

 どうやら、トリコが殺されることではなく、トリコが殺して(・・・)しまうことを心配していた模様。

 普通逆だろ、と京都勢はズッコケそうになるも、トリコの戦闘能力を思い返せば納得するほかなかった。

 事実、東京校はトリコが暴れ回った場合に備えて、虎杖を除いた全員がこの場に集結していた。

 

 東京と京都の間で一触即発の空気が流れる。

 相手に対しての嫌悪感などは別にない。

 

「ちょうど良かったわ。あんたは私が仕留めたいと思っていたところなのよ。真希!」

 

「遊んでくださいお姉ちゃん、だろ? 真依!」

 

「いや、真希さん、姉妹なんですから仲良くしましょうよ」

 

「出たわね、茶髪!」

 

 いや、一部、真希と真依という組み合わせで因縁めいたものが生じ、釘崎がそれを宥めてはいる。

 しかし、総じて、特定の誰かへの嫌悪感は、なくはないが展開を変えるほどではない。

 特に東京側はトリコのことなどこれっぽっちも心配してはいないのだから。

 しかし、ゲームである以上、敵プレイヤーと遭遇して何もしませんなどということもありえない。

 何人かを妨害として残しておいて、呪霊狩りへと行くのか?

 ここで全力で潰しておいて、後で悠々と呪霊狩りを行うのか?

 どちらにせよ戦闘は必須。

 緊張感がチームの間にはしった。

 そして、いくらか時間が経った、そのとき。

 

「ピンポンパンポ〜〜ン。呪霊討伐猛レース、只今、2級呪霊の討伐……いや、捕獲を確認ッ!

 やったのは東京校のトリコということで……見事! 東京校の勝利!」

 

 やけに浮ついた五条によってアナウンスされた、東京校の勝利。

 その内容に生徒たちは耳を疑った。

 あのトリコである。

 誰からもイカれ扱いされ、風評被害をばら撒く呪術師の面汚しとして嫌悪される向きもある、あのトリコである。

 そんな著しく呪術師として不適格な男が、呪術師としての評価に繋がる交流会で成果を上げたことになる。

 信じられなくても、というよりも、信じたくなくても仕方はなかった。

 

「お! 大体、揃ってるな! 今のうちに腹ごしらえしとこうぜ!」

 

「!?」

 

 脱力した状態で向かい合う一同の間に、トリコが悠々と割り込んできた。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 トリコは風呂敷を広げると、その上に今日獲ったであろう獲物を並べ始めた。

 それらは蜘蛛のような呪霊であったが、トリコの術式が働いているのだろうか。

 その表面には光沢があった。

 滑らかで、見た目だけなら蜘蛛を模った飴細工のようだ。

 

「く〜〜。七色蜘蛛(レインボースパイダー)……七色コンプリートすると壮観だな〜〜」

 

 それぞれ異なる色の蜘蛛。

 七色揃ったそれらを前にトリコは舌なめずりした。

 早速、一個つかんで、それを両手で割る。

 すると、中からはわたあめがふわりと広がった。

 トリコはそれを手で掬うように取ると、口に運んだ。

 

「このさっぱりとした、味わいたまんねぇ〜〜。

 口の中で消えるのと同時に、余計な余韻を残さない甘味は、まるで雲のようにさっぱりしてるぜ!」

 

 突然の食レポである。

 トリコはうっとりと食を堪能している。

 陽光に照らされ、地べたで食を楽しむその姿は、まるで田舎でスローライフを満喫するドロップアウトした中年。

 一人青空食堂だ。

 

「……こんな奴のおかげで勝ったとか……嘘でしょ……?」

 

「……本当にそうだな」

 

 釘崎が不満をこぼし伏黒は同意した。

 京都陣営とにらみ合いを行い、ついには戦いが始まると言うところで、競技終了である。

 肩透かしもいいところだった。

 ゲームに専念する暇もなく、活躍は全てあの狂人に掻っ攫われた。

 トリコがフィールドで飯を食うという異様な光景に呆然としていた他のメンバーも、釘崎のこの言葉で我に帰ったようだ。

 口々に不満を口にし始めた。

 

「トリコの食ってるものから想像するに、他の呪霊も全部こいつが仕留めたってことか?」

 

「ああ、成績だけ見るなら、文句なしのMVP……なんだがなぁ……」

 

「……納豆」

 

 まず、口火を切ったのは真希。

 パンダが同意するも、その口ぶりは歯切れの良いものではなかった。

 狗巻も肯定も、否定もしかねるような抑揚で、おにぎりの具を呟く他ないようだった。

 それに京都校の真依が続いた。

 

「そっちはまだいいでしょ。勝ったんだから……。私たちなんて負けたのよ、よりにもよってそっちの狂人にね!」

 

「そもそも、なぜ、こうまで手早く呪霊を見つけることができたんだ……?」

 

「ああ、憲紀たちは知らないだろうが、こいつ嗅覚が異常発達してるんだよ。

 犬並みらしいぜ」

 

「なるほど……呪霊の匂いを下品に嗅ぎ回る犬のような男にはうってつけの能力だな」

 

「おいおい、悔しいのか? そんなに煽んなよ?」

 

「悔しいか……だと。それはそちらもあまり変わらないんじゃないのか?」

 

「……そりゃまあそうだが」

 

 加茂と真希が煽り合いになりかけるが、すぐに鎮火した。

 トリコがすぐそばで飯を食っているところで喧嘩をする気にもなれない。

 結局のところ、勝者も敗者も、今回に限れば、狂人に活躍を奪われた側であった。

 

「はあ、アホらし」

 

「釘崎、どこへ行くんだ?」

 

「どこって校舎に戻るのよ。

 もう、レースも終わってやることも無いんでしょ。

 じゃあ、ここにいる意味なんて無いわよ……というかみんないつまでこいつが飯食ってるところ見てるのよ?」

 

 釘崎がそう嘆息する。

 現に、もはやここですることなど何もなく、ここにいる意味などない。

 釘崎がくるりと背を向けてこの場を去ろうとする。

 

「まだ、終わってないさ」

 

 だが、トリコは平然と言い放った。

 その台詞に全員が疑問符を抱いた。

 すでに競技は終わった。

 東京校の勝利が校内放送で告げられたばかりである。

 それなのに、まだ終わってない。

 トリコはそう言うのである。

 狂人の戯言と切り捨てればそれまでの話であるが、それにしてはトリコの醸し出す雰囲気は、常とはどこか違う。

 あまりにも意味深なトリコの様子に、真希と加茂が問うた。

 

「……あん? どういうことだ?」

 

「すでに呪霊は貴様が全て仕留めている。まだ、何かすることが残っているとでも?」

 

「残っているさ、メインディッシュがな」

 

 返ってくるのはまたしても意味深な答え。

 しかし、先ほどよりかは具体的で、妙に危機感を煽ってくる。

 釘崎は懐疑的に呟いた。

 

「意味が分からないわ。あんたもそう思わない、伏黒?」

 

「ああ……だが、メインディッシュって言い方が少し気になる」

 

「もし、トリコの言ってることに意味があるのだとしたら、この競技が前座になるほどの異変が起こってるってことだからな」

 

「ちょっと、伏黒もパンダ先輩もあんな奴の言うこと真面目に考えるんですか!?」

 

 そんな釘崎に対して、伏黒とパンダは真面目に考えを巡らせている。

 それがショックだったようだ。

 釘崎は噛み付くように、伏黒とパンダに絡んだ。

 

「可能性の話だよ。ちなみに順平はこん中じゃトリコに一番詳しいよな? どう思う?」

 

 パンダはこれでも2年生。

 貫禄のある様子で、順平にパスを回す。

 実際、この中で一番トリコのことを知っているのは順平だ。

 

「……トリコさんは嗅覚が鋭いから何かしらの異変を察知しているのかもしれないけど」

 

 しかし、そんな順平でもトリコのことは読めないようで、あいまいに答えるのみだった。

 トリコに付き合う理由もない。

 誰からでもなく、この場から離れようという雰囲気になりかけている、その最中のこと。

 何かが起こる前兆を目で捉えたかのように、トリコは空を見上げた。

 

「お前らも、今のうちに腹ごしらえはしとけよ。

 そろそろ、始まるぜ……本番が」

 

 トリコの視線の先には、それ(・・)が起こっていた。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 変化は突然だった。

 上空に黄土色のドロドロしたものが発生すると、透明なドームに延々と注がれて垂れていく塗料のように。

 それ(・・)は空を覆っていく。

 全員がその現象の名を知っていた。

 何故ならそれは、呪術に関わるものならば、何度も目にしてきたものだったからだ。

 

 その名は帳。

 外界と内界を区切る結界のこと。

 呪術師が、任務を秘匿する際に用いられるものでもあった。

 

 それが今下りようとしている。

 どこの誰が、なんの目的で、下ろそうとしているのかは不明。

 分かることは、なんらかの企みが水面下で動いていることのみ。

 

 この異常事態を高専は直ちに把握。

 夜蛾学長の指示により、五条、歌姫、楽巌寺学長が現場へと急行するも。

 五条が伸ばした手が弾かれて、反対に、歌姫の手が帳の中に抵抗もなく入っていく。

 歌姫が戸惑った。

 

「……なんであんたが弾かれて私が入れるのよ?」

 

 推察された帳の効果は、五条悟の拒絶。

 五条以外の全ての人間を出入り自由にする代わりに、五条の侵入は絶対に許さない、というものである。

 

 結界を特定の個人にのみ作用させるのは、かなり難しい。

 今回のことを仕掛けてきた呪詛師、あるいは呪霊は相当の手だれであることが予想された。

 一人でも生徒が死ねば、こちらの負け。

 歌姫と楽巌寺は気を引き締めて、帷の中に入っていった。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

 

 

「来るぜ!」

 

 トリコは唐突に叫んだ。

 他のメンバーもその叫びに呼応して身構えた。

 今までに感じたことがないくらいの、濃い呪いの気配。

 その気配が凄まじい速さでこちらに接近してくるのが、彼らにも分かった。

 

「ひゃあ!」

 

 天高くから降ってきたのは、頭部が火山のようになっている1つ目の呪霊。

 そいつは着地と同時に、半径5メートルに渡って大地を粉砕した。

 大地が粉ごなになってできた土の塊が、その呪霊の周囲に散乱し、積もっている。

 その所作だけで分かる、強さ。

 そいつは大きな目でギョロリと見回してきた。

 

「クックック……。揃っておるな、小童どもが」

 

 誰しもが動けなかった。

 その呪霊、漏瑚が醸し出す呪力。

 その迫力は、着地の余波だけで身震いしてしまうほど。

 

 生徒たちは考える。

 一体どれほどの戦力がいればこの化け物を祓えるのか、と。

 

 準一級以下じゃ絶対に無理だ。

 瞬殺される。

 だとするなら、一級術師は?

 一級は特級を除けば、最高位の称号。

 目の前の呪霊は特級だろうが、一級の中には特級を祓える術師もいないことはない。

 とするのならば、一級がここにいれば祓うことは可能かもしれない。

 しかし、目の前の呪霊は明らかに化け物。

 特級の発生自体稀であるが、仮に発生したとしてここまでじゃない。

 一級が束になったところで勝てないかもしれなかった。

 

 そこで生徒たちは気がついた。

 あれ?

 これ、自分たちでは太刀打ちできないのでは、と。 

 自分たちはここで死ぬのでは、と。

 構えはとっている。

 かろうじて。

 それは金縛りにあった姿勢が、たまたま、構えの形をしていただけだったという以上の意味などなく。

 全員が動けなかった。

 死の恐怖が全員を支配していた。

 

「ウッヒョ〜〜。まさか高専(IGO)がこんな上玉用意していたとはなぁ〜〜」

 

「おいおい、言葉の意味がよく分からんが、それは違うぞ。儂はな、自ら出向いたのだ。貴様にあのときの借りを返すためにな!」

 

 しかし、やはりと言うべきか、トリコに怯えは一切ない。

 目をギンギンに見開いて、喜びを見せている。

 無邪気で、まるで、予想外のサプライズに喜ぶ子供である。

 どうやらトリコは、漏瑚をここに手配したのは高専であり、かつ漏瑚の登場は交流会の範疇である、と思い込んでいる模様。

 ありえない想像であった。

 それを漏瑚が否定するも、そんな、言葉一つでトリコの思い込みを覆せるはずもない。

 トリコは勝手に想像の翼を広げ続けた。

 

「しかし、高専(IGO)の連中め……漏瑚(コンソメマグマ)の新種のクローンを作っていたとはな。

 さすが手が早いというか……見境がないというか……」

 

「……儂がクローンだと……?」

 

「くぅ〜〜。しかし、この匂い、これは火山で作られる濃厚なシロップ……漏瑚(マグマシロップ)じゃないか!

 今日はスイーツ系だなと思ってたからな、まさか漏瑚(コンソメマグマ)かと思わせておいてからの、漏瑚(マグマシロップ)とは……!?

 高専(IGO)の徹底した仕事ぶりには好感が持てるなぁ」

 

「……儂は……アイジー……オー?……とやらにつくられた複製で……貴様らの催しもののメインディッシュだと……。

 そう言っておるのか?」

 

「うん」

 

「……なるほど、なるほど……食材扱いされることよりも屈辱的なことはないと思っていたが、今度はそうくるか……。

 まさか、儂を安価に複製された食材で景品の1つ呼ばわりするとは……ここまで独創的な罵倒を受けたのは初めてだ……」

 

「? 俺は褒めてるんだがな? 交流会(フェスティバル)のメインを張れる呪霊(食材)は多くないぞ。

 誇れ、お前は美味い!」

 

「そうだった、貴様はそういうやつだった。

 ……ククク……クックック……アハハハハハハッ!」

 

 漏瑚は唐突に笑った。

 その1つ目を真っ赤に血走らせて、異常に口角を持ち上げ、歯軋りが聞こえんばかりに歯を噛み締める様からは、怒っていることがまざまざと感じられた。

 実際、漏瑚周辺の気温が数度上昇している。

 立ち上る熱は、漏瑚の怒りを表しているかのようである。

 

「んなわけあるかぁッ!!! このたわけがぁッ!!!」

 

 露わになった怒りはやはり大きい。

 ただでさえ強い威圧感が、さらに暴力的で刺々しいものとなっていた。

 そんな暴風雨のような威圧にさらされれば、死への恐怖を通り越して、諦めの境地にまで達するものも出てきてもおかしくはなかった。

 しかし、それは先ほどまでの話だった。

 

 トリコと漏瑚の話を聞いていた一同もまた混乱の極みにあった。

 漏瑚は高専(IGO)に複製されたクローンであり……?

 交流会のメインとして用意された景品だった……?

 そんな馬鹿なことがあるわけない。

 しかし、それにしてはトリコの語り口は迫真そのものであり、作り話をしている風ではない。

 けれども、そんな話が本当のはずなく、その証拠に漏瑚はそれを否定する様子を見せており、本気で怒っているのだろうが、内容のバカっぽさはもはや漫才で……。

 漏瑚がトリコの茶番に付き合っている形になっているせいで、恐怖もクソもないのである。

 気づけば苦虫を潰したようにも、乾いた笑みを受かべているようにも見えるなんとも言えない表情で、全員がトリコを見た。

 

 トリコはいつもそうだった。

 どんな任務でもはしゃぎ、どんな任務でも暴挙を繰り返し、どんな呪霊が相手でも舌鼓を打った。

 だから、トリコと一緒にいると全てのことが馬鹿らしくなってくるのだ。

 呪術師はどんなに軽そうな任務であっても、その直前には言い表しようがない不安を感じる。

 人間の天敵となりうる存在が、呪霊だからだ。

 そんな呪霊をトリコは喰い、なんなら、笑顔満点でこちらにも振る舞ってくるのである。

 その光景を目の当たりにすれば、もはや、全てが茶番にしか思えなくなってくる。

 今もそうだ。

 あの恐ろしい漏瑚を追い払うでも、祓うでもなく、仕留めて喰うことにトリコは主眼を置いている。

 決して呪霊を憎んではいない。

 むしろ、感謝さえしているのである。

 そのあまりのぶっ飛び具合のせいで、さっきまであった死ぬかもしれないという怯えが消えて、トリコへの呆れと妙な安心感がこの場を支配している。

 きっと、それは凡百の呪術師ではできない芸当なのだろう。

 

「で、どうする、恵? 相手はとんでもない化け物だぜ?」

 

「俺たちじゃ流れ弾で死にます。相手の動きを止めて一気にたたみかけましょう」

 

「だろうな。つまり俺たちがやるべきは……」

 

「……ええ、そうなります。加茂さん、時間を一瞬だけ稼ぎます。だから──」

 

「みなまで言わずとも分かっている。みんなも準備を整えておけ」

 

「了解」

 

「いや、お前らは逃げな」

 

「!?」

 

 どうにか戦意を取り戻した一同であったが、トリコがそれを遮った。

 トリコは言った。

 

「まだ、他にどんな奴が潜んでいるかもわからないからな」

 

「……だったら、尚更、こいつを全力で祓うべきじゃないか?」

 

「ダメだ。俺とあいつが本気を出したら、この辺り一面火の海になるぞ。お前らは逃げろ。

 俺の心配は無用さ……こいつとは一度戦ったことはあるし、そんときよりも俺は強くなっている!

 それに──」

 

「それに?」

 

「他にもまだ見ぬ呪霊(食材)が出現してるかもしれないからなぁ!

 無理はしなくてもいいが、可能なら、お前らはそいつらを捕まえてくれッ!

 せめて、足止めだけでもッ!!!」

 

「あっきれた! この期におよんでまだ食うことしか考えていないなんて!」

 

 トリコが食欲(呪力)を解放。

 その迫力は体内に鬼を宿しているかのよう。

 一同はトリコの言葉に呆れつつも、逃げることを選択した。

 

「動くなッ!」

 

「な──ッ!? 体が……動かん!」

 

 狗巻の呪言。

 その強制力は、通常のものと比しても強力無比。

 それは何気ない一言で何が起こるか分からないために、狗巻が普段から語彙をおにぎりの具に絞るなど、日常生活にまで影響を与えるほど。

 実力差によっては反動があり自分に言葉が返ってくるなど、決して万能ではない。

 それは逆に言えば、強くない言葉なら最小限の反動で済むということを意味してもいる。

 効果もほんの数秒止める程度の軽微なもの。

 祓うにしても、逃げるにしても、漏瑚を相手に数秒は物足りない。

 

 だが、この場にはトリコがいる。

 数秒という時間は拮抗した戦いにあっては、あまりにも大きすぎる隙。

 トリコは一瞬で懐に潜り込み、全身に呪力を漲らせた。

 

「15連ッ! 釘パンチッ!」

 

 さらに成長した釘パンチ。

 それが漏瑚に放たれる。

 漏瑚は5連で死にかけた。

 当然即死のはずだった。

 

「……ッ!? 舐めるなぁー!」

 

 しかし、漏瑚は特級。

 それも特級の中でも突出した力を持つ怪物である。

 一度喰らった技を、そう簡単に喰らうだろうか?

 そんなことはあり得ないのである。

 身体が動かせないなら、動かせないなりにできることはある。

 釘パンチが当たる直前。

 漏瑚は身体の表皮に火口のような噴射口を生成。

 そこから粘性のある炎を放ち、釘パンチを真正面から迎撃した。

 その結果──。

 

「あの状態から反撃してくるとはな」

 

「ぬかせ」

 

 トリコも無傷では済まない。

 予想外の反撃により、軽度の火傷を負った上に、漏瑚を仕留めそこねた。

 最初の一合は痛み分けという結果に終わり、緊迫感のあるにらみ合いが続くのであった。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

 

 

「帳!? なんで!?」

 

「……呪詛師かあるいは呪霊か……どちらにせよ、碌でもないことが起こっているのは確かなようだな」

 

 一方の虎杖と東堂。

 彼らは2人だけで戦っていた。

 東堂は初っ端から東京校にカチコミをかけて、虎杖が東堂を1人で引き受けたのだった。

 

 で、戦いが始まったのであったが、妙な流れになった。

 『どんな女がタイプだ?』

 東堂のそんな質問に虎杖が『尻とタッパのでかい女の子かな?』と答えると様子は一変。

 東堂は一筋の涙を流し、虎杖のことを親友と言い始めたのだ。

 

 いや、それだけならまだしも──。

 

「ああ、今でも思い出せるよな。兄さんに施してもらった飯の味は……なぁ?」

 

「兄さんってトリコのことか? おい待て! 記憶を捏造するにしても精々俺とお前の間のことで済ませてくれよ!

 ただでさえ知らんこと言われてんのに、トリコのことまでおり混ぜてこられたら本格的にわけ分からなくなるぞ!

 なんで、初対面の俺とお前がトリコの飯を一緒に食ってることになってるんだよ!?」

 

 何故か、存在しない記憶にはトリコが存在する始末。

 おそらく、交流会で初顔合わせのときに、トリコから渡された呪霊(食材)を喰ったせいで、記憶の混濁は激しくなっているようだ。

 端的に言えばトリコのせいである。

 

 戦いは、東堂の親友特有の教えたがり気質も相まって、虎杖の未熟な呪力操作を東堂が指導するという妙な展開になっていた。

 虎杖は虎杖で、強くなりたいという思いもあるがゆえに、素直に東堂と向き合うもそれが災いした。

 東堂の親友発言を受け入れてしまったのだ。

 よくよく考えてみれば、虎杖は普段からトリコという馬鹿の世界チャンピオンと付き合えてしまっている。

 そのせいでさらに強化されていた細かいことを気にしない性質が、東堂の親友発言を容易に受け入れる要因だったのかもしれない。

 

 そんな妙な世界観を展開させている2人に言葉は届かない。

 ゲームが決着した際も、そんなこと知ったことかと言わんばかりに戦い続けていた。

 

 が、不審な帳が降りてきたとなれば流石に反応もする。

 ゲームの進行に関わらず、ただひたすらに戦っていた彼らも戦いを一旦中断した。

 

「……!? この呪いの気配は?」

 

「敵が現れたようだ……それもこの気配……特級か! それも相当上位の!?」

 

「この感じって……まさか、あの頭富士山!?」

 

 虎杖が取り乱した。

 しかし、そんな虎杖の肩を東堂が掴んだ。

 

「落ち着いてもっと気配をよく探れ。

 そいつの近くに一際でかい気配が1つあるだろう?」

 

「……トリコか!?」

 

「ああ、兄さんがいるんだ……心配はいらないさ」

 

 よくよく探れば、一際大きな存在感を放つものがあった。

 呪霊と思しき禍々しい呪力にも、決して引けを取らない、この存在感。

 トリコ以外にはあり得なかった。

 きっと、トリコは呪霊にも負けないように勇気を振り絞っているのだろう。

 それどころか──。

 

「ああ、トリコのやつ、派手に涎を垂らしてるんだろうなぁ」

 

「ふふ……。違いない。兄さんはこういう新鮮な(イキのいい)呪霊(食材)が大好物だからなぁ」

 

 全身に食欲を漲らせているに違いない。

 その様を見れば、誰しもが怯えていることが馬鹿らしくなるだろう。

 そう思った。

 だから、微塵も心配はなかった。

 そんなことよりもだ。

 

『あなたたち2人が私の相手ですか』

 

 人の心配をしている場合ではない。

 何故なら、漏瑚と同格と思われる存在が出てきたからだ。

 そいつは木の陰から出てきた。

 樹木が人型を模っているかのようで、その口から放たれる言語はわからないし、そもそも、聞き取れない。

 しかし、音で分からなくとも意味だけ(・・)は理解できるという謎の仕様だった。

 それは脳内に直接響くテレパシーのようであった。

 

「なるほどな……人の心配をしている場合じゃないってか」

 

「そういうことだ。虎杖、分かっているな?」

 

「ああ。決めればいいんだろ、黒閃を……ッ!」

 

 相手は文句なしの特級。

 呪力の総量だけでいえば絶対にこちらよりも強い相手だ。

 そんな相手に立ち向かう。

 その姿は、まごうことなき呪術師のものであり──。

 

「そういえば……虎杖、お前はそいつがどういう食材か見当ついてるか?」

 

 しかし、トリコによる汚染はあまりにもひどく。

 東堂から出た質問の謎っぷりは、今後の混沌を暗示していた。

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