東京と京都の高専生の大部分が集まった、10人以上の集団。
彼らは逃げていた。
交流会のフィールドに帷が降りるのを目撃した瞬間、恐ろしい敵と出会ったからだ。
火山のような頭をした呪霊が天高くから舞い降りてきたのだ。
半径数メートルの大地を粉々にする着地の衝撃。
臨戦態勢となるだけで発生する、肌が焼けるのではないかと錯覚するほどの熱。
もし本格的に呪術を振るわれでもしたら、束になってかかっても全滅は免れないであろうことは明らかだった。
それでも彼らが生き延びているのは、
そのおかげでできた隙に乗じて、彼らはなんとか逃げ延びたのだった。
とはいえ、未だに呪いの気配は濃く、帳は降りたまま。
帳から脱出し、外の五条と合流するまで安全とはいえない。
それまでの間、なんとか、侵入してきた他の呪詛師や呪霊と遭遇しないことを一同は願った。
だが、そうは問屋がおろさない。
「おお! みんな無事か!」
「虎杖か!?」
異変の前兆は虎杖だった。
木々を派手に破壊して転がり込んできた虎杖は、こちらの無事を察してか、顔を明るくした。
しかし、その明るい表情もたちまちに険しいものに切り替わる。
理由は考えるまでもない。
肌が突き刺されるかのような感覚。
10メートル以上離れた地点に悠々と現れたのは、植物の幹が折り重なって人型を成しているかのような呪霊だった。
『そちらには漏瑚がいるはずでしたが……これだけの生き残りがいるとは……。
正直、意外です』
そいつが口にしたのは謎の言語。
聞き取れないにも関わらず、脳内では意味のある言葉が響くという矛盾。
その気持ち悪い感覚になんとか耐える。
目の前に現れた呪霊にはあの火山頭のような、周囲を燃やし尽くすような殺意こそ感じられない。
しかし、総合的な存在感……気配の重厚さは引けを取らない。
「巻き込んどいて悪いけど、みんなは手を出さないでくれ。こいつは俺が引き受ける!」
火山呪霊と同格ならばこちらが束になっても勝ち目などない。
だから、時間を稼ぎながら帷の外へと出るつもりだったところに、この台詞だ。
ひょっとしたら、自分が捨て石になるつもりかもしれなかったが、それにしてはやる気に満ち溢れているようにも見える。
困惑したし、目を白黒させるほかない。
釘崎と伏黒は張り上げるように声を上げた。
「特級相手にカッコつけてんじゃないわよ!」
「止めろ! そいつは俺たちでどうこうできるような奴じゃ──」
「大丈夫」
絶対に勝ち目はないように見えた。
だと言うのに、虎杖は大丈夫と言ってのけた。
自信満々に……。
何がそこまでの自信を与えているのかは分からない。
ただ、別行動している間に何かのきっかけがあったことは間違いなさそうで。
なんらかの確からしさを感じていた。
全員が言葉に詰まった。
「ふ! どうやら気づいたようだな……。
羽化を始めたものに触れることなど何人たりとも許されない……、虎杖は今そんな状態にある」
「げ! 東堂!」
ドレッドヘアーの男、東堂葵の登場に身構える。
その佇まいはかなりのもので、特級を前にしても崩さない太々しさには頼もしささえあるが、トリコを兄認定する思い込みの強さは厄介極まりない。
そんな露骨に嫌そうな顔をする者に構うことなく、東堂は言い切る。
「この戦い、虎杖に手を貸すことを禁じる! 少なくとも虎杖が黒閃を決めてかつ──」
東堂は言葉を区切って、険しい表情で樹木の呪霊を見た。
「あの
呪術師然とした緊張感のある表情とは裏腹に出てきた言葉は、明らかに
いくらなんでも予想外だった東堂の発言に、一同は絶句した。
どうして、そんなことになったのか、と。
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
直接の原因は東堂だ。
顔合わせの時点で
ただでさえ狂った展開だったが、信じられないことにこれには、まだ続きがあった。
東堂による恒例の『どんな女がタイプか?』という質問に、虎杖がクリティカルな回答をしてしまったのである。
ここでまた生まれてしまった存在しない記憶。
本来なら虎杖との間で完結するはずだった妄想が、トリコと過去に出会っていたという妄想と合体を果たし『東堂と虎杖ともどもトリコの世話に度々なっていた』というオリジナル設定へと進化してしまう。
過去のある時点で
ありえない。
そのポリシーに触れる機会があるはずなのである。
それに触れておいて感銘を覚えないなどということは、さらにありえない!
それが東堂のIQ53万の脳みそが弾き出した結論。
ゆえに、今ここにいる東堂は
食えないものは殺さない、殺したら食う。
その実践は何よりも虎杖を
だから──。
「羽化を始めたものに何人も触れることは許されない。虎杖は今そういう状態……みんなもわかってくれるだろう?」
「「「「「「「「わかるか!!!」」」」」」」」
「おかか!」
脳みそを侵されている人間にしか分かりようのない理屈。
そんな理屈を振りかざされたところで理解できるはずもなく、ツッコミの嵐が飛んだ。
が、東堂は自身へのツッコミを無視して虎杖に視線を向けた。
それはまるで師匠が弟子に向ける慈愛のこもったものであり、もし、横槍を入れようものなら容赦なくぶちのめされることは明白だった。
ゆえに誰も彼もが手を出すことができない。
結果的に高専メンバーの助力を得られないことになったが、そもそも、虎杖も乗り気なため特に問題はなかった。
闘いの中でようやく虎杖は黒閃のコツを掴みかけていたのだから!
「オラァッ!」
『グゥ! この……ッ!』
樹木の呪霊、花御という名の呪霊はそれを直に感じていた。
防御をすり抜けて決まった拳による一撃。
それが重い。
もう左腕の封印は解いている。
計画に必要な宿儺の器が相手だから、という手加減はもうほとんどしていない。
結構、本気だ。
だと言うのに、圧され始めている……!
花御は感じ始めていた。
虎杖の変化を。
「……な〜〜んか、見えてきた」
でも、違った。
戦っているうちに気づいてきた。
そこかしこに見えてきた。
確かな弱点……
確かな
虎杖は実感する。
俺は今、成長している……と。
食えないと思っていたものが、食えるようになる。
新たな食材の発見。
虎杖の動きから固さが取れて、もはやのびのびとさえしていた。
もっと自由に……もっと
集中力が上がっていく。
そして、ついにそのときがやってきた。
──〜〜〜〜〜ッ!
足を止めて、にらみ合った一瞬の間で。
虎杖は視線で穴が開くんじゃないかと思えるほど花御を凝視すると、半開きとなった虎杖の口から涎が垂れる。
凄まじい集中! ……いや、集中かこれ!? ひょっとして食欲!?
と、驚愕もといドン引きする花御。
そんな花御に向かって虎杖は素早く踏み込んだ。
狙いは打撃との誤差0.000001秒以下で呪力がぶつかった時に発生する空間の歪み。
その名も──ッ!
黒閃ッ!!!
強烈な一撃が空間を歪める刹那。
圧縮された空間が、黒い閃光と成って解き放たれた。
「成ったな」
東堂が腕を組み、したり顔で言った。
それをなんとも言えない表情で見る一同を無視して、東堂は前へと出た。
黒閃の威力は通常の打撃の2.5乗。
それを狙って出せる術師は皆無。
呪術戦において黒閃を当てにするのは愚かだ。
しかし、上を目指す呪術師は黒閃を経験するべきである。
黒閃とは呪力の核心へと迫る貴重な機会なのだから。
虎杖は目を見張っていた。
「これが……俺の
「ああ、
いつの間にか、前へと出てきた東堂。
彼はしたり顔で虎杖に語ってみせた。
「食事とは
その味を理解した、お前は
お前は強くなれる」
ただ漫然と飯を食って美味いと思うのと、その飯がなぜ美味いのかを理解している、というのは別の次元ということだろうか。
味への理解の深さが食生活を豊かにすると言えば、そうかもしれないが……。
なんにせよ、この説明がある意味でこの狂った状況に合致しているのは、皮肉といえば皮肉だった。
黒閃によって欠損した腕を、花御は治す。
そんな花御に対して、もはやなんの憂いもなく、まるで歓喜でも上げるかのように、虎杖と東堂は突撃していった。
「さあ、調理を……いや、食事を始めよう!」
「おう!」
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
花御との戦いで黒閃をきめた虎杖悠仁。
呪力の核心を掴み、呪術師としての成長著しい虎杖は遺憾無くその力を発揮していた。
『グゥ!?』
東堂の参戦もあり、花御は苦戦する。
虎杖の拳の威力は頑強な肉体にも確かなダメージを与えるほど高く、東堂の攻撃もそんじょそこらの呪具より威力があった。
高い防御力のおかげでなんとかなっているものの、ダメージは少しずつ蓄積している。
このままの状態で戦う限り状況の好転は望めない。
ならば、他の手札を使うまでだった。
『植物の怒りを思い知りなさい!』
呪力によって生成した樹木による攻撃。
今までもそれを使ってはいたが、宿儺の器を相手にしているがゆえの手加減のようなものもあるにはあった。
あまり多用もしていない。
しかし、今回のそれは殺す気の一撃。
樹木のその尖った先端が、まるで槍のように虎杖と東堂に迫った。
「東堂これって……!?」
「ああ、
「「
『は?』
だが、2人が突如叫んだかと思えば、それぞれが樹木を攻撃し、その先端を大きく砕いた。
その砕いた部分を口に放り込む。
次の瞬間、二人は目を見開いて、頬に手を当てて、それで──。
「「うっま〜〜い!」」
『そ……そんな馬鹿なことが!?』
あまりにも常識を超えた出来事。
攻撃を防がれるでもなく、避けられるでもなく、
ならば、と今度は歯の生えたおどろおどろしい花を飛ばして、仕留めようとするも。
「面白いな。今度は……」
「サンドリコか……こいつの花粉は確か……」
「だが!」
「ああ、食っちまえば何も怖くない!」
『!? またしても……ッ!』
サンドリコ。
そいつの発する花粉は少しでも吸い込めば花粉症を発症し、どんな生物でも身体の水分を数秒で排出し死に至るという、恐ろしい植物。
反面、食べれば花粉症は治るという特効薬としての特性と実は美味いという食材としての成分が両立している花でもあった。
それは
しかし、2人は、もうそれを完璧にサンドリコと思い込んでいた。
おもむろにそれらを掴むと勢いよく口に放り込んでいく。
そして──。
「くぅ〜〜〜ッ! この歯ごたえと淡い甘み! たまらないなぁ、
「全くだぜッ! 東堂ッ!」
「おい、小僧だけずるいぞ! 俺にもよこせ!」
『ぐ……ッ!? このッ!』
そして、即、完食!
食い終わった虎杖と東堂の身体から溢れる呪力が勢いを増し、宿儺がどさくさに紛れて飯をねだった。
『一体……何が起こっている!?』
いくら植物をモチーフにした比較的、食と近い、術式を扱っているとはいえ、それにより生成される物体は食に向くものではない。
それにも関わらず……。
硬くささくれだった木はチョコレートに。
呪力を吸い取る花は食用の甘い花に変貌していたのだ。
その理不尽な現象がなぜ起こるのか分からない。
ただ、術式によって生成した物質が対象となっていることは明白だった。
なればこそ、花御は素手で戦うことを強制される。
だが、だからと言って相手は術式を控えてくれるほど甘い相手じゃない。
柏手をトリガーとして発動する位置を入れ替える術式を駆使して、相手は連携を行ってくるのだ。
いくら特級でも上位の力を持つ花御とはいえ、1級の東堂とそんな東堂と互角以上に戦えてしまう虎杖が相手では分が悪すぎた。
花御はあっという間に追い詰められていく。
『かくなるうえは……!』
ゆえに花御は切り札を切る!
今まで使用した術式由来の攻撃は、樹木、および、食肉植物。
それら全てに共通するのは、植物だということ。
食用ではないものの、火などに比べれば食べるイメージはしやすいことだろう。
だが、これならどうだ……!
質量を持たずに、なおかつ、触れることのできない速度で飛んでいく呪力の奔流。
それは口に運んで咀嚼するなどという悠長な真似を許さない。
『供花』
「東堂!?」
「すごい呪力量だ!」
花御が左腕を地面に当てれば、周囲の植物は枯れていく。
地面に付けた手のひらを通じて、左腕を通じるように登っていく淡い光が、左肩の花に集まり、ついには眩い光を放つ光弾が生成された。
生命力を呪力へと変換し、攻撃に利用するという、花御の持っている中で最強の技だ。
しかし、東堂は位置替えの術式を持っている。
このまま放ったところで、東堂の術式によって容易く回避されるのがオチだ。
ではどう当てるのか?
その回答はもう花御の中に存在していた。
「領域展──ッ!」
領域展開。
周囲の空間を自らの生得領域で塗りつぶし、技を必中にするこの技術ならば位置替えでも回避不能。
いや、そもそも、結界の効果により術式の発動すらできないかもしれない。
そう目論んだ花御であったが、技を放つ直前に嫌な予感がした。
例えるなら、そう、自らに付けた果実が熟したその瞬間。
誰かにそれが奪われてしまうかのような──。
パァンッ!!!
それは現実のものになる。
東堂が拍手をした瞬間。
発射寸前の呪力の塊が突如消え失せたのだ。
見れば、虎杖のいた位置に呪力の塊が鎮座しており、反対に虎杖は目の前に出現していたのだ。
位置の入れ替え。
もはや、東堂は花御を完全に食材として扱っていたからだろう。
集中した呪力を果実か何かと見立てて、位置替えを行なったのだ。
それを察した瞬間にはもう手遅れだった。
虎杖の打撃が黒い稲光を発し、不意をつかれた花御はついに膝をついた。
『どうやら甘く見ていたようです……漏瑚、真人、陀艮……あとは頼みます』
虎杖はその顔面にとどめの一撃を叩き込んだ。
今際の際の言葉も虎杖には聞こえない。
ただ、最期に何かを言い残していたのを察してか、虎杖は両手を合わせた。
「この世に存在する食材全てに感謝を込めて……いただきます!」
数々の恵みをもたらした食材に恨みなどあろうはずもない。
虎杖はあらん限りの感謝を捧げた。
「あいつ……特級相手に勝っちまったな……」
「そうね……でも、あの東堂とかいうゴリラと2人揃って
「まあいいじゃねぇか、恵、野薔薇。悠仁が無事だったんだ。
さっさととんずらするぞ」
「うちの東堂が変なことに付き合わせて済まない」
そんな虎杖に東堂を除いた周囲はトンチキな経緯にモヤッとしつつ安堵した。
経緯はどうあれ、特級を仕留めるなど大金星に違いはない。
さらに2体いると思われる特級の内、1体を撃破したことは大きい。
思いもよらない展開に止まってしまっていた足を再び動かし、脱出を目指したところで──。
「貴様ら! よくも花御をやってくれたなッ!」
そこに怒り狂う火山頭がやってきた。
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
大地への畏れから生まれた呪霊。
火山頭こと漏瑚。
その呪力は熱を帯び、一度呪術を行使すれば大地を燃やしつくすことも可能な実力を持っている。
にも関わらず、目の前に佇む、大男を仕留めきれないでいた。
その男こそ、この漏瑚から高専生たちを逃した
本作でオリ主を務めるトリコであった。
しかし、このトリコは本当はトリコではない。
グルメファンタジー漫画として名高いトリコの主人公などではなく、自身をトリコと思い込んでいるだけの転生者。
このトリコとは無関係の世界で呪霊をグルメ食材と称し、美食を満喫する正真正銘の狂人であった。
「ははは、どうした、
「ええい……忌々しい男だ」
漏瑚はトリコを睨んだ。
忌々しい男だった。
一度戦闘不能に追い込まれたこともそうであるが、呪霊全般を食材とみなしてくるのは気に入らないどころの話ではなかった。
呪霊こそが真の人間という自負がある漏瑚にとって、自身を食材として扱ってくるトリコを許せるはずがない。
この男を殺すためにわざわざ高専に乗り込んだ。
トリコさえ殺せればその他、大勢の生死になど興味はなかった。
だというのに、未だにトリコは生きている。
煤だらけで、全身に火傷を負ってはいるものの、それはトリコを死に追いやるには至らない。
完全な一対一ならば、五条悟の余計な介入が望めない場所でなら、勝てると踏んでいた。
それなのに、漏瑚は疲弊している。
いくら肉体を再構築しようと、その元となる呪力は消費する。
手傷を負っているのはトリコとて同じこと。
しかし、決着がつくにはもう少し時間がかかる。
今が退くタイミングかもしれない。
と、考えた、そのときだった。
「まさか!?」
「なるほど、あいつら上手くやったようだな……」
帳の中に満ちていた強大な気配の内の1つ。
それが急激に萎んでいった。
彼らは当然、その気配を勘付いていた。
ただ、それが樹や花のようにごく自然で当たり前にあったものだから気にもとめていなかっただけであり、その変化を察知するのは容易かった。
特に漏瑚にとってその気配は見知ったものであり、見逃すことなどありえない。
何故なら、それは──。
「花御ぃいいい!!!」
同胞と認めた数少ない存在、花御のものであるのだから。
この瞬間、漏瑚は全てをかなぐり捨てるようにして、跳んだ。
花御がやられるはずがないと思いつつも、そうとしか説明のつけようのない変化。
一刻も早く花御の元へと辿り着きたかった。
「俺はほったらかしかよ! って熱!!!」
当然、追いかけるが、漏瑚はマグマなどを仕掛け進路を妨害。
トリコは漏瑚から引き離されてしまう。
「よくも花御をやってくれたなッ!」
そして、トリコを振り切ってたどり着いた先で、
その瞬間、漏瑚の頭からは計画のことなど消え失せていた。
あるのは全てを破壊してやろうという漆黒の殺意のみ。
漏瑚は力一杯叫んだ。
「貴様ら、覚悟しろッ!」
「あれ!? 貴様らに私たちも含まれてるっぽい!?」
三輪の叫びも虚しく漏瑚はかき消えた。
大半のものはその動きを捉えることもできず、ごく少数のものも途中までしか目で追えなかった。
一同はひとまず、難を逃れるためにその場を離れようとして。
足が完全に止まった。
「なによ、あれ……ッ!?」
「なんて、大きさだッ!」
ふと空を見上げてみれば、そこには燃え盛る巨大な岩石があった。
大地がめくれ上がり、会場のあらゆるところから巻き上げられた泥や土はその途中で赤黒い炎を帯びて岩石へと吸い込まれていく。
まるで、巨大な隕石のようだ。
恐竜の大絶滅クラスの破壊規模までは再現できないだろうが、それは会場を丸ごと吹っ飛ばせる威力を秘めているかのようで。
逃れられない破滅は、それを見るものから力を奪っていく。
「な……何よ……! あれ……!?」
生徒たちを救おうと帳に足を踏み入れた歌姫も、愕然と呟いた。
あんなものをどうにかできる手段などあるわけない。
もし、あの呪術を破壊することが可能なのだとすれば、それは帳の外にいる五条悟のみ。
これほどの呪力だ。
当然、帳の外にいる五条だって中で異常自体が起こっていることには気づいているだろう。
しかし、五条は帷により分断されている。
まさか、半永久的に帷が持続するはずもないが、それをあの呪術が完成するまでに破られる保証もない。
逃げる気力も、抗う気力も、一同から無くなりかける。
もし、他にいるとすれば──。
「クックック、俺が助けてやろうか?」
「宿儺!?」
「今後、食事をするほんの一時だけ俺に身体を空け渡してくれればそれでいい」
虎杖の内に潜む宿儺だけ。
しかし、宿儺は呪いの王。
些細とも思える縛りにどのような奸計を潜ませているのか分かったものではない。
かと言って、今、この場を切り抜ける方法は宿儺に頼る以外にはないようにも思える。
宿儺ならば確かに、あの火山頭の呪術にも対抗できるだろう。
虎杖の内に葛藤が生じ始めた。
そんなときだった。
その男が追いついてきたのは。
「大変なことになっちまったな!」
漏瑚から足止めを喰らって引き離されていたトリコ。
彼は追いつくと、隕石を見た。
灼熱をともなったそれは、こちらを睥睨でもしているかのように、空中に留まっている。
トリコはそんな隕石を一瞥してから、一同に視線を移した。
「よし、みんな! いっちょ、あの隕石をぶっ壊してやろうぜ!」
「そんなことできるわけないでしょ!?」
そのトンチキな発言に空気も変わった。
確かに宿儺に頼るなどもっての外。
だからといって命が惜しくないものなどいない。
そこに葛藤が生まれていた。
それがトリコの出現により消え失せていた。
残ったのはあまりにも向こう見ずなトリコに対する困惑の思い。
なにせ、隕石は今こうしている瞬間もどんどん膨れ上がっており、そのサイズはもはや、そこらのビルよりも大きいのだ。
いかにトリコが実力者であろうとあんなものを破壊できる術などあるわけがない。
無茶な提案に正気を疑われているのを他所に、トリコは言い切った。
「俺一人じゃな!
でもよぉ、みんなで力を合わせれば、あれくらいの隕石なら余裕だぜ!
それに見ろよ、あの
砕いたあれを振りかけたら、どんなスイーツも味が一段階上がるだろうぜ!」
「アンタこの期におよんでまだそんなこと──」
「でもよ、生き残って喰う
スイーツだったら釘崎もイケるだろ!」
釘崎は呆れた。
交流会が始まる前にそんな会話をした。
むくれる釘崎に向かってトリコが、美味い
しかし、そんなものは口約束以下のものでしかない。
話をしていた釘崎自身、今の今まで思い出すことすらなかったものだ。
そんな話をこの局面で持ち出してくるとは。
釘崎は呆れるほかなかった。
「全く、
東堂の敵わないな、とも、アホらしいなとも言いたげな苦笑が、珍しく総意を代弁していた。
トリコは諦める様子を見せてはいない。
むしろ、より一層、終わった後の食事を楽しみにしているのである。
さっきまでは絶望していた。
絶望のあまり宿儺に縋り付くことさえ脳裏をよぎった。
なのに、もうそんな絶望感はなくなっていた。
信じられない、イカれた楽天さ。
それは見ているものが等しく乾いた笑みを浮かべるしかないほどで、絶望するのも阿呆らしくなってくる。
もはや、宿儺に縋り付こうなどという気は完全になくなっていた。
「そういうわけだ。
「……ッチ! まあいい。そこまでの啖呵を切ったんだ……あの
「任せとけって!」
宿儺はそう言って虎杖の内で再び眠りについた。
もう、邪魔をするものはなにもない。
あとは──。
「で、
「ああ、あるさ。とびっきりのがな……だが、その前に一つやらなくちゃいけないことがある」
「やること?」
「腹ごしらえさ! まずはみんなであれを喰ってパワーアップだ!」
「あれはッ!?」
一同を奮起させるように、トリコは指を指した。
その先には、馬鹿でかい果実がゴロンと転がっていた。