大地が震えていた。
木々が生い茂る山中にて、大地が捲りあがり上空へと浮き上がっている。
浮いた大地は、その破片に至るまで、その全てが燃え盛る球体へと吸い寄せられていった。
交流会初日。
高専生たちは呪霊の襲撃に遭っていた。
虎杖と東堂が辛くも、花御という特級呪霊を祓う。
が、その片割れである同じく特級呪霊の漏瑚がその瞬間を目撃し激昂。
獄の番を発動。
空高く舞い上がった漏瑚は大地を引き寄せて術の媒介とし、隕石を形作っている。
当然、目的はこの場にいるものの殲滅。
地鳴りと共に、大地のあらゆるものが浮き上がる光景は、まさにこの世の終わりと呼ぶに相応しい。
だというのに──。
「この世に存在する食材全てに感謝を込めて頂きます……うっまぁ……ッ! やはり虹の実はレベルが違うぜ……ッ!」
トリコとは無関係のくせに、トリコと名乗る、トリコと瓜二つな転生者。
略してトリコは、あろうことか、この地獄のような状況で、果実に齧り付いていた。
その果実とは虹の実。
花御が放出寸前だった呪力の塊を、東堂が不義遊戯の位置替えによってぶん取り、無理やり
トリコはそれを口にしたのだった。
すると、様子は一変。
トリコの全身はほのかな光を帯びて、輝いたのである。
回復するのと同時に、肉体は力強く隆起し呪力が溢れ出んばかりに立ち上っている。
反転術式によらずに肉体を修復し、呪力の昂りは例えそれが一時的なものにしろ、目を見張るものがあった。
「うめぇ……なんて美味さだ……ッ!」
だが、真に高専生たちの目を引いたのは、トリコの様子であった。
今、彼らは死の淵にいる。
あくまで食材を食べるのはパワーアップを狙ってのことであり、トリコもそのために虹の実を食しているはずだった。
しかし、今のトリコの様子はどうだろう。
恍惚とした表情で空を見上げている。
その視線も確たるものではなく、味の余韻に浸っている様子だった。
その目から一筋の涙が。
隕石など知ったこっちゃないと言わんばかりに、全身で虹の実を味わっている。
このまま、虹の実を食べてしまってもいいものか。
一同は戦慄と同時に、躊躇する。
ひょっとすれば、この一口で戻れなくなってしまうのではないか。
それは、自身がこれまでの人生で築いてきた、価値観がひっくり返るかもしれない、という警戒心だった。
「「「うっまぁ……ッ!」」」
そうでないものもいた。
虎杖はトリコと何度か任務を共にする中で、トリコの強い影響を受けている。
呪霊に魅入られていた順平は、トリコに
東堂に至っては、ほぼ自主的に兄弟分になる始末である。
トリコの奇行に耐性のある彼らは躊躇なく虹の実を口にし、トリコとほぼ同じ様子で、味に感動している。
その様子もまた、食べたものはみんな頭がおかしくなるのでは、という懸念を強くしていた。
それでも一同は食べることを決心した。
仮にその果物を食べなかったとして、待っているのは確実な死だ。
生き残る方法があるとすればただ一つ。
虹の実を食することによってパワーアップを果たし、力を合わせて、敵の呪術を真っ向から打ち破ることである。
それ以外にはない。
「……ええい、ままよ!」
「ちょっと、あんただけ抜け駆けして食べない気じゃないでしょうね、真希? そんなの許さないわよ」
「めんどくせーな、誰も食わないなんて言ってないだろ……」
「はい。メカ丸、あーん」
「無駄ダ、三輪。この口は砲塔を収める形だけものだから意味なんてな……バカナ!? 味を感じるだト……ッ!?」
「いいわねぇ。この状況で青春できて」
釘崎が意を決して先陣を切り、続々とそれを口にしていった。
あるものは気丈に振る舞いながら、あるものは戦々恐々としながら。
真希は、真依に促されて渋々。
メカ丸は三輪に無理やり押し込まれて。
その味は……。
「え……? 何、この味は……ッ!? 美味い……美味すぎる……ッ!!!」
この世に存在するあらゆる果物の長所を兼ね備えているかのようだった。
完熟マンゴーを数百個凝縮したかのような糖度!
時折顔を出す、レモンやキウイすらも比にはならない酸味……!
さらに変化し醸し出す、甘栗のような香ばしさ……ッ!
そして、極め付けは、喉元すぎてまで残る爆発的な存在感。
心臓を出発した血液が全身をまわるのにかかる時間は約1分。
それが永遠のように感じるほど。
虹の実の味は一瞬で、それを口にしたものの全身をめぐり、満たす!
捕獲レベルは低いながらも、原作でトリコのフルコースに選ばれた味とその効能はまさに極上。
細胞が限界を超える感覚。
自らの身体が発する光と共に
術式の進化を。
準備は整った。
後は──。
「野郎ども! 準備はいいか!」
「「「「「「「「「「うぉおおおおッ!」」」」」」」」」」
「しゃけ!!!」
これを最期の食事にしないために、あの隕石を叩き落とすだけだ。
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
彼らの上空にて。
漏瑚は巨大な隕石を生成していた。
花御が祓われた。
数少ない同格の、長年の付き合いがあるあの呪霊が、祓われたのだ。
よりにもよって、漏瑚自らが取るに足らない存在とみなしていた、現代の呪術師に。
それも呪術師としては未だ未完成に過ぎない学生風情に。
ただ、仇を取るだけじゃ済まされない。
存分に恐怖を与えて焼き殺さなければ、溜飲は下がらなかった。
そのための極ノ番 隕だった。
巨大な隕石が宙に浮いてるこの状況は絶対目に入るはずで、最悪の状況を嫌でも予想させるだろう。
その予測こそが人間に恐怖を与える。
負の感情を元にして生まれた呪霊らしく、漏瑚は人を恐怖させる方法を熟知していた。
どれ一度、奴らの恐怖に歪んだ面を拝んでやるとしよう。
そう思い、漏瑚は大きな1つ目を凝らした。
「……何をしとるんじゃあやつら?」
しかし、そんな予想に反して、奴らは逃げる姿を見せなかった。
かと言って、怯えているわけでもなかった。
何かしらの覚悟を決めて術士連中は凛とした姿をしていた。
なるほど、それなりの矜持はあるようだと、感心しつつ頬が歪むのを抑えられない。
最初から絶望しているよりも、こういう達観を勘違いだと思い知らせてやる方がよほど楽しい。
唯一、宿儺の器が逃げ出さなかったことが痛いが、あれには宿儺が宿っている。
死んでも生き返るだろう。
そもそも、そんなこともはやどうでもよくなるほどにむしゃくしゃしている。
今の漏瑚は、種の未来も、謀も全てかなぐり捨てていた。
やけくそだった。
完成した隕石。
それが落下を始めた。
同時に──。
「何だ!?」
衝撃があった。
何が起こったのか、と漏瑚が向けた視線の先には、飛来してくる無数の赤い物体があった。
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
「フライングナイフッ!」
トリコが腕を振り抜き、巨大なナイフを勢いよくはなった。
それは交流会開始直後のものより威力、速度共にはるかに上。
生半可な特級呪霊ならダース単位で両断できるほどの恐るべき切れ味であった。
しかし、それでも隕石を両断するにはまだ足りない。
そもそも、距離とともに威力が減衰するこの技が隕石に到達する頃には表面に切れ込みを入れることすら困難なほどに減衰しているはずだった。
だからこそ、力を借りた。
この場には、射程や距離などを無視して敵に攻撃を届かせる、うってつけの方法が存在したからだ。
──パァン!
不義遊戯。
拍手とともに呪力のあるもの同士を入れ替えるその術式は、ナイフを入れ替えて、その勢いと威力を一切損ねることなく……むしろより勢いづかせて隕石付近に届かせた。
進化した不義遊戯はその射程が伸びただけではなく、入れ替え先の物体の速度を任意に足し合わせる能力を得ていたのだ。
結果、ナイフは轟音とともに隕石へと激突したのだった。
無論、不義遊戯だけじゃ足りない。
入れ替え可能なのは呪力のあるもののみという性質上、隕石付近に呪力のある物体がなければならない。
その前提を満たすためには、物体に呪力を帯びさせて、かつ、安定した軌道で操作できる術式が必要だった。
そんな術式が都合よくあるだろうか?
そう訝しむことであろうが、聡明な読者諸君はもう気づいているはずだ。
あらゆる形で運用できる上に、物体に付与することで、物を操作することができる術式があることに。
最後のピースを埋める術式。
それこそが赤血操術!
自らの血を多種多様な形で操り、利用できるこの術式。
それは血液をつけた物体を操作することのみならず、血流から脈拍、血中成分をも変化させ、ドーピングのように身体能力を向上させることもできるなど、汎用性抜群。
今ここで重要なのは前者の能力だ。
加茂は矢の先端に血液を塗り、その軌道を平然と変えてみせるほどに術式を鍛えている。
流石に矢の射程範囲を超えた距離で物を操るのは至難の技だったが、今の加茂は虹の実を食べている!
遠く離れた物体でも、血さえついていれば呪力を込めることなど造作もないし、軌道を変えることは朝飯前だ。
「澱月、お願い!」
これらの物体を遠くへと放つ方法については何の問題もなかった。
順平が発動した、巨大なクラゲのような式神。
澱月は太い触手を勢いよく伸ばすと木に括り付けて、ピンと張った。
それはさながら弦だ。
弩という兵器がある。
横倒しになった弓に弦を張った、クロスボウと同種の兵器。
順平は澱月の伸縮性のある触手を使って、巨大な弩を再現したのであった。
凄まじい張力のその弩を引くことができれば、放った矢ははるか遠くに、それこそ上空に浮いている隕石にも届くだろう。
常人では、この触手を引っ張ったところでビクともしない。
しかし──。
「うぉお!? すっげ飛距離!」
「重てぇな! やるじゃねぇか順平!」
「ゴリラパワー!」
この場にいるのは常人ではない。
呪術師である。
その呪術師の中でも屈指の身体能力を誇る、真希と虎杖、そして、
彼らが、虹の実で強化された身体能力をフルで活用すれば、馬鹿げた張力の触手を引っ張ることも可能!
次々と石を装填し、隕石に向けて勢いよく放っていく。
「うるさい連中ねぇ!」
真依が弾丸を大量に生み出した。
鼻から血を流している。
だが、本来なら1日1つ作るのが精一杯だったのを考えれば、とんでもない飛躍であった。
こうして到達した石や弾丸には加茂の血が着いている。
赤血操術で操られたそれらは、加速され、最適なコースへと軌道修正される。
さらに東堂がそれらをナイフとフォークに入れ替えることで、それらはナイフやフォークの砲口および加速装置としての機能を果たした。
「フライングナイフ! ナイフ! ナイフ!
フォーク! フォーク! フォーク! ナイフ! ナイフゥウウウッ!」
狙いを定めなくてもいいおかげで、ただただ、威力を高めることだけに集中し、トリコは矢継ぎ早に技を放つ。
その度に、隕石に接近する血の塗ってある石や弾丸、すなわち、漏瑚が見た赤い物体は次々とナイフやフォークと入れ替わる。
それらがぶつかる度に轟音が響き渡り、隕石は確実に削られていく。
「
西宮も
だが、隕石の表皮に深々と突き刺さる程度に、威力は引き上げられており、確実にダメージも稼いでいる。
その実感もあるのだろう。
西宮は箒に跨り、迷いなく黙々と空中で回転し続けて、
「鵺! 多重雷撃槍!!!」
伏黒も鵺で電撃を浴びせかける。
ただの電撃では効果も薄い。
が、複数の電撃を束ねて増幅すれば表皮を削る程度の威力を稼ぐことはできた。
それらの猛攻により、隕石はボロボロと崩れ落ちていく。
しかし、それでも隕石の勢いは落ちない。
破片を撒き散らしながら、体積を確実に減らしながらも、未だに加速をし続けている。
隕石を壊すためには、蓄積したダメージを後押しする強力な一撃が必要だった。
「……威力・1000パーセント!!!
メカ丸が
機体の安全性度外視で熱線を放ったため、メカ丸の腕部は全損。
肩から先がなくなってしまうも、それだけに威力は強烈。
例の如く、不義遊戯によりロスなく着弾した
隕石は亀裂が奔り、バラバラになった。
「甘いわぁあああ!」
ここで漏瑚が動いた。
バラバラになりかけた隕石。
破片となり分かれたそれを漏瑚は自らの呪力で溶かし、混ぜ合わせ、一瞬で繋ぎ合わせたのだ。
加速に使用していた呪力を隕の構成に回したせいで加速は少なくなったものの、ここまで来れば慣性に任せれば十分だろう。
無駄に手間がかかったが、これで最後だ。
漏瑚は今度こそ連中が絶望する姿を拝見しようとし──。
「よし……釘崎、狗巻先輩……出番だぜ!」
「やってやろうじゃないの!」
『しゃけしゃけ』
その光景に目を疑った。
着弾まで後数秒。
だというのに、まだ、トリコは……、連中は諦めていなかった!
トリコの後ろには金槌を構えた女が。
さらにその後ろにはあの呪言のガキが控えている。
漏瑚は彼らが何を仕掛けてくるのかなど興味はなかった。
ただ、これが最後の仕掛けになるだろうと、察し、隕石にありったけの呪力を込める。
それと同時に。
『ぶっ壊せ!!!』
「おりゃあああ!!!」
「うぉおおおおおお!!! フライング釘パンチ!!!」
狗巻が喉が潰れるほどの勢いの呪言でバフをかけ、釘崎が金槌でトリコの拳を叩き、金槌で加速を得た拳は凄まじい速度で振り抜かれた。
その先端から打ち出されるのは巨大な釘!
それは東堂が不義遊戯を発動するまでもなく、一瞬でとんでもない速度にまで加速し、隕石に深々と突き刺さった。
「すさまじい威力だが……無駄だな」
想像を遥かに超える威力は、漏瑚をしてすさまじいの一言。
しかし、巨大な杭が突き刺さったとて、それだけで壊れてやるほど柔な術ではない。
そもそも、釘パンチとは突き刺さった後に炸裂することに真価のある技。
炸裂しない釘パンチは未完成の技でしかない。
「……何をする気だ」
だから、疑問だった。
もう打つ手はない。
それなのに、トリコは、金槌を持った女はむしろ勝利を確信したかのような笑みを浮かべている。
これ以上一体何をしてくるのか思案するが、そもそも、取るに足らないと捨て置いた連中の術式など知るわけもない。
ゆえに、それは完全に予想外のできごとだった。
──ドォオオンッ!
釘崎の術式、芻霊呪法。
その中には打ち込んだ釘に呪力を流し込み、炸裂させるものがある。
釘パンチはトリコの技。
本来ならば釘崎が技を発動させる契機などない。
それでも──。
「簪ッ!!!」
釘崎はトリコの拳を金槌で叩いている!
すなわち、トリコの拳に込められていた、釘となる直前の呪力を叩いていたのだ。
それは見ようによっては、釘崎が釘を打ち出したと捉えることも可能な状態。
ゆえに釘崎は技を発動し、呪力を流し込み炸裂させることができたのだ。
元々込められていたトリコの膨大な呪力を誘爆し異常なまでの威力にまで昇華されたその技は、見事、隕石を貫いたのだった。
隕石は、散り散りとなった。
その破片が日の光を反射してキラキラと輝く。
幻想的な眺めに一同は目を奪われた。
もはや、帷も降りていない。
直接届く日の光には帷特有の粘着質な色合いはなく、どこまでも澄んだ色をしていた。
それは、世界最強・五条悟との間を隔てている帳が無くなっていることを意味しており。
一同は全ての脅威が去ったことを悟った。
だが全てが終わったと思ったわけではなかった。
「これで一件落着……とはいかないか」
五条悟が遥か上空で佇んでいる。
生徒の無事を確認し安堵した様子を見せるも、その視線は鋭さを維持している。
敵の正体も、襲撃の目的も不明。
それらの事柄を明らかにした上で、挫かなければ真の意味で終わりではない。
生徒も教師も、今回の敵に対しての正体不明な不安を払拭するには至っていなかった。
「まだ、終わりじゃない。俺たちにはやらなくちゃいけないことが残っている」
「そうだな」
トリコもまた、その考えを持っているらしい。
深刻な声で低く言った。
流石のトリコも今回の一件に関しては、不気味さを感じているらしい。
東堂もそれに同調した。
この場にいる面子の中では文句なしのトップツーの2人が、真剣に頷きあっているのだ。
よほどのことが今後待っているに違いない。
一同はごくりと息を呑んだ。
そして──。
改めてトリコのイカれ具合を思い知った。
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
大きな部屋だ。
広いだけじゃなく、高さも通常の部屋の倍はある。
そこに一同は集っていた。
本当なら、彼らが一塊になって動く理由はない。
それがこの場に集っている理由は、一重にトリコがみんなにやることがある、と主張したからだ。
普通なら誰も集まらない。
しかし、今回の一件でトリコはよく働いた。
最初、一同は漏瑚と遭遇した。
圧倒的格上に対して身体をこわばらせる事しかできなかった一同を庇うように、トリコが漏瑚を引き受けた。
そうでなかったら、一同の大半はこのときに焼け死んでいただろう。
漏瑚が激昂して発動した極ノ番から生還できたのも、トリコがいたから。
そのトリコが真剣に、やることがある、と言うのだから一同も無下にはできない。
強引に連れてくるものだから、抗いようがない。
一体、何が始まるのか!?
一同は身構えた。
そして──。
「うっまぁあああい!」
この有様である。
トリコは
交流会で放たれていた呪霊たち。
楽巌寺学長がこっそりと放っていた準一級呪霊。
そして、
これらのデザートが山のように、中央の巨大丸テーブルに積み上がっているのである。
煌びやかに輝く、それらはまるで財宝の山。
もはや、この部屋は校舎ではない。
さながら、高層に店を構える三つ星レストランである。
食事をするフィールドにも、トリコの術式は作用するのかもしれない。
「あんたねぇ……飯食うならそう言えばいいじゃない?
紛らわしいったらありゃしないわよ」
「……ん? 食事をすること以上に重要なことってこの世にないだろ?」
「あんた一人だけ違う世界で生きてない?」
釘崎は呆れた。
腹が減ったから食事をしたい。
そう言えばいいだけだ。
それなのに、トリコはそんな簡単なこともできず、代わりに重大な使命かなにかがあるかのように言うのである。
トリコにとって、
イカれていることこの上なかった。
「ま……どうせ、そんなことだろうと思ってたから、もういいわ……美味っ!」
釘崎は、もっと言うなら、釘崎以外の全員も
息をするだけで体力を消耗する。
そんな地獄から生還したのだ。
腹が空いていないものなど、誰一人としていない。
すでに虹の実を食べて、その美味さを実感してもいる。
ならば、ここで
「んだよその笹みたいなの? パンダ、私にもそれを食わせろ!」
「パンダから主食とるとか、動物愛護団体に訴えられるぞ!
だったら、そのポテトチップスにチョコかけたみたいなやつちょうだい」
「ダメに決まってるだろ!?」
「じゃあ、俺もダメ!」
真希がパンダの皿に盛られたササーキビを指差し、パンダが真希のとっておきである
「あんこあんこ」
狗巻はそれを眺めておにぎりを食べている。
その正体は握り餅。
弾力のあるご飯粒で形成された呪霊の肉が、まるで、おにぎりのような形をしているのだ。
おにぎりにあんこという異色の組み合わせに顔を顰めていた狗巻も、一口で表情を一変。
狗巻の語彙は増えることになった。
「ったく、うるさいったらありゃしないわ……」
「まあまあ、真依ちゃん。
今私たちが生きてるのは奇跡みたいなものなんだし、真希ちゃんたちがはしゃぐ気持ちは少しわかるなぁ……」
「ふん! 呪霊なんかに夢中になっちゃってバカみたい!」
「……そ、そうね」
真依が真希を見て忌々しそうに呟いているが、その手には
それも真希のお気に入りと同じ
そのあまりにも無惨な様子に、何も言うまい、と西宮は心の中で十時を切ってから、後ろを振り向いた。
「ところでメカ丸?
その先にはメカ丸がいた。
メカ丸も、また、
傀儡であるはずのメカ丸に、口に
メカ丸はしきりに美味い美味い、と言っている。
しかも、フィードバックしているのは感覚だけじゃないらしく──。
「それにしても、不思議ですよね。
メカ丸に入れた
どこに行ってるんでしょう?」
メカ丸の隣で三輪が不思議そうに呟いた。
かなりの数の
どう考えても、どこかに消えて無くなっている。
「……ありがとう三輪。もういいゾ」
「えぇ? せっかくだからもっと食べてくださいよ」
「これ以上三輪を付き合わせるのは悪イ。俺にそんな価値など無──ッ!?」
「メカ丸! 何を今更恥ずかしがってるの!? 三輪ちゃんの好意を無下にしたらダメでしょ?」
「そうですよ!
今の台詞も聞き捨てなりません!
自分だけ本体がここにいないからって卑屈になりすぎですよ!?
メカ丸は私なんかと違って役に立ったんですから、堂々としていてください!」
「……済まン。許してくレ」
「もっと、いっぱい食べてくれたら許してあげてもいいですよ」
「……分かっタ。気の済むまで食べさせてくレ」
「はい!」
後ろめたさ全開のメカ丸だったが、西宮と三輪の剣幕におされて為すがままにされた。
硬い表皮で覆われている傀儡に過ぎないメカ丸が、年相応の少年の雰囲気を纏っている。
それを真依が面白そうに見ていた。
「私は御三家が一つ。加茂家の次期当主として将来的にはトリコの力を役立てたいと考えているが、伏黒くんはどう思う?」
「え? 急にどうしたんですか?」
「なに、折角の交流会だ。
これからの呪術界を支える私たちが、親交を深めるのも悪く無いだろう」
「それはいいんですけど。あなた最初はトリコを殺そうとしていましたよね?」
伏黒は、同じ御三家出身としての仲間意識を滲み出している、加茂に戸惑った。
加茂は交流会でトリコを殺そうとしていた男だ。
トリコにいい印象は持っていないはず。
「今日だけで2度も命を助けてもらったからな。
彼はこれからの呪術界を変えることのできる男だ……そう認めざるを得ない」
「トリコが呪術師として優れてるって話ならまだ理解できますけど、それは流石に極端すぎますよ」
いくらなんでも言い過ぎではないか、と伏黒は思う。
トリコは所詮、狂人である。
あんな男に呪術界の舵取りを任せたら、一体、呪術師はどうなってしまうのか?
呪術師が美食屋と名乗る未来を想像し、伏黒は鳥肌が立った。
「俺はあのときトリコの術式で食材化した呪霊を食べて、そして、今ここで食べてみて改めて確信した。
これは呪術界がひっくり返るかもしれない、と。
伏黒くん、今、食べてる呪霊の味はどうだ?」
「……美味いですよ。目が覚めるほどに」
「そうだ。
この世で最も呪霊に生理的嫌悪感を覚えている、この
この光景がどうにも呪術界の未来に見えて仕方ない」
みんなが呪霊を食べている。
かく言う、加茂も血のように赤い
少し前までは、呪霊を美味しそうに食べていたトリコを遠巻きに眺めるだけだった。
トリコと一緒に呪霊を食べるなどあり得なかった。
そんな考えられなかった光景が、しかし、現実のものになっている。
それを踏まえれば加茂の考えも決して、大袈裟なものとは思えなかった。
「交流会で特級の獄ノ番を破ったんだ。
このことが知れれば、それがきっかけになって呪術界の形は大きく変わるかもしれない。
そのとき、悪しき考えを持った奴にトリコが利用されることだけは防がなければ……」
最初は悪い冗談に聞こえた加茂の言葉を、伏黒は半ば真剣に聞いていた。
交流会の結果は、呪術界に広く知れ渡ることだろう。
上層部は
噂という形で広まるだろう。
「そういうことは総監部が考えればいいのでは?」
「その通りだが……今までの高専の対応は妙だと思わないか?
トリコを制御したいと思っているなら彼のことを野放しにしすぎだ。
トリコの等級を君は知っているか?」
「そういえば……気にしたことはありませんでしたね。
最低でも1級じゃないですか」
「どうやら、彼には等級がないらしい」
「は?」
伏黒は呆気に取られた。
高専に所属している以上、等級は付与されるもののはず。
それがないのはおかしい。
もし、それが本当の話ならば。
「俺が考えるにトリコは……」
「高専に所属しているというのは形だけってことですか?」
「ああ、まるで、トリコに触れるのを極力避けているようだ。
権限を与えないで使い潰したいのだろう……が、それにしたって上層部は消極的すぎる。
そんな連中にトリコを上手く扱えるとは思えないな」
加茂の言葉には若干の苛立ちがあった。
伏黒は理解する。
加茂の発言は、加茂家の次期当主として、呪術界の先を見据えたものだということに。
そんな真面目な会話が、しかし、
と思いきや、真反対のふざけた会話が、中央で繰り広げられていた。
「おい! 小僧! もっとだ! もっと持ってこい!」
「勘弁してくれよ。
俺だってまだまだ食べ足りないんだぜ?」
「虎杖くん。僕がやろうか?」
「いや、順平も今日は疲れたろ。
気にしないで食っててくれよ」
虎杖と宿儺の諍いを見て、順平が気を使う。
宿儺の扱いは、まるで幼児である。
宿儺が不満げに吐き捨てた。
「……チッ! 使えん小僧共だ!」
「お前人に食わせてもらっといてその態度はなんだよ──」
「
「ゲェ!? 東堂!?」
「驚いたぞ。
「お前、今日が初対面だろ!?」
「
初陣で特級と遭遇して生き残るとは、見どころのあるやつだ!」
「ど、どうも……」
そこに東堂が襲来。
遠慮なく脳内設定を押し付けてくる東堂。
虎杖は頭を抱え、順平は怯えた。
そんな場面に響く嘲笑。
「ク……クク……クハハハ……ゲラゲラゲラ!
愉快愉快!
傑作だったぞ!
貴様らの演じた醜態は!!!」
「勘弁してくれ! っていうかうるっさいな!?」
その正体は宿儺。
さっきまで自分を甘く見ていた2人の変わりようが面白いのか、宿儺が虎杖たちを
釘崎はそんなことが繰り広げられている、この場を見渡した。
呪術師と呪いという対極のものが共にある。
まるで、茶番のような光景である。
「まあ、あんたにしては悪くないんじゃない」
だが、この光景は悪くなかった。
呪術界でありがちな、悲惨さや陰惨さ。
釘崎の知るこれらと比べれば、何百倍もマシなものに思えた。
もし、トリコが場を引っ掻き回して、この光景が広がるというのなら──。
トリコは人を救うことのできる男なのだろう。
柄にもなく、そんな感想を抱いたのだった。
釘崎はまたしても思い知らされることとなる。
どれだけ善行を積んでもトリコはトリコ。
我が道を行くこの男が、まともに事態を終わらすわけがないということに。