お前ら人間じゃねぇ!   作:四季織

11 / 12
2月1日21時 加筆しました


第十話

「うーむ、想定していたとはいえ……やっかいですね」

 

 戦闘訓練開始、というオールマイトの声と共に事前に召喚し腰に差しておいた聖剣を逆手に構え発現した光を分裂。50cmほどの球体状の光が7つ、次の瞬間には鳥の姿になってビルの中へと窓の隙間から入り込んでいく。

 瞼を閉じてビルの中を高速で飛翔する鳥たちと視界を共有し、突入前に位置を確認しておこうという魂胆だった。だったのだが……。

 

「いないのか」

 

「すべての部屋を調べたわけではないですけど、地図で見た限りの核を配置できそうな部屋はすべてもぬけの殻です。ランダムに飛ばしてる鳥も二人の姿を捉えていません。物どころか人すら透明にするようですね」

 

「……嫌な予想は当たったというわけか」

 

 ヒーローの敗北判定の一つ、タイムアップまでの時間はそう多くない。

 行動しながらも操ることのできる限界である3羽まで鳥の数を減らし、遠隔での位置把握は早々に切り上げた。

 見えないだけなのだ、接触すればわかるかもしれないが大部屋を隅々まで調べるのも大変だし小部屋に押し込まれている可能性も考えたら短時間ではやっていられない。

 動き回る対象などさらに非現実的だ。

 葉隠透が厄介すぎる。

 自分や無機物を透明にしてくるのは予想していたがまさか他人まで透明にできるとは思わなかった。

 遠隔で操る俺の鳥の索敵能力はそれに集中しさえすれば相当なものである。

 火災現場に危険地域に水中、視覚聴覚振動、ありとあらゆる状況と現場を網羅できる自負はある。

 変幻自在に姿を変える光の使い方としては戦闘方面の次に気合を入れて鍛えたのだ。

 それがいともたやすく攻略されてしまった。

 もっと時間をかけ集中すれば行けるかもしれないが、今回に限っては時間が足りなさすぎる。

 

「となるともう正面突破しかないですね。見えないものに触れるまでこの大きなビルの部屋一つ一つをこの小さな鳥でしらみつぶしは厳しい」

 

「もっと大きな物は作れないのか? 面で攻めればそれなりのサイズがある核の位置くらいわかるだろ」

 

「遠隔では難しいんですよ。周囲にならもっと強力で大きな物も作れますよ」

 

 言って、剣で地面を叩く。

 和紙にたっぷりの墨汁を垂らしたように光が地面に広がり、水たまりのようになったそこから這い出すように大型のオオカミが二匹姿を現す。

 光で形作られた半透明な蒼いそれは、しかし本物のオオカミのように低いうなり声をあげている。

 鳥での索敵、オオカミによる数の優位の確保、肉体強化やサブ武装の形成。どれも光を変形させて行うものだが当然それぞれ勝手が違う。

 実践を積んで物足りない部分を伸ばす予定はあったが、とりあえず遠隔操作と索敵の強化が最重要課題になった。

 

「……万能、ね。実際にこうして見せられると馬鹿にもできないな」

 

「ふふん」

 

「まぁ、俺はあんたをすぐにでも無力化できるが」

 

「それは頼もしい。事前索敵が出来なかった以上、期待してますよ」

 

「なっ、おま――!」

 

 心をえぐるセリフをさらっというもんじゃない。一応抵抗できるというのに。

 上げて落としてきたことの逆恨みとして、意外と鍛えているらしいその身体に腕をまわし腰に抱えると、オオカミたちを先行させ同時に跳躍。

 ビルの中腹、鳥によって中から解放した扉へと体を滑り込ませた。

 

「いきなり――」

 

「お静かに願います」

 

 抗議の声を上げようとした心操の口を光でふさぎ、周囲を見渡す。

 どこから侵入するかは悩んだが、俺が飛べることはあちらも知っている。

 上から来ても下から来ても不意打ちにはならないし、安直に最上階に核を配置しているとも思えない。

 なのでとりあえずど真ん中を選択したわけだが。

 静かなものだった。

 雑然と置かれた小道具のほかには特に物品のない、まさに訓練用といったありさまの閑散とした空間。

 さて、ここからはどちらが先に不意を打てるかの勝負だ。

 索敵をつぶされたこちらと、索敵能力の乏しいあちら。

 訓練内容的にあちらが有利――。

 

「なぁに、逆境こそヒーローの真価が問われるものです。都合がいいとも言えますね」

 

「…………!」

 

「ん? ああ、口をふさいだままでしたね。でもそのまま口を閉じていてください、先ずは私のターンです」

 

 言っては悪いが移動能力の乏しい彼に合わせる余裕はないので、抱えたまま心操ごと光で体を包む。痛みを伴うほどの渾身の力を籠めずとも彼を俺に固定し、加速や減速時の衝撃吸収や、風圧による呼吸不全を防ぐための処置だ。ついでに音を外に漏らさず足音も抑制する。

 左手に逆手の聖剣、右手に心操。近接武器と遠距離武器を持った最強の布陣だ。

 両手がふさがっているが、剣を持った俺に手で相手の攻撃をどうこうするという必要は全くない。

 

「さぁ、悪い子(ヴィラン)を探し出して懲らしめてやりましょう」

 

 遠隔での索敵ができないといった。

 が。

 その場に自分がいるのならば話は違ってくる。

 剣で地面を叩く。

 反響する金属音。

 同時に膨れ上がった光は薄暗いビルの中にあふれかえる。

 水没した建物の中に大量の水が流れ込むように、光が通路と部屋の中に満ちていく。

 ドラム缶、ガラスの破片、鉄パイプ、角材、段ボール、砕けたコンクリート片。

 廃ビルにありそうな物品の存在が、光を伝わり情報として思い浮かぶ。

 自らを中心とした広域索敵。

 こう、SF映画である近未来の高性能レーダーが未知のエリアを瞬時にスキャンする姿をイメージして編み出した方法だが、隠密性を犠牲にし自分を中心に据えている分即時の把握が可能だ。

 一回目、反応なし。

 上階に移動、二回目、反応なし。

 上階に移動、三回目……反応あり。

 

「最上階に配置していたんですか、もう少し粘れば鳥でも見つけられてましたね」

 

 最上階の窓のない中心部の少し広めの部屋。先ほど鳥で索敵した際にぐるりとまわらせ、何もないと判断したはずの部屋だった。実際、今こうして入り口から肉眼で眺めても見えない。

 透明な物質、と聞いて真っ先に思い浮かぶのはガラスや水だろう。

 それらでも細かいものならばともかく、それなりのサイズともなればそこに『ある』ということはわかる。

 が、今この場にあるはずの核。2メートル近いはずのサイズであるはずのそれは確かにここにあるのだと聖剣が教えてくれているが、そうでなければ目の前にしても気が付くことができない。

 

「この狭いビルをとんでもない速度で走らないでくれ……風景と体に来る感覚が違って少し酔った」

 

「酔った? ふむ、衝撃を消しすぎるのも考え物ということですか。次回までに改善しておきましょう」

 

「次は自分で走ることにするよ。で、ほんとにここにあるのか」

 

「ええ、中央の……ほら、そこです。素晴らしいステルスですよね」

 

 目的に到着したのならとじたばた暴れ離れたがる心操を下ろし、核の位置を指さしてやる。

 この俺に担がれて頬一つ染めやしない、もしかして人間不信なのか?

 

「じゃあ確保して俺たちの勝利か」

 

「そうなりますね。二人の気配はここにないですし、少々あっけない決着ですが見逃す手もないでしょう。これほどの完璧な隠ぺいを見破った、それだけで結構なものでは?」

 

「あれだけ俺の個性褒めておいて活躍の場を用意しないのはどうなんだ」

 

「なに、まだ初授業ですよ。今後いくらでも機会がありますって。今回は何事もなかっただけで」

 

 戦闘が行えなかったのは俺としても少々思うところがないでもない。

 完全透明化されたものを開始2分と立たず見つけたのだ、ある意味圧倒したともいえなくないが、やはりこんな戦闘向けの個性なのだ。砂藤力道とは殴り合ってみたかったものだ。

 肩をすくめながら足を踏み出す、1秒もしないうちに見えない核に触れ、こちらの勝利が宣言されるだろう。

 そう、思った瞬間だった。

 

「は?」

 

 聖剣の能力の一つに、精神に作用するものがある。

 安定させ、冷静さ平静さを保ち、決して狼狽えることがない。言うなれば自らに起こった突発的な事態を、ハラハラドキドキの映像作品をみているようにとらえている状況、という感覚が近いだろうか。

 常に俯瞰的な思考で居られるというのは戦闘を行ううえでこれ以上ないアドバンテージだろう。

 

 にもかかわらず、俺は行動に移すまで一瞬動くのが遅れてしまった。

 

 バチり、という音と共に小さいうめき声をあげながら脱力する心操。

 右手首に巻き付けられようとしている白い確保テープ。

 余裕は感じていたが油断していたわけではない。

 核を把握し続けるためと透明になっている二人への警戒として半径3メートルの短距離索敵フィールドは展開し続けていた。

 短距離索敵、広域索敵、鳥による遠距離索敵の順で精度が落ちるので、つまるところ一番精度の高い索敵……それこそ蚊の一匹でも即時反応できるはずのその領域内。

 

 そこに、つい瞬きする前までいなかったはずの葉隠透がいた。

 文字通り目と鼻の先に。

 あまりにも想定外の現れ方に、動じないはずの精神が揺さぶられたのだ。

 

 光で刃を覆い切れ味をゼロにした聖剣で葉隠透の足を払う。

 危うくまかれようとしていたテープは間一髪体勢を崩した彼女とともに外れ、その隙に地面とキスする寸前だった心操を回収し飛びのく。

 体をひねり上下を逆転、天井に足から着地しその場に光で体を固定する。

 不意を打たれてから1秒もかからなかった攻防。

 勝利を掴んでいるはずだった1秒後は、勝利どころか敗北に片足を突っ込む状況だった。

 

「いたた~……まさか避けられるなんて思わなかったー」

 

 すっ転ばせるつもりで払ったはずだったが、器用に受け身をとったのかしゃがみ姿勢でこちらを見上てくる。

 もちろん光による感知でそうしているのだとわかるのだが、領域の中にいるというのに気を抜けばすぐに見失いそうなほどにその姿を捉えるのは難しい。

 ただ透明になっているだけじゃないのか?

 

「驚きましたよ。まさか透明化だけでなく瞬間移動もできるとは思いませんでした」

 

「瞬間移動? 違うよ、隠れてただけだよ」

 

「透明なくらいで私の感知を避けられるとは思えません、何か見えなくなる以外のトリックがありますね?」

 

「トリックなんてそんな難しいものはないよ、ただ……」

 

 また、消える。

 そこにいるのだと確信し集中していたにもかかわらず、絶対的な感知能力を誇る聖剣の領域内から。

 姿が。

 音が。

 気配が。

 空気の揺らぎすらも。

 その存在が、完全に掻き消える。

 

 

「隠れていただけだよ」

 

 

 声と共に、その姿をまたとらえることができた。

 バチリ、と、また音がした。

 心操を気絶させた強力なスタンガンだろう。

 それが、俺の左肩に押し当てられていた。

 想定ではあるが、戦車の主砲すら耐えうるはずの常時零距離展開している光の防御の内側で。

 

「恐ろしいですね」

 

「え、なんで意識が――!?」

 

 人一人が気絶するほどの電流を浴びせられたのだ、遠慮することはないだろう。

 今度は足ではなくわき腹を聖剣でぶっ叩いてやる。

 さすがに驚愕したのか受け身を取り切れずにしりもちをつく葉隠透。

 いや、天井から叩き落されて尻もちで済んでいる時点で相当な体術の使い手ではあるのだろうが。

 

 たった今電撃を浴びせかけられた左肩側。

 そこには何かかが刺さったような跡があった。

 腰にこまごまと装備していた道具の一つだろう。某蝙蝠姿のダークヒーローが多用しているグラップルガンのようなもので天井にいる俺に接近して近距離攻撃を仕掛けてくるとは恐れ入る。

 

 まぁ、恐ろしいのはその身体能力でも武装でもなく、天井にグラップルガンが刺さり着地し俺に攻撃を仕掛ける、という動作を一切感知させないまま行ったその個性だ。

 消えてから攻撃までにかかった時間、およびそのような道具を使っていることから彼女は本当に透明であることが個性のすべてなのだろう。身体能力の高さは鍛えた常人の域を出ない。

 

「防御の奥でも効かないの!? 光に触れなければいけるかと思ったのに!」

 

「別に光がすべてではないですよ。とはいえ……素通りとは。隠れる、という言葉。考えるより多くの意味が含まれてそうですね」

 

「うん、そうだよ。私の個性は【透明】。本気の私は誰も見つけられない。私はすべてから隠れられるの、すべてを隠せるの。私の体臭、体重、体温。私以外の匂い、重さ、温度。そしてそこにいるという事実すらも隠してしまえば――!」

 

 言って、彼女は地面に手をついた。

 まるでもとからなかったように、次の瞬間にはコンクリートの床が掻き消える。

 透けて見える一階層下の床。

 視界の端に移ったのは色を取り戻すように何もない空間からにじみ出てくる黄色い巨躯。

 

「ヴォオオオアアアアアァァアーーー!!!」

 

 そこにあるはずの地面を素通りして、砂藤力道が殴りかかってきた。

 

「そこにいるなんて、あるなんて。世界だって気が付かない」

 

 空気の壁すら突破せんばかりの巨大な拳を何とか受け止める。

 受け止めはしたが、その膂力は予想以上のもので。体にまとわせたものと接地している足元に二重に展開した衝撃吸収用の光の膜があるにもかかわらず、わずかに天井にひびが入った。

 心操を抱えているため力んで踏ん張ることもできず、続く二撃目のはたき落としで地面へと叩き落される。

 先ほど消えたはずの地面に、だ。

 消滅させたわけではなく文字通りそこにあるという事実を一時的に透明にしただけらしい。

 すこぶる応用性のありそうな個性だ、つくづく恐ろしい。

 そんなことを考えながらノーモーションで飛びのけば、再びスパークの音。

 当然、感知などできなかった。

 

「そう何度も遠慮なくスタンガンを向けないでください。痛くないわけではないんですよ?」

 

「むー! すばしっこい! 砂藤君!」

 

「応とも! 力はこっちのが勝ってる、すぐに捕まえてやるぜ。葉隠は遊撃頼む!」

 

「こんなか弱い少女に二人掛かりなんて酷いですね」

 

「俺の初撃防いどいてよく言うぜ!」

 

「今の私たちはヴィランだからね! 遠慮なんてしないよ!」

 

 巨躯が迫る。

 勘弁してくれ、サシならともかく心操を抱えてるんだぞこっちは。

 俺とオールマイトの話を聞いていたのか忘れているのか、遠慮のないラッシュをギリギリでかいくぐる。

 先ほどバリアの耐久性能を戦車の砲弾なら耐えられると考えたが、マシンガンかと言いたくなるような応酬にまで対応できているかははなはだ怪しいところだ。

 護衛として連れていたオオカミを仕向けてはみたが、一撃で消し飛んでしまった。

 もはや索敵など意味はないだろう、飛ばしていた鳥を解除して目の前の戦闘に集中する。

 が、それでも。

 

「おしい!」

 

「恐ろしい」

 

 攻撃の合間、絶妙な不意を衝くタイミングでテープやらスタンガンやらを差し向けてくる葉隠は捉えられない。

 幸いなのは完全ステルスのままでは攻撃すらできないのだろう、攻撃をするその刹那だけはそこにあることを認識することができることだ。見えはしないが、零距離ならば感知して刹那で回避はできる。

 

「オオオオオオオ!!!」

 

 しかしそれもどこまで持つか。

 今の砂藤力道は先日見た姿よりは小さい。室内戦闘であるからだろうか、自在に大きさを変えられるというのはマウントレディなどと違いこういった融通が利いて便利そうだ。

 そんな彼だが、殴り合うともなれば多少大きいだけでも圧迫感と威圧感がとんでもない。

 腕を振るうたびに起こる風圧と音は、物理的脅威であると同時に葉隠への警戒に支障が出る。

 砂藤が暴れ、葉隠が隙を突く。

 単純明快な戦法だが、ただそれだけでこれ以上ないコンビネーションアタックが完成していた。

 

「やるな、蒼軌! 俺とこれだけ殴り合えるやつがいるなんて思いもしなかったぞ!」

 

「殴り合うというか私が一方的に殴られているんですけど?」

 

 連打、連打、連打。

 決して体術の類を習っていない素人の動きではなく、体の動かし方を知った上での圧倒的な力任せの暴力。

 さすがに殴殺するつもりではないのだろう理性は感じるが、それでもこちらの顔よりでかい拳が一撃必殺の威力で雨のように降ってくる様は辟易とさせられる。

 隙を見て斬撃を放ち、光剣を穿ち、周し蹴りを叩きこんではいるが、見た目通りの筋肉の鎧はまるで硬質ゴム。ダメージが入っている気がしない。ボディスーツしか着てないくせに生身の肉体が俺の鎧並みに頑丈なのだから笑ってしまう。

 殴り合っていると見えるのは形だけだ。

 

「ヴォアアアーーー!」

 

「はぁっ!」

 

 鉄靴に包まれた足と、生身の拳が激突したとは思えない轟音。

 かてぇ、切島とはまた違った硬さだがこちらもこちらでかてぇ。

 そして力が強い。

 回避以外の受けざるを得ない状況の場合、一瞬だけ索敵すら放棄してパワー特化に切り替えているがそれでも押し負ける。普段使っている全体的な強化では数発貰えばアウトだろう。

 この一瞬を突かれるとまずい。

 壁がぶち抜かれる。

 大規模な破壊は禁止されているが、あちらはヴィラン。多少の破壊は許される立場だ。

 ヒーロー側であるこちらはビルの破損にも気を使わなければならず、事実先ほどからのラッシュ中もできるだけ破壊を抑えようと広域に防御を広げていたが、ここは少し狭い。

 破壊されたのではない、破壊させたのだ。不可抗力ですよーと言い訳しながら戦闘エリアを広げたのだ。

 核からは遠ざかってしまうが、仕方がない。

 

「逃げられないよー!」

 

 今は葉隠の回避に使える空間の確保が重要だ。

 彼女は彼女で暗殺術でも習っているのか隙のつき方や回避しづらい攻撃の仕方が妙にうまい。

 今世の体の才能を生かし俺もそれなりに体術は学んだ身だが、それでも正直葉隠のほうが上手だ。

 まったく、なんで称賛を得る場の一つでしかなかった戦闘訓練でこんなギリギリの戦いをしているのだろうか。個性が強いだけではなくそれなりの戦闘能力も備えているとか、この世界に一体何があったというのか。

 思っていたのと違う。

 俺が求めていたのはこんなんじゃない。

 俺は最強で、A組のクラスメイトですら俺の前では一般人のような反応をするはずで。

 

「まったく、本当に、厄介ですね」

 

 だが、何だろうか。

 不思議と、嫌ではないのだ。

 俺は称賛が欲しかったはずなのに、こうしてギリギリの戦いをしている今が不快ではない。

 自分の力を出し切ってなお壊せない壁。

 それが最低でもクラスメイト全員分、19人もいるというのに。

 圧倒し、勝利し、羨望されたかったはずなのに。

  

「砂藤君殴らないで捕まえて! テープまいちゃえば勝ちだよ!」

 

「おっと、それもそうだな! 対等に殴り合えるのが楽しくて忘れてたぜ」

 

「楽しい……」

 

 楽しい?

 ……楽しい、のか。

 俺は今のこの状況が、楽しいのか?

 

「捕まえ――!」

 

「おしい! というか避け方かっこいいね! 体操選手みたい!」

 

「敵を褒めてる場合か!」

 

「えへへ~。でもほんとだね、楽しい! 私追いかけっこでこんなに捕まえられなかったの初めて!」

 

 楽しい、楽しい、楽しい。

 そうだ、楽しいのだ。

 昨日の把握テストで彼ら彼女らが強いとわかった時から感じていた違和感。

 俺以上がいるという事実は不快であるはずなのに、現実逃避すらしたはずなのに。

 彼らを罵倒するでもなく、俺は自分を鍛えようとしていた。

 対等な相手と互いを高めあう。

 そんな経験が、前世含め今までの人生で一度でもあっただろうか?

 

「こんな弱弱しい少女を追い詰めながら楽しい楽しいと……そこまでヴィランになりきらなくてもいいんですよ?」

 

「弱弱しい……?」

 

「俺と殴り合えるやつが弱弱しい?」

 

 葉隠の不意打ち。

 砂藤の圧倒的膂力から繰り出される殴打。

 どちらも一瞬でも気を抜けば次の瞬間負けてしまうだろう。

 こんな序盤で。

 個性把握テストとはわけが違う、明確なぶつかり合いで。

 プロになるまで、在学中相対する強大なヴィランにすらするつもりのなかった敗北が、目の前で手招きをしている。

 にもかかわらず、俺はいつの間にか笑っていた。

 

「ひどいですねー。でもまぁ、楽しい……そうですね、否定はしませんよ。力をぶつけてお互いを高めあう、それがこんなにも楽しいだなんて、初めて知りました」

 

 跳躍。

 部屋の壁ギリギリまで距離をとりコンマ数秒の時間を稼ぐ。

 砂藤が迫るまでのその刹那、光が増幅する。

 大上段から振り下ろされた聖剣から、先ほどとは比べ物にならない強大な斬撃が放たれる。

 加減はした、したがそれは大抵のヴィランならそれだけで倒せるはずの一撃。

 

「うお! 少し痛かったぜ。そんなことができるんなら、こっちだって!」

 

 しかしそれは当たり前のように葉隠を捉えることも、砂藤に傷を負わせることもなく破壊される。ワンパンかよ、傷つくな。

 見慣れてきたその巨躯は、にやりと笑いながら追加であろう角砂糖を放り込んだ砂藤からの威圧感がさらに増す。

 

「おー、じゃあ私も本気出しちゃうもんね! 今度は今までとは違うよ~!」

 

 連続する消失と出現に、そろそろその存在を掴めそうだと思っていた葉隠はより薄らぎ、いたのだという事実すら忘れそうになる。

 

 猛攻。

 

 先ほどとは比べ物にならない、薄氷の上を渡るような緊張感。

 平静なはずの精神が薄く薄く張りつめていくような感覚。

 殴打はより重く、不意打ちはより狡猾に。

 肉体がきしみ、脳が熱を持つ。

 ああ、勝てない。

 多分負けるだろう。

 俺はこんなところで、経験することがなかったはずの敗北を知るのだ。

 主人公の緑谷ですらない、彼女たちによって。

 だが、悪くない。

 圧倒するよりも楽しいかもしれないことを、俺は見つけたのだ。

 

『蒼軌少女、確保判定!』

 

 オールマイトからの通信。

 鷲掴みにされ、動けなくなった俺の手に、今度こそ確保テープが巻かれたのだ。

 

「よっしゃあー! 俺たちの勝ちだ!」

 

「やったー!」

 

 歓喜の声を上げる二人。

 負けてしまった。ルール上の確保テープによる敗北とはいえ、心操を抱えていたとはいえ。

 そんな言い訳が通用しないほどに、明確な敗北。

 だが、俺の心に不快感はなかった。

 

「おめでとうございます、二人とも。負けましたよ、素晴らしいコンビネーションでした」

 

「ありがとう。でも蒼軌さんもすごかった! 人一人守りながらこんなに粘られるなんて思わなかったよ!」

 

「そうだなぁ、最初の不意打ちで一網打尽にする予定だったのになぁ」

 

『あー砂藤少年、葉隠少女。まだ勝ちではないぞ。心操少年も確保しないとヴィランチームは完全に勝利したわけではない』

 

「「あ」」

 

 そういえばそうだった、と二人は笑う。

 俺を地面に下ろしながら砂藤が自分の分の確保テープを差し出し、受け取った葉隠がそれを心操の腕に――。

 

 

 

 

「【個性を止めてその場から動くな】」

 

 

 

 

 強制力を持った声が響いた。

 びくり、と。

 先ほどまで朗らかな雰囲気で勝利を確信していた二人は動きを止める。

 同時に砂藤が収縮し、葉隠が解除できないらしい自身の透明化以外を解除したのか見えなかった核の姿が遠目に確認できた。

 

「……悪かった、迷惑かけたみたいだな」

 

「なに、遅れてきたヒーローみたいでかっこいいですよ、心操君」

 

「――ッ。終始自分より小さな女の子に抱えられてた男がかっこいいもんかよ」

 

「おや、照れました?」

 

「うるさい」

 

 先ほどもそうしたように、彼は俺の手を振り払うように抱えられた状態から脱出した。

 抱えられるよりかっこいいといわれるほうが照れるとは、どこが琴線にふれるのやら。

 

 抱えながら行っていた治療。

 気絶を回復させるのは未経験だったが、そこは万能個性。なんとなくでできそうだったので、戦闘しながら少しづつ進めていたのがぎりぎりで間に合ったようだった。

 だった、というのは俺は正直もう負けたつもりだったので予想外の事態だったのだ。土壇場で目を覚まして一発逆転、俺が言った俺の敵わない相手を無力化するを有言実行するとは思わなかった。

 

「「…………」」

 

 微動だにしない二人。

 

 心操の個性【洗脳】。

 強化されていたその個性の力たるや、この二人も恐ろしいが、彼が一番すさまじいかもしれない。

 声をかけ返事をさせることによってでしか発動しなかったはずの個性は、当然のようにそれだけではなくなっていた。

 手段其の一、発声による行動強制。文字通り大声で意識して命令することで相手の行動を縛れるものだ。認識されていようといまいと関係なく声をかけるだけで行動を縛れるらしい。不意打ちのほうが縛りやすく、認識されていると相手によっては抵抗される上単純な行動しかしばれないらしいが、それでも声をかけるだけでいいのは強力だろう。一度に多くの人間の行動を縛れるのはこれ以上ない利点だ。

 手段其の二、返答させることによる催眠状態化。これは知っていた通りの能力だった。催眠状態になった相手には声掛けだけより多くの行動を強制することができ、さらには相当の力でどつかれない限り解けることもないらしい。手間はかかるがやろうと思えばこちらも多くの人間を縛れる。ちなみに声掛けで無理やり返事させるのは意味がないとか。自分の意志で返事させることがキーらしい。

 手段其の三、接触による完全支配。これが一番恐ろしい。文字通り、触れることでほぼ個人を自由にできるといっても過言ではないらしい。催眠状態ではできない綿密な命令や個性を使用させることもできるし、たとえ大けがを負わされてもその支配が解けることはない。知っていることを正直に話せ、みたいなこともできるというのだから無敵といっても過言ではない。さすがにこれは人数が頑張っても二人、縛れる時間も10分程度と短いらしいが、しまいには記憶にすら介入できるというのだからデメリットにすらなっていない。

 

 確保テープを巻かれる寸前、葉隠が触れた瞬間に同時に砂藤にも接触し、完全支配下に置いたらしい。

 通信用のイヤホンからオールマイトの困惑が伝わってくる。

 なんでだ、アンタは個性知ってるはずだろ。

 そんなことは気にも留めず、心操は小走りにぶち抜かれた壁を越えて姿を現した核に手を触れた。

 

『ひ、ヒーローチームWIN!』

 

 砂藤から降ろされ床に座った姿のまま、どこか他人事のようにオールマイトの宣言を聞く。

 個人的な敗北はともかく、チームとしては勝てたようだ。

 本当なら不敵な笑みでも浮かべて相手チームに謙遜の言葉でも投げかけている予定だったんだが……まぁいいさ。

 

「まったく、おいしいところを持っていきましたね心操君」

 

「なにいってるんだ。全部あんたが耐えてくれたおかげだろう」

 

 戻ってきた心操におつかれと声をかければ、複雑な表情で彼は肩をすくめる。

 まぁ男の子としては女の子に終始抱えられてばかりだったというのは来るものがあるのだろう、俺だったら恥ずかしいね。

 

「つまり私たちどちらが欠けても得られなかった勝利である、ということですね。ナイスチームワーク、私たちはベストパートナーです」

 

「あんたのそういうとこ、ほんとヒーローって感じだな」

 

「心操君こそ、さっきも言いましたが実にヒーローしてましたよ。有言実行、私がくしくも敗北した相手を一瞬で無力化するなんて」

 

「それは漁夫の利みたいなものだろ。実力で在り方を示す、は実行できなかった」

 

「そうだとしても、あの時のあなたは確かに私にとってのヒーローでしたよ」

 

「――そうか」

 

 おや、うれしそうだ。珍しくうっすらと笑みを浮かべている……ように見える。

 戦闘前は初対面の相手に無責任にヒーローだといわれるのは嫌そうだったのに。

 戦いの中で友情を深めた、ということでいいのか? 

 

「さぁ、帰りましょう。講評があるらしいですからね」

 

「ああ、とりあえず二人の洗脳を解くか」

 

「その前にやることがあるのではないですか?」

 

「ん?」

 

 本気でわからないといったような声を上げる心操。

 嘘だろお前、ヒーローとしてはともかく紳士としてはまだまだだな。

 あまりにキョトンとした様子なので仕方ない、と手を伸ばす。

 

「…………」

 

「あれ、まだ分かりませんか?」

 

「いや……わかった……が……」

 

「歯切れが悪いですね? ああ、そうですね、これは失礼」

 

 何をしたらいいか分かった割に行動に移そうとしない心操。

 その様子に俺は手甲を外し、改めて素手で手を伸ばす。

 

「これでいいでしょう。さ、疲れ果てて座り込んだレディーに手を貸してください。功労者は敬うべきですよ」

 

「別に手甲が痛そうだと思ったわけじゃ……、はぁ……。これじゃ俺のほうがバカみたいだ」

 

「なにがです?」

 

「なにがって。そう言えばあんたは最初からそうだったな。俺を二度も抱え、さらにはわざわざ素手で俺に手を差し出す? ここまで無警戒なやつは初めてだよ」

 

 呆れたようなその言葉に、ようやく今までの彼の反応に納得がいった。

 やけに離れたがると思っていたがなるほど触られることになれていなかったのだ。女だからとかそんなことは関係なくただ他者と触れ合うことそのものに。

 心操の過去、ただでさえ避けられていた彼は強化された個性のせいでさらに避けられていたのかもしれない。

 照れてるのかとか茶化してすまんかった。

 知っているとか関係なくまったく気にしていなかった。

 

「無警戒とは失敬な。これは信頼というんですよ。共に戦い勝利を収めた仲ではないですか。ほら、さっさと手を取ってくださいヒーロー(・・・・)

 

「……わかったよ、蒼軌(・・)

 

 だが、そもそも気にする必要がないのだ、そんなことは。

 彼はヒーローを目指している。

 ならば信じよう、信頼しよう。

 人生の先輩だから実感として知っているこれは、言葉では伝えづらいが。

 そんな相手が一人でもいるというのは、多感なこの時期にとてもありがたいことであるはずだ。

 彼もまた大切な共に高めあう一人の友人でありライバルだ。

 俺がそうなれるならばなってやろうじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っぐ、小さい割に意外と重いな」

 

「失礼な! 鎧と剣の重みですよ!」

 

「あの大男と殴り合ったんだろ? 実は筋肉質だったりするのか」

 

「話聞いてます?」

 

 冗談だと笑う彼の背中をぶっ叩いてやる。 

 ついでに女として生きてきた経験を生かして男としての在り方も教えたほうがいいかもしれない。

 




ついに明かされる葉隠さんの個性! 何これくそ強い……誰が勝てるの?
ついに明かされる心操くんの個性! 何これくそ強い……誰が勝てるの?
砂藤くんもくそ強いです、主人公もそれなりに殴り合えるので地味目ですが原作緑谷君とタメ張れるレベルで彼は強いのです



2月1日21時 加筆しました
加筆というか最後書ききってないやつを間違えて投稿したといいますか
わりと気合入れた心操とのやり取りまるまる抜けててびっくりしましたよ
深夜に書いてると妙なミスをしていけませんね、今後はきちんと確認します

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。