個性【聖剣】。
名前だけ聞いても意味不明だとよく言われるこの個性は、その実万能を体現したような個性だった。
発現したのは例の両親の発言により覚醒し、この世界のことについて調べ始めてしばらくしてからだった。
幼児でも世界について簡単に調べられる、インターネットは偉大だ。見知らぬファンタジー世界へと来ていたのならば抜きんでたひらめきやコミュニケーション能力のない俺ではどうにもならなかっただろう。主人公が見ていたオールマイトの動画や個性と人類が歩んできた歴史、その他もろもろこの世界が俺の知るヒロアカの世界だと確証を得るには十分な情報を得ることができた。
自身の個性はなんだろう、よもや無個性の可能性が、などと考える間もなく至って平均的な時期での発現だった。
発現の仕方は幸か不幸かこれといって特出するイベントや出来事の渦中で、という感じではなかった。
目が覚めたら部屋のど真ん中に剣が突き刺さっていたのだ。
困惑したのは言うまでもないだろう。
クリスマスプレゼントか何かかと両親を呼びに行ったほどだ。クリスマスでもないのに。
長めのグリップに緩やかなカーブを描く灰色の鍔、刀身は幅広い両刃だ。その剣は刺さっていてなお当時幼子であった身で見上げざるを得ない全長を持ち、当時の俺が持てば大剣のように見えただろう。
全体的に青、蒼というのだろうか? 俺の名前的に。名は体を表すを地で行くこの世界だ。
グリップは蒼一色、灰色の鍔や銀色の刀身には同じく蒼い装飾がなされわずかに発光するその様は通りthe聖剣といった見た目。
能力は……一言では言い表せない。
呼べばどこからともなく現れ、消そうと思えば光となって霧散する。
俺ならば幼子の当時ですら軽々と振り回すことができ、俺以外ならばどんな力自慢でも引き抜けない。
能力の大半は現れるたびにたいてい目の前に突き刺さっている剣を抜いた瞬間に発動するものが多い。
携えた瞬間、光があふれ身を包む。
能力向上――視覚、聴覚、触覚、筋力、瞬発力、持久力、回復力、判断力、その他おおよそ身体能力すべての向上。
光の変形――斬撃として放つ、羽にして空を飛ぶ、壁として展開する、剣の模倣体を生み出し手数を増やすなど変幻自在の変形効果。
耐性獲得――個性の影響、毒物の影響、精神攻撃の影響、数多の害に対する抵抗。
改めてみても盛りすぎな能力だ。
調べてはみたがこれほど多数の能力を有する聖剣の元ネタを知ることはできていない。
もうとりあえずエクスカリバーとでも名乗っておこうかとも思ったがありきたりなのでやめた。
訓練なしにそのどれもが一級の能力を持っていたのだ。当時の俺が親をドン引きさせるのもさもありなん。
ついでに言えば成長につれ、この身は才にも恵まれていることが分かった。
勉学への理解はたやすく、運動も未熟な体でありながら聖剣なしに上位に食い込む。
正直これで慢心するなというほうが無理な話である。
品行方正……とはいかず特出すべき点のない、それでも容姿のおかげで前よりは充実した学生生活を送った。成績によるごり押しでは雄英高校推薦への切符は手に入れることができなかったがまぁいい。
やはりこの世界で生きていくにあたって、雄英高校に入学を目指すものとして、第一の目立ちポイントといえば一つしかない。
入試試験、実技試験における1位の座だ。
ヘドロ事件における爆豪の救出? いじめっ子は嫌いなので主人公君任せた。
大きな事件に巻き込まれることもなく生きていたし、別に能動的に巻き込まれに行こうと思えるほど行動派でもない。
爆豪といえば俺は試験当日まで原作の登場人物たちとの接点を持っていなかった。
最強の存在であることを確信していたがまだ入学してもいない高校の校訓を実行すべく、さらに向こうへと強化に重点を置いていたためだ。
それに、一つの世界として存在している時点で作品に関係なくとも人はいる。容姿のおかげで相手から近づいてくるのだから、コミュニケーション能力が低いままでもそれなりの学生生活を送れていたので気にしていなかったのだ。
そんなこんなで大きな苦労もなく生きてきた16年。これからもないのだろうと思っていた。
雄英高校ヒーロー科一般入試当日。
もはや慣れてしまった視線が集まる感覚を受け流しつつ、アニメでも漫画で見たものとは段違いな雄英高校の壮大さを生で感じ、嗚呼ようやくここまで来たのだと、今更のように笑みがこぼれた。
結局育つことのなかった身体で堂々と胸を張りその門をくぐる。
ふと意識を広げてみたが、しかし鋭敏なはずの感覚に何かが引っかかることはなった。
残念、事ここに至れば容姿の幼さを原作キャラのだれかが咎めにきて、流れで交流を持てるかと思ったのだが。
そのまま筆記試験の会場に移り、自身の才を惜しみなく発揮し余裕で攻略。自己採点などやったことのなかった身だったが、この身は深く考えもせず問題を思い出し、知識と照らし合わせ、その結果が問題ないことを示してくれた。
『受験生のリスナー! 今日は俺のライブにようこそー! エヴィバディセイヘイ!』
ところ変わってライブ会場。
否、ヒーロー科実技試験説明会場。
派手な見た目のDJを思わせるおっさん、ボイスヒーローのプレゼントマイクが拡声器やらマイクやらもなしに会場全体にいきわたるでかい声で記憶の片隅にあったセリフをはく。
しかし会場はそのテンションと相反するように静まり返っている。
哀れにも思え助け舟を出したくはあるが、さすがにここで一人大声を返すほど俺もアピールに飢えてはいない。
『こいつはシヴィー……、なら受験生のリスナーに実技試験の内容をサクッと
声がでかいだけにまた物悲しい。
その後試験の詳細、各種演習場に分かれ仮想ヴィランであるロボットの掃討を行いそのポイントを稼ぐこと、アンチヒーロー的な行動は控えること、試験内容に直接関係ないギミックの存在などが説明された。
当然だが救命ポイント等ヒーローたるを示せという説明はなし。
正直掃討ポイントだけで1位をかっさらう自信はあるが、ここはアピールポイントとして救命も重点的に行うべきだろう。【聖剣】は人助けにも有用であり万能だ。
『俺からは以上だ! 最後にリスナーへ我が校の校訓をプレゼントしよう。かの英雄ナポレオン・ボナパルトは言った! 真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者と! “
おお、と思わず声を漏らしかけて止めた。
プレゼントマイクは正直特に思い入れのあるキャラクターでもないうえテレビで見る機会もあったのだが、一般人たる未来の同級生たちはそうもいかない。
試験会場に至ってもなお、この広大な空間で莫大な受験生たちの中から彼ら彼女らの姿を目にするのは至難の業だ。いかに試験当日とはいえ割と派手な演出を必要とする俺の個性を不用意に人探しに使うのははばかられる。
そんなわけで今まで一切目にすることのなかった主要人物の一人を、ようやくこの目に収めたのだ。
「麗日お茶子……だったな。なかなか可愛らしい。さすがメインキャラクター」
俺ほどではないがな!
ジャージ姿で目の前のでかい入り口をぽかんと見上げている少女を横目に見やりながら独り言ちる。
彼女がいるということは、だ。
「……おかしいな」
いるはずなのだ、ほかにも。
忘れないようにはしているが、それでも細かい部分まで完ぺきとはいいがたい記憶を探る。
少なくとも主人公である緑谷出久、そして入学当初で緊張気味だった彼をいい咎める飯田天哉。
そういえば先ほどのプレゼントマイクの説明の時点で飯田天哉が一人仮想ヴィランについて質問を求めるというくだりがあったはず、それもなかった。会場が違うのだと思っていたが、あれほどの規模の会場を用意しながら入りきらなかったはないだろう。
ふらふらと歩きながらきょろきょろと見まわすが、人の多さは正直うんざりするほどだ。個性無くして厳密には顔を覚えていない人探しは無理がありそうだ。
「君、大丈夫? 緊張しているのかい?」
「! …………? ううん、大丈夫です。あなたも同じ受験生なのに心配してくれてありがとうございます」
「……っ。い、いや、いいんだ。お互い頑張ろう!」
「はい!」
話しかけられた。
知らん人に。
いや可愛いからね、ナンパでなくとも声をかけられることは多々ある。前世がなければ俺も傲慢でわがままないやな女になっただろうな、というレベルで容姿のみでちやほやされるのだ。正直慣れているといえる。
おかげでとっさにこの世界で生きていくうえで心掛けている丁寧な言葉遣いの少女で在れた。いや、敬語以外でこの容姿に釣り合う口調を考えられなかったせいでそうしているだけだが。ので、一人の時は素が出る。
ふつうこの場面で話しかけてくるのは原作キャラクターではないのか?
にこりと笑いかけはしたが君のことは忘れさせてもらうよ少年。男を好きになる予定はないんだ。
「ハイスタート」
瞬間。
「剣よ!」
地を蹴り走り出す。
知っているというのは重要だ。
どんなに判断力に優れていようと知っているというアドバンテージにかなうものはない。
いち早く門を潜り抜けた俺の前に、まるでそこに最初からあったかのように剣が刺さっていた。
蒼い光を放つ、一目でただの剣ではないと理解できる大きな剣。
あれは中学三年の夏、ようやくその全長を俺の身長が追い抜くことができたそれを走り抜けながら引き抜く。
そして力がみなぎる。
視界が広がり、体に入る力が跳ね上がり、世界が鮮やかになる。
周囲の状況が手に取るように理解できる。
いち早く走りこんできた俺の前に立ちはだかるガラクタたち。
ヴィランとして設定されているからだろう無駄に口汚くこちらを罵りながら迫った来るそれらに向かって、無造作剣を振りぬく。
光がほとばしり、ガラクタはスクラップへと。
瞬く間に10を超えるロボを駆逐し、さらに加速する。
ここからだ。
ここから始まるのだ。
「私が、最強のヒーローに――」
振りかぶった剣が空を切った。
同時に膨大な風が軽いこの身を吹き飛ばす。
思考が混乱しかけて、剣の力により安定する。
とっさに展開した翼が空を叩き姿勢を安定させ、同時に上昇。
冷静を強制された精神がタダではやられんとばかりに光を槍状に加工・射出しロボを破壊しながら安全圏と思われるビルの屋上に降り立つ。
何事かと周囲に意識を向けた俺の強化された聴覚が、慌てたような声をとらえる。
「す、すみません……!」
情けない、半分裏返ったような少年の声は聞き覚えがあった。
緑谷出久。
この世界の主人公。
しかしまだ主人公というにはあまりに頼りないはずの状態であるはずの彼が、軽いとはいえ剣によって強化されている俺を吹き飛ばした?
いきなりOFAを暴発させたというのか。
「……どこだ?」
声はすれど姿は見えず。
あるのは圧倒的な破壊の痕跡のみ。
大地もビルもロボットも、そのすべてが何か圧倒的な力で粉砕されたかのような痕跡を残している。
その破壊痕は俺がアピールのつもりで周囲ごと薙ぎ払ったはずの痕跡をけしとばしていた。
「まさかほんとに初手で? 俺が飛び出したせいで焦らせすぎたのか……?」
圧倒的な力を手に入れたという自信はある。
が、俺を除けばこの世界で圧倒的なものとして君臨している力はOFAだ。
AFOのほうが強くね? とも思わないでもないが、将来的に複数の個性を得ることになっているOFAは決して馬鹿にしてよい力ではない。主人公補正もばかにならない。
繰り返すがそれはまだ先の話。今はまだ一発撃てば自壊するなんとも頼りない力のはずだ。
痕跡をたどりその発生源を確認してみるが、そこには走り出すことも忘れて唖然とした様子の受験生たちが棒立ちしているだけだった。手足を粉砕された緑谷出久が転がっていることはない。
「…………」
光の翼が空を叩く。
とりあえず後にしよう。
剣さえ握っていれば光がこんな状況でも俺の思考をクリアにしてくれる。
確認は後回し。
別に敵対して殴り合うわけでもなし。やるべきはロボットの掃討だ、と。
緑谷出久がOFAを使いこなしていたとして、それがどうしたというのだ。
空を飛び、斬撃を放ち、常に冷静沈着。剣の加護をもって莫大な力を得た俺の前に立ちふさがるいい好敵手ではないか。
「そうとも、最強はこの私――」
メキャリ。
背後でそんな音が聞こえた。
「お前ら人間じゃねぇ!」
叫び声はしかし。響き渡る轟音によってかき消された。
いやいやおかしいって。
やっと見つけた緑谷出久筋肉ムキムキなんだけど。そのくせ顔が少年のそれだから気持ち悪いんだけど。
なんだ、オールマイトのマッスルフォームも個性だったっけ?
もうOFAの中の個性全部使えるんですか??
てか巨大ヴィラン多くない? 三機目だぞ。三機ともすっ飛ばされてるけど。
いや、なんですっ飛んでるんだ。たしか腕バキバキになっても顔へこんで倒れこむ程度だったはずだろ。
「どうなってんだ一体」
ビルから飛び降りる。
翼から光が分裂し、光の槍が小型のヴィランたちを粉砕していく。
剣を振りぬけば劫火のごとく膨れ上がった光がロボットたちを飲み込み消滅させていく。
すさまじい速度のはずだ。
だが、緑谷出久は吹っ飛ばした巨大ヴィランによってそのつもりがあるかどうかはともかく、俺がはるか及びもしないスピードでおびただしい数を粉砕している。
おかしいって。
緑谷出久はそんな化け物じみてはいなかったはずだぞ。
しかもあいつだけじゃない。
開始前にぽかんと可愛らしいあほづらをさらしていたはずの麗日お茶子。
無重力どこ行った。
どう見ても重力操作してるよね。
つぶしてるし浮いてるし浮かせてるし。
そんな自由に空飛ぶキャラクターだったっけ? 波動先輩と間違ってない?
瓦礫を衛星のごとく自らの周りで回転させ、加速したそれをロボットにたたきつけるさまはどう見ても能力漫画の中盤から終盤にかけて現れる強キャラだ。
「あなた、大丈夫ですか? ん、怪我をしているんですか。治します、とりあえずこの場は離れたほうがいいですよ」
「あ、ああ……。ありがとう。すごい個性だね、君も……。はは、なんだよこれ。こんなエゲツナイやつばっかりなのかよ、雄英……」
「彼・彼女らと一緒にされるのは喜んでいいのか拒絶するべきなのか判断しかねるところですけど。さ、治りました。早く」
「…………うん」
倒しながら、観察しながら、救助者を見つければ率先して助ける。
正直殲滅ポイントだけだと足りそうにないと焦りが来ている。
光が一部けがをした少年に移り回復能力を付与し治療を開始、腰を抜かしているようなので手を貸す……あれ、こいつさっき声かけてきたやつじゃん。
「ん」
バン、と空気が破裂する音。
その空気の衝撃波をとっさに剣で切り裂いた。
「――、申し訳ない!!」
一瞬眼鏡姿の少年が頭を下げてきたかと思えばもういない。
白昼夢かな?
間近で見るとマジで目にも止まらない。
「はは、ははははは……」
ほらぁ、ヒーローを目指すだけあって気のよさそうな彼がなんか変な笑い方してるじゃん。
「ありがとう。もう大丈夫だよ。君も早くいくといい。俺みたいなやつが足を引っ張りたくないんだ……行ってくれ」
「すみま――ありがとうございます、それじゃあ」
ずるりと光の尾が伸びる。
人間には本来無い器官を得てバランスを調整。俺は通常なら不可能なレベルの前傾姿勢になって疾走する。
空に放った鳥、自立行動する疑似生命、式神や使い魔といえるそれらからの視覚情報からまだ敵が多く残る場所を見つけ出し急行する。
まずい、まずいまずいまずい。
想定と違いすぎる。
あいつら一体何なんだ。
どう考えても俺の知ってる彼らの実力をはるかに凌駕するバケモンだらけだ。
圧倒的だと思っていた手の中の剣が今や物足りなく感じる。
「くそっ」
何度目とも知れない素の汚い言葉で誰ともなく罵りながら、剣が振りぬかれる。
光の波。
圧倒的な力。
圧倒的、なはずだ。
「ああああっ――!」
20を超える光剣が背後に出現。それぞれが自立し、ロボを強襲。
何をされたかも気が付かず、爆散するロボットたち。
想像していた光景だ。
想定していた光景だ。
唖然とする彼方の受験生たちの姿もある。
でも。
だが。
しかし。
「なんでっ……だぁ!」
ビルを見下ろす巨大ヴィラン。
それを飲み込めるような巨大な光。
聖剣からほとばしる光がその刀身に成り代わり、光は巨大ヴィランを一刀のもとに両断する。
他者の追従を許さない……はずの、力の奔流。
「試験っ、終了ーーー!!!」
サイレンとともに響くプレゼントマイクの声。
俺は思い描いていたそれとは違いすぎる結果への不満を隠しきれず、物言わぬスクラップとなり果てた巨大ヴィランへと剣を突き立てた。