お前ら人間じゃねぇ!   作:四季織

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緑谷オリジン

最初にちょこっとやって個性把握テストに入る予定だったのですが少し長くなりました

先達の緑谷強化ものの過去と比べると少し弱いかもしれませんがあと38人いるし多少はね

全員のオリジン? 勘弁してくださいオナシャス



第四話

 緑谷出久という少年の人生の始まりは、はた目から見れば悲惨というほかないものだった。

 

 彼個人の気質としては、時代が時代であれば多くの人に感謝されるよき人になるであろうという予感を感じさせるそんな少年だ。人を助けることに疑問を感じず、その行為は裏の感情もないまま行われる。

 助けることを当然に行える人間は、多くの人から感謝され、また助けてもらえる素晴らしい人生を歩むものだ。

 そんな気質を生まれ持つ彼は、しかしこの時代においては必須ともいえるものを持っていなかった。

 

 個性。

 

 ある時からこの世界を良くも悪くも侵食しだしたその力は、この現代においてはあって当然ともいえるような力。あることが異常である時代から、ないことが軽視される時代へと移り変わった今に生まれたことが、彼の最初の不幸だといえるだろう。

 だが彼は気質として善人という前提以上に、それをより一層明確なものへと昇華していた要因もこの時代特有のものといえた。

 

 ヒーローという存在が現実のものとして在る時代。

 

 そんな中でも彼が幼いなりに気が遠くなるほど見直した一人のヒーロー、オールマイト。

 

 彼が絶望的な状況から多くの人間を笑顔で助け出す姿は、この世界の多くの子供同様緑谷出久にも多大な影響を与えるに十分なものだった。

 

『本来なら4歳までに、両親のどちらか…あるいは複合的個性が発現するんだけどね。まれに全く違う性質を持つこともあるけど。昔、超常黎明期に一つの研究結果が発表されてね、足の小指に関節があるかないかって流行ったの。出久君には関節が2つある。この世代じゃ珍しい、なんの個性も持ってない型だよ』

 

 個性を持ち、そんな英雄になることを夢見るどこにでもいる少年。

 

『諦めたほうがいいね』

 

 夢を持ちながら周りに対していささか個性の出が遅い緑谷出久を心配した母が連れて行った病院で言われたのは、目指すことはおろか思い描くことすらできなくする宣告だった。

 能力・効果などひき起こされる現象は千差万別、いまだそれの存在そのものが謎に包まれている部分が多い個性という力の存在は、わかりづらいものが存在している事実があるとしてもあらゆる積み重ねの上で成り立つ医者という存在にかかればたいていどんなものか知らせてもらえる。

 もぐりでもなければ最低限どんなものであるか、がわかるのだ。

 あるかないかの判断など疑う由もない。

 

 彼が絶望したのは言うまでもないだろう。

 

 夢の希望にあふれていたはずの動画を、暗い部屋の中で何度も無心に見返す。

 

 その行為が無意味であるとしても、緑谷出久にはそれしか現実から目を背ける手立てがなかった。

 

『僕も…なれるかなぁ…』

 

 憧れの存在を何度目にしていても止まらない涙をためた瞳で、母へと尋ねる。

 

『…………』

 

 母は何も言わず緑谷出久を抱きしめてくれたが、そんなものが何かの慰めになることはなかった。

 

 それからの彼は空っぽになってしまった。

 

 その有様はいじめっ子である幼馴染をしていじめの対象にすることをためらわれるほどで。

 異様な雰囲気の彼のそばによるものはだんだんと遠のき、いまだ小学生にもなっていない子供の身で自殺でもするんじゃないかというありさまだった。

 もちろん彼にそんなつもりはなく、ただただ空虚な絶望に精神が追い付かなかっただけなのだが。

 

『デク、お前最近変だぞ! なんでそんな顔ばっかりしてんだ!』

 

 見かねたのだろう幼馴染の声。

 そんな声にももちろん彼は反応を返さなかった。

 かっちゃん、と呼び慕っていた身近な憧れの対象。

 

『お前はデクだろう!? 無個性だからなんだよ、今までと何にも変わらないじゃねぇか!』

 

 それは、彼にとっては不器用な慰めのつもりだったのだろうか。

 

『ああ……あああああああぁああああーーー!』

 

 しかしその一言は緑谷出久の空虚な、いや、ただただ気づいていなかっただけのあふれようとしていた感情を爆発させるには十分なものだった。

 気弱な緑谷出久が振るった感情に任せた最初の暴力は、幼馴染へとむけられた。

 幼い故の遠慮のない暴力は、それでもすでに個性を発現させて久しい幼馴染へと大きなけがを負わせるには至らなかった。しかし、その必死の形相で傷だらけになりながらも殴りかかってくる姿は恐怖を感じさせるには十分で。

 ヒーローになりたいのだと。

 ヒーローを目指したいのだと。

 そんなことを無茶苦茶に叫びながらあたりもしない拳を振るう。

 

『くっそ……デクのくせに。無個性がヒーローになれるかよ』

 

 わずかな打ち身のみで大きな怪我無し。しかも目の前にはやりすぎともいえるありさまな緑谷出久。

 それでも爆豪勝己は初めて負かされたといわんばかりに、ぼろぼろの彼の前から逃げるように立ち去ったのだ。

 痛みで動かない体のままどれだけそうしていただろう。

 大の字で寝転がっていた緑谷出久は暗くなってきた空にせかされるように帰路についた。

 傷だらけで帰ってきた緑谷出久に、母は何も言わなかった。

 何も言ってくれないのか、緑谷出久は幼いながらのそんな母に失望していたのかもしれない。彼もまた、何かを母に求めることはしなかった。

 

 そのまま、時間が傷をいやしてくれるのを待つしかないのだと考えていた時だった。

 母の沈黙に意味があったのだと知るときが来たのは。

 

『出久、これ、みてくれる?』

 

 絶望的な宣告から2週間がたたない程度の時間が過ぎたころ、いつものように暗い部屋でオールマイトの姿をただ眺めていた緑谷出久に母が差し出したのは一冊の手帳だった。

 決してページ数の多いわけではない、女性らしい小さなそれ。

 気力をなくしていた彼は、言われるがままにそのページをめくる。

 めくって、進むにつれ。

 その眼には、いつしかぶりの光が宿った。

 

『おかあさん……これ……』

 

『うん、お母さんあんまりこういうの得意じゃないからうまく書けてるかはわからないんだけどね』

 

 その小さなページに書かれ、まとめられていたのはヒーローの情報だった。

 名前や技、出生や活動地域などバラバラな情報が五十音順ですらなく雑多にまとめられている。

 今までならばその手作りのヒーロー辞典に大喜びしたことだろう

 だが今は。

 うれしいが、なぜ今そんなものを渡してくるか。

 慰めにしては酷なそれを送られた意味が分からず母を見やる。

 

『出久、ごめんね。いままでお母さん何も言ってあげられなくて。出久が真剣に悩んでることに無責任なことは言いたくなかったの』

 

『むせきにん……?』

 

『うん。無個性でもヒーローになれるかどうか。お母さんあんまりヒーローのことには詳しくないから時間かかっちゃった』

 

 再び手帳に目を落とす。

 よくよく見ればお世辞にもわかりやすいとは言えないそれには共通点があった。

 状況がそろわなければほぼ無個性と変わらない個性を持ったか弱いヒーローたちであるということだ。

 皆が皆、個性に頼り切ったヒーローではない。

 

『世の中にはいろんなヒーローがいるんだって、初めて知ったよ。みんながみんな、オールマイトみたいなすごいヒーローばっかりじゃないんだって』

 

『すごいひーろーばかりじゃ、ない……』

 

『うん、個性を持ってるからって、個性だけでヒーローになってるわけじゃない。みんないろんな努力をしてる』

 

『…………』

 

『だからね、出久。あの時聞かれたことに今なら答えられる』

 

 

 

 

 ――出久だって、ヒーローになれるよ。

 

 

 

 

 緑谷出久の人生の分岐点は、きっとこの時だった。

 それからの彼はまた、人が変わったように努力を始めた。

 きっかけを作った母本人が選択を間違えたのではないかというほどに。

 年不相応に体づくりへの知識を収集し、母がまとめたものとは比べ物にならないような自作のヒーロー辞典も何冊も作った。

 それだけではない、幼馴染との関係も変わった。

 

『この前はごめんなさい、かっちゃん。いきなり殴りかかって』

 

『それは俺への嫌味かデク』

 

『そ、そういうつもりじゃ……』

 

『っち、俺もいい過ぎた! 悪かった!』

 

 しょうがなく謝ってるんだというさまを隠しもしない幼馴染に乾いた笑いを返しつつ、それでもと緑谷出久いう。

 

『いいよ、かっちゃん。でもね、あの言葉だけは許せない』

 

『あ?』

 

『無個性じゃヒーローになれないっていうあの言葉だけは』

 

『何言ってやがる、それは当たり前の――』

 

『じゃあ見ててよ』

 

 遮って、云う。

 

『僕は絶対ヒーローになる。ヒーローになるまで、僕を見ててほしい』

 

『――っ! できるわけねぇだろ、ヒーロー馬鹿にすんな』

 

『ううん、僕はあきらめない』

 

『勝手にしやがれ! ヒーローになるのは俺だ! デクなんか足元にも及ばない最強のヒーローになるんだ!』

 

『じゃあ、勝負だね』

 

『勝負になんかなるか! お前はデクだ、無個性の雑魚なんだからな!』

 

 今までであれば泣いてしまったであろうその鋭い言葉に動じることはなかった。

 母の言葉は、それほどまでに確かな力となっていた。

 幼馴染の心情は知らないが、緑谷出久にとっての彼はその日からあこがれだけでなく、乗り越えるべきライバルとなったのだ。

 相変わらず口の悪い幼馴染をしり目に、努力を怠る日はなかった。

 体力をつけ、戦い方を学び、健康にも気を使い体をつくる。

 中学に入るころには目に見えて体が出来上がってきていた彼に幼馴染が焦り始めたのは言うまでもない。その後の行動については、悪がらみが減り、彼もまた体が引き締まりだしたことから大体は察せられる。

 無個性であるという事実は変わらない。

 鍛え上げた肉体を前にお前なら並みのヒーローよか強いだろ、と冗談めかして言われることはあっても、心からヒーローになれるといってくれる人は母以外居ない。

 それでも緑谷出久はあきらめず努力を続けた。

 同級生からドン引きされるほどになった肉体、今ならば昔と違い幼馴染を殴り倒せるのではとアホなことを考えることもしばしば。

 

 

 そんな時だった、二度目の人生の分岐点に差し掛かったのは。

 

 

 出会いは偶然だった。

 人生初のヴィランに襲われるという出来事。ヘドロを思わせる個体で液体じみた体を持つその相手に、とっさに対応しようとしたがしかし、鍛えられた肉体は何ら有効打を与えられず。

 都合のいい傀儡とされるその刹那。

 

『おーる、まいと……』

 

『いや~悪かった。ヴィラン退治に巻き込んでしまった。いつもはこんなミスしないのだが、オフだったのと慣れない土地で浮かれちゃったかなぁ! Ahaha!』

 

 暴風と共に現れた画面の向こうの存在。

 今なお見続けているあの姿、あの笑顔。オールマイトとの邂逅だ。

 あまりに唐突だったため興奮のままに喋りかけとりあえずとサインをもらった。

 よくよく考えれば人生でそうはない経験を前にそれはないだろうと思わせる暴挙だ。

 

『じゃ! 液晶越しに、また会おう!』

 

 そんな様子だったからだろう、オールマイトはその力強い笑みのまますぐにでも目の前から消えようとしていた。

 咄嗟だった。

 咄嗟に、その腕をつかんでいた。

 思わず渾身の力を込めてしまったが、オールマイトにとって大した力ではないのか特に痛がる様子もなく、しかし驚いたように跳躍しようとしていた体勢から元に戻る。

 

『こらこら、熱狂が過ぎるぞ。プロは常にヴィランか時間との戦いだ、放しなさい』

 

『す、すいません。でも一つだけ、一つだけあなたに聞きたいことがあるんです』

 

『聞こう。だが一つだけだぞ』

 

 焦りを感じる声に申し訳なさを感じつつ、それでもこれだけは彼の口から直接聞いておきたい。

 そんな思いで緑谷出久は口を開く。

 

『個性のない人間でも努力をすればヒーローになれますか』

 

 すぐには答えは返ってこなかった。

 言ってから、プロの中のプロ、誰よりもヒーローとして過酷な現場を目にしてきたオールマイトにこの質問は場合によっては不快に思われるのではないかと思い直した。

 そのせいで、いろいろと言い訳じみた言葉を重ねてしまう。

 決意をするためだった。

 なれるといってもらえるとは思っていないくせに、それでも聞かないわけにはいかなかった。

 オールマイトにそういってもらえなくても揺らがないのだと、そう自分に確信を持つために。

 

『…………え?』

 

 しかしオールマイトのいた場所を取り巻く煙幕に、そして、中から現れた人物に、緑谷出久は言葉を失った。

 言い訳をしていた間にいなくなっていたのかと思うほど、その人物は人通りのない裏路地にいそうな怪しい見た目の人物だった。

 病的なやせ方をした、まるで憔悴しきった薬物中毒者。

 それがあのオールマイトの真の姿だった。

 口外しないことを前提に、オールマイトは緑谷出久へと語る。

 5年前敵の襲撃で負った傷。呼吸器官半壊胃袋全摘。度重なる手術と後遺症で憔悴し、それでも人々を笑顔で救い出す平和の象徴は決して悪に屈しないのだと、普段の自分が見せるそれはただ強がっている姿だと。

 さらされたその傷にまた言葉を失う。

 

 ヒーローを目指し、ヴィランと戦う。

 

 その事実がもたらす一つの結末に。

 

 どこか楽観視していた現実。

 それを、ほかならぬオールマイトから知らされたのだ。

 

『プロはいつだって命懸けだよ。個性がなくとも成り立つとはとてもじゃないが口にできないね』

 

 そう言って、オールマイトは去っていった。

 人が通りかかり無理にあの力強い姿に戻って去っていった彼は、真実を知ったからこそどこまでもつらそうに見えた。

 揺らがないための質問をしたはずだった。

 しかし、そんな決意をたやすく塗りつぶす現実。

 あのオールマイトですら、あれほどのけがを負うような相手がいる。

 人を助けることに憧れるなら警察官って手もある、というオールマイトの言葉が反芻される。

 緑谷出久のあり方は母が支えてくれたものだ。

 ここまで来て諦めるのは、そんな母への裏切りではないか。

 同時に緑谷出久が、息子があんな風になってしまうことを母が望むだろうか。

 ぐらりぐらりと、揺らがなかったはずの心が揺れる。

 無意味に遠回りをして帰り道をたどる。

 自分のあり方。

 これからの自分は、どうあるべきなのか。

 

 混迷を極めた思考から引き揚げられたのは、響いてきた爆発音だった。

 

 聞き覚えのある音だった。

 記憶の中にある物よりだいぶ強烈なそれに嫌な予感を覚えつつ、それでも切り替わった思考が音の方向へと足を向けさせる。

 そこにいたのは幼馴染だった。

 しかし彼がヴィランとなって町を破壊しているのではない。

 緑谷出久がさっき襲われ、オールマイトによって捕縛されたはずのヘドロヴィラン。それが爆豪勝己にまとわりついていた。その光景が遠くからでもわかる。

 なぜ、と思い。

 すぐに自分のせいだと気づく。

 ただでさえ制限のあるオールマイトの活動時間。

 その阻害をしたのはほかならぬ緑谷出久自身だ。

 望まぬ力み直しはオールマイトに不要な負荷をかけたのだろう、どこかで解放されてしまったのだ。

 引き起こされる破壊は抵抗する爆豪勝己の個性だ。

 並みのヒーローが介入をためらうその光景に、こんな時でありながらやはりあんなでも彼は自分のあこがれだと再認識する。

 彼のような人間がヒーローにふさわしいのだと。

 あの様子ならそのうち自分でヘドロヴィランを吹き飛ばし助かるだろうと。

 自分はやはり、ヒーローを目指すべきではなかったのかもしれないと。

 そう思った。

 

『あ……』

 

 しかし見てしまった。

 人ごみの最後尾、そこまで近づいて。

 爆豪勝己のその瞳を見て。

 

『あ、君――まて、止まれ!』

 

 人垣の最後尾で止まるはずだったはずの足は、勢いを増してその中を駆け抜けた。

 ヴィランと戦えば、怪我をする。下手をすれば命を失う。

 それを見せつけられたはずだった。

 それでも緑谷出久は止まらなかった。

 オールマイトの邪魔をしてしまった罪悪感からではない。

 ただ、そうするべきだと思ったから。

 

 結局事態を解決したのはオールマイトだった。

 緑谷出久はただ怪我を負い、あまたのヒーローたちに迷惑をかけただけ。

 

『俺は……てめェに救けを求めてなんかねえぞ。助けられてもねえ! 一人でやれたんだ、無個性の出来損ないが見下すんじゃねえぞ……。いくら鍛えようが、お前が俺にかなうもんなんか何もねぇはずだろ……?』

 

 助けに向かったはずの幼馴染からはそんな言葉を浴びせられる。

 だが、緑谷出久の眼には確かな決意があった。

 先ほどまでの迷いはもうなかった。

 

『そうだよかっちゃん。僕は何もしてない、何もできなかった。全部オールマイトのおかげさ』

 

『っち、わかってんじゃねぇか。ようやく目が覚めたか』

 

『覚めたよ』

 

『……そうかよ。結局その程度がお前なんだ、無個性がいらん夢見んじゃねぇ』

 

『違うよ。覚めたのは迷いのほうだ。僕はヒーローになる。どんなにつらくても険しくても、そうするべきだと思ったから』

 

『ああ!? なめてんのかぁ!? 無個性じゃ何もできねぇってわかったろ、いい加減にしやがれ!』

 

『ごめんね。もう決めた、改めて、そう決めたんだ。もう揺らがないよ』

 

『――! 勝手にしやがれ、くそが!』

 

 去っていく幼馴染を見送りながら、緑谷出久はそれでも笑った。

 そう、決めたのだ。

 死ぬかもしれない、一生物の怪我を負うかもしれない。

 感謝されるだけがヒーローじゃない。人を救うには責任もいる。

 だからこそもう揺らがない、今まで以上の努力を重ね、胸を張ってヒーローを目指すのだ。

 あの時の母の言葉を改めて胸に刻む。

 自身の身を案じて言ってくれたであろうオールマイトの言葉は、裏切ることになるだろう。

 

『すいませんオールマイト。けれど、僕はそれでもヒーローになりたいです。そう、ありたいんだ』

 

 助けを願う人を見たら、助けたい。

 それができる人間になりたい。

 何もできなかったけれど、それができるように努力をあきらめることは、もうしない。

 

『それはいいことを聞いたよ。緑谷少年』

 

 帰ってくるはずのなかった返答に驚いて振り向けば、がりがりにやせ細った姿のオールマイトがそこにいた。

 

『君に言ってしまった言葉を後悔していた。努力しているのだと一目でわかる君に、あんな無責任な言葉をかけるべきではなかった。私は一人の少年の人生を台無しにしてしまったのではないか、とね』

 

『いいえ、オールマイトは何も間違っていません。努力すれば報われる、そんなことは夢物語だとわかっています。だからこれは只のわがままなんです』

 

『そんなことはないさ、ただのわがままであの現場に飛び込もうとはふつう思わない』

 

『あれは……考えるより先に体が動いていたといいますか、そうするべきだと思ったといいますか』

 

『……ほう』

 

 うまくあの時の感情を表現できない緑谷出久に、何かを感じたようにオールマイトの瞳が鋭くなる。

 今度こそオールマイトに何か失礼なことを言ってしまったかと体を縮こまらせ。

 

『君なら私の〝力〟受け継ぐに値するかもしれない』

 

『え?』

 

 続く言葉に、間抜けな声を返した。

 

 様々なことを教えられた。

 オールマイトの個性が引き継がれてきたものなのだと。

 自身の怪我もあり後継者を探していたことを。

 この時代においてそれだけで絶望しかねない無個性という事実に負けず、努力を続けてきた身の上。そして多くのトップヒーローが身に覚えるという、考えるより先に体が動いていたという経験をした事実。

 だからこその提案だと。

 

『君の努力の証、器は十分だろう。君はヒーローになれる』

 

『…………』

 

 あの日母が言ってくれたことと同じ言葉に、しかし即答はできなかった。

 光栄なことだ。

 受け継がれてきた力の後継に見初めてくれた。

 だが自分がその力を受け継いでもいいのか。

 努力はしてきた、が、無個性でもヒーローになれるという決意への裏切りになるんじゃないか。

 先ほどまでとはまた違う葛藤、傲慢とさえ思えるその思いを口に出すのははばかられ。

 

『オールマイト、見極めてくれますか』

 

 だから、彼はハードルを求めた。

 短い時間とはいえ、オールマイトがそうだと言ってくれた言葉を信じないわけではない。

 これはけじめだ。

 この出会いを運命だと思い、受け入れる決意をするために。

 

『もちろんだとも、見極めさせてもらうよ。君が後継者足りえるかをね』

 

『はい、よろしくお願いします!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「SMAAAAAASH!!!」

 

 結局最後の一瞬まで、それこそ試験当日の朝まで踏ん切りがつくことはなかった。

 様々な試練を言い渡され、それを乗り越えて。

 本当にふさわしいのかと思わない日は1日たりとなかった。

 それでも最後は自分の意志で受け継ぐのだと決めた。

 その覚悟と決意をもって、ただのヒーローではない、オールマイトの後継者にふさわしいといってもらえるヒーローを目指すのだ。

 

「測定不能、加減しろ緑谷。これじゃ何も参考にならん」

 

 しかし少しやりすぎたのではないだろうか。

 

「やっぱり人間じゃないですよね緑谷君」

 

 蒼い光の後ろ、壁のように展開されたどこか見覚えのあるそれの後ろから耳あたりのいい少女の声が聞こえた。

 あたりを見渡せば、まず後方は思い切りえぐれていた。

 ボールを投げる拍子に踏ん張った足もとには地割れのようなヒビが入っている。

 そんな破壊から彼女、聖と名乗った大きな剣を携えた少女の個性は皆を守っているらしかった。

 また、周りに被害を出してしまった。

 

「ご、ごめんなさい先生、蒼軌さん、みんな……」

 

 オールマイト、僕はまだ、鍛錬が足りないようです。




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本当に励みになります、ありがとうございます

誤字報告もありがたいです、気を付けてはいるのですがなかなか失くせません

次回から徐々にみんなの個性がどうなっているかわかっていく予定です


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