「テメェデク……、何か言うことあるよなぁあ? ああ?」
「か、かっちゃん、熱い……あちち、熱いって!」
校舎裏。人気のないそこで、不良に絡まれる気弱な少年の姿があった。
と、声だけを聴いたのならば思われるかもしれないが、実際はそうでなく、からんでいる側とからまれている側がどっちがどっちなのか一目でわからない見た目をしていた。
目つきと口がすこぶる悪い少年と、筋骨隆々で熊くらいならば素手で殴り殺せそうな少年。
このエリートばかりが集まる雄英というエリート校でそんな不良漫画のようなやり取りをしているのは、何を隠そう今日入学したばかりの爆豪勝己と緑谷出久であった。
原因は言うまでもない、先の個性把握テストだろう。
爆豪勝己は騒がしくはしゃいでいた一部の生徒たちをしり目に終始すこぶる機嫌が悪いままだった。
こう見えてみみっちい性格である彼は数回危ない場面がありながらそれでもテスト終了まで本格的な行動には移さなかったのだが、教師が終了を告げたのだからもう構うものはないと、終了したその瞬間にイラ立ちの原因である幼馴染を引きずってこうして人気のない場所まで来たのだ。
「どういうことだぁ? なんでおめェがあんな馬鹿力持ってんだ? いくらそんななりしててもあれはおかしいよなぁ? えぇ?」
「それはその、話せば長い……いや、話しづらいというか……」
手のひらを小刻みに爆発させながら脅しをかける爆豪に、しかし緑谷は申し訳なさそうに目をそらす。
体は飛躍的にバカでかくなっていったくせにこうした性格は昔から何も変わらない。
その事実に、またイラ立ちが募り、手のひらの爆発が少々シャレにならないレベルになる。
「いつからだ」
「え?」
「いつからだって聞いてんだよクソナード!」
引き締まった肉体を持つ彼には似合わない罵声を浴びせながら一段と大きな爆発が緑谷を襲う。
こんな感じ、懐かしいなぁなんて場違いな現実逃避をしながら緑谷は思考をめぐらす。
爆豪の言いたいことはわかっているのだ。
いつから個性を持っていたのだと。
いつからその事実を隠していたのだと。
なぜそれを早く言わなかったのだと。
個性の発現は、わかりづらすぎて気が付かなかった、という事例を除けば総じて4歳あたりまでに限定されている。
鍛えまくっていた緑谷が己の増強個性に気が付かなかったなど、まずありえない。
どう説明したものか、と思う。
遅咲きの個性だとそういうしかないのだが。
オールマイトから託された個性【OFA】。
その事実を彼に明かすわけにはいかない。
受け継いだ者の責任として、託された者の責務として、この事実は自分一人で死ぬまで抱えていくものだ。
こればかりはこのどう脅されても話すわけにはいかない。
髪の毛の焦げた匂いを感じつつどうしたものかと思考する。
それでも彼が気に入る言葉など、思いつくはずもない。
「ごめんかっちゃん、情けなかったんだ」
「……はぁ?」
だから、緑谷出久は言い訳をした。
「僕は君に昔言った、約束した。無個性でもヒーローになるって、その姿を見ててほしいって。でも結局、僕は個性を得てしまった。あれだけ努力をしたけど、結局個性の力でヒーローになるための第一歩を踏み出しちゃったんだ。だから、かっちゃんに言うのが恥ずかしかった」
言い訳だったが、それはいまだ彼の心に燻っている思いだった。
無個性であることにこだわりを持っていたわけではない。
無個性のヒーローという称号が欲しかったわけではない。
無個性でも努力していた自分の姿に酔っているわけでもない。
それでも、この力がほかならぬオールマイトに認めてもらって託されたものだとしても。
幼馴染である彼に約束したあの日の言葉を裏切ってしまったことに変わりはない。
何が正しいのかはわからない。
少なくともほかならぬ母は祝ってくれた。涙を流し喜んでくれた。
けれどその事実にどうしても胸のしこりが取れないのだ。
「下らねぇこと言ってんじゃねぇぞ」
「え?」
困惑する間もなく、胸ぐらをつかみあげられそのまま持ち上げられる。
見た目通りの体重である緑谷を、片手でだ。
「テメェがどんな考えを持ってようが関係ねぇ! 無個性でヒーローになる? 個性を持ってしまったことが恥ずかしい? バカなこと言ってんじゃねぇぞ! そんなことはなぁ、俺にはどうでもいいんだ。お前が持ってるんならそれはお前のもんだ、お前の力だ!」
「……!」
彼は続ける。
「得てしまっただぁ……? 無個性の分際で散々鍛えて俺に大口叩いたんだろうが! 持ってんなら使え、持ったんなら全力で使え! 使いこなせ! 使いこなして俺の目の前で言ってみろ、ヒーローになるってなぁ! そういう身の程知らずなのがテメェだろうが! そんなお前を、俺がぶっ潰してやんだよ!」
ああ、やっぱりと。
やっぱり彼は自分のあこがれだと。
自分の迷いなど彼には関係ないのだ。
迷う必要すらなかったのだと、そう思わせてくれる。
どんな道程を経ていたとしても、手にした以上これは自分の力なのだ。
自分の力にしていかなければならないのだ。
そんな当たり前のことに、何を悩んでいたのだろうか。
「ごめん、かっちゃん」
「謝るんじゃねぇ! この期に及んでまだ俺を見下すのか!? たまたまお前に都合のいい舞台で1位になったからって調子乗ってんのか!?」
「そ、そうじゃないよ。そういうわけじゃなくて、僕の迷いをバカなことって言ってくれてありがとうってことで……」
「あぁ!? 意味わかんねぇついに頭まで筋肉だらけになったかこの筋肉ダルマが!」
「ひ、酷い! 僕が持ってるならそれは僕の素晴らしい力だって!」
「言ってねぇ!!!」
言葉の勢いのまま緑谷を投げ飛ばし爆豪は荒い息を吐く。
危なげなく猫のようにその巨体を丸めて着地した緑谷にこれでもかと顔をゆがめつつ、忌々し気に背を向ける。
「次は俺が勝つ。自分だけが強くなったと勘違いしてるんじゃねぇぞ」
そう吐き捨てて、爆豪勝己は去っていった。
残された緑谷は乱れた体操着を直しつつ、立ち上がる。
そこにはもう、迷いはなかった。
「僕だって負けないよ。僕は、オールマイトに託されたんだ。だから、負けるわけにはいかない」
芦戸三奈にとって、今日は怒涛の1日だった。
正確には半日だが。
入学早々開催された個性把握テストは散々の結果だった。
入試のテストではそれなりの活躍ができたと自負しているが、今日のそれは自分が活躍できるような項目がほぼないといってもよかったのだ。
しかしそれは言い訳だろう、ヒーローを目指す以上いかなる状況でも万全のパフォーマンスを求められるのは当然のことだ。
課題は山積、初日からナイーブな気持になってしまったのは言うまでもないだろう。
しかしそれだけだったわけではない。
新しい友達ができたのだ。
その少女は、白く長い髪に、黒く大きな瞳をしていて。胸や背はけして大きくないが、小さいなりにバランスよく整った容姿はお人形を思わせる愛らしいものだった。そんな彼女が雄英の制服を着て同じ教室に入ってきたときは、思わず必要以上のテンションで詰め寄ってしまったほどだ。
見た目に反して丁寧で落ち着いた話し方をする彼女は、それでいて個性まで素晴らしいものを持っていた。
どこからともなく現れる剣を手に取り様々な力を披露する様は物語の中の騎士のようで。
幼い姿をしているにもかかわらずその凛々しさには同性であっても目を奪われた。
テストの間、クラスメイトのサポートを積極的に行っていた姿もそんなイメージの一助となっているだろう。
妙なテンションでパーソナルスペースを侵食する様子にも嫌な顔一つせず、むしろ最後までフォローしてくれたことには感謝しかなかった。
一緒に騒ぎ、笑い、ハグもしたし、頭を撫でたし撫でられた。
我ながらよくもまぁ半日でここまでスキンシップを重ねたものだとあきれてしまう。
それについては、彼女の今までの学生生活が関係しているといえるだろう。
芦戸三奈という少女はいつも元気でテンションが高く、明るいクラスのムードメーカーであり、当然友達も多い。今日ほどのものはそうそうないが、出会ってすぐ誰かと仲良くなることも少なくない。
しかしながらことスキンシップに関しては手をつなぐ、それだけでも遠慮されがちだった。
芦戸三奈について少し詳しく知れば仕方ないことだともいえる。
彼女の、個性。使い方によっては触れたものを問答無用で消し飛ばすすさまじい個性だ。
その制御を失ったことは一度としてない。
それでも、その個性は圧倒的なものだ。
圧倒的な個性を持つということはうらやましがられる反面、恐れも抱かれる。彼女の性格から彼女自身が何かしら嫌な思いをすることはなかったが、そう言った暗黙の了解のような拒否感を日常的に感じていたのは否定しきれない。
そういった日常の反動か、雄英に入学したのだという高揚感そのままに急速に仲良くなった彼女へと、よくよく考えればやりすぎではないかと思えるスキンシップを繰り返していた。
その後悔は1日目を終え、聖おすすめの喫茶店でケーキを食べ一息ついたころに急速にやってきた。
体型に反して大皿いっぱいのケーキをちまちまと一定のペースで口に運ぶその姿は小動物を思わせ和む反面、そんな彼女に同性とはいえあれほど馴れ馴れしくベタベタしたのは聊かやりすぎな行いだったのでは、と。
ケーキを口に運ぶことをやめないまま先生から出された課題を手伝ってくれる少女の思考はわからない。
ここに来るまでは何か考えているような疲れきったような、そんな顔をしていたが、ケーキを食べつくし課題も一息ついたころには何にも考えてなさそうなキョトンとした無表情だった。
その表情のまま何も思っていないことはないだろう。
芦戸三奈のやらかしはもう一つあるのだ。
強力な個性の、よりにもよって一番凶悪な面を最初に彼女に見せてしまったのだ。
個性把握テストで散々桁違いな個性を見た反動だろう、疲れた様子の聖の助けになるならと何も考えず最大出力の個性で見上げるような鉄塊を消し飛ばして見せたのだ。
思い返せばその時の聖の表情は少しこわばっていたようにも思う。
疲れているのだろうと思っていたが、思いたかったのではと今は感じる。
課題について必要以上に質問を繰り返してしまったのも、その不安を紛らわすためだったともいえた。
芦戸三奈は誰かと楽しみを共有するのが好きな少女だ。
そして感情の共有というのは手をつなぐという軽いスキンシップだけでも飛躍的により強固なものとなる。
聖は圧倒的な力をもった少女だ。
しかし、だからと言って芦戸三奈の力がもたらすあの強烈なイメージは薄れないだろう。
これでまた、雄英での3年間もあの言いようのない不安を感じさせる無言の拒否感が友達から向けられたら。
ぶんぶんと頭を振るってその考えを振り払う。
あのすさまじい力を持ったクラスメイト達に限って、そして目の前のこの少女に限って、そんなことは決してないはずだと。
そんな考えは。
しかしながら、当の彼女にしてみれば気にしてすらいなかったらしい。
「どうしたんですか、三奈ちゃん」
気が付けば目の前に、こちらに手を差し出している白い少女がいた。
「ショッピングもしたいんですよね? 課題はひと段落したとはいえ、夕方までには帰れるようにしないと」
そういえばそんな話もしたな、と。暗い思考からの切り替えに手間取っている間に。
1tもの握力を発揮したとは思えない非力さを感じさせる小さな両手で、当たり前のように片手を包み込まれた。あまりに自然な動作に、あれほどくっついておきながら今さらドキリとしてしまう。
そのままグイ―っと体重をかけて引っ張られ、椅子から立たせられる。
「さぁ、行きましょう。今は嫌なことはぜーーーんぶ忘れて楽しいショッピングです。面倒ごとも、考え事も、やるべきことも、明日の自分に任せてレッツエンジョイ」
その、何も考えていなさそうな能天気な声に。
話したわけでもなし、彼女にその気はないのだろうが、元気づけられたような気がして。
「うん、行こう!」
芦戸三奈は少女の背中に勢いよく飛びついた。
歩きづらいのですが、と言いながらもそのまま芦戸を引きずって平然と歩いていく聖。
何も考えていなくても、何も考えていないふりをしてくれているのだとしても。
ただ当然のように自分の手を取ってくれた。
それだけで、今は満足だった。
と、そのままいい感じに終わればよかったのだが。
「聖ちゃん考え直して! それだけは絶対にダメだよ! 人として道を踏み外してるレベルだよ!」
「そんなことはありません、これは必要なことです!」
手を取られてドキリとしたのは夢か幻か。
ショッピングモールの一角。
先ほどまで楽しくおしゃべりをしながら行く当てもなく、それでも和気あいあいとしていたはずの空気は今やひどく騒がしかった。
何かを手に取ってレジへと向かっている聖を芦戸三奈が渾身の力で引き留めている。
剣を持っていない彼女は比較的非力らしく、迫真の声とは裏腹にぐいぐいと引き戻されている姿はおもちゃをねだる子供が母親に連れ戻されているようで。
「おかしいよ聖ちゃん! 聖ちゃんにそんなものは必要ないって!」
「いいえ、必要です! 目に入った瞬間天啓を得ました。これからの私に足りないのはこれだと!」
「絶対必要ないよ! そんな――」
しかし彼女らが言い争っている理由はおもちゃなどではなかった。
聖が持っているのは大きな袋だった。
筋骨隆々の男が無駄にテカらせた筋肉を見せびらかすようにポージングを決めている姿がプリントされたそれはいわゆる。
「そんな、プロテインなんて!」
「いるんです! 私が最強のヒーローになるために足りないもの、それは筋肉です!」
「違うと思う! もっと違うところを伸ばすべきだよ! むしろそこだけは伸ばしちゃだめだって!」
「どうしてですか! 最も手っ取り早く確実な強さへの道はこれしかないでしょう!」
「間違ってはないけど間違ってるよ! 緑谷みたいになった聖ちゃんなんて嫌だよ! 見た目もヒーローを目指すうえで大事だと思う!」
何を血迷ったのか唐突に筋肉を求めだした聖。
芦戸三奈は思う。
何も考えていない人などいないのだと。
人はだれしも、何かに悩んでいるのだと。
「ふぐぐ……!」
「絶対行かせないからね!」
しかし、その悩みの解決方法が
先ほどまでの悩みはどこへやら。
芦戸三奈は遠慮なく聖を羽交い絞めにしながら、彼女の悩みを解決させまいと奮闘するのだった。