初めに気がついたのは警察の検視官だった。新人の頃、遺体の異常性からジュレイというものがこの日本におり、「上」と
ジュレイ被害者の遺体が欠損していることはいつものことだ。今日運ばれてきた目の前の検視台に乗せられている遺体も右肩から先、腰から下は食いちぎられている。鋭利な何かが掠めたのか恰幅の良い腹からピンク色の小腸がこぼれ落ち、蛍光灯の下でてらてらと光る。この遺体は検視後、問題がなければ遺族に返される予定だ。
ジュレイの攻撃方法は多種多様なようだ。遺体もまるで獣に食い散らかされたものや酸で溶かされたもの、レーザーで切断されたようなものなどレパートリーに事欠かない。遺族へどのように説明するか頭を悩ませることも多い。
「先輩、このマル被のここ見てください」
先日配属されたばかりの新人が声をあげる。
「ここ、他のと違うんです」
確かにその箇所だけ切り方が違う。わざわざ丁寧にそこだけ取り出されている。
「メスで切ったみてぇだな。腎臓がない」
「ジュレイがそんな内臓を選り分けるなんてことするでしょうか?」
「わからん」
沈黙が部屋を支配した。
朝9時、夏の盛りを過ぎ時折吹く風は秋を感じさせた。オフィス街の一角にその精神科クリニックはある。
男が1人そのクリニックの扉を開けた。
三つ揃いのスーツの下にはジムで適度に鍛えられた肉体がある。オーダースーツなのか、ジャケットのウエストは絞られ、ズボンは細身だ。ポケットチーフにネクタイの結び目はウィンザーノット。
「おはようございます、安藤先生。休日はどこか行かれましたか?」
「あぁ、おはよう佐伯さん。いや、料理ばかりしていて家から全く出なかったよ」
「先生、料理お得意ですものね!もしかして手に持ってらっしゃるそれは…」
「早速バレてしまったね。鮮度がいい食材が手に入ってねついつい作り過ぎてしまったんだ。一人暮らしだと消費できなくてね、よかったらお昼にでも皆で食べてくれ」
「やった!いつも手が込んでて美味しいんですよね。今回は何作られたんですか?」
「キドニーパイ」
診察室といっても患者のリラックスを重要視し、広く落ち着いた色味で纏められ、壁には本が並べられている。吹き抜けのある図書館のように思えた。アンティークの家具もその空気づくりに一役買っている。
ソファに深く腰掛け、これから来る患者について考える。初診の患者だ。予約時に出してもらった診察情報提供書、所謂紹介状を眺めた。
「先生、七海さんがお見えになりました」
内線でスタッフが知らせる。
「通してくれ」
暫くすると控え目なノックが聴こえ、声を掛け中に入るように促した。
このクリニックではなかなか見ない中学生だ。髪は明るく、根元までその色味のため天然物だろう。入ってきた患者は初診で、診察室の内装に呆気にとられている。
「七海さん、おはようございます。ここの精神科医の安藤と申します。どうぞこちらに」
「はい」
緊張しているのだろうか。声が硬い。
「皆この部屋に入るとびっくりするんですよ。私の趣味を前面に出してしまったことが原因なのですが」
ソファに腰掛け苦笑まじりに言うと少年は肩の力が少し抜けたようだった。
少し当たり障りのないことでアイスブレーキングした後、本題に入る。
「予約の際に、幻覚症状があると伺ったのですが今もありますか」
「…はい、あります」
声はか細く震えている。その言葉に口を掌で覆い、考え込んでいる風を装う。掌の下では口角を上げた。